三話目
ジルと並んで到着したのはウェルセスの街。
門番さんと何かを話してるジルを放ったらかして道を歩く人に目を向ける。
凄い、尻尾と耳がついてる人がいる。
ぴこぴこゆらゆら動いてる。
もふりてぇ。
もふもふ好きなのよ。
もふもふは正義。
あー、もふらせてくれないかなぁ。
「ユウナ、カードなんて持ってないよね」
ジルから声をかけられてはっと我に返る。
「カード?」
「うん」
「……ないと、思う」
「ん、わかった」
それだけ話すとジルは門番さんとまた何か話し始めた。
早く街に入りたいけどジルの話が終わるまでは待ってなきゃいけないからうろうろしながら待ってる。
あ、そうだ。
ステータス確認しとこ。
ジルと門番さんから少し距離を取って指をパチリ、と鳴らす。
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NAME:ユウナ
AGE:19
RACE:人間
FITMENT:頭 《なし》
体 《スウェット(上)》
脚 《スウェット(下)》
アクセサリー 《創造主の指輪》
《なし》
《なし》
SKILL:《自動識字》《身体強化》《観察眼》《気配察知》《空間魔術》
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うん、何か増えてる。
観察眼は……まあ観察するとなんとかかんとか、かな?
気配察知はあれか、そのままでいいのか。
空間魔術は……あ、袋か。
あの渦みたいなのがきっと空間魔術ってやつに分類されるんだろうな。
あれをどうにかすれば転移に使えたりするのかな?
空間と転移じゃ勝手が違うかもしれないけど……。
「ユウナ、行くよ」
「へ?あ、はーい」
ジルの呼び声に顔を上げて指を鳴らし、此方を見て微笑む門番さんに会釈をして街に一歩を踏み出す。
街の中には色んな人がいた。
人というか種族になるのだろうか。
出店で呼び込みをする人や楽しそうに話す人達の声があちこちから聞こえる。
明るい空気に心が弾む。
目をキラキラ輝かせてあっちこっちに顔を向ける優菜にジルは苦笑いを浮かべながら視線を向ける。
(子供みたいだな)
狼の群れを一人で狩るような力量を持つくせに、処理の仕方も知らずカードも持たず服装も不思議で、自分よりも小さい子供の様な少女から目が離せない。
纏う空気はただの少女なのに彼女の中に渦巻くような魔力にただただ興味を惹かれる。
今は目を離すと迷子になりそうな様子に引き止めるように手を延ばし己のより小さな手を取る。
吃驚したと言わんばかりに見開かれる目に微笑みかけ、騒がしさに声が溶けてしまわないように軽く身を屈めると耳に顔を寄せる。
「珍しいんだろうけど迷子になったら大変だからね。手は離さないで」
そう言えば繋いだ手とジルの顔を交互に見遣り、こくこくと素直に頷くユウナにどことなく満足する。
ぎゅ、と繋ぐ手をしっかりと握るとそれでも周囲が気になるのか顔だけがきょろきょろと動く。
この騒がしさの中じゃ話しも出来ないな、と繋いだユウナの手を軽く引き、顔を上げたところで食堂を指差す。
意図を把握したであろう彼女が頷くのを見てゆっくりと足を進めた。
「賑わってるねぇ」
二人でテーブルを挟んで座ったけれどなんか落ち着かない。
慣れない空気なせいもあるだろうけど、チラチラこっちを見る目が余計そうさせてる気がする。
こんな風に人が見てくるのってお母さん達の葬式の後ぐらいからなかったな、なんて思ってたらジルがのほほんと言った。
確かに人がいっぱいで賑わっている。
お店の人が忙しなく働いてて大変そう。
きっとお昼時なんだと思う。
時計がないから確認のしようがないんだけどね。
とりあえずお冷やを飲んで色々無視しようと決めた。
「なんでこんなにこっち見てるのかな?あたしの格好のせい?」
周囲は無視するけど疑問は残さない。
ジルに不思議そうに問い掛ければ小さく肩を竦められた。
「それもあるけど僕もいるからだろうね」
「なんでジルが居たら見るの?」
「これでも僕、少しばかり有名なんだ」
「へぇぇ、有名人が不思議な人間連れて何してんだ、ってことかぁ」
「多分ね」
「それじゃあ仕方ないか」
それなら何を言っても無理だろう。
小さく溜め息を吐いたらウェイトレスさんがいくつか皿を持ってきた。
メニューが良く分からない食材だったからジルに任せたんだけど、見た感じと鼻に届く匂いは凄く美味しそうでお腹が鳴った。
恥ずかしいけど仕方ないよね、うん。
「いただきます」
ジルのチョイスはバッチリだった。
味付けもあたし好みで箸ならぬナイフとフォークが進んだ。
食後のデザートは林檎っぽい果物を煮詰めた……なんていうんだっけ、コンポート?そんな感じのだった。
これは紅茶か珈琲が欲しいが……ないらしい。
飲み物は水か麦茶みたいなお茶しかないらしくてビックリ。
後はお酒。
それも一種類だけ。
うーん……まだまだ発展途上な世界なのかもしれない。
上手くいけば一財産稼げるかも、くふっ。
「何ニヤニヤしてるの?」
「ああ、うん。楽しいなって思って」
「これからどうする?」
「これからかぁ…………って、あたし普通にご飯食べたけどお金ない!」
今気付いたよ。
すっかり忘れてた。
「ああ、狼換金すれば問題ないよ」
「ごめんね、あたし物価とかも全然わかんないしジルに迷惑かけっぱなし……」
「気にしなくていいよ、教えてあげる」
「ありがと、ジル」
ジルの優しさにちょっとうるってきた。
いつかジルに恩返し出来たらいいな。
しかしこれからどうしよっかな……。
「とりあえず出ようか」
ジルに連れられて店を出る。
そうだ。
「狼の換金ってどこでやるの?」
「ああ、ユウナも登録しておくといいかもね」
「登録?」
頷くジルと向かった先は大きな建物。
入り口に入ってく人達は言ったらごつい。
そしてむさい。
「ここは?」
「冒険者ギルドだよ」
「おおお!」
これが!
ここで登録すればあたしも冒険者か!
周囲の不躾な視線にちょっと居心地がわるいけどジルのローブを掴んでついてく。
ロビーには受付が二箇所、壁には紙が何枚も貼られていて人がごった返している。
うん、むさい。
縦にも横にもでっかい人があっちにもこっちにもいて建物は大きかったはずなのに狭い。
ジルは気にせず受付に向かう。
「冒険者ギルドへようこそ。本日のご用件はなんでしょうか」
「まずはこの子の登録、その後狼の換金で」
「かしこまりました。それではこちらの紙に記入をお願いします」
受付にいたのは可愛いお姉さんだった。
ジルに背中を押されてペンを取る。
名前と種族、年齢を書いて終わり。
これだけなのか。
「そうしましたらこちらに手を置いてください」
指し示されたのはバスケットボールぐらいの大きさの水晶。
何故か浮いてる。
重力はどこいった。
不思議に思いながら水晶に手を乗せる。
浮いてる水晶の下にカードが置かれると水晶が淡く光った。
するとその下にあったカードも淡く光り出す。
その光が消えるとお姉さんにもういいですよ、と言われて手を戻す。
お姉さんはカードに目を通すと一枚の紙と共にあたしに差し出してきた。
「登録完了しました。これからの御活躍を期待していますね」
「あ、ありがとう、ございます」
「じゃあ僕換金してくるからそっちで待ってて」
「あ、うん。わかった」
カードを持って言われるまま壁際に移動する。
カードには紙に書いた情報と冒険者Fというものとレベルが書いてあった。
レベル3。
多分狼を倒したからレベル3なんだろうな。
「おじょーちゃんに冒険者なんて出来んのかぁ?」
どこからか聞こえた声に顔を上げる。
ニヤニヤと笑う男達が見えてはっとなる。
これが初心者の洗礼か!
テンプレな展開に何か感動した。
かと言ってよくある俺TUEEEは出来ないだろうからその男達をじっと見てみる。
年齢は多分あたしよりちょっと上ぐらい。
紙に目を落とすとランクという文字が見えて確認してみる。
低い方からF、最高ランクがトリプルS。
そしてもう一度男達を見てみる。
頭の中にとある名前とランクDと浮かんでビックリした。
きっとこの人がランクDなんだろうな、と当たりをつけてその隣で同じようにニヤニヤしてる男を見つめる。
やっぱり名前とランクが頭の中に浮かんで来て、これが観察眼の効果だろうなと一人で納得する。
「なんだぁ?びびってんのかぁ?」
「おじょーちゃんにゃ冒険者難しいんじゃねえかぁ?俺達が色々教えてやろうかぁ?」
……うーん、気持ち悪いしアホにしか見えない。
そしてめんどくさい。
どこかに行っちゃったジルが恋しい。
ジルは紳士だよなぁ。
こんな訳わからない女にも親切だし。
多分強さもこいつらよりある。
なのに鼻にかけてないし。
それにイケメンだと思う。
やだ、ここにもテンプレあんじゃない。
今気付いたわ。
なんだかんだ言ってあたしは混乱してたんだなぁ。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ」
すっかり男達のこと忘れてた。
気が付いたら囲まれて見下ろされてた。
しかも睨まれてる。
「あ、すいません。色々考えてたら返事するの忘れてました」
「はぁ?俺達が親切に声かけてやってんのに何だその態度」
「すいません、考えることいっぱいでそっち優先してました」
「俺達が一から教えてやるって」
「それはいらないです」
きっぱりはっきり言ったら空気が冷えたのがわかった。
失敗したかな?
でもはっきりしないと面倒な気がしたんだよね。
はっきりしても面倒になるんだろうけど。
「初心者がナマ言ってんじゃねーぞ」
「ナマっていうか教えてくれる人はもういるんで大丈夫っていう意味ですけど?」
「あの変人にかぁ?あんな奴より俺らの方がもっと色々教えてやれるっつうの」
「だよなぁ、変人に取り入るより俺らといる方がもっと楽しいぜ」
「だから来いよ」
いきなり腕を掴まれて肌が粟立つ。
気持ち悪い!!
思わず腕を振り払おうとして動きが止まる。
振り払うまでもなく腕が解放された。
「あぢゃぢゃ!!」
あたしの腕を掴んだ男の頭が燃えだしたから。
「……人間キャンドル」
「僕の連れに何するつもり?」
「ジル!」
頭で燃える火を消そうと慌てふためく男達の隙間をすり抜けてジルに駆け寄る。
ジルの後ろに隠れてローブを掴む。
「何絡まれてるのさ」
「あっちがしつこかっただけだよ、気持ち悪かった」
「そう」
何か怒ってる。
でもあたし悪くないよ。
悪いのはあっちだし。
そんな意味を込めてジルを見上げる。
目が合うとジルの空気が少し柔らかくなった気がした。
「何しやがる!!」
あ、また忘れてた。
男達の方に目を向けた……んだけど、その姿に目を逸らして肩を震わせる。
「……アフロ……」
髪がどうなってそうなったのか、焦げ臭い匂いを放ってる男の頭がアフロになってた。
いや、短さからいったらパンチパーマでもいいかもしれない。
似合わない。
いや、似合ってるでいいのか?
「ぶふっ」
周りでも何人か笑ってるみたいで更に笑いが込み上げてくる。
笑っちゃいけない、でも噴き出しそう。
「笑ってんじゃねえ!!」
ちらりと見たアフロが顔を真っ赤にして怒鳴ってるけど、余計笑える。
噴き出さないように口元を押さえるけど指の隙間からぷひゅ、って空気が抜ける音がした。
「このやろぉ……!!」
笑われることに我慢出来なかったのか、アフロがあたしを殴ろうとしたのが見えた。
はぁ?と思ったけど、ジルがあたしの腰を抱いて横に飛んだ。
「あがっ!?」
すれ違いざまにアフロの顎を思いっきり蹴り上げてやったらアフロが後ろに飛んでひっくり返った。
「ふおー、何だこの人。気持ち悪い」
「ほんとにね。何がしたかったのかな?」
「さあ?あたしもわかんない」
しん、と静まり返るロビーであたしとジルは首を傾げる。
「あのぉ……」
どこか困ったように声をかけてくるお姉さんにはっとなる。
「あ、ここって喧嘩ダメなんじゃ」
「そうなんですよ」
「あわ、すいません」
「いえ、次からは気をつけていただければ」
「はい、次は気をつけます。すいませんでした」
ぺこぺこと頭を下げるあたしにジルがむすっとする。
「ユウナに絡んでたコイツが悪いんじゃない?」
「手……じゃないか、足出しちゃったあたしも悪いでしょ」
「何で?コイツらといる方が良かったの?」
「は?やだよ、気持ち悪い。表に出てからにしとけば良かったってだけだよ?表に出てからなら怒られないでしょ、ね?」
そう言ってお姉さんに笑いかけたら苦笑いされた。
ジルもそれもそうか、と納得してくれた所で早く行こう。
何か視線が痛い。
ジルの手を取って冒険者ギルドをそそくさと後にした。