十九話目
「別にさ、あたしの全部を信用しろとか言ってないわけよ。信じられないならそういう人が来てましたよ、とか伝言だけでいいって言ってるわけよね?」
ニッコリと笑いかけながら首を傾げる。
目の前の人物の鎧が小さくカチャカチャと音を立てていた。
ついでに扉の側でもう1人の騎士さんもガチャガチャ音を立てていた。
「それをなに?何を言っても聞く耳もたずでさ、挙げ句の果てには処罰?一般人だと思って舐めてんの?」
「ユウナ!」
ばたーんと扉が開いてジルがそこに現れた。
天の助け!
「ジル!」
「…………えっと、どういう状況?」
「もー聞いてよーっ!」
部屋の中を見たジルが首を傾げて聞いてきたので自由になる手首のスナップを効かせ、肘置きをバンバン叩きながら思いの丈をぶつける。
ついでに床もガンガン踵を鳴らして踏みまくる。
途中から女神様もいたけど気にしない!
「…………ってことでさーっ、いくら厳戒態勢だとか、あたしがお城に来るような人間に見えないからって酷くない!?」
「確かに行き過ぎねぇ」
「女神様もそう思いますー!?ですよねーっ!」
「ところでこれは一体どういうことなのかしら?」
「めっちゃムカついちゃってやっちゃいました!反省も後悔もしてません!むしろもっとボコボコにしたいです!物理的に!」
「そこじゃなくて、どうして氷漬けなの」
「凍死でもすればいいと思った。でもちゃんと顔は出てるよ!」
「とりあえず場所を移そうじゃないか」
知らないおじさんがひょっこりと顔を出したことであたしもちょっと落ち着いた。
今の状況を説明するなら部屋が冷凍庫状態だ。
天井からはつららが下がっているし、壁から床まで氷が張っている。
更にあの話を聞かない騎士は首から下が氷漬けである。
これは爆発とかさせたら後々大変だとか、火だと燃えるとかもう1人の騎士さんも巻き込んだりしたらまずいとか、色々考えて目の前の騎士だけどうにか出来ないかと考えた末の結果だ。
腹たってたけど一応最低限で済ませたつもりだ。
寒さでガチャガチャ言ってたけどね。
騎士さんが手錠の鍵を外してくれて、漸く手首が自由になった。
プラプラと振って手錠の感覚を消す。
テーブルに置かれたままのあたしのカードをさっさと手に取るとポシェットにしまう。
ジルと女神様が来たからこの氷はもういらないな。
そう思えば氷が消えて部屋の中は元に戻る。
うむ、便利だ。
おじさんの後から来た騎士に女神様が何かを告げるとあたし達はその部屋を後にした。
じっと我慢しててくれたタータを抱き締めて癒されながら移動しました。
本当タータいい子。
めっちゃ怒ってたけどね。
「まあ寛いでくれ」
おじさんに引き連れられて入った部屋は応接室みたいな部屋だった。
低めのテーブルを挟んでソファーが並べられている。
お城なだけあって部屋に飾られている色んなものが高そうに見える。
壊したら弁償……お金かかりそう。
とりあえずおじさんが上座へと座った。
次いで女神様が、女神様と向かい合ってジルがソファーに座る。
ジルの隣にあたしも座ったけれど、おじさんが何でかニヤニヤしながら見てきた。
ていうか誰ですかこのおじさん。
「お嬢さんがジルフォードの友人かな?」
「はあ、まあ」
「儂はクラウスじゃ。宜しくの」
「ユウナです、はじめまして」
ぺこりと座ったままお辞儀したら微笑ましいものを見るような目で見られた。
だからどなたですかおじさん。
まさかジルのお父さんとか言わないよね?
見た目全然違うけどさ。
でも、このおじさんもイケメンだわ。
イケメン多くない?
お城に勤める人ってイケメンとか美女じゃないとダメな法律でもあるの?
この部屋に来る前に女神様が声掛けたメイドさん美女だったよ。
ぼいーんな美女。
女の価値は胸じゃないやい!
あたしだって成長期だから!
大きくなる予定だから!
きっと!
……なんか悲しくなってきたわ。
考えるのやめよう、うん。
「で、ユウナ、何かあったの?」
ジルにそう聞かれて目的を思い出した。
「そうそう。ジルが戻って来れないって言ってたからさ、その間あたしも外に出ようと思ってね。宿のこともあるでしょ?だからその話をしようと思って来たんだけど」
「なるほど。じゃあユウナのしたいようにすればいいよ。宿の代金は僕に回しておいて」
「いやいや、1週間ぐらい外で狩ってくるから代金は大丈夫」
「1週間もどこ行くの?」
「ジルが言ってた廃鉱まで」
「僕も行こうと思ってたのにな」
「用事あるんでしょ?そっち頑張ってよ」
「うん」
「それ終わったらどこか一緒に行けるぐらいまでレベル上げて待ってるからさ」
「わかった」
2人で和やかに話してるとメイドさんがお茶を持って来てくれた。
4人分テーブルに置き、静かに部屋の隅に立っている。
「仲良いわねぇ」
「ジルフォードが微笑んでおる……」
「あ、すいません」
「なに、構わぬよ」
「他には?」
「これだけだよ」
「それだけで取調室?」
「そうだよ」
「その話に関してなんじゃがのぉ……今厳戒態勢を敷いておってな」
「それは聞きました。だからあたしは伝言だけでいいって言ったんですよ。なのに状況不利とみて逃走するか、とか言ってきて全然取り合ってくれなかったんですよ」
「あらら、そうだったのぉ?」
「会わせられないならそれで帰れ、なら納得はいかないけどわかりますよ。厳戒態勢っていうんだし。でも不審人物だから処罰対象だとかまで言われたらあたしだって腹立ちますよ」
ねー、とタータに同意を求めると膝の上で頷かれた。
『ユウナ様のお許しがあれば噛み付いてやりましたにゃあ』
「うん、それは我慢してくれてありがとう。あたしがやっちゃったけどね!」
「ユウナ殿はその猫と意思疎通出来るのか?」
「なんとなくですけど」
ばっちり会話してますけどね!
そんなこと言う必要ないからいいよね。
おじさんの目があたしを品定めしてる気がする。
あたしは一般人ですよー。
その横で女神様がにやついてらっしゃる。
そうだ、女神様にも言いたいことあったんだっけ。
…………やめとこ、ここで言わなくてもいいや。
「そういえば用事ってどれぐらいかかるの?」
「さあ?」
「ながくかかるなら違う国とか行ってみようかな」
「えー、一緒に行こうよ」
「その間あたし暇じゃん」
ジルがおじさんに視線を向ける。
おじさんと視線を交わした後、ぷいっと顔を背けた。
「じゃあ行かない」
「それは困るのぉ」
「困るってさ」
「他の人行かせればいいじゃない」
「じゃあユウナも一緒に来ればいいじゃない」
「そんな簡単なものなの?ていうかその用事ってなに?」
女神様がかるーく言い放ってくれましたけどね。
用事の内容を聞いた瞬間、皆が口を閉ざした。
ああ、その用事が厳戒態勢の理由なのかな。
女神様とジルが目で会話してる。
言えないことなんですね、わかります。
言えるとこまででいいよ、って気持ちでうんうん頷いていたらそんなあたしを見てジルが口を開いた。
「魔王討伐」
「……なんだって?」
「魔王討伐に行くの」
魔王討伐だと?
そういえば…………勇者って単語どっかで聞いたことある。
それもここ数日の間に。
「勇者が召喚されたのよぉ」
おじさんが顔を手で覆っちゃってるよ。
あたしも覆っていいですか。
それは言っちゃいけないやつだろ、女神様。
「ユウナだからいいんじゃないかしら」
「だから心読んでるんですかって」
「うふふ」
笑って誤魔化すなよ女神様め。
「うふふじゃないですって。そっちは聞きたくなかったです」
「あらいいじゃない。ジルフォードは勇者と魔王討伐に行くのが用事よぉ」
「あー、まあいいや。死なないでくれればそれで」
「一緒に行く?」
「行かない」
どうしてそこで不貞腐れるの、ジル。
魔王討伐にビギナーが行けるか。
あたしが逝ってしまうわ。
「アタシも行くのよぉ」
「じゃあお気を付けていってらっしゃいませ」
「ちょっと、アタシに冷たくないかしら?」
「気のせいです」
「酷いわぁ」
「妥当な対応です」
「ふふ、根に持ってるのかしら?」
「身に覚えがあるでしょう?」
「ユウナ殿はクラークとも仲良いんじゃなぁ」
「女神様はあたしで遊んでるんです」
「…………女神様ってなに?」
ぽんぽんとテンポよく話すあたしと女神様を交互に見てジルがなんだか不機嫌になった。
よくわからないけどジルを宥めようとジルの膝をぽんぽんと叩いてやると手を握られた。
そうしたら落ち着いたのか、ジルが不思議そうに首を傾げて聞いて来たから女神様を指差してやる。
「見た目は女神様みたいでしょ」
「名前で呼んでって言ってるのにねぇ」
「あたしで遊ばなくなったら名前で呼びますよ」
「あらぁ、無理なお話ねぇ」
「あたしで遊んでるって認めた!」
「気のせいよぉ」
「どこが!」
微笑み続ける女神様と威嚇するあたしのやり取りを見ておじさんが笑う。
「ユウナ殿には迷惑をかけたが儂はいいものを見させてもらった」
「はあ、何かすいません」
「迷惑料として何か1つ、お願いを聞いてやろうじゃないか。聞ける範囲で、じゃがな」
「ないです」
すっぱり言い切ってやった。
このおじさんと関わったら面倒な気がする。
ここにいる時点で遅い気もするけどね!
「出来れば何かお願いしてくれると助かるんじゃがなぁ」
「そう言われましても……今取り急ぎ必要なものとかもないですし……」
「そこをなんとか」
「ええー…………浮かばないです」
「じゃあ貸し1つでいいんじゃないかしら」
「クラーク……」
「ああ、浮かんだらお願いするってことで」
「はぁ……」
おじさんが何でか項垂れてるけどその方があたしは楽かな。
浮かばなかったら踏み倒せばいいし。
「迷惑料を踏み倒そうとする人間ユウナだけよぉ」
ボソッと女神様が呟いた。
だって何か怖いじゃーん。
だってジルも女神様も本人も言わないけど、このおじさん結構立場上の人ですよね?
繋がり欲しくないんだもん。
てかやっぱり心読んでるでしょこれ!?
もうやだー。
これはさっさと帰るべきだな、うん。
ジルに握られた手を引き抜くとテーブルに置かれていたお茶を飲み、ソファーから立ち上がる。
「とりあえずジルにも会えたし、あたし帰りますね。お邪魔しました」
「おや、もっとゆっくりしていけばいいじゃろうに」
「いえいえ、あたしもやりたいことありますし。……じゃあジル、迷惑かけたけどあたし行くね」
「迷惑かけられてないけどわかったよ」
「用事頑張ってね。ついでに女神様も」
「アタシはついでなのぉ?」
「もちろん」
「ふふ、じゃあ次会った時はお酒でも飲みましょう」
「会ったら」
「一緒に住んでくれてもいいのよぉ」
「それはもうお断りしました。それでは」
「え、一緒に住むってどういうこと!?」
ぺこりとお辞儀してから部屋をさっさと退室する。
後ろでジルが何か言ってたけどスルーしておいた。
じゃないといつまでも帰れない。
無駄に時間を取られてしまったなぁ……。
ま、いっか。
ジルに会えたし。
これで明日からは冒険だ!
……なんか物凄く時間かかった気がするなぁ……。
今日はしっかりご飯食べて寝るぞーっ。
「今日はタータにも迷惑かけちゃってごめんね」
『気にしないでくださいにゃあ。ユウナ様に怪我とかなくて良かったですにゃあ』
「腹は立ったけどね」
『アイツの匂いは覚えましたにゃあ。次会ったら引っ掻いてやりますにゃあ』
笑い話にしようとしたらタータが真面目な声で言い出した。
うん、やれって言いたいけど……もう会わない方向がいいなぁ。
「ふふ、頼もしいね。その時はお願いしちゃおうかな」
『お任せ下さいにゃあ!』
胸を張ってそう言うタータが可愛すぎて幸せだわ。
宿に戻ってお姉さんに明日宿を出ることを話すと寂しがられた。
どうやらお姉さんはタータに会えなくなるのが寂しいらしい。
可愛いもんねうちのタータ!
ご飯の時にはタータにお肉をおまけしてくれました。
嬉しそうなタータにお姉さんもあたしも頬が緩む。
明日からも頑張れるわぁ。




