二話目
「……なんっじゃこりゃぁぁぁあ!」
思わず叫んでしまいました、優菜です。
辺りは草しかありません。
あ、木と岩がありました。
そうじゃない、そうじゃない。
ウロウロとその場で動きながら右見て左見て、あたしは思わずほっぺたを抓ってみた。
「……痛い……」
じーんと頬が痛みます。
でもそれどころじゃない。
これはおかしい。
異常な程リアルな風景、匂い、感触。
これはおかしい。
大事なことなので何回でも言います。
これはおかしい。
「何で、こんなリアルなの?」
VRMMOが進化したのか?
あ、そうなのか?
そっか、進化したのか。
なるほど。
「……と、とりあえずステータス見よう、ステータス」
いつもなら視界の隅っこに見えるウィンドウやアイコンが見当たらないということに気付き意味もなく手をさわさわと画面を撫でるように動かす。
「……ない……ない!」
真っ青になって膝をつき打ち拉がれるように崩れる。
膝を打って痛い。
「え……これどうすんの……」
手を地面につき、呆然と地面を見つめてふと気付く。
右手の中指に指輪があった。
誰の指輪なのさ、これ。
あたしのじゃないぞ?
ぺたりと座り込みその指輪を眺める。
なんだこれ。
外してみようと引っ張ってみた。
「……は、外れねぇぇぇぇ!」
うんともすんともいわない指輪に泣きそうになる。
右手を握り締め思わず地面を叩いた。
凹んだ。
何がって……地面が。
叩いた所を中心に凹みました。
あたしの位置が数cm下がりました。
ええ、地面に向かって。
響いた音もおかしかったです。
引きこもりのなよっちいあたしが地面叩いてズドーンとか……。
「……えええええええ!?」
もう驚いてばっかです。
目ん玉かっぴらきすぎて落ちそうです。
涙なんてビックリしすぎて引っ込みましたよ、ええ。
ナニコレ怖い。
「ととと、とりあえず状況把握しよう、うん!」
考えることをちょっと放棄しました。
ペタペタと自分の顔や体を触ってみれば、多分いつもと同じ感触がしてる気がする。
髪を引っ張ってみたら黒髪で長さも多分いつもと同じ。
そう、リアルのあたしと同じ。
「え、アバターじゃないの?つかどうやってあたしの外見にしたの!?」
また混乱しちゃいます。
鏡はないのかと切実に思った瞬間でした。
別に自分の容姿は普通だから困ることはないけど、どうせならイケメンとか美女になりたいよねぇ……。
「……アバターの設定なかったわ!」
思い出した、とばかりに指をパチン、と鳴らした瞬間、目の前にステータスウィンドウが開いてビックリ。
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NAME:ユウナ
AGE:19
RACE:人間
FITMENT:頭 《なし》
体 《スウェット(上)》
脚 《スウェット(下)》
アクセサリー 《創造主の指輪》
《なし》
《なし》
SKILL:《自動識字》《身体強化》
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………はい、質問です。
スウェットって表示されるんだ。
………あ、そこじゃない。
指輪だよ、指輪。
創造主の指輪ってなんぞ。
いや、この中指に嵌ってる指輪なんだろうけど、創造主ってあれだ、メールの差出人じゃない?
顎に手を当てて背中を丸めるようにしてステータス画面をうんうん唸りながら見つめてるとぴろん、と音が聞こえた。
なんだなんだときょろきょろ見回すも何もない。
でも、今の音は……。
「メールの音、だよね?」
そう呟いた瞬間ステータス画面の横にメール画面が開いた。
さっきはステータス画面すら開けなかったのに、どういうあれで開けるようになったんだ、と首を傾げてしまう。
何て考えててもしょうがない。
読もう。
『ハァーイ!エンジョイしちゃってるぅ!?』
初っ端の文章を見た瞬間イラッとした。
イラッとしたあたし別に悪くないよね?
わけわからなくて混乱してるあたしにこれ、喧嘩売ってるよね?
よし来い、ぶん殴ってやる。
『きっと今、心細い思いをしてると思ってぇ、優しい僕が!メールしてあげましたっ☆』
うん、殴らせろ。
一発といわず全身余すところなくぼこぼこにしてやんよ。
だからちょっと来い。
今すぐあたしの目の前に来い。
『色々説明してあげるから、感謝してしっかり聞くんだぞぉ?』
物凄くありがたいのか怒ればいいのかわからん!
いや、説明だ、説明。
説明してもらえるのはありがたいよね。
だって右も左もわかんないもん。
「…………ここはあたしが大人になるとこだ、うん」
ちょっと遠い目になっても罰は当たらない……と思いたい。
何にせよ、説明は読まないとね。
「えーっと、なになにー……」
世界については自分で学べと。
全部教えちゃうのはつまらない、と。
あれ、説明ってなんだっけ……。
思わず遠い目をしかけて振り払うように首を横に振る。
やめよう、深く考えると腹立つ。
次、次。
「ステータス、メールはウィンドウ状態で見ることが出来る……」
うん、今の状況だね。
それを見る為にはスイッチのようなものがあって、自分なりに探れと。
それは行動だったり言葉だったりする?
……スイッチってなんだよ。
まさかステータス開く為に地面殴れとか言わないよね?
まあいっか、これは後で確認しよう。
「スキルは取得条件がある?……レベルアップとそのスキルを識ること?」
ああ、これはなんとなくわかるかも。
レベルアップっていうけど、上がる度に何か覚えるのかな?
識るっていうのは勉強しろとかそんなんだよね。
「そこはむかーし街があったんだけど戦争で滅びちゃったんだよねぇ……何物騒なことカミングアウトしてんの!」
ここから立ち去りたい、切実に。
「西に向かえば町があるからね。あっ、西って太陽が沈む方だからね?昇る方じゃないよぉ。わかるかなぁ?」
あれ、馬鹿にされた?
違うよね?違うよね?
ただ日本と違ってわからないだろうからって教えてくれただけだよね?
このメールが紙だったらビリッビリに破いて燃やすのに。
「新しい人生をめいっぱい満喫してねっ☆僕が見守ってるから大船に乗ったつもりで安心しちゃってね!」
大船っていうか泥船に乗ったような不安があります、正直。
でもまあ、いいや。
少しずつ知ろう。
きっとここがあたしが生きてく世界ってことだ。
これが新しい人生ってことだね。
「メールをどう閉じたらいいんだろ……メールクローズ、なんちて」
ふざけて気取ってみたらメール画面が閉じられた。
おうふ……。
「……メールオープン、……とか」
言ったら開いたよー、マジか。
これでメール画面はOKだな。
後はステータス画面か……。
「……ステータスクローズ」
…………………閉じなーい。
あれー?
じゃあステータス画面開いた時何したっけ。
…………………地面凹ませたか。
いやいや、あれでステータス画面開くとか嫌だから。
地面凹ませた後は……あ、そうそう。
アバターのこと考えたんだった。
思い出した、と指をパチン、と鳴らしたらステータス画面が閉じた。
「……おおう、これか」
もう一度確認の為に指を鳴らす。
ステータス画面が開いた。
よしよし、これでステータスとメールはOK。
思わず指を掲げてパチン、と鳴らした。
「俺様nって駄目だこれ、あかんやつや」
落ち着けあたし。
とりあえずこれで今出来ることは終わった。
次は町へ行かなくちゃね!
頑張るぞー!
新しい人生だと言うならばここで死ぬまで生きることになるんだろう。
いいよ、あたしはここで生きてやる。
「えーっと……太陽が沈む方が西……」
手で陰を作って空を見上げる。
どっちに向かって太陽が動いてるんだろう……。
太陽を直接見ないようにしながら太陽の動きを待つ。
待つ。
そして待つ。
「…………こっちか」
僅かな動きを見逃さずに方向を確認し、西に向く。
ゆっくりと歩き出せば素足に土やら石やらの感触がしてちょっと慣れない。
「そういえば、お金ないと買い物も出来なくない?」
一人歩きながら眉を寄せる。
うーん……。
お金ってどう稼ぐんだ?
基本は魔物倒してゲット、もしくは色々売ってが定番だよね。
うーん、ここはどうなんだろう。
わっかんないなぁ。
「これは聞いてみないとあれよね、わかんないよね」
歩きながらうんうんと頷き、まだ見えない街を目指す。
どれだけ歩いたのか、目の前に木々がそびえ立つ。
遠くからこの森みたいなのを目印に歩いて来たのだが思った以上に遠かった。
足が痛い。
特に足の裏。
木があるなら水もあるんじゃなかろうかと来てみたものの、これは先が見えなくてちょっと怖い。
森といえば狼だとか熊だとかが出てきそうで。
でも街に行くにはここを超えないといけないみたいで深く息を吸う。
吸った息を吐く。
吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー。
「……女は度胸!」
草を掻き分けて森の中へと進む。
「ぎょああ!」
後悔した。
女にあるまじき悲鳴をあげて飛び上がってしまった。
何でこんなにいるんだ!!
がさがさと草を掻き分けて進んだのはいい。
ちょっと手を切っちゃいそうな草もあったけど、怪我もなく進んでた。
そこにいたのは二匹の狼。
後ろ姿だから見つからないようにこっそり木の陰から動きを見てた。
一匹ずつ相手をして、自分がどこまでやれるのか知りたかったのに。
まあ二匹ならなんとかうまくやればいいかなとか甘く考えたあたしは馬鹿だ。
あの時のあたしを殴ってやりたい。
そろーりと近付いたけれど、近付かなきゃ良かった。
こういう時の定番って知ってる?
木の枝とか踏んじゃって気付かれるってやつ。
やりました。
ええ、静かな空気にパキリ、って響かせました。
二匹がこっち見て目が合った、と思ったら一匹に遠吠えされちゃいました。
そしたら集まってくるわ集まってくる。
群れか巣があったんですかね!!
子供から大人までわらわらと出てきやがって!!
囲まれました。
死亡フラグですか?
笑えない。
何とかしてこの場を乗り切らないと。
目の前にいる遠吠えをした狼を睨み付けたまま、狼達の動きに神経を尖らせて拳を握る。
そうだ、地面凹ますんだよ、あたしのパンチ。
チート設定選んだじゃん。
すっかり忘れてたよ。
頑張れあたし!
死にたくない!
じりじりと位置をずらそうとするけど、横にも後ろにもいるから下手なことは出来ない。
どうしようか……。
「……………せやぁ!!」
考えんのはやめた。
襲いかかられたら負ける、そんな気がしたから。
地面を蹴り上げて一瞬で距離を詰め、目の前の狼に右ストレートを叩き込む。
悲鳴を上げて木に叩きつけられた狼はそのまま動かなくなった。
狼の居た場所に遅れて狼達の顔が向く。
地面に足がついたら膝を軽く曲げて勢いづけて横にいた狼に回し蹴りをかます。
数匹巻き込んで遠くなる姿を確認する暇もなく、足元に落ちていた石をいくつか掴む。
「うりゃあ!」
呆気に取られたように動かない狼達に向けて力一杯投げ付ければ鈍い音がして狼達が横たわる。
ざっと周囲に視線を巡らせれば残っていた狼達は蜘蛛の子を散らすように森の中へ消えていったのが見えた。
尖らせた神経に新しい敵意は引っ掛からず強ばっていた体から力が抜けた。
「……ふぃぃ……」
ぺたりと座り込んだ瞬間、体がぞわりと粟立った。
次いで聞こえた狼の悲鳴と焦げるような匂いがしてまた恐怖が込み上げる。
次は何。
落ち着く間もなく落ちている石を拾う。
ズボンのポケットにいくつか忍ばせておこう。
そして逃げ出せるようにと立ち上がる。
狼は先手必勝で倒せたけど、次はわからない。
ガサガサと揺れる草をじっと見つめる。
いつでも逃げられる準備をして。
「……ふぅん」
顔を覗かせたのはひょろりとした男だった。
服装はローブみたいなものを着ていて、手には杖を持っている。
とんがり帽子は被っていないが見た目は魔法使い風だった。
「へぇ……」
じっとあたしを見つめた後、多分狼達を見たんだと思う。
目だけがきょろりと動いたから。
にんまりと浮かべられた笑い顔に思わずびくりと体が揺れてしまった。
「ああ、怖がらなくていいよ。何もしないし」
そう言われてはいそうですか、とも言えないあたしはじり、と一歩後ずさる。
「冒険者……じゃなさそうだね。近くの街の子?一人でこんなとこに来るわけないだろうし、護衛は?」
「……一人だけど?」
訝しげに視線を向けていたら男が驚いたと言わんばかりに目を丸くした。
そしてもう一度周囲を見回してあたしを見つめる。
「この狼達は君一人で?」
「……そう、だけど?」
「へええ、君面白いね。ちょっと僕とお話ししない?」
愉しそうに笑うその男にちょっと悩む。
別に悪意はなさそうだけれど、あたし自身の説明とか何も出来ないから。
とか悩んでたら男が近づいて来てビックリした。
思ったより背が高い。
あたしが160ぐらいしかないから見上げなきゃいけない。
そんなこと考えてたら男があたしを見下ろして首を傾げた。
「狼の処理しないの?」
この言葉に何て返せばいいんだろう。
いかにも知ってますーみたいな態度も取れないし、気にしないでとも言えない。
……当たって砕けてくしかないか、もう。
「処理の仕方わかんないから」
「どこかの御令嬢にも見えないんだけどなぁ……ただの世間知らず?」
「そんなもの。あたしこの世界に詳しくないの」
「へえ、そうなんだ」
また愉しそうな笑い顔になってこっちを見てくるこの男。
蹴りたくなった。
蹴ったらどうなるかわかんないから蹴らないけど。
「じゃあ処理しちゃおうか」
男はナイフを持って倒れた狼に近寄るとしゃがみ込んだ。
距離を取って横から覗き込む形で男の行動を見守る。
男は器用にナイフ一本で狼を捌いていく。
流れる血の臭いが鼻についてなんとも言えない顔になっちゃうけど、どうしようもない。
慣れてないんだもん。
男は慣れた手付きで毛皮と分割された肉に分けていく。
「やってみるかい?」
「んー……貴方みたいに上手に出来ないから」
「最初ってそんなものじゃないかい?」
「じゃあ小さいので後で教えてよ」
「いいよ」
「そういえばさ、貴方名前は?あたし優菜」
「僕はジルフォード、長いからジルでいいよ」
男──ジル──は狼を捌く手を止めることなくそう言う。
ありがたくジルと呼ぶことにしよう。
「ジルは上手だね。やっぱりこういうこと出来ないとダメなのかな?」
「冒険者は出来る方が楽だよ。こうやって獲物を狩って食べることが出来れば荷物は少なくて済むし」
「ジルも荷物少ないよね、近くに住んでるわけじゃないんでしょ?」
「大陸を旅してるからねぇ。ここにはたまたま寄ったんだ。荷物が少ないのはアイテム袋があるからだよ」
そう言って懐から袋を取り出した。
見た感じそんなに入ってなさそうな袋を開けると毛皮と肉を放り込む。
「えええ、そのまま入れるの?てか袋の見た感じと入ってく量がおかしいんだけど!」
「これは魔法で作られた袋だからね。袋の大きさに対して、んー……10倍は入ると思ってくれればいいよ。見た目がぱんぱんになったら入らないから」
「へええええ、ちょっと触らせて」
「ふふ、こんなのが面白いの?」
笑いながら袋を差し出してくるジルから袋を受け取るとしげしげと袋を眺める。
革の袋だ、見た目。
何の変哲もない革の袋だけど、口を開けて中を覗くと何かが渦巻いているように見える。
そっと手を入れてその渦を肌で感じる。
何か生あったかい。
魔法で作られたって言ってたから、この生あったかい渦が魔力なのかもしれない。
「ふぁぁ……なんかすごー」
袋を眺めていたらいつの間にか狼の処理が終わっていたらしい。
ありがとー、って袋を返したら何か笑ってた。
ぽいぽいと袋に肉達を入れたら袋がパンパンに膨らんだ。
「ん、もう入らないね」
ジルはその袋を懐にしまうと立ち上がりあたしを見下ろして微笑む。
ちょっとイケメン……。
「僕街に行くけどユウナはどうするの?」
「え、と……」
「一人なら一緒においでよ」
とか言いながらニコニコと笑うジルにちょっと悩んだけどついて行くことにした。
右も左もわかんないからね。
二人で並んで森を抜け街へと向かう。
何があるのか楽しみだ。