十五話目
「大変お世話になりました」
あたしに向かって綺麗なお辞儀をしているのは黒髪の美女だ。
「いえいえ、頭を上げてください。あたし大したことしてないですし」
「いえ、ブリジット様のことですので多大に御迷惑を掛けているはず」
「妾を何だと思っておるのじゃ!かような迷惑なぞかけておらぬ!」
ブリジットは黒髪美女の隣で正座をしたままである。
ついでにこの美女には強く出られないらしい。
主従関係としてこれどうなの?
というかそれよりも言いたい事あるんですが。
「ちょっと食べ物買っただけで迷惑ではなかったですから、ね?」
「本当でしょうか?」
「ええ、それだけです」
ええ、ブリジットでの迷惑なんて懐具合だけですから。
むしろ貴女に言いたい事あるんですが。
というかそろそろブリジットを立たせてあげよう?
めっちゃ注目されてるからね?
ああそこの人、虐待じゃないから。
ちょ、人さらいでもないよ!?
ひそひそ聞こえる声に美女も気付いたのかこほん、と咳払いをするとブリジットを立たせた。
漸く次の話に進めると思っていいよね。
「しかし……貴女女性だったんですね」
「ええ、そうですね。というかあたし的に迷惑だったのは貴女なんですけど……」
「はっ!まさかやはりブリジット様を誘拐……!?」
「違うから。アンタがおもっきし武器振り回してくれたせいだっつうの」
真顔で即行否定してやった。
そう……あろうことかこの美女、あたしを誘拐犯扱いしてくれやがったのであります。
和風美女!とあたしが声を上げるとその美女がややあってあたしという存在に気が付いたらしい。
あたしを天辺から足先まで確認するとブリジットを抱えて距離をとった。
「貴様!幼女誘拐犯か!」
「はぁぁあああ!?違うし!」
「ブリジット様を不埒な目で見おって……許さん!」
驚くあたしとブリジットそっちのけで決め付けると、美女はどこからか鎖を取り出しあたしに向かって投げた。
どこからかっていうか、項か髪の毛の中かなんだけど。
鋭くあたしに向かってくる鎖を後ろに飛んで避ければ、それは地面にめり込んだ。
「神妙にお縄をちょうだいしろ!」
「お縄じゃなくて鎖でしょうが!」
「どっちも変わらん!」
「そういう問題ではなかろう……」
美女の武器は所謂鎖鎌というやつだ。
皆も知ってるあの草を狩る鎌の柄から鎖が伸びてて、その先に重りのように分銅がついてる。
あの分銅をぶつけられたら多分骨が折れるね。
地面にめり込むぐらいだもん。
鎖に絡め取られてもまずい。
あの鎌でスパーンと斬られる。
というか。
「こんな街中でそんな物騒なもの振り回さないでもらえますかーっ」
「ええい、ちょこまかと!」
「誤解じゃ!落ち着け!」
絶賛回避中ですけどね。
誘拐犯とか身に覚えなさすぎて。
どうやら美女は頭に血が上っているらしく、彼女の後ろで懸命に宥めようとしているブリジットの声は耳に届いていない。
目を血走らせてあたしを睨みつけてる。
美女が怒ると怖いね……。
どこか他人事のように考えてたけど、これだけドカーンバコーン被害(地面とか建物に穴が開いている)を出して騒いでいるせいで街の人が集まり出した。
いかん。
これは逮捕される。
「ちょ、落ち着いてください、おねーさん!誤解だから!」
「問答無用!いたいけな幼女を拐かそうなどと考える不埒なやからは私が成敗してくれる!」
さっきから言い回しが古いし。
聞く耳を持たない美女に段々イライラしてくる。
「カーラ!だから誤解なのじゃ!!」
ブリジットが美女にしがみつくように飛び付いたけど、美女は止まらない。
「ふしゃーっ!」
「なっ!?」
不意に横から彼女の顔に向かって何かが飛び出した。
それは鋭い爪を持ち牙を剥いている。
「タータ!」
あたしの猫だった。
宿に預けていたのに、どうやってここに!?
「何をする!」
間一髪タータの爪を避けた美女だったが、怒りのまま邪魔をしたタータに向かって分銅を投げつける。
それは丁度着地しようとした瞬間を狙われていた。
あたしたちの喧騒を見ていた周囲からは小さな悲鳴が上がる。
「……ふざけんなよ」
だが投げつけられた分銅は、タータにも地面にもぶつかり音を立てることはなかった。
小さなタータにぶつかる直前、音もなくあたしが分銅を掴んだからだ。
分銅があたしの手の中で悲鳴を上げて形を変える。
だけどそんなこと知ったこっちゃない。
「人の話も聞かないでこんなもん振り回して……ただで済むと思ってねえよな……?」
美女を睨みつける。
怒りで顔というか頭が熱い。
むしろ全身が熱いし、湯気が出そうな程だ。
あたしのあまりの怒り様に美女も硬直し、ブリジットは顔を真っ青にしている。
「すまなかった、ユウナ!」
突然美女から飛び降りたブリジットは彼女の横に座って頭を下げた。
The・土下座である。
ジャンピング土下座を初めて見ました。
突然の土下座に呆気に取られ怒りが下降する。
「妾のせいで多大な迷惑をかけてしまったこと、平に、平に容赦願いたい!」
ブリジットの懸命な謝罪に美女も漸く落ち着いたらしい。
遅ればせながら話が出来る状況になって美女に説明をした。
ブリジットとの出会いから今までについて、事細かに説明しましたよ、ええ。
そして冒頭に至る。
頭痛い。
美女は人の話を聞かなすぎる。
ブリジットの土下座への慣れ具合はこれのせいだな、と簡単に想像もついた。
不憫だ……。
「妾よりもカーラが謝るべきなんじゃぞ!」
間違いない。
それな。
「申し訳ありませんでした」
素直に頭を下げた美女、カーラさんには言いたい事てんこ盛りあるけれど、まあ……謝ってくれたし。
ブリジットが特にね!
「とりあえずもう少し人の話聞いてくださいね」
「はい」
「皆さんも御迷惑おかけしました」
周囲に群がる人達に頭を下げる。
カーラさんとブリジットも一緒になって頭を下げれば解決して良かったねー、とか迷惑考えろーとか言われたが、皆納得したのか人がまばらになっていく。
これで良しとしとくか。
ただ、タータは未だにあたしの腕の中からカーラさんに向かって威嚇している。
そりゃそうだ。
宥めるようにタータを撫でてやれば不本意そうながらも大人しくなった。
「ありがとうね、タータ」
「ふにぃ……」
危険な場所に飛び込ませてしまったが、あたしを守ろうとしてくれて嬉しかった。
そう言えばタータは喉を鳴らしながら擦り寄ってくる。
やっと落ち着いた……と思ったのも束の間、騒動はまだ終わってなかった。
「で?一体どうしてこうなったのかしら?」
そりゃああれだけドカーンバコーンやってりゃこうなりますよね。
見物人の誰かが警備隊の人を呼んできてしまったのである。
今あたし達の前で引きつった笑顔で首を傾げていらっしゃるのは女神様。
お久しぶりですね!
相変わらずお綺麗ですね!
「お嬢さんを保護して一緒にお供の方を探してたら人攫いと勘違いされて攻撃されました」
被害は地面と建物です。
穴の開いたお店の人が肩を落としている姿がちらほら見える。
女神様は被害を確認すると溜め息を吐いた。
憂い顔も美しいね。
「うーん……」
「一応誤解は解けたんですけど……」
「被害がねぇ……」
あっちこっちに穴出来てますからねぇ……。
かといってボコボコにされる謂れはないんで避けまくりましたけど。
しかしあたしにも責任が若干あるとはいえ、この状況はどうしたものか。
「この度は私の勘違いのせいで御迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」
女神様と唸ってたらカーラさんが女神様に声をかけた。
女神様の部下的な人達は被害状況の確認であっちこっちに散らばっている。
すみません。
「街中での武器使用はちょっといただけないのよねぇ」
「はい。それに関しましては私の落ち度でございます」
「被害状況としては器物損壊が主で怪我人がいなかったのは僥倖と言わざるを得ないんだけど……」
女神様、ご面倒おかけします。
勘違いが原因で、それが解決したとはいえ、ってやつですね。
ホント巻き込まれて怪我人とか出なくて良かったよ!
「こちらを補修費用としてお納めください」
そう言ってカーラさんが袋を女神様に差し出した。
女神様はそれを受け取ると中身を確認して目を丸くする。
「ちょ、何これ」
「私共がおかけした迷惑料と建築物等の補修費用に。現金では足りないと判断しましたので」
袋の中身を見てあたしもぎょっとした。
その袋自体はそんなに大きくない。
ただ、両手で収まるぐらいの袋には、宝石とか魔石とかがごちゃっと入っていた。
こんなものぽんと出せる立場の人なの!?
あ、宝石の値段とかは詳しくないです、あたし。
ただ、この世界では宝石を魔石の補助具として使ったりするというのは話に聞いていたし、魔石自体も決して安くない。
なんせ魔導具の素だからね。
今魔石を手に入れようと思ったらピンキリだけど安くても云万円(※わかりやすく日本円で換算しております)、高いと値段もつけられない程になるものらしい。
宝石に関してはどこの世界でも高級品だし、本物なら高い。
そんな袋の中身と女神様を交互に見つめる。
女神様は額に手を当てて深ぁく溜め息を吐いた。
「とりあえず詰め所に来てもらえるかしら?」
何か疲れた感じの女神様に連れられてあたし達は警備隊詰め所とやらに移動することになりました。
全員バラバラに事情聴取され、あたしは女神様に無理しないようにと念を押されて解放された。
幼女保護しただけだもんね!
……被害拡大もさせてたけど。
事情聴取よりも何故かお説教の時間が多く取られてました。
誠に遺憾です。
タータを抱っこしたまま宿の部屋へ戻る。
「今日は疲れたぁ」
『お疲れ様ですにゃあ』
「ありがー……あん?」
不意に聞こえた声にきょろきょろと室内を見回すも誰もいない。
首を傾げるとぺたぺたと頬をタータが肉球で触ってきた。
肉球って気持ちいいよね。
『ユウナ様ぁ、タータですにゃあ』
「はう!?」
腕の中からあたしを見上げているタータと目が合う。
くりくりのおめめがきゅるんってしてるよぉ(※混乱中)
『ユウナ様とお話出来て嬉しいにゃあ』
そう言って頭を擦り寄せてくるタータに難しいことを考えるのはやめた。
タータ、喋れる、OK。
部屋の椅子に腰掛け膝の上にタータを乗せてひとまず落ち着く。
「タータ喋れたんだねぇ」
『はいですにゃあ』
語尾がにゃあだよ、可愛い。
どうやらタータとの親愛度が上がったことで会話が出来るようになったらしい。
タータは今までも同じように話しかけてたんだって。
それを人語としてあたしが受け取れるようになったとかなんとか。
凄いね。
コンコン
タータとおしゃべりしていたら扉がノックされた。
窓から外を見ると空が茜色に染まっていて結構な時間こうしていたんだなーと気付く。
タータを膝から下ろし、椅子から立ち上がって凝り固まった背中を伸ばすように背伸びしながら扉の向こうに返事をする。
扉を開ければそこにいたのは女神様。
思わず拝んでしまった。
「何をしているの?」
「はっ、女神様ご降臨を祝しまして」
うん、急な女神様の登場に混乱してることが自分でもわかる。
呆れ顔の女神様だけど、あたしも自分の言動に呆れてます。
何してんだ自分。
「とりあえずお話がしたいから下に行きましょう」
女神様に連れられて食堂へ降りる。
賑わい始めている食堂の隅の席へと座り、お姉さんにご飯と飲み物を頼む。
簡単に今日の騒動についての確認を取られ、ブリジットとカーラさんの処遇について説明される。
厳重注意と次問題を起こしたら王都への半年出入り禁止らしい。
ああ、やっぱりどこからか来た人達なんだな。
ブリジット達は数日程王都に滞在し、周辺を回る予定があるらしいと教えてくれたが、会う予定はないです。
「こう言っちゃあれなんだけど……彼女達には気をつけなさい」
急に真面目な顔で言われて首を傾げてしまった。
少し考えた後、そう言われる理由について一つ思い当たり納得する。
「彼女達はどこか違うわ。深入りすると泣きを見るのはアナタよ」
真剣な表情の女神様はオネエさんと言うよりごっつイケメンです。
親身になって忠告してくれているのに違うこと考えてすいません。
でもまあ、ブリジットもカーラさんも悪い人ではないと思うんだよね。
あたしの勝手な意見だけど。
でもそれを言ったところで納得してくれるとも思えない。
「わかりました。気をつけてはおきます」
親切心を無碍にすることもないしね。
あたしも神妙な顔で頷いておく。
女神様はどうやらそれが言いたくてここまで来てくれたらしい。
女神はこんなあたしにも慈悲深い!
流石にここで手を合わせて拝むことは出来ないから、心の中で拝んでおきます。
ありがたやーありがたやー。
「そういえばまだ自己紹介してなかったわねぇ」
女神様にそう言われふと考えてみる。
……あたしも名乗ってなかったわ。
いやぁ、出会いのあの日も今日も騒動から始まりましたもんねぇ。
挨拶してる暇がなかったよ。
……言い訳には苦しい?
気にしちゃダメ。
「アタシはクラークよ。悪いコを捕まえるお仕事をしてるわ」
真面目な話から一転、フレンドリーな女神様が茶目っ気たっぷりにウィンクしてそう言った。
「あたしはユウナで、すぅぅうう!?」
「な、なに!?どうしたの!?」
突然あたしが素っ頓狂な声を上げたせいで女神様が目を丸くした。
ちょっとお待ちください、ワタシそれどころじゃない。
クラークって、クラークって……。
そうだよ、この女神様どこかで見た事あると思ってたんだよ!
目の色と格好が違うから気付かなかった!!
あたしが作ったクラークと色違いなだけじゃねえか。




