十二話目
王都ヴォルベルクまで歩いて約4日かかるらしい。
ジルと並んで歩くあたしの肩に落ち着いたアルジェンタータ。
ちょこちょこ歩く姿も可愛かったんだけど、急かすのが可哀想で肩に乗せることにしたのである。
肩にだらんと乗っかってる姿も可愛いのであたしは満足です。
ただ……。
「召喚獣のくせに使えない」
「にゃーっ」
「ふん、ただの愛玩動物じゃないか」
「うにゃにゃーっ」
何、会話出来てるのか君たち?
あたしの頭挟んでるけどね。
しかしどうしてジルはアルジェンタータに喧嘩腰なんだ。
あれか、歩くのに疲れたのか。
歩かないアルジェンタータが羨ましいと?
じゃああたしがジルをお姫様抱っこでも……いや、絵面がよろしくない。
「ちょっと陽が落ちてきたねー」
そして空気をあえて読まないあたし。
やぶへびは嫌だからね。
「ああ、そうだね。休める場所を探して火をおこそうか」
「はーい」
アルジェンタータとの喧嘩から綺麗に話が変わりました。
グッジョブ、あたし。
街道の脇に腰を下ろして拾っておいた薪用の枝をポシェットから取り出す。
火は火付け石でカチカチとやりました。
魔術でも問題はないらしいんだけど、すぐ火をおこさなきゃいけないわけでもないからのんびり。
緊張感?
全然ないです。
ええ、一切、まったく。
ジルがいるからね。
薪に火がついたらジルの隣に腰を下ろしてポシェットからご飯を取り出す。
ジルに渡して自分の分を取り出していると、ジルとあたしの間にアルジェンタータが割り込んでちょこんと座った。
何このカワイイ子。
ジルはじとりとアルジェンタータを見下ろしてる。
「そういえば、アルジェンタータは何食べるのかな?」
「さあね、召喚獣っていうものはないから僕にもわからないな」
ここには召喚獣は存在しないのか。
へー。
じゃあどうしよう……。
ポシェットを足に乗せて悩む。
一覧を開いてご飯になりそうなものを考えてみる。
「子猫っていったらミルクだけど……ないし……あたしも出せないなぁ」
「ぶふーっ」
「おわっ、ちょ、どうしたの!?」
お茶を飲んでたジルが急に噴き出した。
横で良かったー。
正面だったら被ってたよ。
ゲホガホとむせるジルの背中を叩いてあげる。
間に挟まれたままアルジェンタータがぷくす、と鼻を鳴らした。
「だ、だいじょ、げほっ」
「はいはい、落ち着いてー?」
一体何があったのやら。
よくわからないままジルが落ち着くのを待つ。
「……ふぅ」
「大丈夫?」
「うん。……ユウナはもう少し発言に気を付けようか」
「え?何が?」
ジルが真面目な顔であたしを見つめる。
一体何がダメだったのかわからないあたしは首を傾げることしか出来ない。
それを見てジルが深く溜め息を吐いた。
「うん、もういいよ」
「あ、そう?アルジェンタータは何食べるかなー?」
いいのなら気にしません。
ポシェットに入ってる物をしっかり確認していく。
「あ、動物の餌があった」
こんなのいつ使うんだと思いながらポシェットに仕舞っていたんだった。
ついでにおもちゃになりそうなものもある。
動物の餌を取り出して手のひらに乗せる。
「食べれるかな?」
それをアルジェンタータの前に差し出すと小さな顔を寄せて匂いを嗅ぎ始める。
ぺろりとそれを舐めるとぷいっ、と顔を背けた。
「ありゃ、嫌か」
「動物が動物の餌を嫌がるのか」
「ふにゃにゃっ」
「じゃああたしの食べれるかな?」
じゃないと他に食べられるものがゴブリンの肉になります。
解体してもらわないといけないんだよね。
あたしの分のご飯を取り出してパンを小さく千切る。
「これは?」
目の前に差し出しされたパンの匂いを嗅いだアルジェンタータ。
やっぱりぷいっ、と顔を背けました。
ううーん……。
千切ったパンを自分の口に放り込み狼の干し肉(薄切り)をぺらりと揺らす。
「魚がないからお肉になっちゃうんだけど……」
ぴらぴらとアルジェンタータの前で干し肉を揺らせば小さな鼻がぴくぴくと動き、齧りつかれた。
おおう、猫って肉食だっけ?
あ、ライオンとか肉食べるんだっけ。
あれ、ライオンって何科だっけ………………まあいっか。
あぐあぐと齧り付く姿にほんわかしながら見つめる。
《アルジェンタータ》ユウナの召喚獣。親愛度が高まることで色々成長する。
……色々って何。
説明はないのか。
てか親愛度?
今でも結構懐いてくれてる感じなんだけど……どうなんだろ。
まあいっかぁ。
可愛いし。
「おいしー?」
「んにゃあ」
あぐあぐと齧り付いていたアルジェンタータに声を掛けると可愛く鳴いてくれた。
萌える。
とりあえず肉食っぽいということで。
徐々に減っていく干し肉に目を細め皿を用意して乗せてやる。
あたしの手から食べさせられるけど、食べ終わるの待ってたらあたしがご飯食べられないからねっ。
そうだ、馬乳ぐらい持ってくれば良かったな。
お水しかないや。
王都までは我慢してもらうしかないね。
「ごちそーさまでした」
「んにゃっ」
手を合わせて言えばアルジェンタータも満足そうに鳴いた。
もう存在全てが可愛いなこんちくしょうめ。
ご飯を食べて満足したら眠くなったのかあたしの膝に乗ってきた。
ゆっくりとその背中を撫でてやれば丸くなる。
ジルが物凄く睨んでる。
怖いよオニーチャン。
「つけといてなんだけど、長いよねぇ」
「何が?」
「アルジェンタータの名前。もう少し短くても良かったかなぁ?」
「じゃあネコでいいんじゃない?」
「名前じゃないじゃん」
まだ聞こえてるのかアルジェンタータの耳がぴくりと揺れる。
「アルかタータでいいんじゃないか」
「ああ、いいね」
むすっとしながらもジルがいい案を出してくれた。
ねこちくしょうめとか聞こえるけど無視だ。
「タータでもいいかな、うん」
「ふに……」
同意かはわからないけれど、小さく鳴いたタータはそのまま眠ったみたいだった。
横でジルは木に凭れこちらを見ていた。
「そうだ、見張りとかしないとダメだよね」
「ああ、結界魔導具があるから」
「んぇ?」
「ちょっと待ってて」
ジルは立ち上がるとアイテム袋から何かを取り出し、あたしたちが腰を下ろした場所を囲むようにそれを地面に突き刺した。
ぽわん、とそれらが光るとドーム状に薄く魔力の膜が出来たのがわかる。
「これがあれば雑魚は問題ないよ」
「へええ、凄い!」
「ユウナはゆっくり休めばいいよ」
「んー……でも……」
「大丈夫。結界張ってあるからね」
あたしの横に再び座ったジルはぽふぽふとあたしの頭を叩き微笑む。
うーん、イケメンだ。
慣れないことは無理しちゃいけないよね。
余計な負担になったら困るし。
ちょっと多めに休ませてもらおう。
明日から頑張ればいいんだし、うん。
「じゃあ今日は休ませてもらうね」
「ふふ、うん。わかったよ」
ジルの言葉に甘えてどう寝ようか考えてみる。
野宿って横になるのに若干抵抗あるからね。
ほら、土で汚れちゃうじゃない。
ポシェットにベッドか、どうにかして家みたいなの入れられないかなー。
んー……。
何かない……あ、テントとかいいんじゃね?
でも強度とか結界とかも考えないとだし、大きさとか……。
上手く組み合わせて野宿も快適に出来ないかなー。
こういう時ふと思うよね。
助けて、ドーラー〇ーもーんー。
あんな道具やこんな道具があったら物凄く助かるね。
ただ、この世界に機械っていうものがあるのかどうかとか色々考えちゃうよね。
魔法でどうにか出来るのかな。
あー、でも動力を、魔導石で……水力……火力……ぐー……。
……ん……?
あれ、あたし何してたっけ……?
何か硬いもの枕にしてる……?
「うにー」
タータの小さな声と頬をざらりと撫でたものに薄らと目を開ける。
ああ、タータに舐められたのか。
目の前でじっとあたしを見つめるタータが可愛くてふにゃりと微笑む。
いつの間にかあたしは横になってたみたいだ。
…………横?
きょろりと目だけを動かしてみる。
タータの後ろには火の消えた薪が見える。
周りは明るくて、多分朝になってるんだと思う。
うん、あたし横向きで寝てる。
何か……うん、何かを枕にしてる。
ついでにあたしの腰辺りに何か乗ってる感じもする。
こ、これは……もしかするともしかするのか……?
もぞりと身動ぎすれば枕も動いた。
「ん……起きた……?」
ちょっと掠れた声が上から降ってきた。
ぎぎぎ、と音がしそうな動きで上を見上げてみれば、とろんとした目であたしを見下ろすジル。
目が合うとへにゃりと笑われた。
何 こ の イ ケ メ ン !
思わず体が固まったあたしの様子をどう受け取ったのかわからないけれど、腰辺りに乗せてた手でジルはゆっくりとあたしの髪を撫でた。
「おはよう」
「おおおおおおはおはおは、よ」
どもっちゃったけど仕方ないよね。
寝起きの思考に寝起きのイケメンは破壊力抜群だよ。
固まった体を叱咤して上半身を起こす。
どうやら毛布替わりにあたしのマントをしっかりと掛けてくれてたらしい。
それがはらりと落ちて慌てて拾う。
横でジルはうーん、と背伸びしてる。
「ま、枕にしちゃってごめんね?」
恥ずかしいやら申し訳ないやらであたしの声は小さい。
それをしっかりと聞き取ってジルは微笑む。
「倒れて頭ぶつけたら痛いからね」
くすくすと笑ってあたしの頭を撫でた後、ジルは立ち上がり結界の楔を引き抜きアイテム袋に仕舞う。
男の人の膝枕はちょっと硬かったけどご馳走様でした、と心の中で手を合わせておいた。
「にーにー」
あたしの膝に小さな手を置いてタータが何かを訴えてくる。
意思疎通出来ない。
どうしてジルはタータと喧嘩出来てたんだろう。
「あ、お腹すいたのかな?」
不意に思い当たったことにポシェットを漁ればタータはちょこんとお座りをして待ってた。
合ってたらしい。
皿を取り出し干し肉を乗せてタータの前に置いてやる。
ジルの朝食も準備してさっさと食事を終えれば、再び王都へと向かって歩くことになる。
今日も頑張って歩くぞ、おー。




