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しゅんくんの日記

伝えることで、何か変わるのだろうか?ぼくの行動はやがて嵐を巻き起こすのだろうか?それとも、ただ一度の羽ばたきで終わってしまうのだろうか?家に着いたのは午後6時ごろだった。2人で彼女の作ったカレーを食べる。

「調子はどう?」

色々な意味を込めて、ぼくは質問する。

「うん。順調じゅんちょー!」

いつものように、明るく振る舞う彼女。

「ゆうくん、今日はどこ行ってたのー?」

そういえば、ちょっと出かけると言ったきりだった気がする。ぼくは何も言わず、江ノ島水族館のパンフレットをさしだす。

「すいぞくかん?行ってたの?」

「いいや。今度の週末に一緒に行かない?」

「いいけど。どうして?」

「そこで渡したいものがあるんだ。」

「ふーん。」

至極気にした様子でこちらを伺っている。ぼくは、ただただはにかむ。伝えるのは今じゃない。伝えるのはここじゃない。ぼくのはばたきは嵐を巻き起こし、夕子さんのパスをトライにつなげるのだから。


週末、ぼくらは江ノ島水族館にいた。かなりの人だかりだった。人の群れの後ろで背伸びをして、直角に切り取られた海を見る。小魚の群れが横切り、後から口を大きく開けたエイが水槽に張り付くように通過する。

「何食べてるんだろうね。」

彼女の質問。

「プランクトンさ。ああやって口を大きく開けて、飲み込むんじゃないかな?」

「へぇー。」

ぼくは口をへの字にして、おどける。

「あはははははは。似てない。」


次はクラゲのコーナー、少し薄暗い空間に、ユラユラと漂うクラゲ。

「ねぇ?クラゲって漢字がかけるかい?」

ぼくはさりげなく質問する。

「知らなーい。」

「海に月って書くんだ。」

「そっかー。確かにお月様みたい。」

まん丸で白く透き通ったからだは、確かに闇夜を照らす満月に似ている。


それからぼくらは見上げる水槽で空飛ぶペンギンを見たり、イルカショーで水をかけられたり、隠れていないカクレクマノミを見て笑ったりしながら、水族館を満喫した。

水族館をでると、僕らは海岸線沿いを歩いた。潮の香りのする風と、カモメの声が僕らを迎えてくれているようだ。30分ほど歩くと、目的地が見えてきた。恋人の丘というなんともベタなネーミングの場所に、ポツンと鐘が吊るされている。ご丁寧に、その鐘の説明書きが置かれている。目の前は海しか見えない。ちょうど、一組のカップルが鐘を鳴らし終えて、海を眺めている。

「龍恋の鐘っていうんだって。」

「りゅうれん?」

「そう。龍の恋。龍と天女の恋の伝説があるんだってさ。」

「へぇー。この鐘を鳴らすと永遠に…」

ぼくは唇に人差し指をあて、しーっと言った。鐘からのびるヒモを持ち彼女の手がぼくの手に重なる。

カーーーン。

「これで、ぼくらは永遠に結ばれる。」

彼女はそっとうなずく。それからぼくらは海岸線を歩き、ひと気のない岩場に座った。ぼくはカバンから封筒を取り出した。そっと、彼女に渡す。

「なに?」

「開けてみて。」

彼女が封筒を開ける。それは一冊の日記帳だ。表紙に、橋下俊と書かれている。

「これって。」

口を押さえ、目を見開いている。

「ごめんね。勝手に。しゅんくんのお母さんに会ったんだ。」

「・・・・・。」

「由佳には本当に感謝してるって。」

「そんなっ。わたしは…」

「開いてみて。」

彼女がページをめくる。

「〜8月10日晴れ〜 お母さんにすすめられて今日から日記を書くことにしました。今日はゆかおねえちゃんと7ならべをしました。とても、楽しかったです。」

「〜8月11日くもり〜 今日はゆかおねえちゃんと病院の庭でお散歩しました。ひまわりがきれいに咲いていました。」

「〜8月12日晴れ〜今日はゆかおねえちゃんと折り紙をしました。おねえちゃんに花の折り方を教わりました。お母さんにプレゼントしたら、喜ばれました。」

彼女の目から流れるなみだ。とめどなく流れる。ぼくはそっと、肩を抱き寄せる。

「……とう。」

波の音でよく聞こえなかったが、ありがとう、と言ったのだろうか。彼女は一枚一枚、ゆっくりとページをめくっていく。ほとんどが由佳との何気ない会話や遊びを綴ったものだ。あるページで手が止まった。

「〜9月20日晴れ〜今日は病院からきょかをもらって、お父さんとお母さんとえの島にある水族かんに行きました。ペンギンをはじめてみました。よちよち歩きがかわいかったです。イルカもはじめてみました。イルカの上に人がのってました。かっこよかったです。こんどはゆかおねえちゃんもいっしょにいきたいです。」

彼女は静かにノートを閉じる。

「しゅんくんのお母さん言ってたよ。しゅんくんが笑顔になったのは由佳おかげだって。あと、元気な赤ちゃんを産んでください、って。」

海風がゴーっと吹き、彼女の髪をはためかせた。はぐれたのか一羽のカモメが岩場に降り立った。こちらをじっと見つめている。

「ありがとう。ボク、がんばるよ。」

彼女がそう言うと、カモメは飛び立っていった。


トライ。




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