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幸せって?

ぼくはまず彼女が休みの日に彼女が勤める市民病院に行ってみることにした。患者さんの情報を手に入れるのは容易なことではないと思っていた。だが、それはあっけなく叶った。

患者を装い待合室で本を読んでいると、

「もしかして、相楽さんのご主人でいらっしゃいますか?」

若い看護師さんに話しかけられた。何処かで見たような。

「あっ、結婚式に来てくださった。」

思い出した。

「はい。清水です。どこか、お加減でも?」

「いえ、じつは……」

ぼくは正直に事の次第を話した。

「そう。ゆかちゃん何も話してくれないから。あの時はかなり落ち込んでたんだけど、徐々に立ち直っていったように見えたんだけどね。」

清水さんならしゅんくんの母親のことが分かるかもしれない。

「あの、しゅんくんの母親の住所を教えていただけませんか?」

「それは、できません。って、言いたいところだけど、ちょっと待ってて。」

彼女は5分ほどで戻ってきた。そして、一枚の紙切れを差し出した。

「看護師失格ね。」

ぼくはその紙切れを受け取った。

「ありがとうございます。」

ぼくは頭を下げる。

「ゆかちゃんをお願いね。」

それだけ言って彼女は立ち去る。

紙切れには住所と電話番号が書かれていた。ぼくはとりあえずその番号にかけてみた。

「はい。橋下です。」

しゅんくんのお母さんだろうか。

「あのっ、しゅんくんのお母さんですか?」

「どちら様ですか?」

至極当然の質問だ。

「あのっ、萩原と申します。相楽由佳という看護師をご存知ですよね?」

「ええっ。しゅんを看てくれた看護師さんです。」

「わたし、彼女の夫です。」

「あっ、そうなんですか。ゆかさんには本当にお世話になりました。」

予想だにしなかった反応にぼくは戸惑ってしまった。

「ゆかさん、ご結婚されたんですね。おめでとうございます。」

「あっ、あのっ、お話ししたいことがあります。今からご自宅にお伺いしてもよろしいでしょうか?」

少し厚かましいとは思ったが、彼女は快く了承してくれた。電車で一時間ほどの道のり。何を話せばいいんだろう。こんなことで何か変わるのだろうか。わからなかった。

表札に「橋下」と書かれた一軒家のインターホンの前に立つ。庭には三輪車やら車のおもちゃやらが雑然と置かれている。

ぼくは一呼吸おいて、インターホンを鳴らす。

「はーい。」

「先ほどお電話した萩原です。」

ガチャっとドアが開かれる。30代半ばほどの細身の女性がドアを開けた。

「萩原さんですね。どうぞ。」

「おじゃまします。」

他人の家というのは独特のにおいがある。この家にはほろ苦いコーヒーの香りが漂っているような気がする。

「ママー!」

部屋の奥から小さな女の子の声が聞こえた。晴れやかでのびのある声だった。空間が一瞬でフレッシュジュースの香りに包まれたようだ。


ぼくはダイニングに案内された。隅の方で1人で遊ぶ二歳くらいの女の子が目に入った。

「娘の(はる)です。」

コーヒーを入れながら、母親が言った。

「ゆかさん、お元気ですか?」

席に着くなり、そんな質問。

「ええっ。」

「ゆかさんのおかげで(しゅん)

は本当に元気になったんです。」

「でも、しゅんくんは…」

「もう、二年になります。」

彼女はふと、収納棚に目をやった。そこには、8歳くらいの男の子の写真が飾られている。青空の下満面の笑みを浮かべている。

「あんなに笑うようになったのは、ゆかさんに会ってからなんですよ。」

ぼくは考えがまとまらず、どう切り出したら良いかわからない。出されたコーヒーをじっと見つめる。

「ママー。かけたー。」

画用紙を持って女の子がかけよる。そうか。ぼくらにももうすぐあんな子が産まれるのか。

「じつは、ぼくらにも子供が産まれるんです。」

「まぁ、それは良かったですね。」

「でも、ゆかはしゅんくんのことや、あなたのことを気にかけていまして……」

「そうですか。ちょっと待っててください。」

彼女は近くの棚からアルバムを取り出す。開くと、しゅんくんと両親の写真が並んでいた。

「俊が産まれたのは今から10年前です。」

赤ん坊の写真を指差す。

「しゅんは産まれたときから、体が弱かったんです。」

成長過程を追うように、パラパラとアルバムをめくる。大抵1人か家族と写っている。およそ子供らしくない無表情だ。背景はほとんど病院の庭や病室だ。

「由佳っ。」

そこに写っていたのは、看護師服姿の由佳としゅんくんだ。2人とも満面の笑みを浮かべている。

「ゆかさんが…担当になってからです。」

彼女は口を押さえる。

「俊が…こんなに…笑顔に…なったのは…」

時折むせながら、涙を拭う。

「仕方…なかったんです。急な発作で…」

「ゆかさんに伝えてください。あなたのおかげで、しゅんは元気になれたと。感謝していると。あと、元気な赤ちゃんを産んでください。と。」

そういうと彼女は先ほど娘に渡された画用紙をテーブルにひろげた。丸と点と直線で構成された人の顔が4つ描かれていた。

「春が産まれたのは、しゅんが亡くなる少し前です。だから、覚えているわけないんですけど、この娘が描く絵には、しゅんがいるんです。」

絵の中の顔は皆笑っている。

「伝えます。」

幸せとはなんだろうか?昔誰かが、人生はどう生きるかなんだ。長さは問題じゃない、と言っていた。しゅんくんは由佳と出会ったことで、幸せだったのだろうか。そうだったら、もしそうだったら、良かったな。

帰り際に大きな封筒を差し出された。

「俊の日記です。ゆかさんに渡してください。」

ぼくはすこし戸惑ったが

「必ず、由佳と返しに来ます。」

と、受け取った。

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