トライをきめろ
幸せというものはドミノ倒しのように連鎖していくものなのだろうか?彼女の妊娠が分かったのは、結婚式から二ヶ月後のことだった。夕食の時彼女はさらっと
「子供できたみたい。」
と教えてくれた。自分が父親になる。遠い未来のことだと思っていたことが、すぐそこにある。ぼくは間違いなく浮かれていたんだと思う。まだ、妊娠三ヶ月だというのに、ベビーカーやベビー服、おもちゃなどを買いあさったり、名前を考えたりした。まだ、男か女かも分かっていないのに、と彼女に叱られたのは言うまでもない。
そんなぼくと対照的だったのは彼女の方だった。いつものように明るく振舞ってはいるが、無理をしている感が否めない。マタニティーブルーというのとはまた違う気がした。
夜、2人でテレビを見ている時、
「どうしたの?」
ぼくは不意に聞いた。
「んっ?」
「無理してない?」
「んっ。わかった?」
「もしかして、しゅんくんのこと?」
彼女は驚きを隠せない様子だ。
「どうして、知ってるの?」
「もう、二年になるかな。ゆかちんと初めてデートした時、話してくれたんだよ。」
「酔ってた?」
「相当ね。」
「そっかー。話しちゃったんだ。」
それからしばらくテレビの音だけが流れた。
「わたしだけ、幸せにはなれないよ。」
彼女が自分のことをわたしというとき、ぼくはなんとなく寂しい気持ちになる。
「どういうこと?」
「しゅんくんのお母さんは本当にしゅんくんのことを愛していた。なのにわたしは何もできなかった。」
ぽつりぽつりと発せられる彼女の言葉。無表情で少しうつむく彼女の顔をどうやったら笑顔にできるのだろう。どんな言葉をかけてあげればいいんだろう。何も、思いつかなかった。
このまま何もせず時に身を任せることもできるだろう。でも、それじゃいけない気がした。彼女を愛すると誓ったぼくには何かやらなきゃいけないことがある。でも、わからなかった。ある時、ゆうこさんから電話がかかってきた。
「ゆかちゃん。どうかした?」ゆうこさんからそんな質問。
「やっぱりわかります?」
「わたしはまだ妊娠したことがないから分からないけど、なんかゆかちゃん変なのよね。」
ぼくはことのあらましを話した。
「うちに来なさい!今すぐに。」
ゆうこさんに言われるがまま、ぼくはゆうこさんのアパートに向かった。アパートには須藤君も待っていた。そしてなぜか日本酒が用意されていた。
「まぁ、座れよ。」
須藤君が促す。ゆうこさんが漬物をどうぞと差し出す。すると、須藤君が三つの杯に酒を汲む。
「飲むの?」
ぼくが聞く。須藤君がお酒を飲んでいるところを見たことは今まで一度もない。
「ああっ。」
と言って一気に飲み干した。
「飲めよ。」
須藤君が促す。ぼくも一気にその酒を煽った。みるみるうちに須藤君の顔は真っ赤になった。すぐにトイレに向かう。
「はあっ。ばかな人。」
ゆうこさんがあきれている。
「ごめんね。はぎわらくん。」
そう言って彼女も酒を煽る。結構なペースで。10分ほどして須藤君がトイレからでてきた。少し顔が青い。
「いいか、ゆうと。男にはやらなきゃならない時もある。」
「なにを?」
「それは自分で考えろ。」
全く答えになっていない。
「そんなこと言うためにぼくを呼び出したのか!」
なぜぼくはこんなに大声をだしているんだろう。何年ぶりだろう。こんな大声を出したのは。
「ああっ。そうだ。自分で考えろ。それを実行しろ!」
負け時と須藤君も大声を出す。
「わかんないんだよ!」
「わかるまで考えろ!」
「考えたさ!」
「何も考えつかなかったのか!ああっ!」
須藤君が詰め寄る。
「チーーン」二人のバトル終わらせる電子レンジの音。
「あっ、ごめん。お腹空いちゃって。」
と、ゆうこさん。絶妙なタイミングでぼくらのバトルを終わらせてくれた。
「とりあえず、そのしゅんくんて子のお母さんにあってみたら。」
さらっとアドバイスをくれた。どうしてそんなことも考えられなかったんだろう。ぼくらがタックルしあっている間にゆうこさんは適切なパスを出してくれた。トライをきめるのはぼくの役目だ。