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デートにて

何年ぶりだろう。わたしのことをボクと言ったのは。

その電話がかかってきたのは、もしかしたら、神様からわたしへの贈り物だったのかもしれない。

虚無感を感じながら家に帰ったあの晩、懐かしい名前がわたしのケータイのディスプレイに映し出された。

萩原悠斗

中学高校の同級生。わたしが初めて好きという感情を抱いた人。

どうしてだろう。あの頃は三年間も告白できなかったのに。どうして、そのときわたしは、自分の気持ちを素直に言えたんだろう。

あんなまっすぐな告白を聞いたのは初めてだった。空っぽだったわたしの心に、色とりどりの花が咲き乱れた。


あの電話のあと、ぼくらは毎日のように電話をした。中学高校時代の先生の話。同級生が結婚した話。彼女の実家で飼っているジェフという老犬の話。ぼくの気付いていない口癖の話。(ちなみにまだ気付いていない。)

「池田先生の口癖覚えてる?」彼女が質問する。

「じゃーかぁーしー。」

池田先生がやかましいと注意するモノマネだ。

「あははははははははははは!似てない。」彼女は楽しそうに笑った。

「ねぇ、知ってる?ルーシーとミッチーが結婚したんだって。しかも、できちゃった婚らしいよ。」

「うっそ。あいつらって高1から付き合ってたよなぁ?」

「ラブラブだったもんね。」

「ぼくの実家の犬さーシラタキが好きなんだー。」

「うっそ。犬がシラタキ?」

「うん。シラタキを見るとね尻尾をブルブルふって、頂戴って言うんだよ。」

「相良さんって犬語がわかるの?」

「チョットね。」

「ゆうくんの口癖みっけ!」

「うっそ。何?」

「あははははははははははは!」

3回目くらいの電話で彼女はぼくのことをゆうくんと呼ぶようになった。

楽しかった。どうしてこんなに楽しいんだろう?彼女と話すためだけにぼくは生まれてきたんだろうか?そう思うときすらあった。

でも、なぜだろう。仕事の話になると、彼女は話をそらした。


初めてのデートは映画だった。大きなショッピングモールにある映画館。近くの喫茶店で待ち合わせ。ぼくは15分前に着いた。彼女はまだ来ていない。本屋で暇をつぶし、5分前に行くと喫茶店の前に白いカーディガン姿の女性が立っていた。手鏡で前髪を整えている。ぼくはできるだけ平静を装い彼女に話しかけた。

「相良さん。」

「萩原くん。久しぶりー。はい、これ。」

彼女はぼくにちんすこうを渡した。

「沖縄に行ったからさ。お土産。」

「ありがとう。」

ぼくはいきなり不意をつかれた気がした。

「入ろっか。」

喫茶店のドアを引きどうぞと彼女を促した。二つ目のドアを彼女が引きどうぞとぼくを促した。お互いチョットだけ笑った。

ぼくらは2人ともココアを頼んだ。


4年ぶりに見る彼女はあんまり変わってないようにも見えたし、4年分大人になったようにも見えた。

「げんきだった?」

「うん。相良さんは?」

「げんき、げんき!」

「萩原くんって、あんまり変わってないね。」

「そう?」

「高校の時から大人びてたからかな?」

「うっそ。そだった?」

「なんか他の男子と違ったんだよね。しっかりしてた。」

「そうかな?」

「高校の時自分でお弁当作ってたでしょ?」

「料理が好きだからだよ 。」

「哲学の本読んでたよね?」

「けっこうおもしろいよ。」

「それに、物知りだった。バラって漢字を書けたよね?」

喫茶店のナプキンに薔薇と書いた。

「そうそれ。あとは、円周率をメッチャ覚えてた。」

「3.141516358979……639937510」

「あっ、もういいや。」

こんな何気ないとは言えない会話が続いたあと、学生時代の思い出話しに花が咲いた。専ら彼女が話題をだし、ぼくがそれに答える。日曜日の午後3時。それなりに混み合う店内には、僕らのようなカップルもポツポツと見受けられる。一組は高校生のイチャイチャカップル。一組は30代前半のベテランカップル。一組は年の差不倫カップル。世界には色んなカップルがいる。ぼくらはビギナーカップルと言ったところか。


映画を見終えたぼくらはバーに入った。ぼくはハイボール、彼女はカクテルを頼む。映画の話をしながら、ぼくらは飲んだ。彼女はちょっと酔っている。

「今日はありがとう。とっても、楽しかった。」

「ああっ、おれも。」

しばらくの沈黙。だけど、全然いやじゃなかった。2人を大きなシャボン玉が包み込み、2人だけの世界があるような気がした。

「ゆうくん。」

「ん?」

「好き。」

「ああっ、俺も好き。」

「離れたくない。」

「ああっ。」


帰り道。彼女はそうとう酔っているみたいだ。千鳥足の彼女をぼくが支える。

「ゆうくーん。」

「ん?」

「あのね、わたし小3のとき入院してたの。」

「うん。」

「仲良くしてくれた看護師さんがね、わたしに教えてくれたの。」

「ん?」

「看護師はお医者さんみたいに直接病気を治すことはできないけど、患者さんの心を支える大切なお仕事だって。」

「だから相良さんは看護師になったの?」

「うん。楽しかった。毎日色んな患者さんとお話しできて。」

「そっか。」

「わたしの担当した患者さんにしゅんくんっていう男の子がいたの。」

「しゅんくんはまだ8歳なのに、喘息で入退院を繰り返してた。」

「どうかした?」

「うん。ちょっと、話したくなって。」

「いいよ。」

「ありがとう。」

彼女はここで一拍おいた。

「しゅんくんが言ったの。ぼくはどうせ死んじゃうんだって。」

「わたしは、そんなことない。頑張ろうって言ったの。」

「でもね……、急な発作で死んじゃったんだ。」

彼女はうつむいてはいたが、涙は流していなかった。こんなとき、どんな言葉をかけてあげればいいんだろう。慰めるのも違うし、勇気付けるのも違う気がした。その時、彼女が自分のことをぼくではなく、わたしと言っていることに気づいた。

「わたし、嘘つきなの。」

涙をこらえるように、複雑な笑みを浮かべている。

「…たっていいよ。」

「えっ?」

「泣いたっていいよ。」

こんな、ベタな言葉しか絞り出せない自分に腹が立った。

「ゆうくんって優しいんだね。」

「知らなかった?」

「知ってたよー。」

彼女は泣きながら、笑っている。それからはお互い無言のまま、彼女の家まで着いた。

「また会おう。」

ぼくが言おうとしたことを彼女が先に言った。すごいと思った。こういうことが以心伝心と言うのだろう。

「うん!」

ぼくは軽快に答える。そのとき、ふと空を見ると砂時計のかたちをしたオリオン座が目に止まった。ぼくらの砂時計はまだ流れ始めたばかりだ。サラサラと淀みなく流れていく。そんなぼくらの時間を大切にしよう。そっと、心に誓う。

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