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告白成功

「ボクは何か使命があって生まれてきたんだろうか?」

煎餅を食べながら由佳(ゆか)が言った。彼女はときどき突拍子もないことを言う。

「例えばどんな?」

とりあえず聞いてみる。

「誰かと愛し合うとか、子どもを育てるとか、人類を繁栄させるとか、煎餅を食べるとか。」

最後の二つは次元違いすぎるだろ、とはあえてつっこまない。つっこんでくれとせがむような目をする由佳は可愛すぎる。

「じゃあ、おれと結婚して、愛し合って、子どもつくって、人類を繁栄させて、煎餅食おうぜ。」

これは5回目の告白。

「やだ。」

一秒の即答。

「結婚式は6月21日。ジューンブライドでゆかちんの誕生日。新婚旅行は北海道の知床(しれとこ)。行ってみたいって言ってたじゃん。子どもは…」

そこまで言って、彼女のグーパンチ。結構強い。ここで引き下がらない。

「子どもは二人。一姫二太郎。仕事は続けてね。最初はアパートぐら…」

そこまで言って、彼女のギューハグ。

「やっぱ、好き。」

告白成功。

「いつから?」

ぼくはたたみかけるように聞いた。

「一万年と二千年前から。」

何かのアニメの主題歌から引用したのだろう。

「どれくらい?」

「二万光年くらい。」

天文学的に見ればちっちゃなものだ。とは、あえてつっこまない。

「じゃあさ、ゆうくんはボクのことどれくらい好き?」

彼女から逆質問。

「14ギガパーセク。」

ぼくは自慢気に答える。

「何それ?」

よし、思った通りの反応。

「現在地球から観測できる宇宙の距離だよ。1ギガパーセクが約33億光年。つまり14ギガパーセクは465億光年ってことさ。」

高校の先生のように丁寧に説明する。

「そんなにボクのこと愛してくれてるのか。ありがとー。」

そして、またギューハグ。さっきより強い。

狭いアパートの一室でぼくらは今日、愛を確かめ合った。西の空がオレンジ色から薄紫色に変わろうとしていた。


4月29日にぼくらは籍をいれることにした。結婚記念日が祝日の方が、後々便利だし、ゴールデンウイークなので記念旅行もしやすいとぼくが提案した。

朝、彼女がぼくのアパートのインターホンを押す。その瞬間をぼくはココアをのみながら待つ。独身生活は今日幕を下ろす。

ピンポーン。

「はーい。」

と言っていつものようにドアを開ける。そこに立っていたのは、これからぼくの奥さんになる人だ。白いワンピース姿の彼女。なんだか、一段と眩しく見える。

「おはよっ。」

いつもの笑顔で彼女はあいさつする。

「おはよう。入って。」

彼女を部屋に招きココアをいれる。彼女のは砂糖多めで。

「印鑑持って来たよ。」

そう言って、ココアを一口すする。

「今日サインして、明日29日に一緒に出そう。」

そう言って、ぼくはぬるくなったココアを一口すする。

市役所で婚姻届をもらい、ぼくらは須藤くんと夕子さんのアパートに向かった。

ガタン、ガタン。電車が揺れるたびに、彼女のバッグが揺れる。婚姻届の入ったバッグ。電車の中には何組かのカップルがいたが、きっと婚姻届を持っているカップルはぼくらだけなんだろうな。心の中だけで笑う。

須藤くんと夕子さんの住むアパートに着いた。須藤くんと夕子さんは結婚して半年になる。よく四人で遊びに行く仲だ。

ピンポーン。

「はーい。」

と言って夕子さんが出迎えてくれる。

「おじゃましまーす。」

二人の愛の巣へ足を踏み入れる。なんと、古い表現。と、自分につっこむ。須藤くんが紅茶をいれてくれていた。

「ついにこの日が来たか。」

須藤くんが若干上を向きながら言う。

「おめでとう。」

夕子さんの満面の笑み。由佳がバッグから婚姻届をだす。ぼくから名前を書こうとしたとき。

「待って。」

夕子さんが制した。キャビネットから木の箱を取り出し、ぼくに差し出した。開けると赤と黒の万年筆が一本ずつ入っていた。黒にはぼくの名前が、赤には由佳の名前が刻まれていた。

「結婚祝い。これで書いて。」

「ありがとう。」

それ以上の言葉が見つからなかった。

「ボク万年筆なんてはじめてだよ。」

由佳はそう言って、赤い万年筆を手に取る。少し手が震えている。ぼくも震える手で黒い万年筆を手に取る。

「さぁ、早く書いちまえよ。」

須藤くんが急かす。

うん、と言ってぼくは自分の名前を書く。滑らかに移動するペン先。萩原悠斗(はぎわらゆうと)何度も書いたぼくの名前。こんなにうまく書けたのは、初めてかもしれない。彼女に紙をまわす。相良由佳(さがらゆか)。彼女の苗字はこれから萩原になる。相良の方がかっこよかった気がするが、旧姓を使う人はよくいるから、そんなに問題はないだろう。と、かってに思う。

須藤真人(すどうまさと)須藤夕子(すどうゆうこ)、二人にサインをもらい父母の名前や本籍地などを書いて一連の儀式は終わった。10分もかからなかった。後はこれを役所に提出すればぼくらは夫婦になる。こんな簡単に。そう、これからぼくらの前には茫漠とした幸せがよこたわっている。この時はそう思っていた。


2人で住み始めたのは、それからすぐ、5月3日からだった。2人ともゴールデンウィークで連休だったから、ちょうど良かった。やっぱりゴールデンウィーク前に婚姻届を出すのはオススメだ。それからぼくらは結婚式の準備に取りかかった。とは言うものの、結婚式なんて2人ともはじめてだったので何から始めればいいのかわからなかった。

いろいろ調べたら、結婚式の準備には少なくても半年は必要なようだった。彼女の誕生日まで、あと一月半しかなかった。

「いや、ぼくらなら大丈夫!ぜったい6月21日に結婚式できるって!」

彼女はポジティブだ。ネガティブなぼくとポジティブな彼女。ぼくらを結びつけたもの、それは須藤君だった。

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