何故なら彼もまた特別な存在だからです
人間とは二種類に分類される。天に何も与えられない人間と、天に二物どころか十物百物と途方もない愛情を与えられた人間である。そして後者は希少動物に当たる。
千尋の前に突如として流星のごとく現れた俵龍一は、その希少動物の一人であった。
まんまとロールスロイスファントムという超高級車に招かれてしまい、希少動物の横に座らされた千尋は不思議な感覚に陥っていた。それは、千尋が生まれてこのかた感じたことのない不可思議な浮遊感だった。
動悸、息切れ、尿意、冷や汗が出てとまらないという諸々の症状を伴った浮遊感。まさに未知の感覚である。それが、千尋の全身に絡み付き、心臓までギリギリと締め上げている。
加えて、なんか知らないけど一秒が長くない!?
この感覚は何なのか。幼い千尋は戸惑いながら、自問しながら、車が学校に着くのを待った。
今ならわかる。大人になった今ならば。
「死にたい」
悲しいかな、どちらかというと人間の中の天に何も与えられていない人間の、その中でも更に何も与えられなかったというか荷物を与えられた感が否めない出生の千尋は、俵龍一の出現で軽い鬱にかかっていたのだ。
そしてそれは一種の防衛。心の殻に自らを投じることで「なんかこの子暗いし話しかけにくいやんか」というATフィールドを千尋は張っているのである。
ああ、弱肉強食といってしまえば楽な世よ。
学校に着いてからも、俵龍一のオーラは凄まじかった。あまりのオーラに男子はどよめき女子は色めき立った。
そんな俵龍一を嫉妬の目線で見つめ、陥れようとする影が近寄る――隙すら与えられなかった。
そりゃあ、まぁ、スネオチック・ジャイアリズムな少年たちは存在した。だって俵龍一は好きな娘の心を奪ったり、先生のえこひいき対象であるからに、まぁ初日にそんな雰囲気は出たわけである。
しかしながら、千尋はこのとき『影には光ができるというが、光が強烈すぎてすべてを包むとき、影すらも消えてなくなるのだ』と学んだ。
俵龍一は嫉妬や劣等感さえ奪い取る強烈な光だった。
「みんな仲良くしようよ!」の一言とそれに伴う言動で、彼は寧ろ日陰の者に光を与えたのだ。
「何したの何したのー」
好奇心旺盛の瞳で大阪が千尋の回想に首を突っ込む。千尋は無表情で答えた。
「フォークダンス」
千尋はあの日を忘れないだろう。
たった一人の少年の鶴の一声で、教室の机と椅子が脇に寄せられ、さほど仲がよくなく、寧ろ『男子はバカで汚い』だの『女子は生意気でウルサイ』だの陰でののしりあっていた男女が手を取り合ってのマイムマイムである。
どちらかというと先天性インドア気質の千尋は風邪気味という嘘で自己防衛し、隅の方でその光景を見やったが、強烈以外の何でもなかった。
まさか、体育祭でも体育の時間でもない全くの一般的休み時間に、クラスが輪を作りフォークダンス。その中心で超絶金持ち美少年がオーラを放つ。
千尋はその夜、まぶたを閉じてもその光景が見えたという。
あまりの回想に、さすがの大阪君もドン引きでした。
「ナニそれ、宗教?」
「素直な感想ありがとう」
千尋は頷くと、遠くで燦々と光り輝くパレードをチラリと横見した。
『ごめん作戦会議! 作戦会議するから!』と訳のわからない言い訳を使い、無理矢理に俵龍一と距離をとったものの、俵龍一は千尋から興味を失わずに絶えず千尋を伺っている。信者を増やしながら。
「まぁ、そんな理由があって、仲良くなれなかったんです」
「でも、あの様子だとさ、お前アイツの特別な存在じゃん。キリストモドキ天草四郎似のヴェルタースオリジナルだろう! なんでなんで?」
「それが……分からなくて。私、本当に隅っこでうずくまっていたというか」
うーんと頭を抱えてみる。
しかしやはりなんとも、思い出せない。何故なら、仲良くなれなかったのだ。触らぬ美少年になんとやらで、千尋は優しさに包まれる前に距離を置いた。クラスでは群を抜いて接点がない自信がある。
「確かめるしか、ないな。あいつの回想で」
「え?」
大阪から有り得ない言葉が出たように思えて、千尋は固まった。
「大阪先輩、今なんと?」
「この状況を打破するにはこれしかないだろう!」
大阪は瞬時に四股を踏んだ。
「どすこいッ!!!」
「ぎゃあああああああああッ~!?!!??!!!!」
千尋は大阪に悠々と担がれると、俵龍一の回想の中へと拉致された。
続く!