千尋と龍一の運命的ではない出会い
やんごとなきフリルが「これでもかッ」というほど飾られた白いドレスの胸元へと千尋の手のひらが導かれてゆく。そして、やんわりと触れ、ゆっくりとゆっくりと沈み、沈み沈み沈み……。
「あれ?」
千尋はこわばった表情のまま疑念に首を傾げた。膨らみが無い、というか、若干硬い。
「Aカップ? いやむしろAAカップ? というかトリプル……」
思わず揉んでみる、も、いくら試みても確実に硬く、違う意味で跳ね返ってくる感触がある。
美少女が潤んだ瞳で、
「すこし、くすぐったいです」
「あ、ああ、ごめんなさい……」
千尋は電光石火の早さで手を離すと、
揉んでみても
揉んでみても
我が感触ほぼ得られず
じっと手を見る
取り合えず一句読んでから脂汗を書き始めた。目まぐるしくシナプスを回転させる。
たわらりゅういち、
タワラリュウイチ、
俵龍一………………。
そしてハッと息を飲んだ。
「もしかして、りゅっ、龍ちゃん!?」
――大阪が。
「人の台詞取らないで下さいよ!」
「だって遅いからさ」
「いや合ってたよ! 今のテンポは合ってたよ、無論のこと正しいよ!?」
「お前にテンポの何が分かるッ。お前はテンポさんの何を知ってるって言うんだ――ッ!」
「テンポさんって誰だぁあああああ」
「けっ、喧嘩はやめて下さい……」
可憐な声色が千尋の耳をくすぐる。仕方なく大阪に掴みかからんとする腕を止めると、呟いた。
「龍ちゃん……」
千尋は思い出していた。遠い昔、小学校に通っていた頃。そこには千尋がいて、龍ちゃんがいた。千葉県の片隅に、確かに二人はいたのだ。
千尋の心がセピア色に輝く過去へと舞い戻る。あの日、千尋は子供で、龍ちゃんも子供で、二人は仲良し――、そうでもなかったんじゃないっけ?
いやいや、とにかく思いだそう。
春風流れる皐月。三年生に上がったばかりの千尋を朝日が照らしていた。黄色いキャップに、赤いランドセル。膝下のスカート。
どこからどう見ても小学生女子の千尋は学校へとひた走っていた。
ぜぇはぁと呼吸を乱しながら全力疾走する。ついでに鬼の形相。ありとあらゆる角度からみて如何にも訳あり(つまり遅刻確定)のご様子であった。
無理もない、遅刻をすると昼休みに罰として漢字練習をさせられるのだ。ひとつの漢字をノート一頁にぎっちりと書き込む。しかも遅刻をするごとに書く頁数が増えるので、今回遅刻したら十三頁も書かねばならない。
千尋は焦っていた。猛然と大地を蹴り、アスファルトを駆け抜ける。
と、突然、真横でブレーキ音が響いた。
何事かと首を向けると、そこには白銀の車が停まっていた。映画でしか見たことの無いような、クラシックに洗練されたデザインのそれはロールスロイスファントムという、千尋の生涯年収レベルの車であったが小学生女子に分かることなく、なんか変な車が小脇に停まったんですけどと千尋は固まった。
その直後、彼女の頭を走馬灯のように駆けたのは、春風が吹くと現れる田舎の風物詩・変態さんの話である。
担任のハゲチャビン先生(いつも先生としか呼んでないので正式名称不明)が朝の会で子どもたちに変な人にはくれぐれ気を付けるようと伝えていたのは先週のことだ。
子どもたちの間で話題騒然の変態さんは噂によると、子どもたちに近づいては、
「チョットぉ、ボクのみてくださいよぅ」
と呟き大人なオティンティンを露出する、所謂自己完結型の変態さんで、故に子どもたちには“出会ったら武勇伝になるような金のエンゼル的な存在”であった。
故に固まると同時、千尋の小さな胸は期待で膨らんだ。
やがて車の窓が滑るように開き、中からピョコンと現れたのは――、
しかしながら変態さんではなく、小学生。
「遅刻しそうで急いでるの? よかったら送るよ」
くりっと潤んだ瞳。人形よろしく整った顔。
大体同い年くらいだろうか、見知らぬ子に声をかけられ、千尋はたじろいだ。ゆっくりと後じさる。
「どうしたの?」
「や……知らないヒトの車には乗るなって」
千尋が答えると、小学生はニコリと笑った。
「ぼく、たわらりゅういち。今日から佐倉森端小学校の三年生なんだ。宜しくね!」
「え……」
間違いなく同い年らしい小学生は車のドアを開いた。白いシャツに漆黒の短パン、靴下にカブトムシ並みに黒光りする革靴。
まるで貴族のようにキッチリとした小学生は颯爽と車から飛び出すと、千尋を導くように片手を開いた。
「さぁ乗りなよ。遠慮しなくて良いよ。ぼくたちもう学校も年も、名前だって知ってるんだから」
ある春の早朝、偶然にも千尋は、こうして超絶金持ち美“少年”俵龍一と出会ったのである。
「なぁなぁ、それ運命の出会いなんじゃないのか?」
大阪は千尋の記憶に割り込んだ。小学生千尋はブンブンと首を振ると、
「だって仲良くなれなかったんだもん」
……次回へ続く!