美少女と運命の出会い!?
まさに美少女。パレードの中心にいるのは美少女であった。
キューティクルたっぷりに光を反射し緩やかなウェーブを型どる茶色のツインテール、黒と赤を基調にしたチェックのエプロンドレス、ちんまりとした背。
透き通る肌に唇は……なんてチープな外見表現は却下する。そういったものはBOOK・OFF店頭お勧め文庫に任せる。
とにもかくにも、そこには美少女がいた。
「せせせせんぱいッ、美少女ですよ、ビッショージョ! テンプレ的ビッショージョ!」
あまりの現実にしばし唖然としていた千尋であるが、すぐさま大阪を見上げた。
が、見上げた先に大阪はいなかった。何故なら縮こまっていたからである。
「ガタガタガタガタ……」
「え?」
千尋の足元にはあからさまに青ざめ、あからさまに歯を鳴らし、あからさまに震える大阪がいた。
あっこには美少女、こっこには調子の悪い洗濯機のような大男。千尋は両者を交互に見てから、眉を八の字に下げる。
「先輩、何してるんですか? ここはお前のライバルだーッて私を拉致るトコロでしょう。
まさか一昔前のラブコメディのサブキャラみたいに」
「「婚約者だ……」」
「なんて言いませんよ……鵺!」
千尋は固まった。そして、
「こここんやくしゃ!? このご時世に!!??」
「や、嘘」
大阪はしたり顔で言い放つとと、すっくと立ち上がった。千尋は取り合えず壁にめり込むと抗議の声をあげる。
「なんで嘘つくんですかッ」
「馬鹿やろう……、男は嘘で女を愛でる生き物だ……」
「調子のるなよ」
それはそうと、と、大阪は腕を組んだ。
「絶妙なタイミングだな。ありゃあ正に美少女だし萌えだろ」
「萌え設定が十年くらい古い気がしますけど」
「お前がいうなよー」
和やかな空気。
二人は朗らかに視線を交わし微笑みあうと、
「あれライバルだから」
「絶対ヤダ」
バチバチと火花を放つ。
「なに言ってるんですかライバルとか! 馬鹿ではないですか!? むしろ馬鹿ではないですか!!」
「馬鹿馬鹿いうな、グッドタイミングじゃないか。今に見てろ、あの子すぐライバルになっちゃうから」
「その自信はどこから来るんですか!」
千尋は焦燥した。こいつを早くなんとかしなければとデスノートキラばりに思い、突っ込むべきポイントや方向性を見定める。一方、大阪は上機嫌に鼻唄混じりで今後の展開を予想していた。
「ライバルになるにはそうだなぁ相場として予測するならば恋敵って立場が一番近いだろうなぁやっぱりあれだないちご100%的な展開だな車が突っ込んでくると同時に俺が助けに入って彼女が惚れてしまうような感じなんだろうな実にそうに違いない……つまりッ」
ざっと流し終わると、大阪は千尋の肩を掴んだ。
「拉致る!」
「やっぱりぃいいいいい〜〜!!」
持ち上げられたと思いきや既に担がれ、五回転ジャンプで黙らされ、扉を蹴破られ飄々と走られる。
廊下を渡り階段を降り脱兎のごとくアッー! という間に千尋はパレードの中心にいた。
「よっこらセックスオンザシティ」
「ぐえ」
パッと手を離され、地面にカエルよろしく落下する千尋。
「あたたたた……」
腰をスリスリ立ち上がると、周囲の視線が一気に集中していた。思わず、たじろぐ。
「あれ大阪じゃん……」
「うわぁ……大阪きたよ……」
人垣がヒソヒソとざわめく。
「俺、有名になったなー」
ちょっと嬉しそうに頬を赤らめる大阪に、頭が痛くなる。
このヒト文芸部の外ではどんなことをやらかしているんだろう……、想像して背筋が凍った。ついつい女王様が浮かんでしまったのだ。
(大丈夫、女王様は入院中。女王様は入院中)
「さぁて……」
大阪は息を吸い込むと、
「おーい美少女! やーい美少女!」
やいのやいのと声をかけ始めた。
呆れ返り千尋は突っ込みを放棄する。大阪のしたいようにさせれば良い、あっちは民衆を惹き付ける絶世の美少女、どうせ相手にもされないのだから。
と思いきや、美少女はキラキラと銀粉を飛び散らせながら大阪へと振り向いた。そしてあろうことか、目を潤ませた。
「え」
これには千尋も驚く。大阪に至っては感無量の笑みだ。
「千尋みろよー美少女が俺を見てるよー」
美少女がゆっくりと、しなしなとパレードの壇上から降りてくる。
「あれかなぁ、毎晩やってるシリシリタタキーヌダンスのお陰かな。ボブのお陰かなー」
アヘアヘする大阪。
口をあんぐりとする千尋。
突き刺さる周囲の疑惑の瞳。
「関係図はなんだろー。あれかな、幼馴染みかな。それとも入院していた時に同室だったあの子? それともそれとも生き別れの義妹!?」
キモいこと限りない大阪の呟きに関わらず美少女が近づいてくる。
目には真珠の涙。一歩また一歩と歩み寄る。
そしてついに、美少女が一筋の涙を流し、手を広げて飛び込んできた。
「うおおおおおお〜!!」
大手を広げ胸を晒す大阪、のすぐ脇を通り抜けると美少女は千尋の胸に飛び込んだ。
「え、こっち!?」
ざわめくオーディエンス。目を閉じ己を抱き締め気持ち良さそうな大阪。そして美少女。
千尋は狼狽した。
「いやいやいやいや、美少女! ちょっと間違ってますよ美少女!」
激しく冷や汗を流す千尋に、美少女は顔をあげた。
「いいえ、間違いではありません。千尋様」
凛とした断言。声まで可憐である。千尋はますます混乱した。こんな美少女と接点を結ぶような人生を千尋は歩んでいない。
千尋の人生は平凡だった。
1989年、平成と共に千葉県佐倉市で産声をあげた千尋は、健康優良児としてすくすく育った。
当然のことながら入院先で運命の出会いを果たすことはない。
千尋の人生は凡庸だった。
父マサトシの仕事は地元中小企業のサラリーマン、母ジュンコの仕事はこれまた地元中小企業のオフィスレディ。
当然のことながら引っ越しもしない千尋は、地元の保育所小学校中学校高校と進み、運命の出会いが起こるわけがない。恋空のように不良男子と付き合ってすらいない。恋空は所詮フィクションだと千尋は語っている。むしろ男と付き合ったことがない。
美少女と出会う接点などあるべくもない。
「平凡で凡庸な千尋の人生は、だが大学に入ってから変わった。生まれ育った千葉県を離れ、東京から更に少し離れたところにあるFランク大学に入り、変わった。陰気な文芸部に入り、イケメンな先輩とエロゲプロットを作ることになり変わったのだ。
ついには美少女との運命の出会いを果たした千尋。波瀾万丈な彼女の人生劇が、いま幕を開く――」
「ちょっ、勝手にヒトの人生語らないで下さい! しかもなんでそんなに詳しいんですか!」
「俺、お前のウィキペディアだから」
「本当に気持ち悪いな!」
大阪の訳のわからないナレーションに一通り突っ込みを入れると、千尋は深呼吸をした。
「あのッ」
「はい」
眼前に迫る美少女の笑み。あまりの睫毛の長さにクラクラする、と同時にやはりこんな睫毛の長い女と出会った記憶などないと思い至る。
「……悪いけど人違いじゃないかな。なんていうか、千尋違いというか。私、あなたのような美少女と会ったことないです、はい」
「びしょうじょ……?」
美少女はきょとんとすると、すぐさまホンワリと微笑んだ。ぷるんとした唇でささやく。
「千尋様はきっとご存じですよ。“僕”のこと」
「…………僕?」
不意に走った違和感に、千尋は目を丸めた。そして改めて美少女を凝視する。
美少女は美少女であるが、改めて見ると……なんかデジャヴ。
「会ったことある……かも?」
千尋が恐る恐る答えると、キラッと美少女は笑った。
「俵龍一です、りゅ・う・い・ち」
美少女はにこやかに千尋の手を握ると、己の胸に沈めたのだった。