スランプ解決法!?
千尋は一人、書類の墓場と化した文芸部室の隅で頭を抱えていた。昨日起こった出来事があまりにも残酷で、非現実で、無茶苦茶で、魑魅魍魎的だったからである。
「どうしよ……どうしよ……」
スランプにデストロイな追い討ちをかけられ切羽詰まった千尋の顔色は、エグい色をしたアメリカ産ケーキのように青い。無理もない、女王様が入院なされたのだから。
……千尋に恐ろしげな約束を残して。
「もし期日通りにいかなかったら、こっ殺されルゥ!」
あの女王様のことである。人の心を読むだけでなく更に非人道的なストーリーを絡める創造力無限大な女王様のことである。どのようなヤられ方をするか、千尋の愚鈍な脳では計り知れない。
一般人に殺人という言葉を投げやれば死体が思い付くだろう。刃物ないし鈍器、吐血ないし下血をした顕然たる死体である。
しかしながら女王様の想像するイメージに死体があってくれるだろうか?
保証は無い、ぶっちゃけ無い。
「はぁぁああああ〜」
己の過酷な運命に千尋は一人、嘆息した。その時である。
「ふふっふふふ……」
どこからともなく、含むような男の笑い声が響いてきた。
何事かと千尋は顔をあげるも、誰もいない。部室には千尋ただ一人である。しかし確実に声は近く、室内から響いていた。
「くふっ、くふふふふふ……!」
笑みはやがて地鳴りのようにこだまし、書類の山までを震わせ始めた。地層と化しつつある日に焼けた紙の束が、まるで生き物のようにざわめき、謎の声におののいている。
ん……、おののいている?
「ふはははははははは〜〜!!」
「ぎゃああああああああッ!!」
突如として書類の山から現れたのは大阪であった。
「コロボックルゥ! 貴様ッ、スランプのようだな!」
大阪は書類の山を掻き分けながら埃を撒き散らしながら、あまりのことで壁に後頭部を打ち付けた千尋に近寄ると、屁をこいた。
「わりぃ」
「謝るところ間違ってる……!」
軽いショックを受けつつも千尋は現状を理解した、が、キャパシティを越えた。
「何をしてるんですか、先輩」
「や、こん中あったかくてさ」大阪はそう言うとデスクに突っ伏し、かすかに残った書類の山に指先を突っ込んだ。
「俺いま、こうしてたわけ。そしたら、書類が意外と暖かいわけ」
大阪の体がじょじょにデスクの上を滑り、書類の山へと沈んでゆく。
「もうね、暖かすぎたね。俺どんどん書類の中へと進んじゃったね。
だから、甘えた。甘えてしまったんだ。こいつは俺を優しく包み込んでくれる。そして俺は……甘えすぎてしまったんだ……」
「昔の女と別れた理由みたいに言わないで下さい」
改めて現状を見直し、ただの馬鹿だったのだと悟った千尋は冷徹に言い放つ。大阪はめげずに千尋の寝首を狩りに行った。
「ぐえっ」
首根っこを捕まれて呻く千尋に、
「あいつに包まれてお前の足りなさが解ったよ、暖かさだ」
「は?」
「お前には情熱が足りない」
「はぁ……」
嫌な予感。
「ライバルだぁ! お前にはライバルがいないんだぁ!」
「えぇ!?」
高貴な鷹のように手を広げると大阪は拳を握った。
「千尋わかるか、熱くなるにはライバルが必要だ。例えば初期ドラゴンボールでいうピッコロ、中期ドラゴンボールでいうベジータ、後期ドラゴンボールでいうセル」
「魔神ブゥは?」
「誰それ食えんの?
映画版ドラゴンボールでいうブロリー……」
「さては先輩、三十九巻あたりまでしか読んでませんね?」
「皆まで言うな!」
大阪はバッと手を横に振ると、
「いいか、世の熱い奴等にはライバルがいる。主人公と同格か、それ以上の魅力あるライバルだ。しかしお前はライバルがいない。世の平均的な大学生がそうであるようにライバルを持っちぇいないッだ!」
噛み噛みの大阪を見上げつつ千尋は、いささかヘビーな表情を呈した。
「解りました、私に足りないのはライバルですね。解りましたよぅ。……でも、ライバルなんて何処にいるんですか。いったいこの地方大学のどちらにいらっしゃるんでしょうかねー?」
しまいには鼻で笑っていた。
大阪はムゥと眉をひそめると、
「理想像は解ってるんだコロボックル千尋。まずお前のように小さく、しかし性格や立ち位置は真逆であってほしい。つまり美少女だ」
さりげなく失礼なことを言いつつ、続ける。
「美少女ならば萌えが必要だろう。昨今にわたり使い古され刷りきれた感のある“萌え”だが、やはり物語を展開し、あわよくばアクセスを増やすには萌えが必要となる。つまり……」
大阪はそこで唇を閉じ、千尋をじっと見つめた。
大阪の眉間には薄く血管が浮き、汗が吹き出ている。緊張が部屋を満たす。やがては聞こえるはずのない銅鑼の音まで響き始めた。
「つまり、つまり……」
緊張が緊張を呼び、銅鑼の音が最高潮へと達した瞬間――!
「「「転校生よ〜!!!」」」
外から女学生の甲高い叫び声が聞こえた。
あまりのことに大阪と千尋は暫しフリーズし、互いに目を合わせた。
「大学なのに」
「“転校生”???」
大慌てで二人は声がした方へと走り出した。部室の窓から上半身だけ乗り出す。
文芸部室はあらゆる部やサークルの部屋がひしめき合う建物、部室棟の二階にある。そこからは、大学内で最も大きな広場が見渡せた。
千尋は目を疑った。
そこにあったのはエレクトリアルパレード。黄金色に煌めく豪奢な馬車が円を描くように広場を回り、風船や紙吹雪が踊るように舞っている。その回りには更に、大学生による人垣が出来ている。
「まさか、あの千葉夢の国のミ○ッキーマウスさんでもいらしたのか!?」
否、大阪の推理は間違っていた。きらびやかな円の中央にぽつねんと佇む生き物に、大きい耳や尻尾はついてなかった。
そこにいるのはまがおうことなき、美少女であった。




