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SMクエスト  作者: 雪芳
2/10

作ってますよプロット



「こんなモンスターいるかっ!!」


 千尋は絶叫しながらパソコンを投げた。そして自分でキャッチした。

 ぜいはぁと肩で息をしながら椅子に腰をおろし、デスクにパソコンを直す。そうして渋々と画面を見つめた。

 デスクトップに文字が羅列している。それは所謂、プロットというものだった。


「女王様が勇者って、どんな世界観だよ。いくらエロゲーでも許されることと許されないことがあるんじゃないの? う〜〜」

 唸りながら、千尋はバックスペースキーを押した。流されるように、打ちこんだ文字列が消えていく。

 女王様、モンスター、鞭……。

 三時間以上かけて作った文書だったが、苛立つ彼女にそれを慈しむ余裕はなかった。文書を真っ白にしてから、デスク脇に置いたマグカップを手に取る。

 千尋はゲームのストーリープランをたてている。とはいっても、手がけているのは同人ゲーム。市場に出回ることはない。本業は学生だ。


「何が悲しくて二十歳のうら若き乙女がSMエロゲーを作らなきゃならないんだよぅ」

 デスクの前に淹れたアールグレイティーは、すっかり冷え切っていた。

「しかも苦っ……」

 ちびちびとアールグレイティーを口に含む。そういえばお腹もすいている。グゥ。


「おう、進んでるかぁ、千尋!」

 突然背後から呼ばれて、千尋は思わずマグカップを投げた。そして自分でキャッチした。が、中身は服にかかった。

「何やってるか」

「大阪先輩が急に話しかけるからですよ」

 抗議しながらも立ち上がる。そして、さてさてどうしたものかと、千尋は溜息をついた。


 千尋のいる部屋、文芸部室にはありとあらゆるものが散乱している。

 部屋の中央には六台の机が対になって並んでいるはずなのに、机というより山と化しているのは何故か。

 しかも文芸部の部室であるはずなのに本が少なく、ジュースの空き缶やペットボトル、開封済みのお菓子、化粧道具、ぬいぐるみ、衣服、もろもろ、部員たちの私物が占拠している。

 更に困ったことに、部員は部員でも、現役だけではなく、歴代の部員のものまであるのだ。

 当然、紅茶をふき取るものがどこにあるのかなど、見当もつかない。


 千尋はぐったりとした表情で腕をまくると、太古の地層に腕を突っ込み始めた。


「おい、掃除してないでゲーム作ってくれよ、ゲーム」

「分かってますよ。それより早く拭かないと、シミになっちゃう」

「シミよりゲームだろ。コミケまで時間がないんだからさぁ」

「分かってますよっ」


 作業を中断して、千尋は振り返った。千尋の視界が途端に翳る。

「おい、あんまり怒るともっとチビになるぞ」

「大阪先輩がでかいんですっ」

 千尋は爪先立ちに首を真上に向けながら彼、大阪を仰いだ。

 千尋は小柄で、女性としても小さいほうである。対する大阪、彼は大柄で、男性としても大きい方だった。比較するならばアヒルと柳場敏郎、皇帝ペンギンと月の輪熊といったところか。

 親指姫と猟師でもおかしくはない彼らは対面し、お互いに舌を出し合った。それから千尋はくるりと身を翻し、再び久遠の地層に頭から突っ込む。


「っていうか、なんで私にゲームのストーリー構成を任せてるんです? 私、ゲームはFF9までしかクリア出来てないんですよっ」

「いやだってお前、文芸部で唯一プロットたてるホビットじゃん。それに他のやつらはエロゲーって話もちかけただけで逃げたし」


「っていうか、なんでSMなんですか? 貧乳ロリメイドとかツンデレ猫耳兵器とか、もっとマシな設定あったでしょうっ」

「だってさ、つまんないじゃん普通のことやってもさ。SM女王が勇者のテキストエロゲーなんて聞いたことないだろ」


「でもモンスターも魔王もエム属性で奴隷願望持ってるなんて、どう盛り上げろっていうんですか!」


 千尋は発掘したティッシュペーパーを投げた。そして自分でキャッチした。

 はたくように、紅茶のシミを拭う。濃い目のアールグレイティーは白いロングTシャツに大打撃を与えていた。諦めるしかなさそうだ。

「……そんな設定じゃあ、勇者が勇者の意味さえ、ないじゃないですかぁ」

 ティッシュペーパーを強く握り締める。なんだか、全てが理不尽に思えていた。

「千尋、お前スランプか」

 いつの間にか、大阪が腰をかがめて千尋の顔を覗いていた。腰をかがめても尚、千尋を凌駕する背をもつ彼の目は、不憫な捨て猫を哀れむような色をしている。


「知りませんよ、そんなこと」

 素っ気無く背を向ける千尋。請け負ってしまった以上、途中で投げ出すのはプライドが許さなかった。泣きついてなんかたまるものか。

「そうか、それなら早く言ってくれよ!」

 突然、千尋は重力を失った。持ち上げられた、と気付いたときには既に担がれていた。


「ちょ、何するんですかいきなり!」

 非力な抵抗。大阪は五回転ジャンプをして千尋を黙らせると、

「まぁまぁ、俺にまかせろよコロボックル」

 飄々と言ってのけ、部室のドアを蹴り上げた。


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