作ってますよプロット
「こんなモンスターいるかっ!!」
千尋は絶叫しながらパソコンを投げた。そして自分でキャッチした。
ぜいはぁと肩で息をしながら椅子に腰をおろし、デスクにパソコンを直す。そうして渋々と画面を見つめた。
デスクトップに文字が羅列している。それは所謂、プロットというものだった。
「女王様が勇者って、どんな世界観だよ。いくらエロゲーでも許されることと許されないことがあるんじゃないの? う〜〜」
唸りながら、千尋はバックスペースキーを押した。流されるように、打ちこんだ文字列が消えていく。
女王様、モンスター、鞭……。
三時間以上かけて作った文書だったが、苛立つ彼女にそれを慈しむ余裕はなかった。文書を真っ白にしてから、デスク脇に置いたマグカップを手に取る。
千尋はゲームのストーリープランをたてている。とはいっても、手がけているのは同人ゲーム。市場に出回ることはない。本業は学生だ。
「何が悲しくて二十歳のうら若き乙女がSMエロゲーを作らなきゃならないんだよぅ」
デスクの前に淹れたアールグレイティーは、すっかり冷え切っていた。
「しかも苦っ……」
ちびちびとアールグレイティーを口に含む。そういえばお腹もすいている。グゥ。
「おう、進んでるかぁ、千尋!」
突然背後から呼ばれて、千尋は思わずマグカップを投げた。そして自分でキャッチした。が、中身は服にかかった。
「何やってるか」
「大阪先輩が急に話しかけるからですよ」
抗議しながらも立ち上がる。そして、さてさてどうしたものかと、千尋は溜息をついた。
千尋のいる部屋、文芸部室にはありとあらゆるものが散乱している。
部屋の中央には六台の机が対になって並んでいるはずなのに、机というより山と化しているのは何故か。
しかも文芸部の部室であるはずなのに本が少なく、ジュースの空き缶やペットボトル、開封済みのお菓子、化粧道具、ぬいぐるみ、衣服、もろもろ、部員たちの私物が占拠している。
更に困ったことに、部員は部員でも、現役だけではなく、歴代の部員のものまであるのだ。
当然、紅茶をふき取るものがどこにあるのかなど、見当もつかない。
千尋はぐったりとした表情で腕をまくると、太古の地層に腕を突っ込み始めた。
「おい、掃除してないでゲーム作ってくれよ、ゲーム」
「分かってますよ。それより早く拭かないと、シミになっちゃう」
「シミよりゲームだろ。コミケまで時間がないんだからさぁ」
「分かってますよっ」
作業を中断して、千尋は振り返った。千尋の視界が途端に翳る。
「おい、あんまり怒るともっとチビになるぞ」
「大阪先輩がでかいんですっ」
千尋は爪先立ちに首を真上に向けながら彼、大阪を仰いだ。
千尋は小柄で、女性としても小さいほうである。対する大阪、彼は大柄で、男性としても大きい方だった。比較するならばアヒルと柳場敏郎、皇帝ペンギンと月の輪熊といったところか。
親指姫と猟師でもおかしくはない彼らは対面し、お互いに舌を出し合った。それから千尋はくるりと身を翻し、再び久遠の地層に頭から突っ込む。
「っていうか、なんで私にゲームのストーリー構成を任せてるんです? 私、ゲームはFF9までしかクリア出来てないんですよっ」
「いやだってお前、文芸部で唯一プロットたてるホビットじゃん。それに他のやつらはエロゲーって話もちかけただけで逃げたし」
「っていうか、なんでSMなんですか? 貧乳ロリメイドとかツンデレ猫耳兵器とか、もっとマシな設定あったでしょうっ」
「だってさ、つまんないじゃん普通のことやってもさ。SM女王が勇者のテキストエロゲーなんて聞いたことないだろ」
「でもモンスターも魔王もエム属性で奴隷願望持ってるなんて、どう盛り上げろっていうんですか!」
千尋は発掘したティッシュペーパーを投げた。そして自分でキャッチした。
はたくように、紅茶のシミを拭う。濃い目のアールグレイティーは白いロングTシャツに大打撃を与えていた。諦めるしかなさそうだ。
「……そんな設定じゃあ、勇者が勇者の意味さえ、ないじゃないですかぁ」
ティッシュペーパーを強く握り締める。なんだか、全てが理不尽に思えていた。
「千尋、お前スランプか」
いつの間にか、大阪が腰をかがめて千尋の顔を覗いていた。腰をかがめても尚、千尋を凌駕する背をもつ彼の目は、不憫な捨て猫を哀れむような色をしている。
「知りませんよ、そんなこと」
素っ気無く背を向ける千尋。請け負ってしまった以上、途中で投げ出すのはプライドが許さなかった。泣きついてなんかたまるものか。
「そうか、それなら早く言ってくれよ!」
突然、千尋は重力を失った。持ち上げられた、と気付いたときには既に担がれていた。
「ちょ、何するんですかいきなり!」
非力な抵抗。大阪は五回転ジャンプをして千尋を黙らせると、
「まぁまぁ、俺にまかせろよコロボックル」
飄々と言ってのけ、部室のドアを蹴り上げた。