散歩に行こうよ
祐太は最近、飼い犬のリックの散歩が面倒で仕方なかった。祐太は、誕生日に新しいゲームソフトを買って貰ったばかりで、学校から帰るとすぐにゲームをやりたかった。ゲームは宿題を終わらせてからと母親にうるさく言われていたので、散歩をしているとゲームをする時間が減ってしまう。弟はまだ小学1年生なので、1人で散歩させるのは無理だった。「あーあー行きたくないなー」 祐太はしぶしぶリードを持って犬小屋に向かった。リックは祐太を見ると激しく尾を振って散歩を催促した。
祐太の家は自営をしていて自宅はコンクリートの3階建てで、屋根はなくて屋上になっていた。屋上にはぶらんこと鉄棒があり、祐太は低学年まではよく屋上で遊んでいたが、4年生にもなるとあまり遊ぶ事はなくなっていた。
「そうだ!」祐太は名案を思い付いた。リックを抱き上げると屋上に登った。気持ち良い風が吹いてきた。
「リック! ここで遊んでいいよ」祐太はリックを屋上に放すと2階の自分の部屋に戻って急いで宿題を始めた。一石二鳥だった。リックは自由に屋上で遊べるし祐太は夕食までずっとゲームが出来る。それから毎日祐太は散歩には行かず、リックを屋上に放してゲームをしていた。
「お兄ちゃんー」外から弟の声が聞こえる。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」祐太は窓から外を見た。
「お兄ちゃん、リックがリックがー」
弟があまりに騒ぐので祐太は外に出た。
「お兄ちゃん! リックが出ちゃってる」
弟は屋上を指差している。見上げるとリックが、屋上の周りを囲んでいる鉄の柵の外側に出ている。
「リック!」 祐太は叫んだ。柵の外側は僅か15cmくらいしか足の踏み場がない。もし落ちてしまったら……
「リック、危ない!」
それなのに、リックはこちらをチラッと見ると柵の外側を歩き始めたのだ。まるで綱渡りのように器用に歩いている。それも段々スピードをつけて――
「お兄ちゃん、リックすごいねー」弟は目を丸くしてリックを見上げていた。祐太もつられてリックに見入ってしまった。
「あっ!」リックはとうとう走り出してしまった。屋上の柵の外周を回り続けた。1周、2周、3周―― 祐太も弟もリックから目が離せない。その時だった。
リックは祐太たちの正面に来てこちらを向いた――そして――足を踏み外した――落ちたんだ――
「リック!!!!」
まるでそれはマンガの1コマ1コマを見ているように思えた。リックがヒラヒラと宙を舞って落ちていく。
「ひゃあぁぁ……」
祐太は悲鳴のような声をあげた。
もうダメだ…… そう思った瞬間だった。
なんとリックは家の前に停めてあった祐太の自転車のサドルの上でバウンドしたのだ。そして体勢を整えて地面に見事、着地した。
「リック、 リックー」祐太はリックに抱きついた。
「大丈夫かぁー リック」
リックは何事もなかったように祐太を見つめて尾を振った。
「お兄ちゃん、リックすごいね、バクチンレンジャーみたいだよ。だって飛んだんだよ!」弟が目をキラキラさせていた。リックは元気だった。どこも怪我などしていないようだ。
「リック、痛い所ないか?」リックは全身の毛をブルブルっと震わせて、ぴょんぴょん跳びはねた。そして祐太に寄り添い仰向けになってお腹を見せた。
「リック、よしよし、リックすごいよ、マジすごい!」
「お兄ちゃん、リックはバクチンレンジャー“ちゃ”だね」
「何だよ“ちゃ”って?」
「リックは茶色だから」
「そっかぁ」
祐太は笑った。そしてリードを持って来るとリックの首輪につけた。
「散歩に行こう、リック!」そして弟に言った。
「リックがバクチンレンジャーちゃだって事、お母さんには言っちゃダメだからな」
「えっ! ダメなの?」
「うん、俺らだけの秘密だからな」
『 ワ ン 』リックがなぜか返事をした。
「さあー 行くぞ」祐太はリックと走り出した。
「お兄ちゃん、待ってよー」
いつの間にか空は茜色に染まって二人と一匹を見守っていた。