表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/22

マッチメイク変更

(……シャルロット・バルマー。怒りっぽいけど、真っ直ぐで良い娘だったな)

 翌朝、ソラはジーネの寝室にて、シャルロットとの会話を思い出していた。

『お兄様は特別ですわ』

 あの言葉がソラの耳から離れなかった。

(……お兄様は特別、か。シャルはランスロットさんを信じているんだな)

 そして、ジーネの様子を伺ってみる。どうやら昨日は余り眠れなかったようだ。朝だというのに少し疲れた顔をしている。そして、相変わらず全裸で窓から空を眺めている。ニヤニヤと笑みを浮かべ、その目は完全に歪んでいる。ジーネとシャルロット、二人はまるで対照的だ。

(……一体、どこで差が付いたんだろう?)

 昨日聞いた話だと、シャルロットにも凄まじく悲惨な過去があったようだ。となれば、シャルロットだってジーネと同じように歪んだ所が残っていても不思議ではない。しかし現実として、シャルロットはあのように真っ直ぐな少女に育った。ジーネとは全然違う。

 この両者の差は、一重に周囲にいる人間の違いによるものではないかと思う。シャルロットの傍には兄ランスロットがいた。一方、ジーネの傍には自分がいる。シャルロットが今のように真っ直ぐであるのは、兄ランスロットが偉大だったからだ。その逆に、ジーネが今もなおこのように歪んだままであるのは、それは単に自分の力が足りないだけということになる。しかし、自分は今まで精一杯頑張ってきたつもりだ。これでもダメなのであれば、これはもう、そもそもとして人としての器が全然足りていないということなのではないか? ジーネの信じる気持ちに応えるという役目は、ソラという男には余りにも荷が重すぎる話で、これ以上どう頑張った所で何の成果も出ることは無く永遠にこのまま……。

(……うっ!?)

 ソラは自分の左胸を鷲摑みにした。強く握りしめ過ぎて、血が出る程に。そうしなければ焦る気持ちに塗り潰されそうになる。その時、リーン、リーンと部屋の電話が鳴り、ハッとソラは我に返った。

(……ダメだダメだ。最近の僕はちょっとおかしい。もっと頑張らなきゃ)

 ソラは気を落ち着けて受話器を手に取った。

「はい、ソラです」

『バカモノ! お前に電話する者などおらぬわ! ジーネを出せ、早くしろ!!』

 電話の主はマリオだった。何だか凄く慌てている様子だ。

「もしもし、パパ。どうなされました? えっ!?!?!? 分かりましたわ。すぐに参ります」

 電話の内容はソラからは聞こえないが、ジーネがあのように驚いた顔をするのは非常に珍しい。何か緊急事態が起きたようだ。ジーネは受話器を置くと目を瞑り、そのまま天を仰いで固まってしまった。水のような長くて青い髪が、天から地へ真っ直ぐ綺麗に流れ落ちる。

(……な、何があったんだろ?)

 余りに様子がおかしいので怖くなってくる。恐る恐る聞いてみた。

「ジ、ジーネ。何があったの?」

「楽しいことになりそうなの。フフッ」

 ジーネがクルッと振り返り、ソラの方を向いた。その顔には、いつもの妖艶な微笑とは違って、輝く程に眩しい明るい笑顔があった。

「た、楽しいことって、何が?」

「それは後のお楽しみね」

 ニコニコニコニコニコニコニコニコ…・…。

 ジーネの顔から笑顔が絶えることは無かったが、それがソラには恐ろしかった。ジーネの顔からは、今まで一緒に積み重ねてきた時間が消えてしまっていた。無垢な子供の笑顔だ。人生を重ね、ある程度大人になった者には、こういう顔は出来ないものだ。ジーネのような嘘と裏切りが渦巻く世界に生きてきた者はなおさらである。人が誰でも持っている対外的な顔。表向きの顔。それが消えた。子供返りしてしまった。

 ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ……。

 ソラの背筋にゾッと寒気が走っが、ソラにはどうすることも出来なかった。


「はぁ? 事故ったぁ?」

「大馬鹿者ですわッ!」

 ソラはジーネの横にくっついているだけで、発言権など無い男だ。シャルロットも同様である。しかし、そんな二人も流石にこの有様には開いた口が塞がらなかった。

「すまんのう……」

 ソラとジーネが向かった先は、ベルガス市民病院だった。意味も分からず病室に行くと、そこにはマリオに、ランスロットとシャルロット、そして、包帯でぐるぐる巻きになっているバレスがいた。

「し、将軍、何をやっておられるのですかッッッッ!!」

 ランスロットが超激怒している。バレスは、自慢のスポーツ魔動車を設計上の限界速度を遥かに超えてぶっ飛ばし過ぎた。車が浮き上がってハンドル操作が利かなくなり、縁石に乗り上げて宙を舞い、錐揉み状に回転しながら民家の二階に全速力で突っ込んだらしい。死ななかったのが奇跡的である。

「試合は僅か十日後! いくら将軍でも、そんな短期間では治りますまい。私との試合はどうなるのです!?」

「すまんのう、すまんのう……」

 バレスはひたすら謝るばかりだ。バレスVSランスロットの試合は大天秤大会の目玉として街全体でバックアップしてきたのだ。それが当のバレスが大怪我とあっては、試合の中止どころか大会全体が危機に追い込まれる。

「と、ともかく、今、将軍を責めても無意味。今後の方針を考えなくては……」

 バレスは言語道断で当然だが、ランスロットも試合中止ではタダでは済まない。バレスはアルメリア皇国全軍の総大将。ランスロットは女皇親衛魔団の団長である。二人とも皇国の軍人、それも重鎮だ。二人が戦うということで、女皇陛下がそれを見にここベルガスまで向かっているのだ。今年の大天秤大会は例年とは違う。女皇陛下に無駄足をさせたともなれば、責任問題に発展する。下手をすれば死刑とて考えられるのだ。

「だっ、だっ、代役を立てるのですわっ!」

 このままではランスロットの命が危うい。シャルロットは必死でアイデアを出してきた。

「無理だ……」

 しかし、諦めの言葉を口にしたのは、大天秤大会の主催者、マリオだ。顔面蒼白、顔を引きつらせ、言葉も震えている。

「バレス将軍の代役など、いるわけなかろう……」

「ゴ、ゴンザレス! この前、お兄様と戦った」

「一方的に負けただろう。そんなヤツを出せるか」

「ハ、ハルク! ゴリラのライカンスロープの」

「打診はしたが、尻尾を撒いて逃げ出したわ!」

「ブッチャー! ブタのライカンスロープの」

「太って使い物にならん!」

「ブータン! テレビに良く出ている……」

「それは料理番組に出ているただのブタだ!」

(……あちゃー、何てこった)

 バレスVSランスロットは最強対最強、世代を超えた夢の対決だ。今回の大天秤大会のメインイベントとして企画されたものだ。いくらバレスが大怪我をしたからと言って、その辺のショボい人を代役に呼んでも誰も納得しない。強過ぎる二人を集めてしまったのが裏目に出た。

「無理だ! 代役などどこにもおらん。とっくに調べ尽くしたわ! バレス将軍の代わりが務まる者など、この国にはおらん! かと言って、他国から人を呼ぶには時間が足らなさ過ぎる。すでに手は尽くした。不可能だ!」

 豪腕で馴らすマリオもサジを投げた。

「し、将軍。こ、こうなったら、どれだけ重傷でも試合には出て頂きますよ」

「儂はまだ死にとうない……」

 ランスロットは無理矢理バレスを出場させようとするが、バレスは泣いて嫌がる。こんな身体で怒り狂ったランスロットを相手をしたら、ぶっ殺されることは確実。八方塞がりだ。

「パパ。仕方がありません。街の皆様に、今年の大天秤大会は中止とのご連絡を。無様な組み合わせで開催するよりは、潔く中止の方が……」

「う、うむ……」

 ジーネは、苦悩しているマリオをなだめ、試合を中止するよう促した。苦しんでいる父親を見て、心から悲しんでいる娘といった様子である。マリオもジーネの意見に素直に同意した。

(……えッッッッ!?!?!?!?!?)

 だが、マリオが部屋を出ていこうとジーネに背を向けた瞬間、ジーネはギラッと、まるで亡霊のような凄みのある笑顔を浮かべた。全て自分の思惑通りという様子。気づいているのはソラだけだ。間違い無い。何か、とんでもない陰謀を巡らせている!

(ジーネ、な、何を考えているんだ!?)


「というわけで、今年の大天秤大会は中止……」

「バカヤローッッッッッッ!!」

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!」

 場所を移動して、ベルガス中央闘技場へ。その城壁の屋上からマリオが大天秤大会の中止を布告すると、怒り狂った群衆が津波のように押しかけ闘技場を取り囲んだ。

「俺たちはこれだけを楽しみにしてきたんだぞ!」

「わざわざ遠くからこれを見るために遙々来たんだ!」

「私は旅行組合の代表の者です。マリオさん! 私達は大天秤大会のために、旅行ツアーを組んで、ここまで大勢のお客さんを連れて来たんです。今更中止なんて言えません!」

「ウチのホテルもだ! 大勢客が泊まってる!」

「俺はその観光客を当てにして夜店を作ったんだ。これで中止じゃあ俺は一文無しだ!」

「どうしてくれるんだ、テメェェェェェッッッ!!!!!!!!」

「自分は金持ちだからって調子に乗りやがって!」

「ぶっ殺してやるぜェェェェッッッッ!!!!!!!!!!」

(ひ、ひぃぃぃッッッッッッッ!!)

 ここ、ベルガスはギャンブルを中心とした娯楽産業で成り立っている街だ。そして、大天秤大会は年で一番のビッグイベント。それだけに中止の余波は大きく、その怒りの矛先は総元締めであるマリオに向いた。いくら大財閥アロンゾ家の当主であるマリオでも、怒り狂った群衆には勝てない。普段から居る街の住民のみならず、世界中から集まってきた観光客や、その観光客を相手にサービスを提供して金を稼いでいる業者。さらには、そういった人混みに乗じて盗みを働くつもりでいた悪党や荒くれ者。それら全ての人間が集結し、怒りと共にベルガス中央闘技場を取り囲んでいるのだ。如何にマリオでも震えて言葉も出なかった。

 狂った群衆。世の中にこれほど恐ろしい力は無い。どれほどの強大な権力者も、狂った群衆の前には無力だ。見渡す限りの人、人、人。地平線の先まで、全てが人で埋め尽くされており、その全員が自分に敵意、殺意を向けている。普通の人間だったらこの気に晒されるだけで発狂する。未だに対話を続けられているのはマリオだからこそだ。

 しかし、この狂った群衆達の怒りが爆発するのは時間の問題だ。自分達で自分達を踏み潰すことも意に介さなず、むごたらしく屍の上に屍を積み上げ、それを足場に闘技場の城壁を乗り越え、マリオに迫り来る。そして頭蓋骨が砕け散るまで殴り、蹴り、痛めつけ、最後には原型を留めないほどに引き裂かれ、糞尿の中にうち捨てられるのだ。

「ジッ、ジジッ、ジーネェェェェェェッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」

 チラッとだけ外の様子を見に行っていたソラが我を失う程に怯えて戻って来た。無数の人間による圧倒的殺意を目にし、ソラは心の底から震え上がった。この恐怖に言葉はいらない。圧倒的多数という力に対する、生物としての本能的恐怖だ。

「こ、これはダメだ。逃げよう!」

「逃げるって、どこへ?」

「ど、どこでもいいよ! 世界の果てまで逃げよう!」

「逃げ場なんてどこにも無いわ」

「―――――ッッッッッ!?」

 ジーネの言う通りだ。周囲を完全に取り囲まれ、逃げ場は無い。

「って、うわあぁぁぁ、ヤダヤダヤダヤダ! ジーネ、僕はまだ死にたくないよ!!」

 だが、バタバタと往生際を悪くしても何ともならないのだった。

「お、お兄様ァァァァァァッッッッ!!!!!!!!」

「な、何ということだ!」

 その横ではシャルロットは泣き叫んでランスロットにしがみついていた。しかし、ランスロットと言えども打つ手はない。本来、彼が率いている女皇親衛魔団は、現在はここに向かっている女皇を守護している。ランスロットは一人だ。

「お、お兄様。い、いざという時は、わ、私は自ら命を絶ちますわ。見ず知らずの人にこの身を汚されるくらいなら、い、い、いっそ、いっそ……」

「ぬううう……。シャル、心配するな。確かにこれは予想外の事態だ。だが、私はお前を守るためならば、全世界を敵に回しても戦うぞ。いざという時にはどこかに隠れていろ。大丈夫だ。お前はこの兄が絶対に守ってやる!」

「お、お兄様! シャルロットは心からお兄様を信じておりますわ!」

(……え、ちょ、ちょっと、この二人、本気で?)

 本当にお互いを信じ合っている人間というのは、こんな絶望的な状況でも『守る』とか『信じる!』とか、そんなこと言い切ってしまえるものなのか!? これが人生の最後だというのに決定的な差を見せつけられてしまった。このまま死にたくない。

「あ、あの、ジーネ。ぼ、僕は別に怖いわけじゃないんだ。ぼ、僕だって、いざとなったら君の為に戦うさ。でも、これはちょっと勝ち目が無いって言うか。ジーネを守ることを考えるなら戦うよりも逃げた方が正解だと思って。だ、だから一緒に逃げようって言ったんだよ。僕一人で助かるつもりなんか全然無いよ! そこだけは分かってくれないと死んでも死にきれないよ! わ、分かった。僕も戦う。戦うから、ジーネも僕を信じ……、あの、その……」

「クスクスクスクス」

 だが、この場に全く似つかわしくない笑い声が部屋に響いた。

「あ、あなた、何が可笑しいんですのッ!? 黙りなさいッ!!」

 笑い声の主は、ジーネだった。いつもと同じ、楽しげではあるものの妖艶な微笑を繰り返している。余りの場違いさにシャルロットが怒りを露わにした。

「クスクスクスクスクスクスクスクス」

「恐怖で気が狂いましたわね?」

「クスクス。ゴメンなさいね。でも、可笑しくって。クスクスクスクス」

「ジ、ジーネ、ど、どうしちゃったんだ!?」

 これにはいくらソラでも着いて行けない。

「ソラ、怖がらなくてもいいの。私が何とかしてあげる」

 それだけ言うと、ジーネはノコノコと外に出て行って、群衆の前に姿をさらけ出してしまった。そしてマイクを手にしてする。

「皆様、初めまして。私はマリオ・アロンゾの娘。ジーネ・アロンゾです」

「ジ、ジーネ、危ないッッッッッッ!?」

「ジーネ、下がっていろ!」

 ソラとマリオが止めるにも関わらず、ジーネは群衆を前に話し続ける。

「この度はバレス様がお怪我をなされ試合が出来なくなり、誠に残念な限りです。アロンゾ家の人間として、心からお詫び申し上げますわ」

「何だ、このガキィィィィィィッッッッ!!」

「殺されてぇのかァァァァァ!!」

 ジーネに向けて無数の怒号が四方から飛び交うも、ジーネはまるで涼しげな顔だ。いつもの微笑を絶やさない。

「あ、あああ、あの女、あ、あ、頭がおかしいですわ!」

 これほど極限の殺意に身を晒されているのに、まるで平然としている。シャルロットは地獄に住まう化け物を見るかのような目をジーネに向けた。

「皆様のお怒りは当然のこと。ここで私がお詫びしても、到底許されることでは無いでしょう。ですが、私はここに宣言します。大天秤大会は、予定通り開催します!」

 ウオオオオオオオォォォォォォォォッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!

 大天秤大会は開催する。群衆はその言葉を聞きたかったのだ。一気に雰囲気が切り替わり、辺りを包む空気は狂気から熱気に変わる。しかし、中には冷静な者もいるものだ。

「おい、小娘! 開催するって、誰と誰が戦うんだよ!」

「その辺の雑魚を出してきたらぶっ殺すぞ!」

 出てくるべき質問が出てきた。ジーネは応える。

「皆様はこの大天秤大会の趣旨を誤っておられますわ」

 皆は首をかしげるが、ジーネは続けた。

「このベルガスは、賭け事、ギャンブルの聖地。そして、大天秤大会はそのベルガス最大のイベントです。つまり、大天秤大会で重要であるのは、強い者同士が戦うことではなく、世界最大のギャンブルであることなのです。なぜ、この大会に大天秤という名前がついているか、お忘れですか? それは戦う二名がそれぞれ大事な物を天秤に乗せ、それを賭けて戦うからです。それをご覧になる皆様もまた、どちらが勝つかで賭ける。全財産を賭けて一夜で一攫千金を成す者もいれば、全てを失う者もいる。それがこのベルガスという街であり、大天秤大会の趣旨なのです!」

(……ジーネ、何を言うんだ?)

「今回、我々はバレス様とランスロット様という、最強の魔法使い二名をご招待して、どちらが勝つか分からないフィフティフィフティのギャンブルを提供しようとしましたが、残念ながら、それは叶わぬ夢となりました。しかし、フィフティフィフティが叶わぬのなら、その逆、大穴。奇跡の夢を目指しましょう!」

 それにしても信じられないのが、ジーネの演説振りだ。普段の謎めいた雰囲気と正反対の握り拳を振るような情熱的な話し振り。まるで人格が変わったようだ。普段のジーネを知らない者には、まるでジーネが勝利と栄光の女神であるかのように聞こえるだろう。ジーネの演説にそれを聞く無数の群衆が飲み込まれていた。もうジーネに怒号を飛ばす者はいない。

「バレス様の代役は、用意出来ておりますわ。その者は、幼い頃に両親を亡くし、無一文になり、奴隷になりそうになっていたところを、その才能を見込みこまれ、アロンゾ家の私兵として引き取られました。ただ、残念ながら今までチャンスに恵まれず、その才能を地に埋もれさせ続けて来ました。地位も無い。名誉も無い。家も無い。お金も無い。物も無い。家族も無い。戦闘手段も徒手空拳。一切何も持っていません。しかし、私はいつも見てきました。この者はいつか全て手にするをその日を信じて、今日まで辛く苦しい修行に耐え、自らを磨き上げてきたのです」

(……は? そ、それって?)

 大衆向けに大幅に脚色が入っているが、誰のことを言っているのかは間違い無い。

「何も持たざる者が、全てを賭けてマジック・トーナメント四連覇チャンピオン、女皇親衛魔団長、ランスロット・バルマーに挑戦します! 紹介します。アロンゾ私設兵団護衛兵、ソラ・アロンゾです!!」

「え、え、え?」

「もう何でもいいから行きなさい!」

 シャルロットに蹴り出されて、ソラも群衆の前に姿を現した。

「って、ガキじゃねえか!」

「死ね!」

「あわわわわわ……」

 石が飛んできたので、ジーネに当たらないようにソラが守る。

「ソラ! あなたの拳でここを破壊しなさい!」

「ジ、ジーネ、何考えて……」

「ソラは私を裏切らない!」

「う、うわぁぁぁぁぁっっっっ!!」

 もうどうにでもなれ! ソラは自分とジーネが立つ闘技場外壁の頂上から大ジャンプし、頂点まで届くと両腕を横に開いて足を揃えて伸ばし宙返りした。

「おおっ!?」

 ランスロットは、そのソラの動きに目を奪われた。全身で十字を形作る姿勢はソラの体を大きく見せ、そして神々しい。そして飛び上がる時は怯えて破れかぶれだったのに、落ちてくる時には心の弱さを振り切り表情に虎のような気迫が籠っている。まるで闘いの神が降臨するかのようだ。ソラに心を奪われたのはランスロットだけでは無い。すぐ傍にいるシャルロット、マリオ、無数に集まった大衆。その全ての心を一瞬にして奪い去る。唯一、ジーネだけがその様を満足げに笑みを浮かべて見上げていた。

「しゃあアアアアアらあああァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」

 そして、そのまま真下に落下し、着地と同時に地面に正拳突きを放った。突きが炸裂しても特に何も起きない。しかし、ソラに心を奪われた大衆達は、誰一人として呻き声すらも上げなかった。天も地も全てが静まり返り、ただ一人、ソラの声だけが辺りに響いた。

「蒼空十字拳!」

 バガァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!!!!

 同時に、大きな破壊音を立てて城壁の一角が崩れ落ちる! これが先日、ミケネコ急便の看板娘ナナにも見せた、ソラの持つ技の中で最大の破壊力を持つ拳、蒼空十字拳だ。

「うわぁぁぁぁぁ、逃げろぉぉぉぉぉ!!」

 崩れた城壁が落ちてくるので、真下にいた群衆は大混乱に陥った。しかし、熱気に包まれた群衆は、その程度の危険については気にもしない。

「す、すげぇぇぇぇぇぇッッッッッッ!!」

「す、素手で石壁をぶっ壊したぞ!」

「あ、アイツなら、本当にやるかも!?」

 群衆もソラに期待し始めた。そこのタイミングを狙って、ジーネが煽る!

「この大天秤大会は、戦う者自身も互いに財産を大天秤の上に載せ、それを賭けて戦わなければなければなりません。しかし、先ほどの申し上げた通り、ソラは何も持っていません。そこでソラには我々、アロンゾ家がスポンサーに付きます。ソラが賭けるのは、この私! アロンゾ家の家督! 全財産! その継承権を持つのは、この私、ジーネ・アロンゾだけです! ソラは私を賭けて戦います!」

「なッッッッ!? ジ、ジーネ、何言ってッッッ!?」

「当然、ランスロット・バルマーにも、アロンゾ家全財産に見合うだけのものを賭けて頂きます! 勝てば全てを手にする。負ければ全てを失う。しかし、それでこそギャンブルの街、ベルガス! それでこそ大天秤大会!」

「ちょ、あ、あなた、何勝手に……」

「世界最大のギャンブルの祭典、大天秤大会、今こそ始まりです! 『アルメリアの若き英雄』ランスロット・バルマーVS『猛虎』ソラ・アロンゾ! 勝てば全てが手に入ります。これこそ私達アルメリアに生きる全ての人の夢、アルメリアン・ドリームですッッッッッッ!」

 ウォォォォォォォォォォッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!

 街中は一気に大熱狂に包まれた。群衆も燃えに燃えて騒ぎ始める。彼らの関心は一つだけ、どちらに賭けるかだ。やはり大本命は最強の魔法使いであるランスロットだろう。しかし、もしソラが勝てば賭けた金の何十倍、もしかしたら何百倍もの額が手に入る。こうしてはいられない。家に帰って、どちらが勝つか、よく考えなくては。外で油を売っている場合ではない。


「ひぃぃぃぃぃぃ……」

「と、トチ狂っていますわ! 狂ってますわああああああッッッッ!」

 闘技場を取り囲んでいた群衆が解散に向かう中、余りの展開にソラは腰を抜かし、シャルロットも狂乱していた。そこへジーネが戻ってくる。

「ジーネ! な、何てことをしたんだ! こ、こんなことしたら、もうマリオさんでも押さえ切れないよ! き、君はアロンゾ家の全財産を、君自身まで、全部賭けてしまったんだ!」

「大丈夫よ。ソラは負けないわ。クスクスクスクス」

「あ、ああ、頭がおかしいですわ! ソラがお兄様に勝てる可能性なんて、これっぽっちもありませんわ! 完全にゼロ! 一瞬ですわ! 瞬殺ですわ!」

「そ、そうだよ! な、何で僕みたいな子供が、よりもよってランスロットさんと! 勝てるわけ無……」

「負けないわ」

「ひっ!?」

 ジーネは震えるソラの頭を、そっと胸に抱き寄せた。そして、ソラの顔を上げさせ、上から視線を合わせる。だが、ソラは見た。ジーネの目に宿っているのは、狂気。地獄の底から沸き上がってくるような、ドス黒い執念を帯びた狂気だ。

「ソラは負けないの。ソラは負けないの。絶対に負けないの。だって、ソラは私しか持って無いの。ソラには私しか無いの。他には何も無いの。私しか無いの。もし負けたら、ソラには何も無くなっちゃうの。今度こそ、本当に何も無くなっちゃうの。だから、ソラは絶対に負けないの。ソラは私を裏切らないの。ソラは、絶対、私を、裏切らない! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッッッッ!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ