運命のライバル
「ま、まあまあ楽しかったですわね」
「ベルガスの名物だからね。そう言ってくれて良かったよ」
夕方、シャルロットと、巨大なクマのぬいぐるみを抱えたソラは帰路に着こうとしていた。
シャルロットが連れて行かれた先は、街の賭博場だった。普通は十八歳未満立ち入り禁止だが、世界最大のギャンブル都市であるベルガスでは合法である。ただし、子供の場合は入場時に固定額のポイントを購入し、一日に使えるポイントはそれだけ。退場時に景品と交換して全ポイント精算となる。ソラもシャルロットもお金は持っていなかったが、そこはソラとシャルロット、両名のダブル特権を使用した。ソラはアロンゾ財閥の構成員だから、どの店に行っても支払いをツケに出来る。そしてシャルロットは大天秤大会の主賓ランスロット・バルマーの妹だから、全ての費用を接待費として計上出来る上に、一番の特等席である特別来賓室に入れて貰うことが出来た。
特別来賓室から観戦出来るのは、ライカンスロープ同士が対決する肉弾戦だ。タイマンからタッグマッチ、バトルロイヤルと色々ある。シャルロットは兄の戦う姿は見てきているが、兄は魔法使いであるので、このように肉と肉がぶつかり合って激しく流血する試合というのは見たことが無かった。最初は凄く痛そうで怖かったが、次第に慣れていき、遂にはすっかり熱中していたのだった。ギャンブルの一環なので勝つ方を予想して賭けるわけだが、シャルロットにはどちらも強そうに見えるだけだった。しかし、ソラは体つきから各自の強さや特性が分かるらしく、それを参考に賭けると結構な勝率になった。最後には凄く沢山のポイントを得られ、退場時に自分の体よりも大きいふかふかもふもふの巨大クマを貰えてしまった。
「全く、闘技場なら闘技場と最初から言って下さればよろしかったのに」
「そういや、シャルは行く前は凄く怖がってたよね。そんなに怖い所だと思ったの?」
「あれはソラが誤解させるようなことを言うからですわッ! 私はてっきり……。あ、いえ」
「どこか別の場所だと勘違いしていたんだね。そうか、なら次にまた機会があったら、その時は二人でそこに行こうね♪」
「絶対行きませんわッッッ!!」
(……でも、ソラは私が最初思ったよりも)
ソラのボディガードぶりは、確かに上手で、優しかった。道路を歩く時はいつもソラが車道側を歩くし、混雑している所ではソラが体を張って人混みをかき分けてくれる。試合に熱中してふと喉が渇いたと思った頃には飲み物が注文されているし、今も貰った巨大クマを持ってくれている。自分は怒りっぽいので、みんなから恐がられている。にも関わらず、これほど優しくしてくれた男性は、兄を除いてはソラが初めてだった。二人は駐車場に着くと、そこに停めておいた白馬にぬいぐるみをくくりつけた。二人はランスロットの白馬に乗ってここまで来たのだ。白馬の名前はシルファリオンと言う。ソラは動物の扱いも得意らしく、初めてにも関わらず簡単に乗りこなすことが出来た。ヒョイッと軽い身のこなしで馬に乗ると、シャルロットが乗りやすいように、馬上から手を差し伸べてくる。その時のソラのニコッと優しい顔を見ると、もう何の抵抗も無しに、自然とシャルロットも自分の手をソラの手に伸ばしまう。
「さあ、帰ろう。お兄さんが待ってるよ」
「……ズルいですわ。ソラは」
「ん? どうしたの?」
シャルロットがソラの差し出した手を取りそうになる寸前で、ピタッと、シャルロットは手を止めてしまった。そして、引っ込めてしまう。
「ソラは、誰にでも気軽に話が出来て、誰にでも好かれるタイプの人ですわ。でも、私はそういう人は大嫌いですわ!」
「ど、どうしたのさ、急に!?」
突然、シャルロットは怒り出した。
「世の中には、いるんですの、あなたみたいな人が。優しい顔をして近寄ってきて、親切にしてくれて、それでこっちが信用したら、裏切るんですの!」
「……何かあったの?」
「私のお父様は、あなたみたいな人に騙されて、全財産を失ってしまいましたの。お父様は失意の余り自ら命を絶って、お母様はそのショックで……」
そう言えば、聞いたことがあった。シャルロットの家、バルマー家は古くから続く名門とは言え、没落貴族だった。ランスロットが名門貴族でありながらマジック・トーナメントという荒くれ者ばかりの世界に身を投じたのは、全ては優勝することで賞金と栄誉を掴み、没落した家を再興させるためだ。そして、見事栄冠を掴んだランスロットは、その実力と出自の良さから女皇親衛魔団という女皇陛下を守護する最も栄誉ある軍団の団長に迎え入れられたのである。となれば、妹のシャルロットはずっと兄のランスロットに面倒を見て貰って来ているのだろう。これほどまでにランスロットを慕うことも頷ける。
「お兄様も、ソラのことを気に入っていますわ。でも、そんなの絶対ダメですわ! お兄様はお強いけれども、性格はお父様にソックリですわ。いつか必ず、ソラみたいな人に騙されて何もかも失うに決まってますわ! そんなこと私が絶対にさせませんわ! だから、私はソラみたいな人が大嫌いですわッッッッ!」
それだけ言うと、シャルロットは横を向いて口を聞かなくなってしまった。気まずい時間が流れる。そして、先に口を開いたのはソラだった。
「僕は、君以外にも君と同じような女の子を知ってるよ」
「えっ?」
シャルロットは意外そうにソラの方を向いた。
「その子も君と同じように、いつか僕が自分を裏切るんじゃないかって思ってるんだ。そりゃあ、その子はお金持ちさ。お金を出せば色んな人が集まってくる。けど、その子は僕には一切お金や物はくれない。くれるのは毎日の食事と、彼女の知恵や才能。彼女自身だけ。どうしてそんなことをするのか、分かるかい?」
「い、いえ」
「信じたいんだ。どんな状況でも、何も無くても、僕は彼女を裏切らない。彼女されあれば他に何もいらない。僕がそういう人間だってこと。彼女はそれを信じたいんだ」
「そ、そんなの嘘ですわ! そんな都合の良い人、絶対いませんわ! 絶対何か目当てがあってのこと。何の下心も無く、絶対に裏切らない人なんて、それこそ絶対にいませんわ!」
「君にだっているじゃないか。お兄さんが」
「えっ?」
「家も親も無くしてからずっと、君はランスロットさんに養って貰っているんだろ? その頃はランスロットさんもまだ子供で今みたいに強くも無かっただろうし、どうやって生計を立てていたんだろう? それが今ではこの国最強の魔法使いか。凄いなぁ」
「お、お兄様は、特別ですわ……」
「家族だからって、特別ではないさ。その子は、親族に裏切られてそうなったんだから」
最後に、「遅くなるとお兄さんが心配する。帰ろう」、それだけ言って、ソラも口を閉じた。シャルロットが自分で馬に乗ると、ただ黙って、ポンポンとシルファリオンの首を横から軽く叩く。それだけでシルファリオンも理解したようで、身体を反転し、来た道を引き返した。
帰りは、来たときとは違って、ゆっくり歩いてきた。ソラとシャルロットがベルガス中央闘技場に戻ってくる頃には、すでに夕方になっていた。そろそろジーネ達の会議も終わる頃だろう。ソラとシャルロットは元の場所にシルファリオンを停めた。シャルロットは無言で闘技場の中に入っていこうとする。
「さっきは、ゴメン」
そこを、後ろからソラが呼び止めた。
「偉そうなことを言い過ぎたと思う。生きることの大変さは僕も分かっているつもりさ。僕にもその日の食事にすら困っていた頃があったから。君がお兄さんを心配するのも分かるし、この世が嘘と裏切りに満ち溢れているのも本当だ。でも、僕は本気だ。僕はジーネを裏切らない」
「あなたの知っている女の子って、ジーネ・アロンゾのことでしたのね」
シャルロットは後ろを振り返り、ソラと視線を合わせた。
「あなたのその本気、どこまで続くか見物ですわ。あなたはジーネを裏切らない。それを私に信じさせてみせなさい! これは私からあなたへの宣戦布告ですわ!! その決着が付くまで、私とソラはライバルですわッ!」
ライバル。その言葉の響きに、ソラはとても惹かれるものがあった。かつて、父が言っていた。父も若い頃には多数のライバルがいたという。そして、ライバルとの戦いを乗り越えることで、父は強くなっていったらしい。
「シャル。知っているかい? 人というのはね、必ずこの世のどこかに、切っても切れない関係にある相手がいるんだ。人はそれを運命と言う。どうやら僕と君は、生まれた時からこうして出会う運命にあったようだね」
「えっえっ!? う、運命!? ですの!?!?!?」
なにやらシャルロットが動揺しているが、ソラの決意は変わらなかった。
「シャル。その宣戦布告、受けて立とう。僕と君は、運命のライバルだ!」