最強の魔法使い
「はっ! はっ! はっ!」
お昼ご飯を食べた後、ソラは外で空手の練習に入った。ソラの仕事はボディガードであるが、ジーネは余り家から出ない。旅行や洋服、社交界や演劇、裕福な家であるにも関わらず、そういった街に溢れた娯楽には関心を示さない。部屋に籠ってマジック・デザインに耽っている。偶に手が止まっていることに気づいたソラが横から表情を覗うと、焦点が合わない目をしてニヤニヤと笑っていることがある。つまるところ、ジーネは自らの空想と妄想の中に趣を見いだすタイプなのである。引きこもりのボディガードというのは非常に暇な仕事であり、ソラはその空いた時間の殆どを自らの修行に費やす。毎日毎日、ひたすら地味で単調な修行を繰り返す。こうした日々の積み重ねだけが道を前に進む手段であるとソラは考え、雨の日も雪の日も、一日たりとも欠かさず毎日続けてきた。しかし、ここ最近はその修行にも身が入らない。
(……くっ。このままではダメだ)
「はぁっ……。はぁっ……。はぁっ……。はぁっ……」
一通りの日課を終える頃には息も絶え絶えになる。大きく肩で息をして呼吸を調えようとするソラの胸には、練習を終えた達成感はカケラも無かった。
(……今日も進歩は無かった。修行メニューが甘いのか? 修行内容が体の成長に見合っていない? もっとハードにするべき? いや、違う。そうじゃない。僕は……僕は……)
幼い頃は良かった。ただ一心不乱に強くなることを目指して練習を重ね、その分だけ強くなった。技のキレも増した。だが、十三歳にもなる頃から、ふと自分は大切なことを見落としているのではないか、という迷いが生まれた。それから段々と修行に身が入らなくなってきた。修行をよりハードにして克服することも試みたが、余り効果が無い。
(……僕は、逃げているんだ。修行に。厳しい修行を課していることを免罪符にして、一番大事な所から逃げている。苦しい。頑張らなきゃいけないのに。でも、僕は……僕は……)
タオルで汗を拭きつつ、その隙間からチラッと遠くを見てみた。遠く屋敷の二階の窓から、ジーネが顔を出して、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらの風景を覗いている。あの笑みの意味する所は、ソラには分からない。
(……うっ!!)
ソラはジーネに悟られないよう、すぐにタオルで視線を隠した。タオルの中で固く目を閉じて今の映像を忘れようとするが、瞼の裏に焼き付いて忘れられない。
(……僕は、ジーネの視線が怖いんだ!)
「ソラ、今日はお出かけするわ」
「あっ、そ、そうか。今日はそうだったね」
寝室に戻ると、ジーネが待っていた。今日はジーネが珍しく外出する日。アロンゾ家の一員として、とある大事な会合に出席しなければならないスケジュールになっていた。ジーネの義務労働配属はアロンゾ財閥の役員である。
ジーネはすでに着替えが済んでいる。クリーム色のワンピースの上に、鮮やかな赤い蝶結びのアクセントが入った暖色系のカーディガンを羽織っている。こういう姿を見ると、ジーネは芸術的センスがあると常々思う。年齢そのまま子供!って感じの服装ではない。しかし、大人が着ているようなガチガチのビジネスライクな服装でもない。子供が少し背伸びして大人っぽい格好をしてみました、みたいな可愛らしさがある服装なのだ。公的な場に出る際、ジーネはこうした服装やちょっとした言葉のニュアンスを巧みに使い分ける。ジーネの頭の良さはズバ抜けており、会議で発言している様子を見ても周りにいる大人と遜色無い。それどころか、ジーネがプロジェクトに参加していると何もかもがジーネのペースで進んで行ってしまう。だがやはり相手も人間だ。それ一辺倒だと『子供の癖に生意気だ』と反感を買ってしまう。だからジーネは、世の中にはそういう大人が大勢いることを見越して、たまにチラリと子供っぽい所を見せる。そうすることで『お嬢様と言えども所詮は子供だな』と自尊心を満たさせてやるのだ。そうやって自分より遙かに年上の大人を操り人形にする。人心掌握の天才だと思う。
そして確実に言えることは、砂粒程も相手を信用していない。
ジーネに従っていれば万事上手くいくと言っても、配下の人間はジーネほど完璧ではない。時には悪気は無くともミスをしてジーネに頭を下げる。そういう時、ジーネは普段と全く変わらない薄い笑みを浮かべて、一応、口ばかりに相手を慰めるようなことを言う。あのように、いかなる時でも水面に砂粒を落とした程度にすらジーネの心が波立たないのは、それは最初から相手を全く信用していないからなのだ。配下の者達はみんな『アロンゾ家の次期当主様は寛大な心を持って下さっており大変良かった』と言う。そうではない。ジーネは寛大な心で許しているのではなく、最初から信用していないので許すも何も無いというだけだ。
しかし、ジーネはソラの前では、偶に常軌を逸したような激情を見せる。ジーネの本性は激情家なのだ。その日によって機嫌の善し悪しもあるし、楽しそうな顔をする時もあれば、疲れた顔をする時もある。
『ジーネは自分にだけは感情を見せる』
その想いだけが、今のソラの心の支えだ。だが、それでも普段は他と変わらない。大抵は信用していない配下の者達に接する時と全く同じ顔をしている。今もそうだ。あの笑みを見ると、いつも耐えられない程の不安と恐怖に襲われる。心の底から、あの顔が恐ろしい。
(……ジーネ。君は、僕がいつか君を裏切ると思っているのか? そんなに僕が信じられないのか? だったら、僕は何なんだ? 僕は、何の為に生きてきたんだ?)
しかし、いつまでも気落ちしているわけにもいかない。水浴びして汗を流してから、着替えてジーネの所に参上し、二人で馬のライカンスロープ、ケンさんの引く人力車に乗り込んだ。
この国、アルメリア王国で車というと、一般的には脚力に優れたライカンスロープが引っ張る人力車を指す。二つの車輪の上に箱が乗っかった構造になっており、前からライカンスロープが引っ張るのだ。人件費の都合上、大抵の人はタクシーという運送業者を呼んで乗せて行って貰うのだが、ジーネはよく使うので、専属の引き手を持っている。それがアロンゾ私設兵団輸送兵のケンさんだ。車のカテゴリーでは、他には『魔動車』というものがある。四つの車輪の上に箱が乗っかった構造になっており、中に乗っている人の魔力で動く。材質は鉄で出来ており非常に重い。普通レベルの人で動かす場合、乗っている人が全員魔法使いでないと動かないので効率が悪く、一般には普及していない。
「では、出発しよう。頑張ってね、ケンさん」
「バヒーン」
ジーネとソラはケンさんの車に乗って出発した。目指すは街の中心、ベルガス中央闘技場だ。小高い丘の上から都市部にやってくると、道端では夜店を開く準備が始まっていた。
「いつもより屋台の数が増えてる。もうすぐ大天秤大会だもんね」
ソラとジーネの暮らす街、ベルガスは世界随一のギャンブル都市だ。至る所にカジノや雀荘等の施設があって、それを目当てに世界中から多くの人がやって来る観光名所であるが、最大の目玉は闘技場だ。二人の闘士が死力を尽くして戦い、観客はそれを観戦しつつ、どっちが勝つかに賭ける。血沸き肉躍る壮絶な娯楽だ。闘技場も街のあちこちにあるが、この街一番にして世界最大は、ソラ達が向かっているベルガス中央闘技場だ。
ここベルガスでは、毎年この時期に、年に一度のビッグイベント、『大天秤大会』が開催される。国中から強者として有名なゲストを呼び寄せ、対決する。賭けには世界中の人が参加しており、一試合で動く額はとてつもなく巨大なものになる。それを主催するのが、ジーネの家であるアロンゾ家なのだ。今、ジーネが向かっているのは、アロンゾ家の一員として大天秤大会運営会議に参加するためである。
「毎年凄い戦いだよね。去年は最強魔法使いVS最強ライカンスロープの頂上決戦! 長時間の戦いの末、勝ったのは魔法使いだった。名前は……うわっ!?」
ソラが去年のことを思い返しながら話をしていると、すぐ横を赤い魔動車が暴走とも言えるようなもの凄いスピードで追い抜いていった。一瞬見えただけだったが、髭の親父一人が乗って運転していた。
「あっ、危なっ!?」
「あれはスポーツ魔動車ね」
「こ、こんな街中であんなスピードを出すなんて。とんでもないよ! ケンさんより数倍は速かった。乗ってる人はとんでもないスピード狂だよッッッ!!」
「とんでもないのはスピードだけでは無いわ。普通なら乗組員全員で動かすだけで精一杯の魔動車を、一人であんなスピードで動かせるなんて。乗っている人はとてつもなく強力な魔法使いよ。それも国内最強クラスの」
「あっ、もしかして、今チラッと見えた髭の人って」
「そう。国内最強の魔法使い、魔将軍バレスね」
ソラ達がベルガス中央闘技場に到着すると、駐車場に先程のスポーツ魔動車が停まっていた。
「やっぱり乗ってたのはバレス将軍だったんだ。ってことは?」
「バレス将軍は今年も戦うのよ」
「ひえ~。あの人に勝てる人なんて絶対いないよ。でも、大会に呼ばれた以上、同じくらい強い人が見つかったってことだよね?」
「ええ。これから会えるわ」
「だ、誰なんだろう……。ん?」
ソラとて一応、闘いに命を賭ける男だ。最強の男が集まっていると聞けば胸も踊り、想像力を働かせる。すると、ふと気づいた。バレスの車から少し離れた所に、白い馬が繋がれている。
「ケ、ケンさん! 馬だよ、馬! ケンさんみたいなライカンスロープじゃなくて、本物の馬だ。しかも真っ白だよ! 凄く気品がありそうな感じだ。カッコイイ!」
「バヒバヒ!」
「えっ? 自分みたいな栗毛の方が強そうで格好良い? しかも、あんなキザな馬より自分の方が絶対強い?」
「バヒヒン!」
「そ、そうだな~。確かにケンさんの方が強いとは思うけど、顔は向こうの方が数段上かも。それに、力はケンさんでも、速さなら向こうもかなりのような」
「バヒヒヒ!」
「わわわっ、怒らないで、ケンさん。ケンさんも凄く格好良いよ!」
ケンさんは人力車の引き手だ。重い物を引っ張る力なら無類の強さだが、向こうにいる白馬は上に人が乗るものらしい。乗せる荷が軽いのなら、パワー重視のケンさんよりも、向こうの方が速さで勝りそうだ。そして、見た目では完全に向こうの方が上。ケンさんはすっかりライバル意識を燃やしてしまっているようだ。
「ソラ。中でパパも待っているわ、行きましょう」
「う、うん。じゃあ、ケンさん。行ってくるね。ケンカしちゃダメだよ」
入り口から中に入り、丸い闘技場の反対側の一番奥、来賓ルームまで来た。ドアの前まで来ると、中から若い男の怒声が聞こえてきた。
「将軍! あんなスピードを出して、危ないではありませんか!」
「いやぁ、スマンスマン。ちょっと力を入れたらすっ飛んでしまってな」
「将軍の魔力は並大抵では無いのです。迂闊にあんな車に乗ってはいけません!」
どうやら、バレス将軍がスピード違反を怒られているようだ。それはさておき、ジーネはコンコンとドアの二回ノックした。
「ジーネ・アロンゾ、参りました」
「おお、ジーネか。早く入れ」
中から父マリオの声がしたので、ジーネとソラは中に入った。
「小僧、お前もいたのか……」
「うっ……」
中に入った瞬間に、ソラはマリオに睨み付けられた。
「子供の遊びだと思って油断したわ。まさか、あの時の無一文の子供がここまでジーネに絡み続けるとはな。昨日はよくぞジーネを守ってくれたと礼を言っておくが、貴様、もしジーネに何かあったら……」
「ジ、ジーネは死んでも守ります!」
(……ひえ~。マリオさん、やっぱり怒ってる。何せ、ジーネのボディガードは僕一人だからな。普通は屈強なライカンスロープを何人も付けるものだからな。僕じゃ頼りないんだ)
マリオはソラがジーネのボディガードをやっていることを快く思っていないのだ。
「パパ。ソラは強くて頼りになるわ。大丈夫よ。クスクスクスクス」
改めて、落ち着いて部屋の中を見渡す。中に居るのは六人だ。ソラとジーネ。マリオと、去年の大天秤大会勝者バレス将軍。そして、先ほど将軍に説教をしていたと思われる背の高い青年と、隅のイスに座っている金髪の女の子だ。女の子は何だかソラとジーネを睨み付けているように見える。しかし、やはり目立つのは青年だ。顔の上半分を青い鉄仮面で隠しており、服装も真っ白な騎士服と、明らかに何かしらの英雄譚の影響を受けている。これは相当な目立ちたがり屋でフィーバーした性格に違いない。と思っている先から、青年はいきなり跪いて、ジーネの手の甲に口づけをした。
(……あっ! 何てキザなヤツだ。ムカッ! でもこの人、どっかで見たことがあるような)
「初めまして、ジーネ嬢。ランスロット・バルマーです。この度は私のような者を栄誉ある大天秤大会にお呼び頂き、光栄の限りです」
「ランスロット様。こちらこそ、わざわざ遠いところよりご足労頂き、心よりお礼を申し上げますわ」
(……ラ、ランスロット・バルマー!?)
ソラも知っている超有名人だ。
仮面の貴公子、ランスロット・バルマー。首都アルメリアにある女皇の居城、アルメリア城を守衛する、女皇親衛魔団の団長だ。バレスが幾度にも及ぶ戦争で戦果を上げ続けた歴戦の英雄ならば、ランスロットは新星気鋭の若き英雄である。
一般に、最強魔法使いと言えばアルメリア皇国全軍の総大将であるバレス将軍だが、バレスは総大将という立場上、最近は自らがその超魔力を使って前面に立って戦うことは無い。去年の大天秤大会は、その伝説の最強魔法使いが十数年ぶりにその超魔力を人々の前で披露する、というのが目玉だった。
一方、ランスロットは現役の最強魔法使いである。国中の魔法使いを集めて戦うマジック・トーナメントのチャンピオンだ。現在は四連覇中。前回のトーナメントでは全戦全勝、全KOで優勝という無類の強さを誇る。ただ、このトーナメントは若者が力を競い合うという趣旨であるので、高齢であるバレスは参加しない。
ここで人々の話題になっているのが、歴戦の英雄で伝説の魔法使いであるバレスと、まだ荒削りだが若くて勢いのあるランスロットの、どちらが本当の最強魔法使いか、ということだ。
昔からバレスを知っている大人達は、バレスが勝つと言う。バレスは歳を取ったと言っても全く衰えていない。それに何と言っても、バレスは戦場の魔法使いなのだ。敗色濃厚で玉砕間違い無しの戦場に先頭を切って出陣し、いつも仲間と共に勝利し、帰ってきた。戦場では、ただ魔力が強ければいいというわけではない。生きる力と、心の強さが生と死を分ける。バレスはいつも戦場から生きて帰ってきた。不屈の闘志を持つ男。どんな強大な相手と戦おうとも、伝説の英雄バレスは勝利と共に帰ってくるのだ。
一方、ランスロットは若者と子供に人気がある。ランスロットの凄い所は、試合の最中に強くなっていくところだ。ランスロットは、最初の頃はそんなに強い魔法使いでは無かった。しかし、自分より強い者と戦うことで新しい力に目覚め、奇跡の逆転劇を演ずる。そしていつしか最強の魔法使いと呼ばれるようになった、国中の少年達のスーパーヒーローなのだ。ここ最近はランスロットより強い者もいなくなってしまったので、その逆転劇を見ることも無くなってきたが、相手が格上であるバレスとなれば、ランスロットはその真価を発揮するに違い無い。勝つのはランスロットだ。
(……す、凄いマッチメイクだ!!)
この二人は共に魔力が強すぎて危険なので、軍の内部でも二人を戦わせるのは絶対禁止である。そんな二人を闘技場のど真ん中で戦わせるとは、一体誰が考えたのだろうか?
「ジーネお嬢ちゃん。よく儂等の試合をセッティングしてくれたな。儂も一度でいいからランスと戦ってみたかったんじゃ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
(……ジーネだったのか!)
そう言えば、少し前にジーネとマリオが何か話し込んでいることがあった。マリオに締め出されて話を聞くことができなかったが、その時に発案したのかもしれない。
(……ひえ~、ジーネは凄いなぁ。これならアロンゾ家の次期当主も十分務まるよ)
ソラが関心していると、ランスロットが跪いた状態から立ち上がって、ソラの方へ来た。ランスロットは背が高い。ソラは十四歳としては背の高い方だが、それでも高々と見上げる程に高い。一九○センチ近くはある。そして細身で筋肉質。サラサラとした金髪で、顔はマスクで見えないものの、凄いハンサムな顔が隠れているのではないかな、と期待させる。正に貴公子という言葉がピッタリだ。実際、ランスロットの家は古くから続く名門貴族である。
「君がソラ・アロンゾ君だね。昨日の君の活躍は私も聞いているよ。目に見えない刺客を撃退したらしいな。視覚に頼らずに戦闘を行えるそうじゃないか?」
「は、はい。ソ、ソラです。ぼ、僕は空気の流れで周囲のことが分かるんです」
ランスロットは興味深げにソラの全身に目を配ると、ソラの肩を掴んで感触を確かめた。
「ふむ、かなり鍛え込んでいるようだな。まだ成長途中ではあるが、芯の部分は十分に出来上がっている。それに筋肉の付き方自体が他者とは異なるな。一般とは異なる特殊な訓練を行っているということだろう。その空気の流れを読むという能力も訓練で得たものかね?」
「ぼ、僕は自然環境を利用した修行をしているので、それで……」
「実は、君が討った男は我々も手を焼いていた凄腕の暗殺者でね。居所を突き止めても、その見えなくなる能力でいつも逃げられてしまっていた。それをまだ十四歳の少年が倒したと聞いて、少々調べさせて貰ったのだよ。君の空気の流れを読む能力は、古代文明時代に『心眼』と呼ばれた秘技だ。今はもう断絶した秘技を、何故君が使えるのかね?」
(……えっ、な、何か尋問されているみたいになってきたような)
「今はもう鬼籍に入られているが、父親がいたそうだな。猛虎の異名を取る程の格闘家だったと、幼い頃に君自身があちこちに語って回っていたそうだ。ならば父親も心眼を使えたはずだ。父親はどこで心眼を覚えた? 君の父親は何故断絶した古代文明の秘技を使えたのかね?」
(……ひぃぃぃぃぃ。ヤバい! 父さんのことがバレたら逮捕される!?)
幼い頃は知らなかったので気軽に話してしまっていたが、父親は古代文明保護法の対象者であるため、国に届け出を出さなければならないのだ。しかし、ソラはそれを一部を覗いて秘密にしてしまっている。軍人であるランスロットに追求されることはマズいのだ。しかしこのランスロットという男、かなり鋭い。
「さ、さあ。ち、父は、余り自分を語らない人だったので……。あ、あはは……」
ソラは冷や汗を掻きつつ、何とか話を誤魔化す。
「ふむ、まあいい。君は格闘家だ。無闇に手の内を明かしたくはあるまい。君の姿勢を尊重しよう。私は常々思っているのだ。人の強さに最も大きく影響するのは、変身や魔法ではなく、スピリッツであるとな。君は変身能力を持たないにも関わらず、その肉体でライカンスロープの刺客を打ち破った。君も父と同じく、猛虎を称するだけの力はあると、私は認めるよ」
「い、いえ、それほどでも。ラ、ランスロットさんこそ、マジック・トーナメント四連覇おめでとうございます。最強という評判通りですね。で、でも、大丈夫ですか? ランスロットさんは凄く強いですけど、バレス将軍とその他の選手では、その、格がまるで……」
「お兄様は負けませんわッ!」
部屋の隅に座っていた女の子が話に割り込んできた。
(……わぁ、綺麗な子だな)
ウェーブのかかった金髪と碧眼で、綺麗なフリルのドレスを来ている。少し吊り目で気が強そうだが、いかにも高貴な出身のお嬢様といった感じだ。年齢は精々が十一歳程度。おそらく小等生だろう。体の色々な部分がちょこんとしていて、まるで着せ替え人形のようだ。妖艶なジーネ、健康美なナナとはまた違った可愛い子である。
「ど、どちら様ですか?」
「この娘はシャルロット・バルマー。私の妹だ」
「シャルちゃんだね? お兄ちゃんについてきたの? お利口さんだね♪」
「ななななっ、何ですの、その物言いは!? わ、私はこれでも十三歳ですのよ!!」
「えっ!? 嘘ッ!? ジーネと一緒!? そんな、どう見ても小等生……」
「ぶ、無礼者ですわッ!! 私は、ちゃんと仕事で来ているのですわ、し・ご・と!!」
シャルロット・バルマー。十三歳。身長、スタイル、共に小等部高学年だが、これでも中等生らしい。義務労働配属は軍事官僚である兄ランスロットの秘書だ。普段は留守番して掃除したり書類整理したりするのが仕事であるが、今回ばかりは遠征であるので、兄に同伴して来ている。話してみれば、確かに年齢相応か、それ以上に利発そうな娘だ。
「ゴ、ゴメンね。体のどの部分を見ても小等生だから、つい……」
「謝罪になってま・せ・ん・わッ!!」
シャルロットはピョコンと頭から耳を出した。この耳はオオカミの耳だ。
「えっ、オオカミ!? オカミのライカンスロープなの!?」
「フフン、そうですわ。虎やライオンと並んで、強くて誇り高い……」
「どう見ても子犬が精々なのに。ちょっと本物かチェック。こちょこちょ」
「ちょ、人の話を……。ちょ、あっ、やっ、やめ……あっあっ」
耳は敏感な部位で、コチョコチョやられると動けなくなってしまう。身体を縮こまらせて耐えるしか無かった。
「やっぱり本物みたいだ。信じられない……。でも、とっても可愛いね」
「そうだろうそうだろう。シャルは世界で一番可愛いからな。まあ、我が親愛なる女皇陛下を例外として挙げるならば、同じくらい美しい女性はそこにいるジーネ嬢くらいのものだ」
「あらあら、ランスロット様はお上手ですことね。クスクスクスクス」
色々と子供っぽいシャルロットに比べ、やはりジーネは大人だ。
「いえいえ、ジーネ嬢はとてもお美しい。シャルと共に、今はまだ幼くとも数年もすれば誰もが目を覚ます程に美しくなられるでしょう。だが、ソラ君。もし私のシャルに手を出すようなことをしたら、その時は私の爪が君の身体を引き裂いてしまうぞ」
そう言って、ランスロットの右手が変身、シャキーンと鋭い爪が剥き出しになる。シャルロットの兄であるランスロットも当然オオカミである。
「あわわわわ……」
ランスロットの強みは、魔法使いであるにも関わらず、実はライカンスロープであるということだ。このため、一般の魔法使いと比べて非常に体力がある。だが、不思議なのはどれだけ劣勢に追い込まれても変身しないことだ。本職は魔法使いだから変身能力は必要無いとか、変身すると強すぎるため自主的に封印しているとか言われているが、真相は分からない。顔の半分を覆い隠すマスクと相まって、謎の多い男である。
「もう、お兄様ったら、恥ずかしいですわ! それに、この人はまるでお兄様がバレス様より弱いみたいな物言いで、断じて許せませんわ!」
シャルロットは相当なブラコンのようだ。プライドも相当に高そうなお嬢様だが、普段ジーネと接しているソラから見ると、やはりどうにも子供っぽかった。
「ソラ君が心配するのも無理は無い。確かに魔力や戦いの駆け引き、それに気迫など、様々な面で将軍は私より上だろう。私が上回っているのは体力くらいか」
「お、お兄様までっ!」
「だが、シャル。人は常に目指すべき目標を持ち、それに立ち向かって行かなければならないのだ。将軍は国中の魔法使いにとって最大の壁だ。私はそれら全ての魔法使いを代表して、将軍に挑戦する栄誉を頂けたのだよ」
(……り、立派な人だ!)
ランスロットは十八歳。まだまだ若いが、その見識は女皇親衛魔団の団長として人の上に立つに相応しい域に達している。未熟者なソラでは足下にも及ばない男だ。
「がははははは。いい心懸けじゃな、ランス。だが、儂には分かっとるぞ。お前、儂に負ける気などまるで無いな。儂ももう、肩こりや腰痛に悩まされる歳じゃし、手加減をしてやれるほどの余裕も無いぞ。がははははは」
「フフ。将軍、肩こりや腰痛には身体のツボに熱を加えると良いらしいですぞ。私の火魔法を受ければお体も良くなることでしょう。フフフフフフフフ……」
(……ひ、ひえええええええっっっっっ!!)
この二人、マジでやる気だ! 両者の間に火花が飛び散っている。その迫力だけでソラは近寄れなくなってしまう。シャルロットも怖がって兄の背中に隠れてしまった。だが、マリオとジーネは眉一つ動かさない。やっぱりこの親子は胆力というか、腹の据わり具合が常人とは比べものにならない。
「クスクスクスクス。さて、お二方。ご歓談はこのくらいにして、そろそろ試合当日の打ち合わせと致しましょう」
「小僧、お前は外に出ておれ」
「シャルもしばらく外で遊んでいてくれるかい?」
「む~。お兄様がそう仰るなら」
(……えっ? この子と二人になっちゃうの?)
そうして、ソラとシャルロットは部屋から追い出されてしまった。
「お二方が戦うなら、バリアを張って観客席を……」
「しかし、この二人が相手では出力が……」
「最終魔法以外なら何とかなるじゃろう……」
「女皇親衛魔団を使う事を陛下よりお許し頂いており……」
何だか凄く物騒な話をしているが、ともかくソラとシャルロットは部屋から出た。