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五行魔法

「ただ今、ジーネ」

 ソラは帰りは自分の足で大急ぎで帰ってきた。帰ると、ようやくジーネも白いワンピースの上に乳白色のフワフワなガウンを羽織り、素肌が見えない程度の衣装になってくれていた。

「僕の父さんの話、ナナにも話しちゃったよ。ナナは僕達の大切な友達だから」

「友達……」

 ソラの過去のことは、ジーネにはずっと昔に話している。ソラがその話をしたのは、ジーネに続いてナナが二人目だ。友達という言葉を聞き、ジーネは遠くを見上げ、少し苦しむような表情を見せた。いつもクスクスと不敵な笑みを浮かべているジーネだが、本当に偶に、こういう顔をする。しかし、すぐにジーネはいつもの妖しげな微笑に戻る。

「それがいいわ。お父様がいつも言っているもの。人の人生で一番大事なのは、本当に信頼できる人を見つけることだって。ナナは大丈夫。あの子は良い子だわ。きっとこれからもソラの良いお友達でいてくれるわ。クスクスクスクス」

 ジーネはクスクスと笑うことで、本心が見えないように覆い隠す。こういう時、ソラはたまらなく悲しくなる。ソラとジーネは、幼い頃から八年間もずっと一緒にいる。起きる時も寝る時もずっと一緒だ。しかし、クスクスと本心を隠すジーネを見ると、こうして手を伸ばせば届く距離にいるジーネが、まるで久遠の彼方にいるように思えてしまう。

「ナナは僕達二人の友達だよ、ジーネ」

「そうね。クスクスクスクス」

 クスクスと笑うジーネに、ソラは厚い壁のようなものを感じた。

(……僕の知っているジーネは、本当のジーネではないのかもしれない)

 常々そう思う。ジーネが今のように妖艶で只ならぬ雰囲気を持つようになった経緯は噂で聞いている。元々は天真爛漫で感情豊かな少女だったが、自分がジーネと出会う前に起きた事件を機に豹変してしまったという。

「ソラ、昨日の刺客を雇った人が見つかったわ。この前、横領で左遷された元幹部が逆恨みしていたみたい。バカな人ねぇ。パパはあの人とその家族の生活を心配して、クビにはしないように取り計らったわ。でも、あの人はパパを裏切ったッ!」

 ジーネの口ぶりからすると、すでに関係者は全員この世を去ったようだ。

 それにしても、逆恨みで娘の命を狙うとは。それをやってしまったらもう終わりだ。その元幹部とやらはすでに始末され、家族は路頭に迷う。運が良ければソラのように良いご主人様に恵まれるかもしれないが、おそらくは悲惨な末路を辿るだろう。

「あと、あの殺し屋さんだけど、手に入れたお金の大半は寄付していたらしいわ。表の顔は優しいって評判の、孤児院の先生だったんだって」

「そう……。あんな殺人鬼でも、そんな側面があるんだね。昔、父さんが言っていたんだ。人の心には悪があるのではなく、弱さがあるんだって。人は誰しも罪を犯す。でもそれは人が悪い生き物だからじゃない。誰もが心に弱さを持つからなんだって」

(……そう、僕もそうだ。八年前のあの日、僕は父さんを信じられなかった。日頃持っている気持ちも、追い詰められれば消え失せる。それは僕が弱いからだ。僕がこんな人間だって知ったら、ジーネはどう思うだろう?)

 と、チラッとジーネの様子を伺った瞬間、ジーネが豹変した。

「そう、だから人間というのはタチが悪いわ。人はね、元々はみんな善人なの。でも、みんな大切な人の為とか何とか都合の良い理由を付けてコロッと裏切るの。それならいっそ、みんな最初から悪人だった方がいいのに。でも、ソラは孤児院出身じゃない! 家族もいない! 私と出会って、ずっとここで育ってる! ソラには私以外に何も無いの! だから、ソラは私を裏切らない! 裏切らない! 裏切らない! 裏切らない! 裏切らない!」

(……ヤバッ!?)

 八年も一緒に過ごしたソラですら、いつ、何の拍子にジーネがこうなってしまうかは全く読めない。ソラは私を裏切らない。毎日聞いているこの言葉に、ソラは底知れぬ狂気を感じていた。決して誰も信じぬ。人間不信の一言で済ませるには余りにも苛烈過ぎるこの意志が、この一輪の花のような体のどこから沸き上がってくるのか、ソラには全く計り知れなかった。だが、こうなってしまった時のジーネをなだめる術は心得ている。優しくジーネに微笑みかけて、

「もちろんさ。僕はジーネを裏切らない」

「そうよね。クスクスクスクス」

 これで当面は凌げる。しかし、あくまで一時凌ぎだ。

(……このままじゃいけないよな。僕も、ジーネも)

 このようなジーネを見る度に、ソラは自分の無力さを痛感する。ジーネは並外れた天才だから誰からも特別視されるが、本来の性格はあくまで普通の少女のはずだ。

『ソラは私を裏切らない』

 毎日何度も聞く言葉は、か弱い普通の少女の、心からの悲痛な叫び声だ。普通の少女には到底耐えきれるはずの無い暗闇に囚われて、怖い、怖いと泣き叫んでいるのだ。自分はこの少女のボディーガードであるにも関わらず、この少女を苦しみから全く守れていない。

(……ゴメンね、ジーネ。僕が弱いばっかりに。ジーネの為に、早く強くなりたい。でも、今の僕には無理なんだ。ゴメン、ジーネ。もう少しだけ、待ってて……)


「ソラ。あんなどうでもいい人の話はこのくらいにしましょう」

 ジーネは適当に話を切り上げてしまった。自分の命が狙われるという大事件を『どうでもいい』と言えてしまうこの精神性もソラには理解不能だった。

(……気を取り直そう。もう済んでしまったことなんだから)

「これからお昼までは勉強の時間よ」

 ジーネの視線の先を見ると、すでに勉強用の教材がちゃぶ台の上に準備されてあった。

 社会共育制のセーフティーネットの甘さは、このような例外を生み出す。ジーネとソラは二人とも学校に通ったことが無い。ジーネの場合は学校に行きたくないから行かないだけで、勉強は全て自主勉強で補う。ただ、ジーネは生まれつき頭が良いので、他の生徒の水準に合わせなければならない学校に通うより自分で勉強した方が効率的だ。年齢は中等部一年生だが、学力は高等部三年の水準にある。暇な時間の片手間に勉強してこの域なのだから、凄まじい天才である。そしてソラはジーネが家庭教師として勉強を教える形で学問を身につけている。

「さあ、ソラ。座りなさい」

 ジーネに促されて、ソラは丸いちゃぶ台の前に座った。そのソラの左隣にジーネが座り、ベタァッと体を子猫のようにしなだれかけて密着した。

(……あわわわわわ!?)

 ジーネの柔らかな肌より、暖かくねっとりとした感触がソラの左半身を襲う。ゾゾゾゾッと背筋に電気が走った。そこへソラの左耳にフゥと息を吹きかける。

「わわわわっっっっ!?」

「ソラ。勉強に必要なのは集中力よ。その目は教科書のみを見なさい。その耳には私の声以外の何も入れてはいけないわ。ソラには私以外の何も無い。ソラには私以外の何も無い。だからソラは私を裏切らない。裏切らない。裏切らない。裏切らない。裏切らない」

「ひぃぃぃぃぃぃっっっっっ!? ぼ、僕はジーネを裏切らないよ!」

 ジーネの言葉が呪文のようにソラの脳に直接入ってくる。こうした行為は毎日毎日、朝昼晩問わず常に行われている。ここまでやればほとんど洗脳である。

「それでいいのよ、ソラ。では、始めるわ。最初に基本のおさらいよ。この世界の構成する五つの元素は?」

「き、き、木・火・土・金・水、の五行だよ」

「正解。だから、私達の魔法は五行魔法と呼ばれるわ」

 ジーネは魔法の教科書の第一章、世界の成り立ちを開いた。そこには○の中に☆が書いてあって、それぞれの頂点に木・火・土・金・水の五文字が記載されている。これが世界の自然を構成する基本、五行図だ。この世界の魔法はこの図の意味を真に理解することで使えるようになる。これが五行魔法、ファイブ・スター・マジックだ。

 この魔法体系成立の経緯を、ソラは父からも聞いていた。

 超古代文明時代、人は魔法を使うことが出来なかった。それは当時、人は自然を蔑ろにし、五行の意味を真に理解している者がいなかったからだ。その結果、世界の空と大地は毒され、人が住めなくなり、超古代文明は滅んだ。父は眠りに就く前、仲間達と共に目覚めた後のことを打ち合わせしていた。遥か未来の世界で目覚めた時、もう二度と同じ過ちは犯さないよう、自然を中心とした文明を作り上げよう。そのために自分達には失われた魔法の力を未来の世界で復活させるのだ。父の仲間達は固く誓い合って、眠りに就いた。

(……そして、父さんだけ思いっきり寝坊した。ただ、父さんは魔法開発要員ではなかったから、他の仲間達で魔法体系は無事に作り上げることが出来たんだ。魔法以外にも、その他色々な文化が今の世界にまで継承されてきている。だけど、父さんが本来担当するはずだった『空』は、残念ながら抜け落ちてしまった)

「ソラ、聞いてる、ソラ?」

「え、え?」

「ボーッとして、上の空だったわ」

「え、も、もちろん聞いているよ。あはははは……」

「何を考えていたの?」

「もちろん、魔法のことを……」

「何で人には目と耳が二つあるのかしら。一つでいいのに。人は皆、生まれた時は純粋なの。でも、目と耳が二つもあるから、余計な物を見たり聞いたりして、不純物が混ざって、裏切るようになるの。ちょうど今、ここにハサミがあるわ。これを使って、私の声が届いていないその反対側にある耳をちょん切って」

「ひぃぃぃっ!? ぼ、僕はジーネを裏切らないよ! ごめんなさい、ちゃんと聞きます!」

「それでいいのよ、クスクスクスクス」

 鋭過ぎる。ジーネはとにかく勘が鋭くて、他事を考えているとすぐにバレてしまう。

「ソラ。あなたのその気が散りやすい性格も、この自然界における一つの真理なのよ」

「うぅ……」

「諸行無常。この世界は常に流動変化しているものなの。完全なんてものは無いの。それは魔法も同じ。魔法の属性は五行に別れているけれど、完全な火、完全な水、完全な金なんて存在しないわ。木が無ければ火は燃えない。木は燃えているうちに灰になる。木と灰の境目は曖昧なもの。あなたは半分だけ燃えた木を見て、あなたはそれが木だと思う? 灰だと思う?」

「う~ん、半分も残っているなら、まだ木じゃないかな? 半分残った木だよ」

「私の目にはこう映るの。半分も燃えてしまったら、もうそれは木じゃない。灰と、単なる燃え残りよ」

 またジーネの目の色が妖しくなってきた。

「人の心も同じ。完全な信頼、完全な裏切り、完全な絆なんて存在しないの。ただ、私から見れば、その人が半分も裏切っていたら、もう十分に」

「ぼ、僕はジーネを裏切らないよッ!」

「それいいのよ、クスクスクスクス」

(……あ、危なかった)

「ともかく、魔法もまた、同じ魔法は二つとして存在しない。同じ名前の似たような魔法があったとしても、それは違う魔法。違う人が使えば違う魔法だし、同じ人が使っても一回目と二回目では威力も速さも少しずつ違う」

「個性と個人差、その時の調子が大きいってことだよね」

「そう。そして、あなたの得意魔法、ヴァジュラもまた、完全な金ではないわ。いくらかは火やその他も混ざっている。魔法を使うのに大事なのは、自分の使いたい魔法には、どの行をどれくらいの大きさで使うのが適切かを、真に理解していること。その点、あなたはヴァジュラという魔法を良く理解しているわ」

「ジーネが教えてくれた魔法だからね」

「あなたには才能があるの。でも、もう少しだけ火の力を大きくすれば、あなたに適した新しい魔法が使えるようになるはず」

「どんな魔法?」

「まだデザイン中なの。でも近いうちに出来上がるわ」

 ジーネの特技はマジック・デザインだ。マジック・デザインは非常に難しいもので、普通、ジーネのような年齢で実用に耐えられる魔法をデザインするなど出来ないのだが、ジーネは並外れた天才だった。ソラの使う金魔法ヴァジュラはジーネのデザインである。ソラの為に、ソラの戦闘スタイルに合った魔法をデザインしてくれたのだ。

 このように、個人が個人用にデザインする魔法を創作魔法と言う。対して、火の玉を飛ばすような一般的な魔法は基本魔法だ。普通、魔法の主力は基本魔法である。だが、一般的に普及している基本魔法が向いていない人間も少なからずおり、ソラもその一人だ。そこで、ジーネはソラに向いた魔法を作れないかと長年に渡り試行錯誤し、ようやく一つだけ使えるようになった。それが金魔法ヴァジュラだ。ソラは、ジーネが自分のためにあれこれと頭を捻ってくれているのを、とても嬉しく思っていた。そして、ついに二つ目が出来上がるらしい。

「楽しみにしてるね」

 ソラは嬉しそうに微笑んだ。

 しかし、ソラは目の前の五行図を見て、ソラには気付く点があった。この世の全ては木・火・土・金・水の五行で表される。だが、ソラの目指す空は、その中に含まれない。つまり、空とはこの世に存在しない。文字通り『空っぽ』であること。ソラの目指す空の力の正体とは、一筋の光も差さぬ完全な暗闇、『無の世界』の境地のことではないか? しかし、仮説が立ったところで、それを真に理解しなければ力を発揮することはできない。

(……いくらジーネでも、空だけは知らない。空だけは、僕一人で会得しなければいけないんだ。でも正直、今の僕は空どころじゃない。だって、僕は……)

 またソラは一人で考え込んでしまう。そして、その横顔を目を離さずにジッと見つめるジーネの瞳に暗い炎が宿っていることに気づき、また慌てて教科書に戻った。

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