旧世界の闘法
「おーい、ソラ! 昨日はお手柄だったんだってな」
「あ、はい。ありがとございます」
ナナと共にミノさんの車に乗って走る途中に声を掛けられた。二メートルを超える超巨体で毛深くゴツい親父だ。面構えもまた実に悪人面だが、外見とは裏腹に人懐っこい性格なので少し話せば親しみ易い。この親父は人材雇用ギルドの受付人、名前をゴメスと言う。
「やっぱりお前はいつかやる男だと思ってたんだよ。俺の言った通りだったろ?」
「え、そ、そうでしたっけ?」
「もう、ゴメスさんったら、調子が良いんだから!」
ゴメスは今まで、ソラはボディーガードなど向いていない、接客業をやった方がずっと良いと言い続けていたのだが、ソラの活躍を聞いて上機嫌になってしまって、そんなことはすっかり忘れているようだ。
「いやあ、すまねえすまねえ。でも、何だ。これからはもう、お前のことを子供扱いにはできねえな。正真正銘の立派なボディガードになったんだから」
「いえ、これからも今までと同じようにして下さる方が嬉しいです」
「そうか? いや、そう言ってくれると嬉しいな! 実は俺もそうしたかったんだ。じゃあな、ソラ。デートを楽しんで来いよ!」
そうして、ミノさんの車はゴメスから遠ざかっていった。
(……大人になった、か。そう、そのつもりだった。でも結局は、まだ……)
(……ソラ君、どうしたのかな?)
手柄を称えられたのにソラの表情は浮かないので、ナナは心配になる。
ナナがソラと初めて出会ったのは、一年と半年前。ナナが義務労働配属されて、初めてジーネの屋敷に弁当配達に行った時だ。初めての仕事で不慣れだったため、自分で持てない程の弁当を大量に持ち上げてフラフラと転倒しそうになった時、後ろから誰かに支えて貰って助かった。それがソラだった。
『大丈夫?』
『は、はい』
初日の会話はそれだけで終わった。その時の第一印象は『不思議な人』だった。何せ、それまでどこにもいなかったのに突然背後に現れたのだから。そして、さり気ない笑顔にもどことなく寂しそうな影が差していて、自分の周囲には今までにいない、当時のナナにしてみれば不思議としか言い様の無い印象だった。お礼を言い損ねてしまったので、後でミノさんにソラの名前を教えて貰った。だが、同時に小さい頃の不幸な出来事について聞いてしまった。幼い頃に天涯孤独の身になって、そこをジーネに拾って貰ったらしい。家族仲の良いナナにとって、同じ年齢の子供が一人で生きているなんて信じられなかった。
二日目はナナからソラに話しかけて、まずお礼を言って、少し話をした。その時に間違いに気付いたのは、ナナはソラの境遇をとても不幸だと思っていたけど、ソラ自身は全然そんな風に思っていないということだった。優しいけれども、凄く強い人だと思った。それから毎日話をするようになって、どんどんソラのことが気になるようになって、現在に至る。
第一印象だった『不思議な人』というのは、今でも時々そう思う。どこからこの雰囲気が出ているのかと思って考えてみたが、それは身のこなしと性格だ。
まず身のこなしだが、目に見えているのに頭で捕らえられない、としか言い様の無い動きをする。世の中には一つ一つの動きが大袈裟で目立つ人がいるが、ソラはその逆パターンだ。風が吹いて木の葉が舞い落ちる時、それが視界に入っていても、その動きを凝視する人はいないだろう。舞い落ちる木の葉のように自然で、風の流れに合わせて変幻自在に動き、捕らえられない。体の細部に至るまで流麗で自然な動きをするのだ。
性格面においては、余り自分を語らない。だから毎日接しているナナでも、実際の所、余りソラのことを知らないのだ。そして、他人に優しく自分に厳しい。特に自分への厳しさが極端だと思う。苦しみを全て自分一人で背負い込むタイプだ。
「ソラ君、何か悩み事があるの?」
「ん? いや、別に何も……」
思った通りの反応だ。決して悩みや苦しみを口には出さない。こんなに何でも抱え込んでしまうようでは、いつか疲れてしまうだろう。だから、ソラと接する時は少し積極的に行かねばならないのだ。
「嘘だッ! ソラ君、浮かない顔してたもん。絶対悩んでるもん!」
「え、い、いや、別に悩んでいるって程じゃ。た、ただ、ちょっと考え事を……」
ナナが顔を近づけて強気に迫ると、すぐにボロが出ててきた。そう、ソラの性格は、実は弱気なのだ。特に女の子に弱い。女の子に全く頭の上がらない性格をしている。
(……ま、参ったな)
この性格はソラも自分で重々承知していた。何でこんなことになってしまうのかと言うと、相手の考えていることが分からないからだ。自分と同じ男ならある程度その思考を推察出来るから大丈夫だが、女の子というのは男とは全然違う考え方をする。サッパリ分からない。どう対応して良いか分からず右往左往しているうちに、押し込まれてしまうのだ。
今回もいつもと同様に白状する羽目になったようだ。
「昨日、僕が戦った話って、みんな知ってるの?」
「うん。もう街中で噂だよ。みんな凄いって言ってるよ。もちろんボクも。これでソラ君も一人前公認だねっ!」
ナナはソラに良いことがあると、自分の出来事のように喜んでくれる。しかし、ソラの内心は複雑だった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど。でも、あんまり良いもんじゃなかったよ。あれって、要は殺し合いだからね」
「うっ……」
殺し合い、と物騒な言葉が出て、ナナは少し怖くなったようだ。無理も無い。ナナは女の子だし、性格も優しい。言葉を聞くだけでも怖いのだろう。
「ゴメンね。やっぱり怖いよね。ナナは優しい娘だから。僕がやっていることはスポーツじゃない。ナナみたいな優しい子は知らない方がいいんじゃないかな」
暗に、これ以上深い話はしないように含めてみる。
「ううん。聞かせて! ソラ君のこと、教えて欲しいの!」
しかし、ナナが凄く真剣に言い寄ってくるので、遂にソラも観念した。
「命懸けの実戦が終わって、思ったんだ。僕って、何やってんのかなって」
説明が難しいので、遠くの空を見て、ゆっくりと言葉を探す。
「僕って、自分が空っぽな気がするんだ」
「空っぽ?」
「そう、空っぽ。無。虚無。何も無いってこと」
段々と言葉が沸いてきたので、話を続けていく。
「人として、実体が無い気がするんだ。肝心な所が抜け落ちているような。入れ物だけあって中身がスカスカっていうか。例えばナナ。最近あった良いことと言えば?」
「ボク? えっとね、最近ボクの弟がテストで一○○点取ったんだよ。それでね、お母さんが喜んじゃって、その日の夜は唐揚げが山ほど出て来て食べられないくらいだったの。だから次の日はお父さんのお弁当は全部唐揚げになっちゃったの。お父さんは可哀想だったけど、何だか面白かったの!」
「ナナらしいよ……」
「ソラ君は?」
「殺し合いに生き残れておめでとうってことさ」
そうソラが答えると、ナナがハッと口を押さえた。言い方が悪かったかな、と思ったが、言い換える言葉が出てこないので、そのまま続ける。
「僕がジーネのボディーガードとして、あの屋敷に来て八年。見るべき物を見ず、得るべき物を得ず。ただひたすら拳の修行のみに明け暮れた八年だった。本当に、ただ拳のみに生きた八年だった。そして、十四歳になり初めての実戦。夜が明けて、無事に生き残れた。そしてみんな言うんだ。修行の成果が出て良かった。おめでとう。次も殺し合い頑張ってね♪ って。でも、それって道を間違えてるよね。僕って、一体何なんだろう? 何にも無い、空っぽな人間になっちゃった。ちゃんと修行すれば、父さんみたいな立派な人になれると思ってたんだけど……。いつの間にか、強ければ他はどうでもいいとでも、思ってたのかなぁ……。父さんが生きてたら、一発ぶん殴られて、それから一時間でも二時間でも説教してくれたんだろうけどね。でも、僕って馬鹿だから、もう自分じゃどうしたらいいか全然分からないや。殺し合い以外に何も出来ないよ。僕って出来の悪い子供だよね。あははは……」
「うっ……うっ……うっ……」
ソラが暗い話を長々としていたら、ナナが泣き出してしまった。
(……げげっ!?)
「ゴメンね。ソラ君。ボク、てっきりソラ君が喜んでいるんだと思って、だからあんなこと言って。ソラ君の気持ち、全然分かってなくて。ごめんなさい、ごめんなさい……ッ!」
こうなると思った! 自分の悩みを正直に話せばナナがショックを受けるのは分かっていたから、言わないでいたのだ。しかし、涙まで流すとは予想外だ。
「ナ、ナナ! べ、別にナナが泣くことは無いよ!! い、今まで僕が人からそう見えるようなことを繰り返してきたんだから、そう思われるのは当然なんだ!」
とフォローしたところで効果が無いのは目に見えている。
(……どうしよう!? どうしよう!? どうしよう!?)
「ソラ君ッ!」
動揺しているうちに、ナナに手を両手で握られてしまった。何か決意を固めた様子で、すでに涙も引いている。こういう所が、やっぱり芯が強い娘だな、と思う。
「もうボディガードは辞めよう!」
「ええっ!?」
「ボク、ずっと思ってたの。ソラ君は今の仕事に向いてないよ!!」
「僕も薄々思っていたけど、ハッキリ言われるとショックだよ……」
「ソラ君はね、強いし、頑張り屋さんだけど、優しい人なの! 優しい人だから、誰かを守る仕事っていうのは向いていると思うの。でも、ボディガードって仕事はね、世の中に悪い人がいることが前提の仕事なの。特にジーネさんの所は特別なの。暗殺とか、襲撃とか、そんなのジーネさんの所以外じゃ聞いたこと無いもん! ソラ君みたいな優しい人には辛すぎるの!!」
(……こ、困ったな)
「ねぇ、ソラ君。私の家の隣にバーがあるの。そこでいつも酔っ払いが喧嘩しているから、強くて優しい人が止めて欲しいって、マスターが言ってるの。仕事は夜だけだから、昼間は学校に行けるよ? 分からないことがあったらボクが何でも教えてあげるから……。ソラ君の知らないことでも、ボクが、沢山……」
自分の置かれている環境が特殊だということはソラも承知している。あの屋敷のような世間から隔絶された場所で、ジーネと二人、半ば引きこもりのような生活を幼い頃からずっと続けているというのは、確かに良くない。だが、それでもソラには辞められない理由があるのだ。
「僕の将来を心配してくれるんだね。ありがとう、ナナ。でもね、僕はジーネのボディガードをやらなきゃいけないから」
「前から気になってたの。ソラ君はどうしてそんなに頑張れるの? ジーネさんのため? 命の恩人だから? 長年の付き合いだから? 他に行く場所が無いから? それとも、ソラ君はジーネさんのことを……」
それ以上は言い難いらしく、段々とナナの声にも元気が無くなってきた。
「僕がジーネのボディガードを辞めないのは、父さんの教えに従っているからだよ」
「ソラ君のお父さんって……」
「僕の父さんは……」
「モモ~」
そこまで言いかけた所で、車の引き手であるミノさんから呼ばれた。曲がり角まで来たようだ。ここを曲がるとナナの家がある。いつもはここでお別れだが……。
「ナナ。今日はもう少し時間取れる?」
「今日? 今日はえっと……」
「モモ~」
「ミノさん、何だって?」
「次の配達の準備なら自分がやっておくから、行って来いって」
「本当!? ありがとう、ミノさん。じゃあ、ちょっとだけナナを借りちゃうね」
そして、ソラとナナはミノさんの車を降りて人気の無い山の麓まで来た。
「こんな所に来てどうするの?」
「ここはね、僕の父さんと母さんのお墓なんだ」
ソラは目の前にある物体を指さした。その物体は、かなり土で汚れてしまっているが地は白色で、角が丸い直方体の形をしている。丁度、人一人が入れるくらいのサイズだ。
「これ、棺桶? ま、まさか、この中に白骨死体がッッッ!?」
「い、いや、この下に埋まっているんだけど。たぶん、もう骨も残ってない」
「び、ビックリした~。でも、この棺桶、変わってるね」
ナナは棺桶に近づき、指先でコンコンと小突いてみた。石と金属の中間みたいな、不思議な材質で出来ている。
「これって、もしかして……」
「そう、超古代文明の遺産さ」
超古代文明の遺産。ソラ達が生きるこの世界では、時々大昔の遺産が出土され、その殆どは現在より遥かに進んだ技術で作られている。太古に存在した、現在よりもずっと進んだ文明の遺産だ。しかし、別に謎の超古代文明というわけではない。その全容は現在にまで伝わっており、学校では古代史という分野で必修科目だ。しかし、学校に行っていないソラは勉強していないので知らないはずなのだが……。
「この話は、ジーネにしか話した事が無いんだ。誰も信じてくれないと思っていたから。でも、ナナなら信じてくれるよね?」
「ど、どんな話!?」
ソラの秘密の告白ということで、物語を語り聞かせられる子供のように、興味津々な顔で問い返してくる。
「僕の父さんはね、超古代文明時代の生き残りだったんだ」
「ええ~ッッッッッ!?!?!?」
「さ、流石はナナ。信じてくれると思っていたよ……」
実に良い反応だ。ナナは疑うどころか頭から信じ込んでビックリ仰天と言った様子だ。ここまで信じてくれると清々しい。
「この箱はね、棺桶ではなくてベッドだったんだ。それも普通のベッドではなく、ずっと長い時間眠るためのね」
「もしかして、これがコールドスリープ装置?」
「学校ではちゃんとそこまで教えてくれるんだね。そう、これが超古代文明最後の遺産、時を超える大発明、コールドスリープ装置さ。ああ、そうだ。これって本当は重要文化財だから、国にバレると没収されちゃうんだ。だからこのことは絶対に秘密だよ。古代遺産保護法違反で逮捕されちゃうから。僕たち共犯だね♪」
「ソ、ソラ君って偶にサラッと怖いこと言うよね……。で、でも大丈夫! ボクは口は固いから、秘密は絶対に守るよッ!」
「ありがとう、ナナ」
ソラは小さい頃を昔を思い出しながらナナに話を続けた。
「ナナは学校に行っているから知っているよね? 超古代文明には魔法が無かった。その代わり色々な物を燃やして、その力を使って生活していたんだ」
「うん、知ってる。山や森から木を沢山切って、木が新しく生えるよりも多く切って、燃料にしていたの。そして、燃える石や燃える水も地面から掘り出して、それも沢山燃やして、そして世界は全部灰になってしまったの」
「それでも、当時の人が生きていくには燃やす物が必要だったからね。何もかも灰にしてしまった超古代文明は、最後に汚れた太陽に火を付けた」
「その言葉、嫌いなの……」
汚れた太陽。如何にも人が触れてはいけなさそうな響きがあり、ナナはその言葉を聞くだけで怖い思いをする。
「怖がらせてゴメンね。でも、大事なことなんだ。それが超古代文明の終焉だから。制御に失敗して、世界中で汚れた太陽が爆発した。汚れた太陽は爆発すると凄い猛毒を撒き散らす。世界は人の住めない世界になって、超古代文明は滅亡した。でも、全世界が死に絶えたわけではなくて、生き残りもいたんだ」
「その一人がソラ君のお父さん?」
「うん。汚れた太陽の毒が無くなるには、とっても長い時間を要する。それこそ、大地の形が変わるくらいの長い時間をね。そこで、父さんとその仲間達は、大地から毒が抜けるまで眠りに就いたんだ。その長期睡眠を可能とするのが、このコールドスリープ装置。この中では、人は氷付けになっているんだ。その間は歳を取らない。でも、そんなに長い間氷付けになっていたら身体もおかしくなっちゃうよね。ちゃんと起きてこれるのはほんの少しの人だけ。無事に起きたとしても、長生きは出来ない。父さんもそうだった。そんなことは寝る前から分かってたんだ。でも、父さんとその仲間達は、その僅かな希望に賭けて、長い眠りに就いたんだ」
「悲しい話。でも、ちょっと疑問」
ナナは首をクルッとかしげた。
「それで起きた人達が、私達のご先祖様でしょ? このアルメリアとか、他の国とかの最初の部分を作った人達。でも、アルメリアの始まりって三百年前だよ? その頃に頑張ってたご先祖様は、もうとっくの昔に天国に」
「そ、それが……」
そこまで言うと、ソラは困ったように言葉に詰まった。
「父さんは寝坊したんだ」
「え?」
「みんな同時に起きるつもりだったんだけど、父さんは設定を間違えた、とか言ってた。父さん、機械は苦手だったんだって。この装置は、一度寝たら時間が来るまで絶対起きないようになってて、誰も起こしてくれなくて……。父さん、結構うっかり者だったからなぁ」
「な、何それ~ッッッッ!?」
「ほ、ほら、見てよこれ」
ソラはカプセルをガチャッと開けると、中から色々と出してきて。玉を繋ぎ合わせたネックレスのような物や、鐘、何かの書物等だ。うち、書物を手に取って見せてくる。
「南無……ミナミム? ナニコレ?」
凄まじい程の漢字の羅列だ。アルメリアは漢字文化圏であるから漢字は誰でも読めるが、これは普通の漢字文章ではない。読めない。
「お経って言って、何か重要な教えが書いてあるらしい。父さんの本職は僧侶だったんだよ。修行僧って呼ばれる部類だったかな? ともかく、未来永劫に伝えていくべき大切な教えがあって、それを時代を超えて今の世界にまで伝えるのが、父さんの本来の使命だった。でも、寝坊したもんでこれを普及させるタイミングを逃した」
「そ、それ、本当は凄く大事なことだったんじゃないの!?」
「僕もそう思うよ。全く、酷い失敗だよね。こりゃ酷い。父さん、責任を問われて地獄に落ちたんじゃないかなぁ。うっかりミスって怖いね」
「うっかりミスじゃ済みません!」
「ぼ、僕は悪くないよ! 全部父さんの責任だよ、これは!」
ナナが凄い剣幕で迫るのでソラはたじろいだ。
「で、でも、完全に壊滅したわけじゃないよ。僕はちゃんと父さんから教えて貰ったんだ」
「そうなの? なら、今からでもソラ君が頑張れば!!」
希望の光が見えて、ナナもパッと明るく笑顔を見せたのだが、
「ただ、難しくて分からなくて、今はほとんど忘れた。いやぁ、無理無理。多分あれは大人が一生賭けて勉強するものだよ。六歳やそこらの僕に分かるわけが……」
「ソ・ラ・く・んッッッ!!!!!!!!」
「あわわわわわ……」
結構本気で怒っている。アホな事を言うのは大概にした方が良さそうだ。
「と、ともかく、今、こうして世界の様子を見る限り、その時眠った仲間達のうち、主要メンバーは概ね生き残ったんだ! 超古代文明の技術を利用して、一部の人は自分の体に野性の力を宿すライカンスロープ化の能力を開発した。また、一部の人は自然の力を借りる魔法を編み出した。だけど、本当は世界にはもっと色々な力があるんだ。そのうち一つは、今、この場所に人知れず存在する」
「ここに? どこにあるの?」
「修行僧であった父さんは、本職の僧侶という側面とは別に、武道と呼ばれる戦闘技法の伝承者という側面もあった。そしてその力は、今、この僕が受け継いでいる。見てくれ、ナナ。これが僕が父さんから伝承した力、『空手道』だ!」
ソラは天空に向かって高くジャンプ! 空中で腕を横に開き、足を揃え、華麗に宙返りする。ソラの体が美しい十字を描いた。
「ふえええええ……」
ナナは感嘆の声を上げた。前々から思っていたが、ソラは身のこなしが非常に軽い。まるでネコ系動物のようだ。ナナは自身がネコのライカンスロープであるが、それと同系統にしなやかな動きをする。空中にいるソラは両に開いた腕で風を体に受け、軌道を調整し、そのまま岩の上に着地した。着地の瞬間に拳を大岩に叩きつける! そして、何も起きない。
「……はい?」
「これは時間差があるんだ。……。……。蒼空十字拳!」
少し待ってソラが一喝すると、その瞬間で大岩にビシビシと亀裂が入り、最後にはバゴォォォッ! と轟音を立てて砕け散った!
「あひゃああああああッッッッ!?」
ナナは驚いて腰を抜かしてしまった。この威力はネコはネコでもその辺の子猫ではない。一族最強の虎のライカンスロープに匹敵する!
「これぞ旧世界最強の拳、空手道だ! そして、父さんを開祖とする僕の拳は牙神流空手道と言う。まあ、僕が免許皆伝を受ける前に父さんは死んじゃったから、今の牙神流は半分僕のオリジナルなんだけどね」
「す、凄いよ、ソラ君! こんな強いなら、きっと街で一番強くなれるよ!」
「と、言いたいところなんだけど、まだ僕は半人前なんだ」
「へ?」
ナナはこんな強いのに何が足りないの、とでも言いたげに首を捻った。
「この力、実は魔法を使っているんだ」
そう言うと、ソラはバチバチと全身から静電気のような力を展開した。
「わわっ。ソラ君、魔法を使えたの?」
「ジーネに教えて貰ったんだ。この世界の自然を司る五つの力、木・火・土・金・水。魔法はこの世界の成り立ちを理解することによって使えるようになる。これは金魔法・金剛。ゴールドマジック・ヴァジュラだ」
「じゃあ、昨日戦った時も?」
「この魔法を使ったんだ。要は肉体強化の魔法さ。これさえ使えば肉体が強靱なライカンスロープとも互角に戦えるんだ。ジーネに教えて貰った魔法のおかげで僕は勝てた。ジーネもとても喜んでいくれていた。けど、本当はこのやり方は邪道なんだ」
「ええ~、こんなに凄いのに……」
岩を砕くなんてとても凄いのに、ソラは少し自身無さげだった。
「本来、空手ってのは魔法無しで戦うものだからね。極めれば魔法を使わずとも今の僕よりずっと強いはずなんだ。父さんがそうだったからね。でも、僕だって牙神流の秘法である『空』の力を体得すれば、きっと……」
「空?」
ナナには聞き慣れない言葉だった。
「この世の成り立ちの一つさ。この世の自然は全て木・火・土・金・水の五行で成り立っていて、それを利用するのが魔法だけど、それとは別に空という力がある。でも、父さんは教えて分かるものじゃないって言って教えてくれなくて、そのまま死んじゃった。でも、僕は一人でも空の力を体得してみせる」
「もしかして、ソラ君がボディガードを続けている理由って?」
「僕が空の力を体得する、唯一の道だからさ。昔、父さんが言っていたんだ。空の力は、人を迷いや苦しみから救うための力なんだって。身につけた力は、常に人の為に使うこと。それが父さんの遺言だった。でも」
そこまで言って、ソラは悲しそうに天を仰ぎ見た。
「僕が父さんと死に別れて困っていたあの日、僕は自分のことしか考えていなかった。僕は一度、父さんの教えに背を向けたんだ。そんな僕を励ましてくれて、父さんの教えを思い出させてくれたのがジーネだった。だからあの時、僕はこれからはジーネを守る為に生きようと思ったんだ。確かに今、僕は道に迷っている。一寸先は闇でどうしたらいいかも分からない。でも、見えなくたって信じているんだ。僕の道はここにあるって。だから、ゴメンね。ナナが僕のことを心配してくれるのは嬉しいけど、僕はジーネのボディガードは辞められない」
ソラはハッキリと自分の気持ちを伝えた。ソラは時々、こうして男らしい顔を見せることがある。そして分かった。ソラとジーネの間には、誰にも割り込めない程の強い絆があるのだということを。
(……失恋、かなぁ)
ナナは少し俯いて唇を振わせ、そして、何も言わずに正面からソラを力一杯に抱きしめた。
「ナ、ナナッ!?」
余りに突然なので、ソラは戸惑ってしまう。
「ソラ君。ボクね、ジーネ様がソラ君にとって特別な人だってことは分かってるの。でもね、特別な人だから、相手を気遣って本当のことを言えないこともあると思うの。だからね、もしジーネさんに言えなくて悩んでいることがあるなら、その時はボクに話してみて。ボクは難しいことは分からないけど、きっと楽になると思うの」
「ありがとう、ナナ」
ソラは、自分の胸に顔を埋めるナナの頭を、その手でそっと優しく撫でた。
「あとね、ソラ君に一つ、お願いがあるの」
「ん、何?」
「今からちょっと泣いちゃうけど、許してね」
「え!?」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
自分の胸で泣くナナを見て、涙の理由は聞かないでおこう。そして、この涙はジーネにも、誰にも秘密にしておこうと、ソラは思った。