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配送業者・ミケネコのナナ

 ソラとジーネが暮らすこの国、アルメリア(正式国号、統合アルメリア皇国)は、世界一の軍事力と経済力を誇る超大国だ。

 国家元首は皇帝で、代々同一血脈の女性が継承する。よって、アルメリアの国家元首はいつの時代も女皇だ。政治形態は女皇による親政で、女皇の配下に、女皇の指名か、もしくは選挙によって選出された議員による議会を展開する。

 国教はアルメリア神道で、アルメリア国籍を持つ者はは全員が信徒として強制加入させられる。そして、アルメリア神道の最高権威もまた女皇だ。アルメリア女皇は政治機構の頂点であると同時に、代々血脈に神通力を引き継ぐアルメリア神道の巫女でもある。

 アルメリアの主要産業は魔法工業で、魔力生産工場より生み出された魔力を国中に伝搬することとで魔力を効率的に利用することに成功し、高度な魔法文明を作り上げた。

 だが、この魔力生産、及び魔力伝搬には欠点がある。それは、魔力を蓄積できないということだ。魔力を蓄積出来るのは人間の体のみ。そして、施設から供給される魔力を利用するには伝達網に有線接続されていなければならない。このため、屋内で有線接続して使用できる照明や通話機、受像器、冷蔵庫等は発達しているが、乗り物や武器は人力魔力に頼らざるを得ない。

 人口構成は人間とライカンスロープでほぼ半々。魔法は魔法教育を受けることによって誰でも使用可能になるのだが、体力的に劣る人間の方が魔法教育に熱心な傾向にある。このため魔法労働には人間が従事することが多く、非魔法労働はライカンスロープが従事することが多い。ここで問題となるのが、総じて肉体的に強靱であるライカンスロープに比べ、人間の魔力には個人差が大きいということだ。魔法が使えない、もしくは苦手な人間が満足な収入を得ることは極めて難しい。結果、このアルメリアは世襲的に絶対的な権力を有する上層。平凡な魔力を持つ人間、及びライカンスロープが多い中層。そして魔法が不得意な人間が下層という階層社会となっている。そして、ジーネは上層の中でも特に隆盛を極めているアロンゾ家の家督継承権を有する令嬢である。一方、ソラは生まれも育ちも不明で家も無ければ財産も無く、更には学校にすら行っていないという典型的な下層民だ。


 翌朝、ソラはジーネが暮らすアロンゾ家別荘の屋根の上で、いつものように訓練をしていた。屋根の上には細い棒が一本直立しており、その上で目を瞑り、一本足で立つ。バランス感覚と空気の流れを読む訓練だ。今では集中力が高ければ屋敷の敷地内くらいならば全ての物と人の動きが感じ取れる。

(……んん~。余り変わらないな。やっぱり一回実戦経験を積んだくらいで、そう都合良く進歩するものでも無いってことか)

 ソラは昨日の戦いの振り返りを行っていた。

(……あの侵入者の陰形は相当なものだったな。事前に情報があって良かった。何も知らずに奇襲を受けていたら危なかったかも。向こうも油断してたみたいだし、色々とラッキーだった。情報をくれたあの娘にはお礼を言っておかないと。そろそろ来る頃なんだけど)

「ソラ君~~~~~~~~!!」

 考えている傍から当人が来たようだ。自分の名前を呼ばれたソラは頭から逆さまになって地面に向かって飛び降りた。途中で体勢を立て直し、宙返りして見事に着地する。

「やあ、ナナ、おはよう」

「ナナじゃない! ニャニャ!」


 ナナ。ミケネコ急便の看板娘。年齢はソラと同じ十四歳。

 本名はニャニャだが、こんな名前だと舌が回らないのでみんなナナと呼んでいる。髪の毛が白・茶色・こげ茶の三色で、それぞれをクルクルと合わせて三つ編みツインテールにしている可愛いミケネコのライカンスロープだ。そしてソラの唯一の友達である。


「ゴメンね。ニャニャだとどうも呼び辛くて。ん?」

「どうかしたの?」

「このリボン、初めて見るな」

 ソラはナナのトレードマーク、ソフトクリームみたいな三色ブレンドの三つ編みを手に取った。その先には水色のリボンが結ばれている。ソラはナナが今まで付けていたリボンのことは全て詳細に覚えているが、この色は初めてだ。

「そ、そう! ソラ君って水色が好きでしょ?」

「うん。綺麗な色だ。とっても似合っているよ、ナナ。ナナはいつも可愛いけど、今日のナナは今までで一番可愛い」

「きゃ~♪」

 ソラはこのように、お世辞を言うわけではないが、、好意的感想を持った場合は恥ずかしがらずに正直に言葉に出す男だ。

「あ、あのね、ソラ君。ボクね、毎日ここに来ていつも思っていることがあるの」

「何だい?」

「ボ、ボク、ソラ君のこと……」

「おーい、ナナちゃん、腹減ったぞ。弁当くれー」

「ううっ……」

 ナナが何か言おうとしているところで邪魔が入った。

「はーい、すぐに配りまーす」

 ナナは背後に止めてあった車に駆け寄り、後ろのドアを開けた。中にはお弁当が大量に積載されている。これを各所に配送するのが、ナナの担当する義務労働である。


 ―――社会共育制。

 労働教育基本法で定められている、アルメリアの教育制度だ。

 社会共育制ではない教育制度としては、他国に義務教育制がある。義務教育制とは、小等部入学から中等部卒業まで子供の教育を学校に一任する制度である。

 一方、社会共育制では教育機関としての役割を学校のみではなく、社会全体で負担する。具体的カリキュラムは、小等部卒業までは義務教育制と同じく学校にて一括教育して必須水準の学力を身につける。中等部以上になると、学校に通う時間を大幅に削り、代わりに企業、地方自治体、軍隊といった社会を構成する組織に配属され、その組織にて社会教育と労働訓練を受けるのだ。全ての企業、組織には、人事部教育課に相当する部署を用意し、企業規模に見合った人数の学生を受け入れることが義務づけられている。

 普通の学生はこの頃から将来の職業を意識するようになる。例えば、将来学問で身を立てることを考えている者は大学の研究室のような所に配属され高等教育を受ける。軍人になりたい者は軍隊に配属され、候補生として鬼教官から指導を受ける、といった具合だ。そして、定期的に学校に集められ、教育の進捗状況の確認を目的とした期末テストの実施をする。また、企業では教育の難しい分野についてのみ、学校で一括教育が行われる。一括教育対象分野の代表例は、歴史だ。歴史は企業利益に直結しないので企業に教育を任せるのは危うい。しかし重要科目であるので、歴史は学校で勉強する。

 この制度の欠点はセーフティーネットが甘いことだ。ソラのように社会の枠組みから脱落した者は学校に一切行かずにひたすら労働する羽目になることが多い。このため、社会共育制によって学生が配属されることは、一般には『義務労働』と揶揄される。


 今、ナナが警備兵達に弁当を配っている。

 ナナの実家の店、ミケネコ急便は、街中のあちこちに物を配達する会社だ。義務労働では実家の手伝いをするのが一番普通で、ナナも普通にこのパターンだ。

 牛のライカスロープ、ミノさんが引く車で街中に荷物を届ける。車は二つの車輪の上に一個の箱が乗っかった形状をしており、箱の中身は前部は人が二人から三人まで乗れる座席。大半を占める後部が荷物を入れる格納庫だ。ミノさんは非常に強健なので配達が早く、ナナは街中の人気者。おかげでミケネコ急便は毎日大忙しだ。


(……ナナは良い子だよな)

 ソラとナナが初めて出会ったのは、ナナが義務労働配属された中等部一年の最初だ。今は二年生の秋だから、一年と半年近くの付き合いになる。

 ナナの良い所は、何と言っても健全であることだ。いつも明るくてしっかり者。一方でちょっと子供っぽい所を見せることもあるのが可愛い。体も健康そのもので、発育も良い。最近は胸も大きく膨らんできた。並よりもかなり大きい。そんなナナが笑顔を振りまきつつ、汗水流して弁当を配る姿を見ると心が洗われるようだ。色っぽいと言うより、健康美で、友達も沢山いる。だが正直、ソラにはそんなナナが少し眩し過ぎた。

(……僕もナナみたいになれたら良いんだけどな)

 ナナは一般的な家庭に生まれて、家族構成は父、母、祖父、祖母、弟三人だ。そして学校に通って、友達も沢山いて、今は仕事に一生懸命だ。将来の夢は素敵なお嫁さん。最近は恋に熱心なようで、どこぞの王子様とお姫様の例を持ってきて、自分もいつかあんな風に、のような話をよく聞く。もしかしたら誰か好きな人でもいるのかもしれない。ナナはそうした自然な毎日を積み重ねることで、人として最も自然な形になった。

 ソラが思うに、人間というのは、大抵はどこか不自然な所がある。歪んだ所がある。克服し難い悩みというものがある。だが、世の中にはナナのように、特に意識せずとも自然と丸く育つ者がいるのだ。自分がどれほど苦心しても、遂に手に入らなかった能力だ。

 だから、多分ナナは自分のことを友達だと思ってくれている。しかし、自分はナナの事を友達だとは思っているが、それ以上に尊敬している。

(……これからも、ナナとはずっと、一番の友達でいたいな)

 それが、ソラの心からの本音だった。


「ミノさんもお疲れ様。はい、朝ご飯だよ」

「モモ~」

 一通り警備員に配り終えると、残った弁当の一つは引き手のミノさんが食べる。もう一つはナナの朝食。今日の弁当は、ウインナー、目玉焼き、ポテトサラダ、プチトマト、そして少量のナポリタンに、黒ゴマの掛かったご飯だ。非常に美味しそう。だが、短期雇用の警備兵とは違いソラはこの屋敷の住人であるので、ソラの弁当は無いのだ。しかし、今日は事情が違う。

「あれ~、一個余っちゃった。おかしいなぁ……」

(……あっ!? 昨日、ヒドゥンにやられた人の分が余ったんだ! でも、まさか殺されちゃったなんて言ったらナナが恐がるよな。何て言おうかな。え~っと)

「ナナ、今日はいつもより一個多く注文したの。最後の一個は私とソラのよ」

 誤魔化す口実を考えていたところ、頭上から良いタイミングでフォローが入った。

「おはよう、ジーネ。起きた……あわわわわ」

「ぎゃ~ッ!?」

 二階にあるジーネの寝室。そのゲレンデからジーネがソラ達を見下ろしていた。が、その格好は今だ全裸のままだ。

「ジ、ジーネ! 外に出る時はちゃんと服着て!」

「ソラ君は見ちゃダメ!」

「そちらに行くわ。少し待っていなさい」

 ジーネは部屋に引っ込むと、すぐに一階の玄関から出てきた。服装は、いつも部屋着として愛用している白い薄手のワンピース一枚だけだ。しかも裸足である。

「もう! ジーネさんは露出狂なんだから!」

「クスクスクスクス。余り身体に物を纏うのは好きではないの。人は心も体も、虚飾で取り繕ってばかり。それでは疲れてしまうわ」

「それと露出狂とは別問題です!」

 ジーネはとにかく服を着るのを嫌う。今も着ている白いワンピースは凄く薄手で、太陽の下に立つと微妙に透けて中が見えてしまう。ソラからしてみれば、どこかでこっそり覗いている輩がいたりしないかとハラハラドキドキ。気が気ではないのだ。

「それより、お腹が空いたわ。早く頂戴」

「ジーネさん、私のお弁当を食べるのは初めてですよね? 美味しいですよ。これは私が早起きして作っている特製弁当なんですから!」

「期待しているわ。ナナ、私はあなたの事は評価しているのよ」

 そう言ってジーネは弁当を受け取ると、開封して中からウインナーを取り出した。

「はい、ソラ。口開けて。あーん」

「もぐもぐ。うん、美味しいよ」

「なら、私も頂くわ」

「ああああああああッッッッッッッッ!!」

 ジーネはソラにウインナーを半分だけ囓らせると、残り半分を自分の口に運んだ。

「何でそんな食べ方するんですかッッッッッ!!!!!!!!!!」

「これは毒味なのさ。ジーネに毒を盛る人がいるかもしれないから、僕が毒味してるんだ」

「そんなのボディガードの仕事じゃありません! 大体、ボクのお弁当に毒なんか入っているわけ無いじゃないですか! 酷いです!」

「僕もそう思うけど、これが毎食の習慣でさ。ゴメンネ」

「毎食!?」

「はい、ソラ。今度はミルクを飲んで」

「ん、ゴクゴク」

 ジーネは次にコップに入ったミルクをソラに飲ませた。そして、すぐ後にソラが口を付けた部分に自分も口を付けてコクコクとミルクを飲む。

「ぎゃ~ッ!?」

 ナナは顔を真っ赤にして開いた口が塞がらない。

「それよりナナ。昨日はナナがくれた情報のおかげで命拾いしたよ。どうもありがとう」

「そ、そうだった! な、何でソラ君が戦ってるの!? ボクはソラ君とジーネさん、二人の身が心配だったから連絡したんだよッ! 事前に連絡しておけば、警備を厳重にして安全だと思ったのに。な、何でソラ君が!?」

「し、心配かけてゴメンネ。僕が実戦デビューする貴重な機会だったから……」

 ナナの本職は荷物の配達人だが、実は情報屋もやっている。荷物を配達しにあちこちを回るついでに、得意の愛嬌ある笑顔で情報を集めてくるのだ。昨日の暗殺者もナナから不審人物情報としてタレ込まれていた。

「そ、それだけじゃないよ! ソラ君が遂に正体を現したって、みんな噂してるよ!! やっぱり本当に虎のライカンスロープだったんだって。でなければそんなに強いわけないって。ボク知ってるよ。ライカンスロープは、普段は優しい人でも、変身すると急に凶暴になっちゃうんだって。ソラ君がそんな怖い人になっちゃうなんて、嘘だよね?」

「え、ナニソレ? どこからそんな噂が……」

「昨日のソラは凄かったわ、クスクスクスクス」

 ソラがしどろもどろになっているのをジーネが遮った。

「いつも優しいソラが、私の前では獣になってしまったの。強くて、大きくて、たくましくて。あれがソラのありのままの姿だったのだわ。ああ、今、こうして思い返しているだけでも身体が熱くなってしまうわ」

「ふ、二人とも何やってるんですか!」

 ナナはやはり顔を真っ赤にして突っ込もうとしたが、

「ンモモ~」

「あっ、もうこんな時間!?」

 ミノさんに呼ばれて気がついた。もう集配所へ帰らなければいけない時間だ。

「色々聞きたいことがありますけど! もう行かなければいけません。ソラ君も今日は私と一緒に出かける日だよね?」

「あ、うん。ジーネ。ちょっと出掛けきていいかな?」

「いいわ、行ってらっしゃい」

「うん、ありがとう」

 今日は木曜日。毎週木曜日はソラが両親の墓参りに行く日だ。いつもミノさんの車で途中まで乗せて行って貰うのである。ジーネの了承が貰えたので、ソラがクルッと背を向けて一歩踏み出すと、後ろから服の裾が引っ張られた。

(……しまった!?)

 大事な台詞を言っていない。振り返ると、ジーネの口からクスクスとした声が消え、ジトッと妖しげな笑みが浮かんでいるだけになってしまっていた。誓いの言葉を言わずに行こうとしたソラに疑いの眼差しを向けている。内心の動揺は顔に出さないでおきつつ、ソラはニコッと笑みを浮かべて、その言葉を伝えた。

「出来るだけ早く帰ってくるよ。少しだけ待っててね。僕はジーネを裏切らない」

「ええ、待っているわ、ソラ。クスクスクスクス」

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