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死闘

『試合時間は十分を経過しました。事前予想では一分以内にチャンピオンがKO勝ちするというのが大勢でしたが、現実にはその逆。ソラ選手がチャンピオンからダウンを奪うという番狂わせでした。しかし、奇跡もそこまでだったということでしょうか。私の目には今やチャンピオンが圧倒的優勢だと映りますが?』

「ぐ、ぐ、ぐうううう……」

 爆裂メガクラッシュが決まって以降、試合の流れは一方的にランスロット有利に傾いた。両者の決定的な違いは、ランスロットが飛び道具で闘うのに、ソラは肉体による打撃のみであるということだ。ランスロットはソラの間合いを見切っている。ソラが攻撃に転じることの出来る間合いギリギリ外から、雨あられのように魔法弾を撃ってくるのだ。一か八かでソラも攻撃を仕掛けてみるが、見計らったようにバックステップで躱し、その隙で魔法弾を撃ち込まれてしまう。すでに合計で三度の爆裂メガクラッシュを身に受けていた。

『うむ~。同じ攻撃を三度も食らうとは。やはり経験不足が痛い』

『と言いますと?』

『周りが見えなくなっておる。距離を取ればソラ君は魔法弾を避けられるんじゃ。一度距離を取って体勢を立て直した方が良い。ワシは体力ならソラ君が上と見ておる。ランスの魔法力は底無しじゃが、体力は有限じゃ。あれだけ猛攻を続けていれば疲れてくるはず。ここは距離を取ってランスの出方を伺うべきじゃ。ところが、ソラ君は決して後ろに下がろうとはせん。何が何でも前に出ようとする。後ろに下がる戦法を知らんのじゃよ』

 バレスの言う通りだった。ソラは体は鍛え込んでいるが、百戦錬磨の格闘家ではなく、その経歴の大半はボディガードだ。常に守るべきものを背負っている。本来であれば、ソラの後ろにはいつもジーネがいるのだ。ジーネを守ることを大前提に組み上げたソラの戦術に後退の二文字は無い。そして何よりソラに不利であるのは、そのジーネが後ろにいないことだった。

(……こ、このままじゃ負ける。ジ、ジーネ、僕はどうすれば!?!?!?)

 ジーネの不在。つまりはセコンドの不在だ。

 ソラのような経験の浅い者ほど、周囲からのアドバイスを必要とする。戦術的なアドバイスでなくても応援されるだけでも心に余裕が生まれ、戦況を冷静に分析出来るようになる。しかし今、ジーネは今は正面外壁の上で無言で戦況を見守るのみだ。ジーネが傍にいない今のソラは、正しく八年前のあの日、ジーネと出会う前と同じ暗闇の中に陥っていた。暗闇に対する恐怖は今でも変わらない。あの時は震えて怯えるのみだったが、今はそれが闇雲な突撃という形で現れている。ランスロットの思う壺だ。今、四度目の爆裂メガクラッシュが炸裂した。

「ぐっ……」

(……ダメだ。今だけはジーネは頼れない! 僕はジーネがいなければ何も出来ない男じゃ無い! 今だけは、この僕の、ソラ・アロンゾ自身の強さを見せるんだッッッッッ!!)

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッッ!!」


「うおっ!?」

 あの超獣、ブラッディー・ジョーをも上回る咆吼がソラから放たれ、衝撃波がランスロットを襲う。会場全体をソラの咆吼が揺るがした。いよいよソラも手負いの獣だ。自分の流した血で加速度的に闘争心を燃え上がらせてきている。ランスロットは身に危険を感じ始めていた。

 大技の爆裂メガクラッシュが余り効いていない。これはランスロットが事前に警戒していた現象だ。ランスロットの事前調査によると、ソラは日頃から真冬に水を被ったり、火の中に身を投じるといった、自然の力を活用した苛烈な修行を行っている。それを知った時、魔法使いである自分には相性の悪い相手だと直感した。ソラ本人も気付いていないようだが、ソラは攻撃魔法が殆ど効かず、逆に回復力には優れるという、魔法使いとっては最悪の相手なのだ。

(……勝負をかけるか)

 これ以上、試合を長引かせるのは危険だ。爆裂メガクラッシュ以上の大技を叩き込んで、この獣を叩き潰さねばならない。


「流石はソラ君。まさか私を相手にここまで粘るとは。だが、私には分かっていた。例えそのような足になったとしても、この程度で君は倒れまい。名前に爆裂と付いているからと言って、全部が魔炎弾だと思わぬことだ」

(……足!?)

 ランスロットの言葉に誘導され、ついつい足に気が向いてしまう。全身の痛みで混乱していたが、左足が凍り付いていた。四回目の爆裂メガクラッシュは十発全弾が魔炎弾だと思いきや、左足についていた一発だけは魔氷弾だったようだ。

(……こんなもの、力尽くで!!)

 この手の拘束魔法は思いっきり力を込めることで解除できる。と、自身の左足に集中力が向かい、相手への注意が逸れたのをランスロットは見逃さなかった。獣人化したことで向上した脚力を用い、ランスロットが一気に間合いを詰める。

「ぬん!」

 力任せの鉄拳の一撃だ! 不意を突かれたために捌くこともできず、ソラは辛うじて両腕を合わせてガードする。だが、獣人化してもランスロットの本質はあくまで魔法使い。その攻撃の全てに魔法が込められている。ランスロットの拳は、炎の鉄拳バーストインパクトだ。

「ぐおっ!?」

 ガードの上から強烈な爆風が襲ってくる。アッパー気味に喰らって爆風により吹き飛ばされる。そして、その先の舞台側壁には魔法障壁があった。

「うああああああっっっっ!?」

『ソラ選手、観客防護バリアに接触! このバリアは火・木・土を利用した強力な浄化タイプのバリアです。接触すればその部分は消滅していきます! そしてチャンピオンの追撃!』

「ファイヤーーーーー!!」

「うぐあああああああああああああっっっっ!?」

 バリアに接触したところに熱線を喰らい、貼り付けにされる。正面から火魔法・灼熱破壊光線。背後から浄化バリア。ランスロットは闘技場という戦闘フィールドに闘い慣れている。環境を利用した合わせ技だ!

「うああああああああああああああっっっっっっっっ!?」

 ランスロットの破壊光線は照射時間が長い。普通なら貯め込んだ魔力を数瞬で使い切ってしまうこの魔法を、ランスロットは何秒も連続して照射できる。

「あああああああああああああっっっっっっっっ!?」

 遂には身体の前と後ろから煙りが上がり始めた。さらには周囲に肉の焼ける臭いが立ち込め始め、バリアのすぐ後ろの観客の中には嘔吐する者まで現れた。遂にランスロットの魔法がソラの肉体の深部にダメージを与え始めたのだ。

「ああああああああああああああああああっっっっっっっっ!?」

 それでも熱線は止まらない。永遠と思えるほどに長く凄まじい苦痛が続いていく。

「あ…あ…あ……、……、……、…………」

 そして、遂に悲鳴を上げる力も無くなってきた頃、ようやく魂をも焼き尽くすような破壊の照射が終わった。解放されたソラは、そのまま人形の様に大地へと落下した。


『ソラ選手、ダウーーーーン! 不死身の肉体が遂に崩れました。不死身の肉体と無尽蔵の魔力の対決は魔力の勝利か!?』

「……が……が……」

 地面に仰向けに倒れ込んだソラの背中は、バリアに削り取られ無残を晒していた。魔法に強いはずの胴着はすでに焼け落ち、背中全面の皮膚が蒸発してその下の血肉が剥き出しになっている。毛細血管が破裂したらしく、背中のあらゆる所から小刻みに血が噴き出していた。ソラの顔を覗けば、断末魔の如き形相で固まったまま大きく口を開け泡を吹き、両目共に白目を剝いて全身もビクンビクンと激しく痙攣している。

『え……、ちょ、これ……、もう終わり…………あっ!?』

 余りに凄惨な姿を見て、アナウンサーを含め会場一同言葉を失う。どう見ても失神KOで試合終了だ。と思った矢先、ソラを両目に光を戻り、両の拳が硬く握られた。


「……ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぐぐぐ……」

(……き、気絶してた?)

 熱線に炙られている最中から記憶が無い。どうやら一時気絶していたようだ。熱病に冒されたかのように頭も体も全身が熱くてボンヤリする。ゆっくりと上体を持ち上げると、血だらけの地面が目に入った。その血の出所がどこかと探せば、自分の胸だった。熱線の直撃を受けた胸部の中心はすでに火傷を通り越して炭と化し、周囲の部分からは直視に堪えない醜悪な血疱が多数発生している。うち、いくつかが破裂してダラダラと絶えず血が流れ落ちていた。

(……ナ、ナニコレ? あうっ……)

 自分の負傷状況を把握すると、突然、プツンと何かが切れて再び倒れ込んでしまった。あれほど長い時間、高熱に炙られ続けたのだ。心身共に憔悴しきっており、指一本とて動かせるような状態ではない。未だ意識を保っているだけでも奇跡だ。

(……ま、負けるのか、僕は!? いや、まだだ。この試合、僕は負けられない。僕は、ジーネの為に……)

 丁度、ソラが倒れた場所から頭を上げると、そこは大天秤がある場所だ。力を振り絞って再び顔を起こす。今、自分がランスロットと戦っているように、ジーネも必死で自分の中の葛藤と戦っているのだ。諦めるには早過ぎる。顔を上げると、ジーネもこちらを見てくれていた。

(……そうだ。僕はまだやれる。君のボディガードは、まだ……えっ!?)

 ジーネは、悲痛、としか言いようの無い顔をしていた。倒れ伏す自分よりも遥かに苦しくて、辛くて、悲しくて。見ているだけで火傷の痛みが吹き飛び、代わりに心臓が引き裂かれるほどに痛む。

(……ジ、ジーネ? な、何でそんな顔をするんだ!? 僕がこうしてギリギリまで戦う姿を見たかったんじゃないの? そ、そうか、まだ倒れてるからだ。ジーネはここで僕が立つ所を見たいんだ。大丈夫、僕は立つ! 僕はジーネを裏切らな……なっ!?)

 一瞬目が合っただけですぐ、見たくないと言わんばかりに目を逸らされてしまった。ソラが自らを奮い立たせるには十分過ぎる衝撃だった。ソラの魂に地獄の炎が燃え上がり、かつて無い激情が肉体を支配する。

(……何故だッッッッッッッッ!!!!!!!! 何故目を逸らすッッッ!? 僕がもう立ち上がれないとでも思ったのか? ジーネ、君は、僕がここで負けると思ったのか? そんなに僕の力を信じられないのか!? ジーネェェェェェェェッッッッッッッッ!!!!!!!!)


 ジーネがソラから目を逸らしたのは、傍にいたシャルロットも気づいていた。

「あなた、何故ソラを応援してあげませんの?」

 シャルロットは毅然と問いかけるが、ジーネが返事する様子は無い。それでも構わずシャルロットは続けた。

「ソラはお前の為にあんなに傷ついて。いえ、そもそも、この闘いの元凶はお前。ソラも、お兄様も、この私も、観客も、みんなお前の狂気に付き合わされているだけ。お前の狂気がみんなに伝染て、こんなことになったんですわ! それなのにこの会場ではお前一人だけが静かなもの。先日の亡霊のような狂人が、今ではまるで闇夜に怯える子供のよう。一人だけ夢から覚めましたわね? そして自分のしでかした事が恐ろしくなったのですわね?」

 シャルロットがジーネに責を問う。そこへアナウンスが飛び込んでくる。

『ソ、ソラ選手! カウントナインで立ちました!! 不死身の肉体未だ滅びず! 不屈の精神力、未だ尽きず!』

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッッッッ!!」

「きゃあっ!?」

 あの超獣ブラッディー・ジョーを上回る大咆吼がソラから発せられた。衝撃波が遙か遠く、大天秤の上のシャルロットにまで襲いかかり、思わず頭を抱えて身を縮めた。観客席にも衝撃波は届いており、立ち上がっていた観客は転倒。飲み物は破裂し、一部会場のガラスも割れて観客は大混乱に陥っている。

(……こ、怖い。ソラが、怒ってる)

 ひたすら優しかったソラがこんな激烈な感情を見せるとは、シャルロットには思いもしなかった事態だった。

「み、見なさい! あの傷で立ち上がってきましたわ、しかもさっきまでよりも力強く!! あの優しいソラが、あんなに怒って、まるで別人の様! お前に怒っているのですのよ! 戦え戦えと、本当はこんな戦いはやりたくないのに、亡霊に操られる儘に無茶苦茶やらされて……いつまでこんな事やらせるんだって! 亡霊に取り憑かれたソラは、多分もう痛みも感じてませんわ。でも、いくら痛みが麻痺しても、身体は着実に死に向かっていますわよ。まだやらせる気ですの? 本当に、ソラが死ぬまで永遠に戦わせ続ける気ですの? 何とか言ってみなさい。ジーネ・アロンゾ!」

 しかし、ジーネは身体を丸め、両腕で自分の身体を抱くように震えたまま、何も応えることは無かった。


「るゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!」

 立ち上がったソラはまるでダメージでも無かったかのように、いや、むしろ今まで以上の猛スピードで突撃してくる。

(……こ、こんなバカな!?)

 遂に渾身の灼熱破壊光線までソラは耐えきった。灼熱破壊光線はトドメの一撃という認識で放ったつもりだった。それが立ち上がってきてしまったということは、すでにソラはランスロットの読みを上回る域に達している。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

(……うおっっっっ!?!?!?)

 それにしても、この気迫は人間のものとは思えない。獣だ。しかもそこらの獣ではなく、地獄の野獣の如き鬼気迫る闘気を出してきている。

「シャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!」

 ソラは飛び上がると空中で横回転する。空中回し蹴りだ。

(……くっ、ゴールデン・フィールド!!)

 危険を感じたランスロットは、ソラの金剛壁と同系統のバリア魔法、ゴールデン・フィールドを展開した。黄金壁が全身を覆うタイプのピラミッド型バリアだ。

『チャンピオン、バリアを張りました! 固い金のバリアです!!』

『流石はランス。冷静じゃのう』

『と言いますと?』

『凄まじい気迫じゃが、ソラ君はもう重傷じゃ。危険を冒して戦うことは無い。あんな無理な突撃は長くは持たん。バリアを張ってちょっと耐えればすぐに自滅するわい。ん?』

 バリバリバリバリッ! 

 ソラの右足首から先が電撃の膜が包み込まれた。

『あーっと! ソラ選手、足先にバリアを展開!! これは金剛壁だーーーーッ!!』

『バリアにはバリアをぶつけるか!? じゃが、ランスのゴールデン・フィールドは鉄壁! 並大抵のことでは破壊出来んぞ!』

「シャラアァァァッッッ!!」

 ソラの金剛壁を纏った空中後ろ回し蹴りが金色の壁に激突する!

 バギャ!!

「ぐううううううぅぅぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」

 一撃でゴールデン・フィールドがバラバラに砕け散った。それと同時に、胸に引きされるような激痛が走る!

(……な、何だこれはッ!?)

『あの超獣ブラッディー・ジョーの攻撃をも跳ね返した、鉄壁のゴールデン・フィールドが一撃で崩壊しました! ソラ選手の打撃力恐るべし。殺人的破壊力です! し、しかし、チャンピオン、苦しんでいる!? 何故!?』

『こりゃああああ、ランス! バリアが破られた程度で何を狼狽えとるんじゃ! 魔力なんぞいくらでも残っとるじゃろ! 百回でも二百回でも、さっさと張り直さんか!!』

(……そんなことは分かっている! だが、何故だ? バリアが使えなくなった!? いや、そもそもバリアとは何だった? それにこの胸の痛みは何だ? 何事だ!?)

 魔力が残っていればバリアは何度でも張り直せる。即座に再展開を試みたランスロットだったが、バリアを発生出来ない。ゴールデン・フィールドという魔法の完成したイメージ像に亀裂が入っている。魔法を形に収束できない! それに胸の痛みも消えない。猛獣の爪に引き裂かれたような激痛が胸に走り、痛みが引かない!

「金剛壁はただのバリアではありません。父さんとジーネ、二人の力を一つに合わせた、牙神流空手道奥義です。その現象は父さんの力の側面です。ゴールデン・フィールドという心の形は砕け散りました。心の傷が癒えるまで、その魔法は使えません」

(……こんな、馬鹿なッッッッ!?!?!?!?!?)

 遂に、自分とソラを隔てる壁が無くなってしまった。次からは、このおぞましい攻撃を自らの肉体で受けなければならない。そして、ソラの未知の能力を見て、ランスロットの心に恐怖が差し込んだ。ランスロットは、経験豊富である自分の方が分析力と判断力において勝ると考えていた。冷静沈着に、状況に応じて対処すれば勝てる、と。しかし、それが間違いであったことに気がついた。この男は何をしてくるか分からない。完璧に息の根を止めてしまわない限り、予期せぬ方法で勝負をひっくり返され得る。

(……やむを得ん。私はソラ君を殺す! そうでなければ、私が殺される!!)


「行きます!」

 今を勝機と見たソラは間合いを詰める。ランスロットはバックステップで距離を取ろうとするが体術勝負ならソラの方が圧倒的に速い。

(……うっ!?)

 だが、先ほどまでランスロットがいた場所を踏んだ所で、急に何かに足を引っ張られてしまう。見れば何と、地面から蔓が生えてきて足を絡め取っているではないか。そして綺麗な青紫色の花がいくつも顔を覗かせた。

「木魔法アサガオ、ブービートラップカスタム。そして」

 一定の間合いを保っていたランスロットが、自分から間合いを詰めてきた。ソラは咄嗟にカウンターで反撃するが、足を絡め取られているのでフォームが悪く体重を拳に乗せきれない。威力が弱く、両肩をランスに掴まれる。

「ソラ君。よくぞ私とここまで戦い抜いたものだ。こうなった以上、いよいよ私も奥の手を使わせて頂くとしよう。死んだとしても悪くは思うな。水魔法、アブソリュート・デス!」

(……ぐっ!?)

 全身に寒気が走る。長い時間に渡って走り回って熱くなった身体、強烈な火魔法を受け大火傷にある皮膚、そして燃えるように沸き上がった心。それら全てが一斉に冷や水を浴びせかけられたかのように冷えていく。

『いかん! ランスよ、殺す気かぁぁぁぁッッッッッッッ!?』

『な、何です?』

『アブソリュート・デス、気化冷凍魔法じゃ! 人間なんぞ冷凍まで行かなくとも体温を奪われるだけで簡単に心臓が止まる。殺すための魔法じゃ!!』

(……なっ、何だって!?)

 確かに、すでに体中が冷たくて呼吸が危うい。

「魔法とは自然の力の一端を自身に顕在化する技術だ。通常、大いなる自然は全ての生物に平等に生と死をもたらす。だが、この魔法は生物を殺すためだけにしか使えぬ、禁魔法に分類される魔法だ。受けた人間は必ず死ぬ」

(……死? 嘘ッ!?)

「かはーッ!! かはーッ!! かはーッ!!」

 何とか意識的に呼吸をして心肺機能を保とうとするが、そんなことで防げる魔法ではない。意識が遠のき、目の前が暗くなってきた。

「だが、この魔法は死後、すぐに蘇生措置を行うことで回復することもある。君ほどの生命力があれば生き返ることはまず可能なはずなのだが、しかし、今の君は傷つき過ぎている。おそらくは……。いや、最早何も言うまい。死にたまえ、ソラ君!」

(……う、うあああああああ)

 そして、遂には目が完全に見えなくなり、心臓が、止まった。冷たく、昏い暗黒の世界に引きずり込まれていく……。

「心停止確認。私の勝利だ!」

 ランスロットは勝利宣言をするが、会場は葬式のようにしんと静まり返ったままだ。

『チ、チャンピオンは、今何と?』

『し、心停止確認と。ほ、本当に殺しおった! ラ、ランス! お前程の男が、こんな歳若い少年を手にかけるとは!!』

「お言葉ですが、将軍。彼は本物の虎でした。こうでもして殺さなければ、私が殺されていたでしょう。残念ではありますが、自分の行いに恥ずべき所はありません」

 ランスロットの胸の中で、心臓が止まったソラがガックリとうなだれる。

(……僕は、ジーネがいなければ何も出来ない弱い男かもしれない)

「お、お兄様ッ!! ほ、本当にソラをッッッッ!?」

「彼は死んだ! だが、まだ生き返る可能性は僅かではあるが残されている。医療班を呼べ!」

(……まだ、父さんの後を継ぐには未熟者だと思う。でも)

 ランスロットは背が高い為、胸元のソラの目は見えなかったのだ。ソラの目に光が蘇る。

(……僕の体には父さんの血が流れている。そして、猛虎と呼ばれた父さんの魂も、僕に受け継がれている。だから、弱い僕の心はもう死んでいるかもしれないけれど)

「ソラ君! この私を相手によくぞここまで戦った。私も君の蘇生を願うが、このまま死したとしても何ら恥じることは無い。ジーネ嬢は私が丁重にお預かりしよう。安心して眠れぃ!!」

(……僕の虎の魂は、死んではいない!)

 ソラの瞳の猛虎の眼光が宿る!

「なにっ!?」

 何と、心停止したソラが動いて、ランスロットの腕を掴んだ!

『あああああッッッッ! ソラ選手、生き返りました!! 心肺機能が再起動した模様!!』

『信じられん! なっ、なんちゅう生命力じゃッ!!』

『ま、正に命の奇跡! 会場からも大歓声です!!』

 静まり返った会場が、爆発するように一気に熱狂に包まれた。会場の一人一人に伝わっていく。ソラの持つ諦めない心。命に秘められた不滅の力が会場全体に行き渡る。

「こ、小癪なッッッッッ!! もう一度死ねい!」

 ランスロットは再びアブソリュート・デスをかけようとするが、

「ぐわっ!?」

 苦痛に顔を歪め、ソラを解放した。何と、ソラが握っていた部分の腕の肉がごっそりと削げ落ちているではないか。

『あ、握力で肉を引きちぎりおった!』

 ソラは力任せに足を絡め取っていた蔓を引きちぎり、前に一歩踏み出す。

(……これが猛虎と呼ばれた父さんが一番得意だった技!!)

「タイガー・ファング!!」

 両手の握りを拳から開き、親指、中指、薬指を内側に折り曲げる。形作られたその両手はまるで虎の顎のようだ。

「ちぃっ!?」

 ランスロットは咄嗟に魔炎弾を放って逃れようとしたが、ソラはそれを虎のアギトで咬みちぎった。爆発すらせず、飲み込まれたように魔炎弾が四散する。そして、次に素早くランスロットの右の二の腕を掴んで食いちぎる。その次に左の二の腕。左太もも、右太もも。そして左鎖骨に牙を食い込ませ、折ってもぎ取る。

 ブチッ! ボキッ! グチッ!

「ぐあああああああああああッッッッッ!?」

 虎が獲物を食い散らかすような音が二人の周囲に漂う。

「はっ!」

「ゴボッ!?」

 悲鳴を上げて怯んだところへ鋼鉄のように硬く、重い回し蹴りを腹に思い切り叩き込んだ。ボキボキ、と肋骨のへし折れる音が響き、ランスロットの身体がくの字に曲がる。

(……今だ!)

 ソラは足を屈めて力を溜め、大ジャンプする!

『ソラ選手、天高く舞い上がりました! この技はかつて大衆の前でこのベルガス闘技場の外壁を破壊し、また、あの人食い超獣、ブラッディー・ジョーを仕留めたソラ選手の必殺技、蒼空十字拳です!! トドメの一撃です!!』

 上空から急降下に入ると、くの字に折れ曲がったランスロットの後頭部が見えた。ここに一撃を叩き込めば決着だ!

「うおおおおおりゃあああああああッッッッッッ!!」

 だが、ランスロットの狼の血も、まだ死んではいなかった。餓狼の魂、今だ尽きず。下から刃のような鋭い眼光がソラを貫いた。

「はーーーーッッッッッ!!」

「グボッ!?」

 ソラは目を見開いて驚愕した。何と、ランスロットは身体を起こすと、身体を竜巻のように回転させながらジャンプし、アッパー気味に拳を打ち上げてきた。まるでソラが使うような体捌きの拳撃である。十字拳は空振りし、逆にカウンターで腹に鉄拳を叩き込まれた。

(……そんな、嘘だ!? 何故、何故ッッッッッ!?)

 信じられない。勝利を確信した渾身の一撃が、まさかのカウンター。蒼空十字拳は頭上という敵の死角を突く技だ。移動して避ける程度ならまだしも、咄嗟にこんなカウンターなど出来るはずが無い。だが、そこで気づく。咄嗟ではなく、狙っていたのだとしたら出来るのかもしれない。そして、ランスロットは蒼空十字拳を二度見ている。結論は一つ。

(……ランスさんは、練習していたんだ。僕が山籠りして断食修行をしていた間、ランスさんは十字拳破りの練習をしていた!?)

 ランスロットは決して自らの実力に慢心する男ではなかった。そして、忘れてはいけない。ランスロットは魔法使いだ。その攻撃は常に魔法攻撃である。ランスの鉄拳は、いつも火魔法バーストインパクト。拳から大爆発が生じる!

「ゴッッッッッッッッ!?」

 十字拳を巻き戻しするかのように高く跳ね上げられ、頭から落下した。仰向けに、大の字になってダウンする。そして、口から大きく血を吐いた。

「ゲボゴッッッッ!?!?!?!?」

『あーっと、トドメを刺しに行ったソラ選手、チャンピオンのまさかの逆転技を受けて壮絶なダウン! 血を吐きました!』

『いかん! 内臓を破裂させたんじゃ!!』

 審判がカウントを始める中、ランスロットはソラから視線を離さなかった。

「フ、フフ、フ。そ、そこまで血に染まれば、最早、蒼空とは呼べまい。沈む夕日が生える赤焼けの空よ。蒼空十字拳破れたり。そ、それにしても、ま、まさか、ここまでやるとは」

 重い足取りだが、そのままジリジリと後退していく。ソラが起き上がってくることに備え、今のうちに間合いを離しておくつもりだ。そして案の定、ソラは立ち上がった。

「ま、まだだ。ま、ま、まだ、ぼ、僕は負けない。南無観自在天観世観音……、ヴァジュラ!」

 ヴァジュラが切れてしまったので再度呪文を唱える。しかし、呪文が唱え終わってもヴァジュラの脈動は聞こえてこなかった。

(……ッ!? まさか、魔力が……うっ!?)

「ゲボボッ!? ゲェェェェェッッ!? オゲェェェェェェェェ!!!!!!!!!!」

『ソラ選手、滝のように血を吐いていますッッッ!! そ、そして、ああっ!? か、体が! ソラ選手の体がッ! 萎んでいくッッッッッッッ!!』

 先日のブラッディー・ジョー戦で初披露し、「信じられない」と全観衆を騒然とさせたソラの鎧のような筋肉がみるみる萎み、普通の子供と大差無い程までに痩せ細っていく。剛魔一体奥義ヴァジュラは、呼吸法による血流操作で土台となる筋肉を増強し、そこに魔法による強化を重ねて強大な身体能力を発揮する奥義だ。だが、出血多量により最早十分な血流操作は行えない。そして、魔力は完全に尽きた。

(……父さんから受け継いだ力も、ジーネに教えて貰った魔法も、両方無くなった? そ、そんな!? じ、じゃあ、僕には一体何が残って……ッ!?)

「ゲボボッ!?」

 さらに吐血し、両手を汚す血の多さに愕然とする。

「フ、フフフフ。ま、魔力が切れたな? そして体力も限界ッ! 父親より授かった強靱な肉体と、ジーネ嬢と共に研鑽した魔の技法、君を支える二つの力は共に尽き果てたわけだ。にも関わらず、未だ君のその両目からは虎の眼光が消えぬ。その光を消す方法はただ一つ、君を全身丸ごと灰にするしか無いッ! 猛虎ソラ・アロンゾ。お前の道は、このランスロット・バルマーが断つ!」

 ランスロットは確信めいた笑みを浮かべた。ランスロットはソラが力尽きるこの時を待っていたのだ。いよいよ最後の魔法を使う時が来た。

「BB砲、発射用意」

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