ジーネはソラを信じない
「ジ、ジーネ……」
屋敷に着いたソラとナナはすぐにジーネの寝室へと向かった。そして、ソラが目にしたのは変わり果てたジーネの姿だった。
「あ、あ……、こ、これが、ジーネ……」
髪を無茶苦茶にし、ベッドから転げ落ち、白目を剥いて気を失っている。全裸で誇示していたあの身体からも生命力が失われ、肌はカサカサ、肉体からは骨が浮き出ている。
今まで生きていて、一番衝撃を受けた。価値観が壊れる程の衝撃だった。決してやってはいけないことをやってしまった。如何に極限の修行に耐えた肉体を持っていても、これには耐えられない。心臓の鼓動がが爆発するように大きくなり、、頭は熱に蝕まれ、寒さで身体も震えて動かなくなる。
(……な、何をやってるんだ、僕は!?)
暗闇に飲み込まれそうな思考を必死で繋ぎ止める。
(……ぼ、僕は、今までずっとジーネのために戦ってきたんだ。ジーネが喜ぶと思ったから、あんな化け物みたいな獣を相手にだって、命を懸けて戦ったんだ。こ、今回の修行だって、ジーネの為。負けたらジーネが不幸になってしまう。だから、ジーネを残して一人修行に行ったんだ。なのに、僕が勝手にいなくなったせいで、こ、こんなことが)
「ソラ君、しっかり!」
すぐ隣でナナが支えてくれることで、何とかソラも自分を維持することが出来た。
(……や、やりなおさなければ)
どうにか気を取り直したソラは、ともかくジーネを抱え上げてベッドに戻した。
「ジーネ、起きて、ジーネ」
優しく揺すると、ジーネがうっすらと目を開く。
「ひっ!?」
ジーネはソラの顔を見ると、途端に目を見開き跳ね起きるようにソラから逃れた。まるで化け物を見るような恐怖に引きつった顔を向けてくる。
(……う、ぐ、ぐ、ああああああああああああッッッッッッッ!!!!!!!!!!)
罪悪感の余りに自我が無に塗り潰されそうになる。こんな細首はちょっと力を込めれば簡単にへし折れる。今すぐ、何もかも全部ぶっ壊してしまいたくなる。だが、ギリギリの所で踏みとどまった。
「ジーネ! 僕だよ、ソラだよ! 帰ってきたんだよ!」
「嫌ぁ! 嫌ぁ! 来ないで! 嫌ぁ!」
(……な、何てことだ!)
ジーネは部屋の隅にまで逃げると、そこに置いてあった時計やら置物やらを無茶苦茶に投げてくる。ソラはそれを避けず、全部その身に受けた。額から血が流れ落ちる。一通り投げ終わってもジーネは全く落ち着く様子を見せず、興奮状態のままだ。
「ソラ君。このままじゃ危ないよ。ジーネさんは何も食べてないんだよ!」
こんな衰弱した身体で興奮状態を続けたら、いよいよ命に関わってくる。とにかくジーネには水を飲ませなくてはならない。ソラは、ベッドに近くにあったナナのお弁当の、それとセットになっている水筒を手に取ると、無防備にジーネに近寄っていく。
「ひぃあああああッッッッッッ!!!!!!」
ジーネは逃げるように壁を這って移動し、壁に掛けてあった装飾品の長剣を持って、なおも近寄ってくるソラの腹に思いっきり突き刺した!
「ひぃっ、ソラ君ッッッッ!?!?!?」
ボタボタと流れた血が剣を伝わり、ジーネの手元でポタポタと床に落ちる。だが、ソラはビクともしない。装飾用の剣では、ソラの腹筋は貫けなったのだ。
「ひぃっ、ひぃっ、ひぃぃぃぃッッ!!!!!!」
ジーネはなおも必死で長剣を突き立て貫こうとするが、そのうちにグググッと長剣がしなり曲がって、遂には真ん中から真っ二つにへし折れた。バランスを崩したジーネは正面のソラの胸元に倒れこむ。ソラはそれを受け止めると、動けないようにしっかりと抱きしめる。そして、水筒の水を口に含むと、無理矢理ジーネの唇を奪った。
「ん、んん、んーッッッッッ!!」
ジーネはなおも暴れようとするが、ソラは決して離さない。そうして、無理矢理口移しで水とジーネへと流し込むと、遂にジーネもコクコクと水を飲んだ。
「ジーネ、黙っていなくなってごめんね。でも、まずは水を飲むんだ」
「ううっ、ううううっっっ」
再び、ソラは水筒から水を含み、口移しでジーネに飲ませる。ようやくジーネも大人しくなって、されるが儘に飲み込んでいく。だが、飲んでも飲んでも、その水はジーネの両目から流れ落ちてしまうようだった。
「ジーネ。明日の試合、僕は負けないよ。今日はゆっくり休んで、明日を待ってて。僕は君のボディーガードだ。相手がどんなに強くても、絶対に君を守ってみせる」
「ううっ、信じない。ソラなんか、絶対、信じないから……」
ジーネはいつまでもソラと唇を合わせ、コクコクと喉を震わせていた。




