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二人の友達

「最悪の事態ですわ!」

「まだ戻って来ぬか」

 ソラが失踪したことは、すでに街中に知れ渡っていた。ソラは前々から特殊な修行を繰り返していたので今も秘密特訓中の為と思われているが、実は逃げ出したのではないかとの噂もまことしやかに囁かれている。

「黙って逃げるなんて、最低ですわ! 戦いたくないなら大会は中止出来るってあれほど申し上げましたのに。きっと、命惜しさとあの亡霊との板挟みにあって、耐えきれなくなってしまったのですわ! 情けないですわ!」

 シャルロットは逃げたと考えている者の一人だ。

「いや、逃げたのではなく、本当に特訓中なのだろう」

 しかし、ランスロットは秘密特訓説を信じている。

「どうしてですの?」

「シャル、お前の言うとおり、戦わないなら中止を申し出ればいいだけのことだ。逃げるのは合理的ではない。だが一番の理由は、彼が虎の目を持っていることだ」

「虎の目?」

 シャルロットは意味が分からないと言った様子である。

「あの試闘会の時、彼は最初にあの巨獣の一撃を喰らい、大ダメージを負った。だが、彼は立ち上がって戻って来ただろう? あの時は私の部下も大勢やられたが、立ち上がってくる者は一人もいなかった。その違いは、彼だけが虎の目を持っているということだ。女皇親衛魔団はエリート揃いの軍団だ。ライカンスロープも大勢いるとはいえ、彼らは身体が獣に変身するだけで、虎の目は持っていない。嘆かわしいことだ」

 シャルロットは、兄の語り口から、彼が昔の彼を思い返しているように思えた。今でこそ栄誉ある女皇親衛魔団の団長だが、昔は自分共々、非常に貧しい暮らしをしていた。あの頃の兄の目、あれは言われてみれば、確かに獣に例えられる目だったと思う。自分もそうだが、ランスロットはオオカミのライカンスロープだ。今はマスクで目を覆い隠しているが、その下には今でも虎の目、いや、オオカミの目があるのかもしれない。

「あ、ありえませんわ! ソラはいつも逃げ腰ですの。あの亡霊にけしかけられて、仕方無く嫌々で戦ったに過ぎませんわ!」

「人から強制されただけで立ち上がることは出来ぬ。不屈の闘争心が無ければな。ソラ君は一見弱気な性格に見えるが、その本性はあのブラッディー・ジョー以上の獣なのかもしれん。本心から勝てないと思っていれば、命を粗末にすることは無い。すでに大会中止を申し出ているだろう。しかし、未だに中止連絡が無い以上、逃げるように見せかけて、私の首を狙っているのだ。虎視眈々とな」


 一方、その頃、ジーネの住むアロンゾ家別荘では。

「ソラ君、まだ戻って来ないのかな~」

 ナナとケンさんが、いつものように弁当の配達に来ていた。いつも屋根の上で修行していたソラの姿は今日も無い。ソラがいなくなってしまったので、ジーネも部屋に閉じこもりっきりだ。ジーネもソラの行方は知らないらしい。それにしても、もう今日は大会前日だ。ジーネはどんな気持ちでいることだろう? ソラも心配だが、ジーネも心配だ。

(……ちょっと様子を見て来ようかな)

 邸宅に入れて貰おうと玄関のベルを馴らす。すると、中からメイドさんが出てきた。

「あの、ジーネさんと、少しお話がしたいんですけど」

「そ、それが、お嬢様は、ちょっと人とお会いできる状態には……」

「へ? あ、会いたくないって言ってるんですか?」

「いえ、特にそういう命令は受けておりませんが……」

「で、ですよね~。ボク達、友達なのに会いたくないって、そんな」

「友達……。そうですね、友達の言うことならもしかしたら」

「ちょ、ど、どうしたんですか? ジーネさん、どうしちゃったんですか!?」

 余りにメイドの様子が不自然なのでナナは嫌な予感が膨らんでしまう。

「実は、ソラさんがいなくなってしまったから、ジーネ様は一切食事をしていないのです。それどころか、水すら一口も。毒が入っていると言って」

「え、ええ~~~~ッッッッッッッ!?」


「ジ、ジーネさん、ジーネさん! どうしちゃったんですか!?」

 慌ててジーネの部屋に駆け込むと、ジーネはベッドの上に横たわっていた。元々スレンダーだった身体は骨が浮き上がる程に痩せ細り、瑞々しかった肌はカサカサに乾き、全裸を見せつけていた頃からは見る影も無い。何より顔色が悪い。まるで生きる意志を放棄してしまったかのように目が死んでいた。

「あら、ナナ。久しぶりね、クスクスクスクス、ケホッ」

「き、聞きましたよ、あれから何も口にしていないそうじゃないですか! さ、さあ、水を飲んで、これを食べて下さい。私が作ったお弁当ですよ!」

 しかし、ジーネは身体を動かそうともしなかった。

「ジーネさん! このお弁当に毒が入っているって思っているんですか? 私が毒を入れたって言うんですか? そんなわけ無いじゃないですか!」

「クスクスクスクス。そのお弁当は誰が作ったの?」

「私です!」

「では、そのウインナーはどこで?」

「これは近所のお肉屋さんで買ってきたのを、私が焼いたんです!」

「クスクスクスクス。あなたが知らないだけで、そのウインナーには毒が入っているかもしれないわ。お肉屋さんが、あなたを陥れるために、こっそりと」

「そんなこと絶対ありません! お肉屋さんはとってもいい人です!」

「クスクスクスクス。ナナ、この世に絶対なんで無いのよ。心から信頼していた人が、つまらないことで気軽に裏切ってしまう。私のママは、そうやって死んでいった。私の目の前で。だから私は誰も信用しない。誰一人ね。クスクスクスクス」

 とてつもなく冷たい言葉を、悪びれることも無く笑いながら語る。ジーネは最早、これっぽっちも他人に期待を持たなくなってしまっているようだ。

「ソラ君ですね?」

 ジーネの変調の原因は明らかだった。

「ソラ君がいなきゃ嫌だって言うんですね? ソラ君と同じ物しか食べられないって言うんですね? ソラ君がいなきゃ誰も信じらんな」

「やめてッッッッッ!!!!!!!!!!」

 この痩せ細った身体のどこにこんな力が残っていたのだろう? 静まり返った屋敷を揺るがすほどの悲鳴がジーネの口から轟いた。

「き、き、聞きたくないの。あ、あの裏切者……、お、おげっ!!」

 弾かれるように起き上がり、前のめりに蹲る。 胃と腸が裏返る。猛烈な吐き気に襲われる。最早吐く物など残っていないのに。大きく口を空け、胃と肺の中の酸素が全て空っぽになるまで空気だけを吐き続ける。

「ガハッ!! ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 吐き出す空気も無くなって、それでも吐こうとして、吐こうとして、身体が痙攣するほどになって、グルッと白目を剥いて、そしてようやく、肺が破裂するように再び息を吸い始めた。ナナは背中をさすってあげるが、肩で息をしており、かなり苦しそうだ。もう何回もこんなことを繰り返してきたのだろう。身体だけでなく、心まですっかり弱ってしまったようだ。

「あの裏切者。私を裏切らないって、言っていたのに。毎日毎日、朝も昼も夜も、起きる時も寝る時も、いつもいつも言っていたのに。私を裏切らないって。裏切らないって、言ってたのに、言ってたのに、うっうっううっ……」

 涸れきったはずのジーネの両目から、数滴の滴がベッドの上に落ちた。いつまでも嗚咽を漏らし続ける。そして、ある程度落ち着いてくると、もう用は無いとばかりにナナに背を向け、横になって身体を丸めてしまう。

「ソラ君は裏切者じゃありません」

 そんなジーネに、ナナは後ろからハッキリと言い切った。しかし、ジーネにはまるで反応が無い。ならば、と、さらにナナは続けた。

「分かりました、ジーネさん。そこまでソラを裏切り者って言うなら、ボクがソラ君を連れてきてあげます」

 これにはピクッとジーネの身体が反応した。

「ボクもソラ君がどこにいるかは知りません。でも、ボクはミケネコ急便の配達員。同時に情報屋でもあるんです。絶対見つけて見せます。そして、ミケネコ急便は即日即配達です。ミケネコ急便の名にかけて、ボクがソラ君を捜して連れてきます。着荷日指定は本日、今晩です。ちゃんと起きてて、待ってて下さい!」

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