質問
十章完結後のお話しです。
レーシアから「ナスカ様、教えてほしいことがあるので、この後少しお時間いただけませんか」と呼び止められたのは、インバシオンの首都オラージュを出てから3日経った宿でのことだった。
宿の食事処の個室で夕食をとった後、真剣な面持ちでレーシアは私に声を掛ける。
「ああ、もちろん構わないよ。君の部屋に行けば良いのかな? 私の部屋でも問題ないが」
微笑みながらそう返すと、レーシアはほっとしたように顔を緩ませ、「でしたら後ほどナスカ様の部屋にお邪魔させてもらいます」と言葉を残し、先に個室を出て扉の外で待っているアルツの元に向かう。
アルツが近寄ったレーシアに何やら問い掛けたようだが、レーシアは笑って首を振った。
どうせ私と何を話したのか探りを入れて、何でもないと流されたのだろう。
こちらにも問いただすような視線が送られてきたが、私はすっぱり無視をして彼らの横を通りすぎた。
やきもきするなら、幾らでもするが良い。大体あの男はレーシアを囲い込み過ぎなのだ。レーシアのことを自分の所有物だと勘違いしているのではないか。だとしたら、その思い違いを正さねばならぬだろう。
いち守護騎士ごときが巫女を所有出来るなどなど、思い上がりも甚だしい。
守護騎士は巫女の所有物だが、その逆はあり得ないのだ。あの男はその辺りの認識が正しく出来ていない。それを許すレーシアにも問題があるが、彼女はそういった教育をほとんどされていないのだから仕様がないだろう。
レーシアが教都に戻ったら、私とサージュ様とでその辺りもきちんと教え直さなければいけない。
現在、レーシアを一番近い位置で教育した人間があの男である事実は大変由々しいことだ。早急に対処せねばならない。
私が宿で割り当てられた自室にてレーシアの教育の事で頭を巡らせていると、扉が遠慮がちに叩かれた。そしてレーシアの「シアルフィーラです」という声が聞こえる。
「ナスカ様、お忙しいところお時間いただいてありがとうございます」
扉を開けて部屋に招き入れると、レーシアは頭を下げて礼を言う。
こういった物言いもあの男の教育なのだろう。若輩者が年長者に対する態度としては大変好ましいが、しかしレーシアは癒しの巫女である。
いくらなんでもへりくだり過ぎだ。巫女はすべての人間から尊敬される立場であって、巫女本人が尊敬語や謙譲語を自由に操る必要はない。
何を教えているのだあの男は!
内心この場にいない男を罵りながら、なんでもない表情を作ってレーシアに声を掛ける。
「私に聞きたいこととはなんだい? アルツに聞けないようなことなのか」
レーシアの信頼が篤いのは、私よりあの男であることは間違いない。面白くない話だが、仕方のないことだろう。
あの男に聞けないような事で、私に聞きたがる内容について全く検討がつかない。
レーシアは私の問いに、少し緊張した面持ちで答える。
「はい、ナスカ様ならご存知ではないかと思いまして……。
アルツにお願いされたことなので、アルツに質問するのは違う気がしたんです」
そう前置きすると、レーシアは言葉を続ける。
「ナスカ様、『子作り』ってどう頑張れば良いのですか?」
っと、思わず固まってしまった。冷静になれ、ナスカ=マッキナ。
どんな苦境に立っても、常に冷静に対処してきたではないか。
たかだか妹とも娘とも思い慈しんできた少女、いや少女と呼ぶのはもう失礼か……女性に子作りの頑張り方を聞かれたぐらいで動揺するなど情けない――――――だが何故それを私に聞く? レーシア!
いやいやいや、だから冷静になれ、ナスカ=マッキナ。
別にレーシアは『子作り』の方法を聞いているわけではない。第一、それぐらい巫女の教育の一環で学んでいるはずだ。今更私に聞くはずはないだろう。
冷静になって質問の趣旨を詳しく聞くのだ。質問の内容を誤って理解し、明後日な回答をして恥をかくのは私だ。
咳を一つすると、レーシアに向き直る。
「レーシアはどうしてそんなことを私に質問するんだ? アルツにどんなことを願われた?」
その内容によってはあの男、容赦はせん。
レーシアは私の質問に少し辛そうな表情でうつむいた。
「アルツがわたし達の子どもがたくさんいれば、これから長く生きても寂しくないと……
だから一緒に子作りを頑張ろうと言われたのですが、何をどう頑張れば良いのか分からなくて。人に聞くにもナスカ様以外誰も思い付かなかったんです」
「おかしな事質問してすみません」と小さくなるレーシアに、努めて優しく微笑み掛けた。
「いや、頼ってもらえて嬉しい。私としてもレーシアが子を多く授かるのは喜ばしいことだ。しかし、そういうことなら君の方が詳しいのではないかな」
私がそう返すと、レーシアは驚いたように目を瞬かせた。
「わたしの方が、ですか?」
私は穏やかに見えるよう微笑み頷いた。
「子をたくさんもうけたいというのは、妊娠しやすくしたいということだろう。ならば医学的な話だから、私より君が詳しいのではないのかな?」
レーシアは合点がいったのか「ああっ!」と声をあげる。そして、目を輝かせて大きく頷いた。
「そうですね! 妊娠し難い方に処方する薬草など確かにありますし、食事や生活習慣を見直すことで妊娠しやすくなる話を他の医術師の方に伺ったことがあります」
レーシアは一息で話すと、私の手を両手で握った。
「ありがとうございます、ナスカ様。
どう頑張れば良いのか少し分かった気がします。教都に戻ったら調べて頑張ります」
「ああ、私で何か手伝えることがあれば何でも言ってくれ」
明るい表情で礼を言い退出するレーシアを笑顔で見送る。
扉が閉まり、レーシアの気配が完全に消えるのを待って私は作った笑顔を消した。
あの馬鹿男が! なんて下心満載な願いをレーシアに押し付けるんだ。調子に乗るのも程々にしろ!!
途端、あの男への恨みつらみがどっと溢れ出す。
子どもが多く欲しいという言葉に偽りはないのだろうが、レーシアへの願いがあの男のくだらぬ下心から出ているのは間違いない。
それにレーシアや自分が振り回されるとは全くもって業腹だ。腹立たしいことこの上ない。しかし――――
今後あの男が己の本当の立場を思いしるだろうと思うと口角が自然と上がる。
守護騎士は真実巫女の種馬に過ぎないことをこれから思い知らされるだろう。
子を多く望むということはどういうことなのかも。
巫女と守護騎士の関係は、世間一般の夫婦の関係とは全く異なるのだ。
それを本当の意味で理解出来るのは、恐らくレーシアが子を授かった時に違いない。
それを思うとますますレーシアの懐妊が楽しみだ。
あの男のうちひしがれる様を思い、意地の悪い笑みが浮かぶのを私は押さえることが出来なかった。




