飼い犬
こっそり、アルファポリスさんのファンタジー大賞に応募してみました。ベリをひた走る気まんまんの参加ですが。
完結済みとはいえ、応募しておいて更新しないのはどうかなと思ったので、投稿します。
九章最終話のちょっと前の話しです。
入りきらなかった設定語りぽい内容で、興味ないかたは申し訳ありません。
詳しくは活動報告にしますが、諸事情によりちょっと書ける環境にあるのでもう一話ぐらい更新するかもしれません。
読んでいただけたら嬉しいです。
案内の騎士の後に付きゆっくりと階段を降りて行くと、身体にまとわりつく空気がじっとりと重くなっていくのを感じた。
罪人を一時的に拘束する地下牢は予想外に綺麗な施設だったが、場所が地下にあるためか空気澱んでいる。
オレが本来なら縁のないはずの地下牢に来るはめになったのは、勿論理由がある。
現在の上司であるガレルド監視院長に取り調べの手伝いをするよう命令されたのだ。
先日捕縛したインバシオン国王暗殺未遂の犯人である剣士が、オレに会わせろとごねているらしい。
罪人の要求なんぞに答える義理は無いのだが、その要求以外はまるで口がきけないかのごとくだんまりを通しており、調べが全く進んでいない状態が続いている。
そんな現状にインバシオン側は痺れを切らして、アーリリア教のやり方は生ぬるい、即刻罪人を引き渡せと騒いでいるそうだ。
そんな訳で、大陸一の権勢を誇るインバシオンの言動を疎かにすることも出来ず、なりふり構っていられなくなり、現在罪人の取り調べを行っている剣術院からオレが所属する監視院に要請が来たと言うわけだ。
引き渡せばその罪人がどんな末路を辿るかは明白で、せっかく身柄をアーリリア教に預けさせた意味がなくなる。
オレがそこまでする義理も暇も無いのだが、殺されるのを分かっていて引き渡すのは色々都合悪いので、なんとか時間を作ってここまで足を運んでやったと言うわけだ。
階段を下りきり、幾つもの厳重な扉と監視役である騎士らの視線をくぐった奥の部屋に入ると先を歩いていた騎士は振り返り、尊大な態度でオレに声を掛ける。
「罪人はこの扉の向こうだ。お前と二人きりでないと話さんと主張している。一人で入れ」
あごで扉を示すと、四十代と思わしき騎士は部屋の隅に置かれている簡素な椅子にどかりと座った。
不機嫌な理由は分かるけど、オレのことが面白くない気持ちも分かるけど、その態度は無いよね! いくら温厚なオレでもちょっとイラッときたぞ。
元々オレは、友人や若手の剣術師など一部を除いて剣術院の人間にすこぶる嫌われている。
それはそうだろう、剣術院どころかその学び舎に所属したこともなく、剣術の練習もろくにしていないのに試験だけ受けて黄金のメダルを取得したのだ、日々技の研鑽に心血を注いでいる人間にとって面白い訳がないだろう。
その上ごり押しでメダルが白金に上げられ、剣術院からのあたりが更に厳しくなってしまった。
先ほどすれ違った剣術院所属の騎士らの視線の厳しいこと厳しいこと。心情は分かると理解しながらも、釈然と出来ない気持ちを抱えてオレは指示された扉を開き、くぐった。
頑丈な扉を静かに閉め振り替えると、鉄格子の向こうにいた男が寝台から立ち上がり、口を開く。
「アルツ=ウィルニゲスオーク、ようやく来たか」
先日会った時より幾分髪とひげが伸びたその男は、三十代ほどの外見にそぐわない無邪気な笑みをオレに投げ掛けると、一転表情を消し矢継ぎ早に言葉を続けた。
「耳も目もある。結界を張れ」
オレは渋い顔を作り首を振った。
「魔術を封じる結界が張られている。ここで結界を張ることは出来ない」
「あの時みたいに魔術封じの結界をやぶれば良い」
オレは更に顔をしかめ、男を睨み付ける。
「そんなことをしたら、オレが捕まる。出来るわけがないだろう」
「ならば無詠唱で結界を張れば良い。魔術封じの結界は詠唱を封じるだけで、魔力を封じている訳じゃない。おまえには何の障害にもならんだろう」
なんでもないように、とんでもないことを暴露しやがった男を思わず作り顔でなく本当に睨み付けたが、男は平然と急に騒がしくなった扉の向こうを一瞥し、再び言葉を発した。
「早くしろ、二度手間にはしたくないだろう」
オレはチッと舌打ちをし強固な結界を無詠唱で張ると、男に盛大に噛みついてやった。
「捕まえられた腹いせか! インバシオンの連中にまでばれちまったじゃねえか」
無詠唱魔術に魔術封じの結界がきかないことは、白金の魔術師の間でも無詠唱魔術が使える数人しか知らない。魔術院でも極秘の機密事項なのだ。
「だから俺が最初に言った時に、魔術封じの結界をやぶれば良かったんだ。気を使って言ってやったのに……」
「使ってねえ! 全然全くお前は気なんて使ってねえ! 第一なんでそのことを知ってるんだ、インバシオンだって気付いていないことだぞ」
男は首をすくめ、オレの質問に答えた。
「兇手の中では常識だ。魔術の知識については教都の魔術院を上回る所はないだろうが、魔力について魔術院も知らないことは少なくない」
男の言葉にオレは唇をなめ、慎重に言葉を選ぶ。
「お前が兇手の人間であることを認めるんだな」
男は軽く笑って頷く。
「今さら隠すことは何もない。仕事を失敗した時点で兇手にとって俺は不要なものになったし、俺も兇手に対してなんの忠義もない」
「なら、どうして取り調べでだんまりを通した。そこまでしてオレに会う理由はなんだ」
オレの質問に、男は再び無邪気な笑みを浮かべた。
「あんたにもう一回会いたくて」
「……気色悪いことをいうな」
オレが心底嫌そうな顔をすると、男は声を上げ幼子のように笑う。
「もちろんそれだけじゃない。喋りたくても詳しいことは何も話せないよう兇手の呪術者に呪を掛けられているんだ。それをあんたに解いてもらいたい。詳細は呪のせいで説明出来ないが、呪を掛けた呪術者より魔力が強い者じゃなければ解くことは不可能だ。掛けたのは兇手の一番の呪術者だ、そんな人間あんたしかいない」
魔術院の他の白金より強い魔力を持つ人間が兇手にいることに驚きを覚えたが、オレは冷静を装い男に質問した。
「――具体的にオレは何をすれば良いんだ? 呪術なんぞ、オレはひと欠片だって知らんぞ」
すると男は金属製の手錠で縛られた両手を鉄格子の向こうで掲げた。
「どちらかの手を貸してくれ、解術の方法は俺が知っている」
オレが躊躇すると、男は促すように手を更に伸ばす。
「罠じゃない。俺にあんたをどうこう出来る力はない。俺とあんたじゃ力量が違いすぎる」
男の言葉を鵜呑みにしたわけではないが、ここまできて何もしないで帰るのはしゃくにさわる。
オレは警戒をしながら、左手を鉄格子の隙間を通し男に差し出した。
男がオレの手を拘束された両手で掴むと、次の瞬間人差し指の腹がスパッと何かで切られ、赤い血が盛り上がった。
そして男が血の出る指先をぱくりとくわえる。
「なっ、なにするんだこの変態!!」
オレはあわてて手を引っ込め男に怒鳴り付けるが、男が苦悶の表情でうずくまる様子にいっときの怒りを忘れた。
先ほどの変態行為をひとまず押しやって、オレは男の横に膝まづき、男の様子を診る。
男は床に垂らすほどの脂汗を全身にびっしりかき身体をぶるぶると震わせていたが、オレが容態を診ようと肩に手を掛けると、「だいじょうぶだ」と声を絞りだして手が届かない牢屋の奥にごろりと転がった。
鉄格子を切れないことはないが、先ほどに比べ楽そうになった男の状態にオレが様子をみていると、男はふうっと大きく息を吐いてよろめきながら立ち上がった。
「大丈夫か? 無理に立つことはない。横になっていろ」
オレがそう声を掛けると男は首を振り、くいっと口角を上げた。
「問題ない。呪は無事上掛けされた」
――――上掛け? なんだか引っ掛かる言葉に、オレの顔がひきつる。
「う、上掛けとはどういう意味だ?」
「言葉の通りだ。呪術者の命には決して逆らえない呪だ。俺は呪術者から、今回3つの命を受けていた。
インバシオン国王を殺すこと、兇手に関わるすべてを秘匿すること、失敗した際は己の首を落とすこと。
呪を解呪する方法は2つ。呪術者自ら呪を解くか、呪術者より魔力の強い者の血を用いて呪を上掛けするか」
オレはごくりとつばをのみ込み、しゃがれた声を絞り出す。
「……と、いうことは」
「おまえが俺の新しい飼い主だ。なんでも命じてくれ、お前の命じるまま俺は動く」
男が満面の笑顔を浮かべ答えた内容に、オレは気が遠くなる。
なんなんだこの面倒事は! オレがなんか悪いことした?
めまいを覚え、目の前の鉄格子に寄りかかると男はオレの指先を見て顔をしかめる。
「……悪かった。あんたに傷をつけるのは本意じゃなかったんだが」
どうやら本気で反省している様子にオレはため息をひとつ付くと首を振った。
「もう血も止まっているような傷なんて気にしなくて構わない。それより幾つか質問しても良いか?」
「もちろん、なんでも聞いてくれ。飼い主に嘘をつくことは出来ない。俺が知っていることはすべて答えよう」
『飼い主』という言葉に心がどんより沈むが、気を取り直してオレは口を開いた。
「指のこの傷はどうやって付けたんだ? 武器を使ったようにも魔術を使ったようにも見えなかったが、呪術とかなのか?」
突然スパッと切れたように見えた。
「魔力で切った。俺は魔力を使って大概のものは切ることが出来るんだ」
あっさり答える男に、オレは心底驚く。オレの力と似たようなものなのだろうか。
「あの剣は見せかけか?」
それなら、あれだけの人数を切って刃こぼれしなかったのも頷ける。
男が所持していた剣が名刀などではなく、ごくありふれたものだったことに一同首を捻っていたのだ。
「本当は刀が無くても切れるんだが、刀を使った方が力が使いやすい。
あんたも俺と似たような力があるから分かるだろう」
男の続く言葉にオレはいっとき息を止める。が、なんとか怪訝な顔を作りとぼけた。
「オレにそんな力はない。何を根拠にそう思ったのかは知らないが」
男は肩をすくめて「心配しなくていい」と答える。
「あんたが他言するなと命じてくれれば、俺は何も話せないよ。
俺の刀は軟膏にまみれたぐらいじゃ切れ味に違いはないんだ。なのにあの時あんたの剣を斬ることは出来なかった。どういうことなのか、わかるだろ」
「…………それがなんであろうと、この件は他言無用だ」
「承知した」
世の中にはまだまだ自分の知らないことが山のようにありそうだ。
あまり長い時間結界に籠るのも不味いので、オレは色々複雑な己の心情は置いて、質問を続ける。
「さっきの話の通りだと、国王暗殺に失敗した時点でお前は自決していたはずだが」
「俺も呪術にそれほど詳しいわけではないからはっきりと分からないが、あんたが俺に繋縛の魔術を掛けたことで呪にほころびが出来たようだ。本来なら拘束された時点で俺は死んでいたはずだし、兇手の話だって出来なかった。
だが呪が解かれたわけではないから、何時死んでもおかしくなかったんだ。あんたが来てくれて助かったよ。こんな生業をしているが、死にたくはないからな。あんたの血なら呪が解けると思ってたんだ」
嬉しそうに笑う男を見て、最後の言葉にふと嫌な推測が浮かぶ。
「まさか、オレが診察する日を狙って襲撃したのか?」
男はさらに笑みを深め頷いた。
「どうせ飼われるなら自分より強い飼い主が良い。あの呪術者に使われるのは、嫌気がさしてたんだ。呪術の力はあるが、あの男は俺より弱いから」
ニコニコと笑う男を眺めながら、オレはため息を禁じ得なかった。
すっかりこいつにはめられたらしい。
男はオレが気落ちする姿を見ると顔を引き締め、言葉を続けた。
「俺はお前の役に立つ。あんたが表立って出来ないことを引き受けよう。そういうことは得意だから。
望むならインバシオンの国王も殺す」
オレは慎重に考えながら、男の言葉に答える。
「国王は殺せないと聞いたが」
「すべてを跳ね返すインバシオンの呪術のことなら、解呪方法を見つけている。見つかったから、今回の襲撃が決まったんだ。
――――あんたが国王を殺したいと思ってることは知っている。あんたが望めば、あんたに泥を被せることなく俺は国王を殺せる」
オレは目を伏せ、自分の胸に去来するものが鎮まるのを待ってから口を開く。
「国王が死ぬことを、オレは望んでいない。今あの男が死ねば大陸中で大きな戦が起こるだろう。そんなことオレは望まない」
戦争が起これば多くの人間が死ぬ。そんな事態になったら、シアが哀しむ。シアが哀しむことをオレは決して望まない。
だから殺したいほど憎くとも、オレはあの男の死を望まない。
自分に言い聞かせるようにオレは何度も心の中でつぶやき、自分の中のあの男を殺したいという気持ちを凍りつかせた。 気持ちを消す必要はない。いつか問題が解決するその時まで凍らせておくだけだ。
ならば、この男を飼う意味はあるだろう。
それにシアを守っていく上で、きれいごとだけでやっていけるとは思っていない。
オレが表に出ることなく処する手が増えるのは、歓迎出来ないこともない。
問題はオレとこいつの繋がりが今回出来たことだ。
「これからどうするつもりだ」
「もちろん逃げる」
オレが目を細めて見つめると、男は肩をすくめて答えた。
「もちろんあんたやアーリリア教に迷惑は掛けない。インバシオンの奴らの取り調べの時に逃げる。適当に大怪我させられたふりして、後で替わりの死体でも残しとくよ。
俺が死んだことになればあんたとの繋がりも表立っては切れたことになる」
『表立って』という言葉に引っ掛かりを覚える
「完全には誤魔化せないってことか」
男は少し苦い表情になり、首を振った。
「兇手やインバシオンを完全に誤魔化すことは無理だ。だが証拠は絶対残さないから、このことであんたが糾弾されるような事態にはならない。そこまで無能じゃないから、安心してくれ」
男は胸を張って主張するが、それをそのまま信じることは出来ない。
「悪いがすぐには信用出来ない」
「どうすれば信用出来る?」
男は即座に返す。
「――少なくとも4年間はオレに接触するな。その間にオレがお前を飼うことで受ける可能性がある面倒事をすべてなくせ。お前を飼う利は受けても良いが、面倒事を引き受ける気はない。オレの飼い犬になりたいと言うのなら、それぐらいはしてもらおう」
オレの言葉に、男は渋面を作る。
「兇手を潰せと言っているのか?」
やっぱりお前を飼ったら、その辺りと面倒な事になるんだな。
オレは内心うんざりした。しかし表面上は冷徹な態度を崩さず言い切る。
「出来ないのなら、消えろ。面倒事しかもたらさないお前なんぞ用はない」
男は唇を噛みしばし考え込むが、決心したように小さく頷く。
「分かった。あんたに面倒は決してもたらさない。出来なかった時、俺は――消える、あんたの命に従って」
ぐっとあごを引き、男は誓いを立てるように右手の拳を左胸に押し当てた。
「良いだろう。すべての面倒事からオレを守ったと認められたら、4年後お前を飼ってやる」
オレが傲岸な態度で承諾すると、男はホッと表情を緩める。
そんな様子の男にオレは最後の質問をした。
「お前の名前を教えろ」
通りすがりの奴なら名など知る必要はないが、こういう事態になったのなら必要だ。
そう思っての質問に、男はあっさり「名前はない」と笑って返答した。
「兇手の人間はそれぞれ個々の情報を漏らさないために、永続的に識別する為の名称はない。通り名のようなものはあるが、その時々で変わる」
――――なんだか、本当に厄介そうな団体だ。
オレがげっそりした気分になっていると、男はやけに嬉しそうに言葉を継いだ。
「だから、あんたが名前を付けてくれ」
飼い犬の名付けをしろってか? 自分より年が上のおっさんの。楽しくねえな、全くもって楽しくねえ。
楽しくはないが、飼うなら飼い主の義務か……仕方がない。
「分かった、何か考えておく。ただし、付けてやるのは約束の4年後だ。お前が前の飼い主とけりをつけてからだ」
「――――分かった」
男は少し面白くない顔をしたが、しぶしぶ頷く。
当たり前だ、それぐらいしてもらわなけりゃ割りにあわない。
なにしろオレは、今からこの事態をインバシオンと剣術院の連中に上手く誤魔化して説明しなくてはいけないのだ。
くっそ~! なんて言って誤魔化しゃいいんだよ。ちくしょう!
やけに機嫌が良い男を横目でにらみながら、オレは山ほどの面倒事を思い大きなため息をついた。




