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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
こぼれ話
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恋文3

 オルキデーアは己の目の前で暗く沈み込む弟子を見つめ、深くため息をついた。


 オルキデーアのたった一人の弟子であり、たった一人のひ孫でもあるアルトレーシアは、念願の薬術師のメダルを取得出来たというのに、薬術の研究にも精彩を欠き、日に日にその意欲を減らしている。


 それらすべての原因があの詐欺師にあるかと思うと、レーシアをあんな男に預けてしまった過去の自分が腹立たしくて堪らなかった。


 しかし、あの時はあれが最善だと思ったのだ。


 レーシアは悪いことが重なり、たった一人あの奥神殿で育つことになってしまった。

 なんとかしてやりたいと思っても、守護騎士の刻印がなく、奥神殿に入れないオルキデーアに出来ることと言えば、同じ守護騎士でレーシアの祖父にあたるダリアの説得をすることぐらいだった。

 それも「同じように逃げている貴方に言われたくはない」と返されれば返答のしようもなく、強く言うことは難しかった。



 ――この手首に刻印さえあれば。

 オルキデーアは今さら考えても仕様がないと分かっていたが、それでもそう思わずにはいられなかった。

 刻印が消えるようなことなければ今頃自分は生きていなかったのだから、本当に考えても仕様がない。


 オルキデーアは昔自分の妻、かつて癒しの巫女であったアルトルーシェの蘇生の術で命を救われていた。そのため、本来なら一生消えないはずの守護騎士の刻印がその身にないのだ。


 オルキデーアの病に気がついたのはルーシェだった、その病がなすすべ無いほど進行していたことにも。


 20歳をとうに過ぎていたルーシェが蘇生の術を行えたことや、本来なら奥神殿から出る際に必ず検められる刻印の確認がなかったことも、不可思議であったが正直オルキデーアにとってはどうでも良かった。


 不本意ながらもルーシェに助けられた命を自分とルーシェの子ども達の為に使おう、そう思って生きてきた。



 にもかかわらず、孫のアルトレージュが妻のルーシェと同じように病に掛かった自分の守護騎士のリュインを助けるために早世した時は、己の力のなさを痛感した。



 オルキデーアはずっと守護騎士の候補に、巫女の血が入っていない者を推すよう働きかけていたのだ。



 歴代の守護騎士は皆、血の濃さはさまざまだがすべて巫女の血縁者やなんらかの血縁関係があるものが選ばれていた。

 巫女を守る掟により、4親等以内の血縁者からの選定はされなかったが、オルキデーアも巫女の血縁者を祖とする名家の出身で、アルトアージェの守護騎士のダリアや、レージュの守護騎士のリュインもしかりである。


 血が濃くなれば、それだけ身体に障害がある者が生まれやすくなる。オルキデーアやリュインが若くして重い病に掛かったことも無関係では無いだろう。

 また、血が絶える可能性もはらんでいる。現在レーシアの4親等以内の血縁者はダリアとアルトサージュのみである。白金の徒もナスカ1人しかいない。

 レーシアの孤独は巡り合わせの悪さだけでなく、これまで神殿が選んできた守護騎士の選定に問題の一因があるのは明らかなのだ。




 だからあの詐欺師、アルツ=ウィルニゲスオークがレーシアの保護者として現れた時に、オルキデーアは諸手を上げて賛成したのだ。守護騎士候補として相応しいと。


 アルツ本人は、あの当時はそんなつもりがないのは見て取れた。まあ、その時のレーシアはまだ12歳だったのだから、そんなつもりがあったらオルキデーアは断固阻止していただろう。


 しかしアルツの後ろ盾を表明していたナスカは聞かずともアルツを守護騎士候補として考えていただろうし、レーシア本人の気持ちがあの男にあることもすぐ分かった。


 だから巫女の血は一滴も混じっておらず、能力的には文句のつけようがないほど優秀なあの男を、神殿が選んだ守護騎士候補のナスカが自分のかわりにと選んだのだとオルキデーアは納得し、己もその後押しをしようと思い協力したのだ。



 それなのに…………、オルキデーアは再び深いため息を吐き、目の前のレーシアを眺めた。

 ――――あの詐欺師に担がれただけだったとは。



 事情が分かった今としては、2人の仲など認めたくは無い。しかし、レーシアの心はとっくにあの詐欺師のものなってしまっているのだ。


 今も自分の為に旅立った男の安否を心配し、深く沈み込んだいる。連絡をとることも禁じられ、時折ナスカからそっけなく生存していることのみを伝えられ涙を浮かべ安堵している姿を見て、オルキデーアは苦々しく思う一方で、どうにかして気持ちを持ち直して欲しいとも思うのだ。



 だから、オルキデーアは先日知り合いの神官から知らされた事実をレーシアに伝えようと思う。

 大変不本意極まりないのだが、それでレーシアが少しでも元気がなるのならば、己のくだらない気持ちなどどうでも良いだろう。





 毎月アーリリア教では、寄付をした者の名の目録が作られ、決められた場所に納められる。大陸中の人間の些細な額の寄付金さえ載せられる目録で、その量は膨大だ。


 半年ほど前から、その中に『シアルフィーラ』という名が書き記されるようになった。


 納められた場所も、その額もさまざまだ。そして、年齢や性別もバラバラだった。ただ、『シアルフィーラ』という名だけまるで何かの記号のようにぽつりぽつりと目録に点在している。


 『シアルフィーラ』という名の弟子を持つオルキデーアに、目録を作る担当の神官がこの少し不可解な出来事の相談を持ってきた時、オルキデーアはすぐにあの詐欺師の仕業であることが分かった。



 あの医術師のメダルを持つあの男は、恐らく行く先々で病や怪我の人間を治療しているのだろう。そして治療費は教会に寄付して欲しいと伝えたのだろう、『シアルフィーラ』という名前を使って。



 連絡を禁じられたから、こんなひどく遠回りな手段を使ったのだろうが、あの男はこの事が必ずレーシアに届くとは思っていない気がした。

 事実オルキデーアが口をつぐめばレーシアが知ることはまず無いだろう。例えナスカがこのことを知ってもレーシアに伝えるとは到底思えない。


 こんな不確実で自己満足とさえ思えるこの行動が、あの詐欺師なりの想いの表れなら、悪くはないとオルキデーアは思う。


 なので今日はもう、進みそうも無い薬学の研究は仕舞いにして、レーシアに寄付の目録を見せてやろうと思うのだ。




 レーシアは少しは元気になってくれるだろうか、遠く離れた恋人からのささやかで密やかな恋文を見て。




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