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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
こぼれ話
94/99

恋文1

こぼれ話を書いたので、のせます。よろしければどうぞ。


九章の半年ほど後、アルツが監視官として旅をしている時のお話です。

 じっとりとした生ぬるい風が夕闇が深くなった森の中、ダルバの頬をかすめていく。

 ダルバは息を殺して、木の上から飛び降りる間をはかっていた。


 足下では一人の若い男が馬に跨がり、寂れた山道に沿ってこちらに向かってくるのが目に映る。次の村まであと四半刻といった距離だ。日が暮れる前に着きたいのだろう、少し急いているように見えた。


 その時ダルバの目の前がぐらりと揺れ、思わず舌打ちをする。先ほどからめまいが度々襲い、ダルバの視界をぶれさせるのだ。

 これから獲物を狙うのに、このざまでは仲間にみっともない所をさらすはめになりそうで、思わず奥歯を噛みしめた。



 今日は朝から全くついていなかった。

 ウサギや鳥を狩ろうと森に入ったのに狼の群れに行き会ってしまい、逃げた際崖から落ちてしまったのだ。幸い腰と背中を打ったぐらいで大きな怪我は無かったのだが、強く打ったためか背中と腰は腫れ上がり、血尿も止まらない。そして、少し前からはめまいや立ちくらみも出てきて、体調は最悪だ。

 本当なら今日1日はふて寝を決め込みたい所なのだが、年下の仲間2人に村の治療所に行ったらどうかと心配され、つい意地を張って今日も旅人狩りをするぞと息巻いてしまった。


 どんどん体調は悪くる一方で、今更ながら狩りに出たことを後悔するが、ここまで来てやっぱり止めたは出来ない。ダルバは覚悟を決め、頭を一振りすると眼下を行く旅人の馬尻を目掛け飛び降りた。






 腹に何かひやりとした液体を掛けられ、ダルバははっと目を開け、身を起こそうとした。が、まぶたが開いただけで、身体はぴくりとも動かない。


「あ、起きた? 繋縛けいばくの魔術を掛けてるから、身体は動けないよ」


 何事かと息を詰めたダルバに、呑気そうな男の声が降ってきた。目を上げると、茶髪の若い男がにこやかに笑いながら、たったいまダルバに掛けたらしき液体の入った瓶を傍らの棚に閉まっている。


「お、お前はなんだ! 俺に何をした?」


 ダルバがどもりながら叫ぶと、男は首を傾げ両手を腰にやった。


「覚えてない? 君が襲おうとした旅の人間だよ。人の馬に飛び乗ろうとしたのを避けたら、転んで気を失ったんだ」


 あまりに情けない顛末にダルバは顔どころか体中が赤くなる気がした。何も言い返せず口をパクパクさせていると、男は朗らかそうに微笑み、更に言葉を続ける。


「君が失神してすぐ他の仲間2人が助けに来てね。あっ、君なかなか人望あるんだね」

「――あいつらはどうした」


 ダルバが睨み付けながら問うが、男は態度を変えず答えた。


「その2人はおれが捕まえて縛り付け、森に置いて来た」

「あの森は狼や猪が出るんだぞ!」


 ダルバが興奮して声を荒げるが、男は「大丈夫だよ」と肩をすくめた。


「その辺はちゃんと考えてるって。今頃オレの連れが迎えに行ってるよ。こっちも馬1頭だから君しか連れてこられない、彼らもちゃんと置いてかれることを了承してくれた。人のことより君は自分のことを心配しとけ」

「……どういうことだ」

「そのまんまの意味。今朝、崖から落ちて腰と背中を強く打ったんだって」


 あいつら――憎々しげに舌打ちをすると、男は「オレが無理矢理聞き出したんだ」と返す。


「倒れた時の様子がおかしかったからね、悪いけど勝手に診せてもらった。――内臓の損傷、血尿が出てることを考えると腎臓損傷の可能性が高いだろう。幸い骨折はしていないようだが、血圧が異常に低い。体内で出血している場合命の危険もある。だから、ちょっと開けて診せてもらうね」


 男はそう言うと、にっこり笑った。


「………………何を開けるんだ」


 ダルバが恐る恐る聞くと、男は更に笑みを深くする。


「君の腹を」


 男は笑顔のまま、傍らにあった机から大小様々のメスが並んだケースを掲げて見せる。きらりと光るそれらを眺め、ダルバは背筋が凍るのを感じた。


「ざ、ざけんな! そんなあやふやな診断で人の腹を勝手に開くな! 第一お前、そんな芸当出来るのかよ!」

「ああ、悪かったね、自己紹介が遅れた。オレは白金の医術師 アルツ。ちゃんとメダルを所持している医術師だよ。設備が整ってる医術院なら、もうちょっと色々調べれるんだけど、ここだとこれ以上は分からないんだ」

「こんな施設で申し訳ないね」


 声とともに、黒髪の30代と思わしき男が部屋に入ってきた。茶髪の若い男、アルツは悪びれる様子も無くそれに答える。


「失礼しました、エールさん。しかし、この規模の治療所ではかなり設備が整っている方ですよ。おかげで彼の手術は問題なく出来そうです」


 エールと呼ばれた黒髪の男は苦笑しながら、紙袋をアルツに手渡す。


「白金の君にそう言われるなら安心だ。手術着は僕のになるからすこし小さいだろうけど、我慢してくれ」

「ありがとうございます。さすがにこれは持ち歩いていなかったので、助かります」


 アルツはそう礼を言うと、両手を念入りに洗い準備を始めた。


「ほ、本当に腹を切るのかよ……」


 その会話を黙って聞いていたダルバは怖じ気づいたようにつぶやく。アルツは顔だけ振り返り、気安く返した。


「大丈夫、大丈夫。オレ切るのも縫うのも上手いから、傷跡もほとんど残らず出来るよ」

「何がどう大丈夫なんだ! 傷跡の心配なんかしてねえ」

「あんまり興奮すると出血がひどくなるよ、輸血出来る血液そんなに余裕ないから、大人しくしとけ」


 眉をひそめながらアルツが言うので、ダルバは思わず言葉を飲み込む。エールもアルツを擁護するように言葉を重ねた。


「彼の言うとおり、悪いがここでは開腹して状態を確認するしか手段は無いんだ。彼は教都の医術院でも評判の名医だ、君は運が良いよ」


 本当に運が良いのだろうか。ダルバはどうしても素直にその言葉を受け取ることが出来なかった。

 思い悩むダルバを置き去りにして2人は準備を進め、手術着とマスクを着用した状態で近づいた。


「じゃあ、さくっと切るか。エールさん、よろしくお願いします」

「こちらこそ。君の助手が出来るなんて光栄だよ」


 アルツだけでなく、落ち着いた雰囲気のエールまで、ワクワクした様子で笑っている。ダルバはまな板の上の鯉よろしく、指一本動かせない状態で息を詰めた。

 そして、アルツの手に握られたメスがダルバの腹に当てられ…………



「いっってえええ!!」


 ダルバは絶叫した。


「いてえ! いてえ! いてえ! 麻酔きいてねえぞ、このヤブ!!」


 ダルバが一息で罵るが、アルツは何でも無いように答える。


「そりゃあ、麻酔してないから痛いのは当然だ」

「麻酔せずに手術なんて聞いたことがないぞ! ここは麻酔も無いのか」

「失礼だなあ、勿論麻酔はあるよ。わざと麻酔してないんだ」

「なんで!」

「えっ……。懲罰的な感じで?」

「なんだよ、そりゃあ。――!! いでええ! 続けるな、止めろ!」


 ダルバの抗議などどこ吹く風といったように、アルツは手術を続け、飄々と答えた。


「君はこのあたりの旅人ばかりを狙う夜盗だろ、たまには刃物で切られる痛みを知るべきだと思うね」

「い、意味わかんね…………ぐっ」


 あまりの激痛に息を詰めるダルバに、アルツは朗らかに笑いかけ天井を指さした。


「気を紛らわせるものが欲しいだろ、上見てごらん」


 言葉の通り、アルツの指さす方を見ると、天井になぜか大きな鏡が取り付けられ、ダルバの腹部が映っていた。――すでにメスが入り、血まみれの腹部が。


「いつの間にあんなものを……」


 エールが少し呆れたような口調で天井に付けられた鏡を見上げている所を見ると、あんな鏡は元々無く、アルツがわざわざ付けたものらしい。


「待っている間暇だったので。彼も楽しいかなと」

「楽しい訳がねぇ! っっいだだだだあ!」

「あんまり叫ぶと、腹筋に力が入って余計痛いよ。今から腹筋切断するし」


 親切ごかしに注意をするアルツを、ダルバは歯ぎしりしながら睨み付けた。



 ――――絶対、絶対この借りは何倍にして返してやる!



 ダルバはその言葉を心の中で何度も叫びながら、長い長い手術を過ごすことになった。



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