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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第十章 首都 オラージュ
93/99

10-15

 結局後の処理はクロトとポルテに任せて、翌日早朝にオラージュを出立することになった。


「じゃあ、後始末が終わったらあたしたちはいったんサージュ様のところに戻って、サージュ様が教都に上がる際に一緒に行くから」

「変な噂話はフィーリア殿下と一緒にぼくたちが責任を持って、消しておくよ」

「分かった、頼む。お前達はしっかりしごかれて来いよ。サージュ様によろしくな」


 馬車まで見送りに来たクロトとポルテに、オレは軽く挨拶する。どうせそう遠くなく再会出来るのだ、今生の別れだと思っていた半年前の感慨はない。にも関わらず……


「ポルテさん、クロトさん。気をつけて下さいね、ここにお二人を残すのはやはり危険が伴うのではありませんか?」


 シアは深刻そうな顔で、ポルテとクロトの手を取ってオレに訴えた。そんな様子のシアをポルテとクロトは面映ゆそうに笑う。


「シア、心配しすぎ。あたしらに何かしても、この国はなんのメリットもないよ。それに、今回のアルツ毒殺事件で、インバシオンはアーリリア教に大きな負い目が出来たわ。これ以上何もしてこないわよ」

「――ポルテ、アルツ死んでないから未遂事件だと言ってあげて。

 そうだよ、シアさん。何の心配も無いから安心して教都でアルツと待っててね」

「で、でも……」

「はい、乗った乗った! のんびりしてたら、次の街に着くのが遅くなっちゃうわよ」


 ポルテはそういって、シアの向きを変えるとそのまま背中を押して、馬車に乗せる。


 オレたちが今まで乗っていた二人乗りの馬車ではなく、屋根が付いた四人乗りの立派な馬車だ。控えめながら品の良い装飾とアーリリア教の紋章が施された巫女の血縁者が乗るために作られたものである。

 馬車にはすでにエレヴィとナスカが座っており、シアに続いてオレも乗り込むと即座にクロトとポルテは外から閉めて、にっこり笑って手を振る。そのまま馬車は動きだし、オレたちはさんざんな目にあったインバシオンの城をあとにした。



「そうだ、守護騎士の刻印消えたんだけど、どうしたらいい?」


 オラージュを出て、街道を次の街に向けひた走っている馬車の中で、オレは心配事を持ち出す。巫女の退任式の際、守護騎士に任命された証として左手首に焼き印を押されたのだが、それが昨日の『蘇生の術』ですっかり消えてしまったのだ。

 もともと傷の治りが早かったのでほぼ完治しており、消えてしまうのではとヒヤヒヤしていたのだが、それも跡形もなく消え失せた。この刻印は奥神殿に守護騎士として出入りする時、必ず確認される。『蘇生の術』を掛けられたので、消えちゃいましたと報告すれば、オレは即座に牢獄行きだろう。


「もう一度私が焼き印を付けて差し上げましょうか?」


 オレの肩で、眠っているように目をつぶっていたレーヴァンは、笑いを含んだ声で答える。コイツはあれから起きているほとんどの時間をオレの肩の上で過ごすようになった。共に居ることを了承したが、ここまでベッタリされるとは……。友人と言うより、ペットを得た気分だ。鴉のペットにひどく違和感があるが。


「それはいいな。印の持ち出しは私に任せろ」


 ナスカまで悪のりするので、うんざりした気分になる。サージュ様の件でからかったことをまだ根に持っているのか?

 


 オレの希望で、ナスカにも結局すべての事情を話したのは、少しでも味方が欲しかったからだ。

 話をすべて聞いたナスカはしばらく怒りにうち震えていたが、結局エレヴィやレーヴァンに一言もなかった。ナスカが二人に逆らえないのは本当らしい。

 何も聞いてはいないが、25年前のサージュ様の件が関係しているようだ。ナスカは実は一途な男だったのか。


「何度付けようとも消えると分かって言ってるんだろうが、悪趣味め」

「そうですよ、アルツにそんな辛い目にあわせることなんて出来ません」


 オレの言葉にシアは真面目な顔で同意する。レーヴァンはクスクス笑い声を上げながら、悪びれる様子もなく謝った。


「申し訳ございません、巫女様。少しおふざけが過ぎました。私の力で刻印があるように見せかけることが出来ますので、ご安心ください」

「見破られることはないのか?」


 そうしたことをまやかしの魔術ですることも考えたが、奥神殿での確認作業で魔術だとばれる可能性があるので却下したのだ。


「大丈夫です。私の力は魔力ではありませんので、誰にも看破されることはありません」


 レーヴァンの断言にオレはほっと胸をなで下ろす。心配事がなくなると、教都に帰ってからのシアとのラブラブ新婚生活への期待に自然と頬が緩むが、そんなオレにレーヴァンは無情な事実を突きつけた。


「アルツ、貴方は教都に帰ったらすぐ再び旅に出て頂くことになっていますよ」

「なっ! どういうことだ? ってか、お前やっぱり人の心読んでないか?」

「読まなくとも表情にすべて出ています。貴方はもう少し表情をおさえる訓練をすべきですね」


 無表情を責められた子ども時代が懐かしいよ。ぐうの音も出ないオレに、エレヴィは事情を説明する。


「実は非常事態が起こってね。そのこともあって今回僕たちが迎えに来たんだよ」

「――どんな面倒が起こったって言うんだ?」


 とてつもなく嫌な予感がする。出来たら聞かずに済ませたいぐらいだが、駄目に違いないからオレは話を促した。


「10日ほど前にルスキニアから……、僕が生まれ育った別大陸の国の王族が海を渡ってやってきたんだ。つまり癒やしの巫女らの遠い血族になる人間だ」

「はあ? なんでまたそんな人間がわざわざ海を渡って来るんだ? 海流の関係で、大陸間の往来は無理なんだろう、そんな王族が危険を冒してまで何しに来たんだ?」


 別大陸との間には航行が非常に難しい海域があり、幾多の船が沈められてきた。現在はそんな危険を押してまで別大陸に行くメリットはないとされ、挑戦する者もほとんど居ない。そんな海を渡ってやってきたことも、アーリリア教の巫女が神聖視される理由の一つになっている。


「渡ってきた王族はルスキニアの第二皇子なのだが、姉姫が遡行病に冒されているそうで、それを助けて欲しいと要求してきた」


 遡行病――発病すると年齢が逆行していき、若返っていく。最後には生まれたばかりの赤ん坊のようになって、死んでしまう奇病だ。病の進行は加齢とほとんど変わらず、たとえば20歳で発病すると、死ぬまで20年掛かる。薬で進行を遅らせることは出来ても完治する療法はまだ見つかっていないので、治すには『癒やしの術』ではなく『蘇生の術』ではなくては駄目だろう。


「シアに『蘇生の術』をしろと言うのか? オレは反対だ、これ以上シアに負担を掛けさせるなんて絶対に許せない」


 オレがエレヴィを睨み付けながら言い切ると、レーヴァンがエレヴィの言葉を継いだ。


「私たちも巫女様にこれ以上術を使って頂きたくありません。しかし、その皇子は脅迫してきたのですよ、『巫女に永遠の命を与える力があることを、こちらの大陸の人間にもばらす』と」

「皇子はすべての事情を知っているのか?」

「ルスキニアでは、最初の王女は神格化され、その力は神話になって広く知られていますが、王女の娘が生きて別大陸に移ったことなど誰も知らないことなのです。しかし、皇子は当時の文献を調べ、乳母の娘が王女の娘である可能性を思いつき、王女と同じ力を持った人間の子孫がこちらの大陸にいるかもしれないと、一か八かでこの大陸まで渡ってきたそうです」

「一か八か過ぎやしないか? 千年前の話なんだろ、可能性なんてほとんどゼロじゃないか」

「恐らく、皇子は死ぬ覚悟で船に乗ったのだと思います。なにやら事情がありそうなので」

「そいつは本当にルスキニアの皇子なのか? 本人の身元が胡散臭ければ、何を言っても誰も信じないだろう」


 オレの言葉にエレヴィとナスカは力なく首を振る。


「皇子の髪の色が白金なんだ。神殿の人間は大喜びで皇子とその従者一行をもてなしている」


 ナスカがため息混じりに言った内容に、オレとシアは納得する。白金の髪は巫女の血縁者しか出ない色だ、その人間が言ったことなら、神殿はどんな荒唐無稽な話でも信じるだろう。しかもそれが最初の巫女の母親とおぼしき王女の話なら、喜んで受け入れるに違いない。


「その脅しは誰にしたんだ?」


 オレが質問すると、ナスカがそれ答えた。


「皇子の存在が分かった時点で、エレヴィ様が私に千年前の事情をすべて説明して下さり、皇子の対応は私が取り仕切っている。まだ若い皇子だが、頭の良い人間だ。脅迫の内容を私以外にはおくびにも出さないよ」

「だがそんな脅しをして、その皇子は本当に通ると信じているのか? 自分の身が危険だとは思っていないのか」

「死は覚悟の上だな。ただ、従者の中にもすべてを知っている者がいて、皇子になにかあったらその者が脅迫の内容をばらすそうだ」

「保険を掛けてるって事か。一行を全員不審死にさせるわけにはいかないしな」


 自分の姉を助ける為とは言え、その皇子はなぜそこまで命を張るのかさっぱり分からない。しかし、そんなことよりシアの身が最優先だ。


「だからといって、シアに『蘇生の術』を掛けさせるのは反対だ」

「分かっている。だから、私たちも違う条件で交渉した」


 ナスカはオレをなだめるように頷く。


「違う条件?」

「レーシアではなく、レーシアの子どもに『蘇生の術』を掛けさせる約束をした。遡行病は進行の遅い病気だ、姉姫が22歳で発病してからまだ5年、薬で進行を遅らせる治療をすれば次の巫女が力を発現させるまで充分もつだろう」

「まだ生まれてもいない娘を交渉のネタにしたのか?」


 生まれていないどころか、妊娠するための行為さえしてないけどな!


「それしかないだろう、皇子にはレーシアにはもう『蘇生の術』を施す力はないと伝えてある。皇子もその条件を飲み込むしか他に手はないから、不承不承納得してくれたよ」


 ナスカのことだから嫌みな口調で丸め込んだんだろうな、皇子にほんの少しだけ同情した。


「――それで、オレの仕事はなんなんだ? 姉姫を教都に連れてくるのか?」

「その通りだ。巫女をこの大陸から出すことなど了承出来ないから、相手に来てもらうしかない。発病はしているが、まだ身体に不自由なところはないらしい。事情を知って、医学の知識もあるお前にうってつけの仕事だと思わないか?」


 くっそ、本当に馬車馬のように働かせやがるな。一体どれぐらいで戻れるんだ? せっかくこれからシアとラブラブ新婚生活できる期間があと2ヶ月あると思ってたのに……。


「――わたしも行きます」


 今まで静かに聞いていたシアが、断固たる口調で言い放った。


「わたしもアルツと別大陸に行きます。遡行病の薬はアルツでは調薬出来ません、薬を処方するならわたしが行く必要があります」

「なにを言い出すんだ! レーシアをそんな危険な場所にやるわけには行かない」

「アルツなら良いと言うのですか? 危険な場所ならばアルツも行かせるわけには行きません」


 シアの強硬な態度にナスカは口を閉ざす。オレは代わりに説得すべく口を開いた。


「シア、オレなら大丈夫だよ、これぐらい何の危険でもない。発病して5年なら、薬がなくとも移動することは可能だろう。すぐ戻ってくるから安心して待っていてよ」

「わたしを置いていかないと、ずっと一緒にいると言ったのは嘘だったんですか!」


 涙まじりの詰問に、オレも返す言葉がなく口を閉ざした。


「アルツが行くならわたしも行きます。もう置いて行かれて、待っているだけなんて嫌なんです。例え足手まといにしかならなくてもわたしはアルツと離れません」


 シアの決意のこもった断言に、オレもナスカも黙りこむと、レーヴァンが楽しげに口を挟んだ。


「巫女様とアルツの身は私が必ず守って見せましょう。それぐらいの力はありますよ」

「しかし……」


 ナスカは難しい顔をして反論しようとするが、シアが更に言葉を募る。


「わたしは昨日してはならない医療行為をしました。わたしの薬術師のメダルは剥奪されるでしょう。その前に、薬術師として最後の仕事をさせていただけませんか?」


 シアの懇願にナスカは戸惑った顔をする。しかし、オレはそのシアの言葉であることを思いつき、ナスカの顔を見るとナスカもオレの考えが分かったのか、小さく頷いた。ナスカと目と目で通じ合っちゃったよ、ちょっと嫌な気分だ。


「――わかった。レーシアの身の安全が保証されるなら、その件は了承しよう。しかし、巫女の不在を誤魔化すのは難しいことなのだ。2ヶ月以内に必ず戻ってくれ」

「わかりました。ナスカ様、ありがとうございます」


 シアは明るい顔でナスカに頭を下げた。ナスカは不本意そうに頷き、オレをちらりと見る。


 よし、その間にシアのメダルが剥奪されないよう根回しを頼んだぞ、ナスカ!


 オレの心の声が伝わったのか、ナスカは更に不本意そうな顔になって不承不承頷く。


「ご安心下さい、私が間違いなく2ヶ月以内に、一つの傷もなくお二人を教都にお届けします」


 レーヴァンが胸(鳩と違って鴉はわかりにくいが)を張ってナスカに声を掛けた。


「本当に信用出来るか眉唾物だがな」


 ナスカが不審そうな視線を送ると、レーヴァンは肩をすくめて(鴉に肩はないが、そんな感じ)反論する。


「私はお二人が少しでも長くご一緒にいらして欲しいと心底望んでおりますよ」

「レーシアにもか?」

「勿論。巫女様には一日でも長く生きながらえていただき、アルツの心の支えになって頂きたいのです」

「昨日レーシアに『蘇生の術』を掛けさせておいて、何をのうのうと抜かしている。『蘇生の術』がどれだけ今のレーシアの命を削るものなのか知っているのだろう」


 ナスカは憤慨してレーヴァンに噛み付くが、それにはオレも激しく同意したい。しかしレーヴァンはそれに対し、オレたちが驚くような返事をした。


「この旅で巫女様が施した術は、巫女様の寿命にそれほど影響は及ぼしておりませんよ」

「――どういうことだ?」

「そんなわけは無いだろう。シアは術を掛ける度に倒れていたんだ、それのどこに影響がないというんだ」


 ナスカとオレの問い詰める言葉を、レーヴァンは軽く流す。


「影響は全くないとは言いません。しかし、術の度ごとに巫女様にはアルツが魔力を補給しています。ですから、巫女様の寿命には影響は少ないと思われます」

「巫女の寿命と魔力は関係があるのか?」


 オレが問いただすと、頷きながらレーヴァンは言葉を続ける。


「はい、歴代の巫女様たちを拝見させていただき気がついたのですが、10歳前後は魔力が溢れ、それにより身体を害するほどなのですが、それから生成される魔力量は減っていき、20歳前後で自力での生成量がほとんどなくなります。そして、残された魔力量をすべて使い切ると同時に命も尽きてしまいます。つまり、魔力の量が巫女様の命の長さだと言えるのです。

 なので巫女様が術を使っても、アルツが魔力を補給さえすれば、命を縮めることにはならないのですよ。もちろん、心臓が止まったりしていますので、そのことによる身体のダメージはありますから全く影響はないとは言えませんが」


 レーヴァンから新しくもたらされた情報に、オレは唇をふるわせる。


「――――それは、オレがシアに魔力を補給し続ければ、シアの寿命が延びるということなのか?」


 レーヴァンはあっさり頷いた。


「はい、理屈ではそうなりますね。実際そう言う事例を目にしたわけなので断言は出来ませんが、効果は高いと思います。勿論、病気などの他の要因がある場合はどうしようもありませんが、すくなくとも魔力がなくなって命が尽きるということはなくなると思います」


 オレはあまりのことに、言葉が出てこず口を手で覆い黙り込む。すると、同じく初耳だったらしいエレヴィが、 怒気を含んだ声でレーヴァンに詰め寄った。


「なぜその事実を今まで黙っていたんだ?」

「知ってどうされるというのですか? 巫女様の命を永らえさせるほどの魔力を主は持っていません。証拠に、昨日巫女様への魔力の補給は巫女様の命を助けはしたものの、回復するまでには足りず、アルツが更に補給をされていました。主の持つ魔力量では、巫女様を1年も永らえさせることは叶わないでしょう」

「それでも! 例えたった1年でも長く生きてもらえるのなら、充分価値がある」

「それで主が亡くなってしまっては、私にとって価値はありません」

「お前という奴は……」


 エレヴィは歯を噛みしめながら、レーヴァンを睨み付ける。


 ああ、本当にコイツは味方ではあり得ないな。これからも、レーヴァンの望むこと、考えそうなことを正確に推量しながら付き合っていかなければならない。


 オレは、悔しさに打ち震えるエレヴィを眺めながら自戒する。自分がレーヴァンを使うことがあっても、使われることにならないようせねば、オレもエレヴィの二の舞になるだろう。



 決意を新たに身を引き締めていると、そっと手を握られる。目を上げるとオレの手を取ったシアが真剣な顔でレーヴァンを見ていた。


「レーヴァン、アルツがわたしへ魔力の補給をしても、アルツの身は大丈夫なのですか?」

「はい、アルツの魔力は他の人間とケタが違います。巫女様へ魔力を補給しても、アルツなら何の問題もないでしょう」

「そうですか――――。ではアルツ、可能な限りわたしに魔力をもらえませんか?」


 手を握ったまま、真顔でオレに頼むシアの手を両手で握り返し、オレは宣言する。


「勿論。そんなことでシアが生きながらえてくれるのなら幾らだってする。いや、させてくれ」


 シアは、ほんのり哀しげに微笑むと、手を握ったオレの両手を更にもう片方の手と一緒にぎゅっと握りしめた。


「ありがとうございます。わたしは……わたしは少しでも長く生きて、少しでも長くアルツと一緒にいます。たとえ、命が尽きてしまってもずっと貴方と一緒にいますから」


 ――だから、怖がらないで。


 ふっと声にはならなかったシアの声が届いた気がした。オレを慰めるようなとても優しい声が。


 もしかしたら、シアはオレが本当は怯えて怖がっていることに、気がついているのかもしれない。

シアが死んでしまって一人になった時に、自分がどうなるのかとビクビクしていることを。気がついて、気がつかないふりをしているのかもしれない。気がついて欲しくないとオレが望んでいるから。

 気がつかないふりをしながら、オレのそばに寄り添ってくれようとしている。――そんな気がした。


「ありがとう――――ありがとう」


 オレはただ、礼を言うことだけしか出来ない。たとえ男のくだらない見栄で、強がりだとしても、シアを守っているのだという矜持が今のオレを支えている。それにしがみついて嘘でも虚勢を張らなければ、オレは立ち上がることさえ出来ない。

 情けない人間だよ全く。でも、そんなオレをまるごとシアは受け入れてくれている。口には出さなくとも、そんなシアの気持ちをオレは感じることが出来た。



 オレはシアの手を離すと、パン! と両手を叩いて大きな音を立てる。


「よし! シアが長生きしてくれるなら、なんでもしてやろうじゃないか! 別大陸でもどこでもいってやる。ガンガン馬車馬のように働いてやろうじゃないか!」


 そんで、なんどでもシアに魔力補給だと言ってキスしちゃうぞ。良い言い訳をもらったね。


「ああ、せいぜいアーリリア教のために働いてくれたまえ」


 ナスカが憎たらしげな微笑みを寄越してきたので、一笑してやる。


「馬鹿か、誰がアーリリア教なんかの為に働くか、シアの為に決まってるだろ」


 すると、シアは嬉しそうに微笑んでオレの手を取った。


「わたしもアルツの為に働きます。一緒に頑張りましょうね」


 可愛いシアの笑顔に、オレも満面の笑みで頷く。


「ああ、ずっと一緒に頑張ろう」


 いつか二人とも死んでしまった後も、ずっと一緒にいよう。辛いこと苦しいことに押しつぶされて、今の気持ちを忘れてしまう時がくるかもしれない。それでも君と一緒にいたいと願う気持ちに一片の嘘も偽りもないのだから、いっとき忘れてしまっても絶対に思い出せる、思い出してみせるから、今は君の隣で笑って過ごそう。死がオレたち二人を引き離しても、いつかまた会えると信じて。








「ああ、アルツ。別大陸から帰られるまで、巫女様の身体はこのままにしておきますよ」


 えっ? どういこと? このままって、ずっと男の身体のままってこと?


「巫女様が王女の力を継ぐ女性だと知られたら、ルスキニアはどんな手を使っても巫女様を奪おうとするでしょう。いまだに王女の再来を国民は熱望していますからね。少しでも疑いの掛かる可能性はつぶしておく必要があるでしょう。ですから巫女様は今まで通り、黒髪の男性ということでずっと通して頂きます」

「――――――教都に戻ってから、少しの間だけでも……」

「勿論無理です。セレッソで言われたことを覚えていますね」


 はい、残念ながら覚えています。レーヴァンの男性化は本当に変化するから、子どもが出来るようなことはしちゃいけないんでしたね。ええ、わかってますよ、ちゃんと理解していますよ。ちょっとだけでも女性のシアと色々したいと、願望が頭をもたげているだけですよ、欲にまみれた願望が。


 がっくりうなだれるオレに、シアは心配そうにのぞき込む。


「大丈夫ですか? アルツ、気分でも悪いのですか?」


 ――――そうだよね、女性のシアには男のオレの願望ってか、欲望なんてよく分からないよね。ふふ、ここも見栄っ張りの格好つけのしどころだよね。


「大丈夫、オレが大丈夫っていんだから大丈夫だよ。オレを信じなさい」


 オレが平気な顔で嘯くと、シアは微苦笑してオレの頬をなでた。


「――わかりました。アルツがそう言うならわたしはすべて信じます」


 懐の深い、良い奥さんをお嫁さんに出来てオレは幸せだ。




 しかし! いつになったらオレたちは心身共に本当の夫婦になれるんだよ。誰か教えてくれ!!



 オレの空しい心の叫びは、誰に拾われることなくそのまま朝日に溶けてなくなった。





 最後まで読了いただき、本当にありがとうございました。

 読む専門の人間なのにふと話を思いつき、試しに書いてみたら最後まで出来たから、もったいない(?)ので投稿してみた、という適当な経緯で投稿したお話だったりします。そのため、読んで下さる方のことを考えていない、分かりにくいお話ですみません。

 こんな拙作を読んで頂けて、いくら感謝してもしきれません。それどころか、お気に入りや評価まで頂き、本当にありがとうございました。

 その上、微妙に続きがありそうな終わり方で申し訳ないです。一応頭の中で概要はあるのですが、実はこのお話を投稿中に2人目の妊娠が発覚しまして、つわりで書く余裕が現時点ないという状況です。

 今投稿しているもう一つのお話が終わって、書く元気が出ましたら再びチャレンジしたいと思っています。


 またどこかでお目にかかれる機会を楽しみにしております。それでは。




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