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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第十章 首都 オラージュ
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10-14

 その後、フィーリアに面会を求めると、そのまま自室に招き入れられた。オレ、病み上がりのくせに働き過ぎだよね。


「アルツ! 大丈夫なの? 毒を盛られて、瀕死の状態でサシャス少将にお姫様だっこで運ばれ、癒やしの巫女だったシアに『蘇生の術』を掛けられ生き返ったって聞いたわ」


 なんだそりゃ、前半は腐女子が、後半は国王がねつ造して流したんじゃねえかと思いたくなる噂は。


「――サシャスに運んでもらったが担架でだし、シアは確かに白金の徒だが男性で巫女じゃない、『癒やしの術』だって掛けられていないよ。毒の入った葡萄酒は口に含んだが、飲んでいないから瀕死ってわけじゃない。

 フィーリア、噂の訂正を頼む。このままじゃ、オレたち教都に帰れないよ」


 神殿のうるさ型の奴らが騒ぐ様が思い浮かび、オレはうんざりとため息をついた。フィーリアは、ほっとしつつも少し残念そうな顔をする。


「なんだ、やっぱりデマなのか。ドラマチックで面白そうだと思ったのに」

「このデマのどこがドラマチックなんだ?」

「えっ、アルツを中心に繰り広げられる5角関係?」

「……もしかして、自分も入れてるのか? その5角形に」

「もっちろん。是非とも混ぜてよ、ドロドロ修羅場に!」


 お前が入った時点でドロドロ修羅場じゃなく、ただのコメディになるわ!

 オレの呆れた表情にフィーリアはニヤニヤ笑っていたが、ふっと真顔になって質問する。


「もうオラージュを出るの?」

「ああ、『お迎え』も来たことだしな。遅くとも明後日には立とうと思う。世話になった、ありがとう。それが言いたくて」


 後はシアの体調だけだが、明日には普段通りに戻れるだろう。


「そっか。前の恩を返したかったけど、結局役に立てられなかったね」


 フィーリアは苦笑すると、「ごめんね」と謝った。


「お前が助けてくれなかったら、下手したら血抜きされて死んでたかもしれないんだぞ。役に立ちまくりじゃないか」


 オレは反論するが、フィーリアは力なく首を振って小さく笑う。くっそ、オレは本当に言葉を伝えるのが上手くない。

 ため息をつきながら、オレはフィーリアに会いに来たもう一つの理由である封書を黙って手渡す。フィーリアは首を傾げながら、教都の医術師への紹介状が入ったそれを受け取った。


「――これは?」

「教都でも不妊治療の第一人者なんだ、この医術師」


 フィーリアは目を見開いてオレを見る。


「余計なお世話かとも思ったんだが、不妊の判断はとても難しい。オラージュの医術師が子どもは難しいと判断したとしても正しいとは限らない。もし、諦められないと思ったらこの人を頼ってみてくれ。患者の気持ちに添うことが出来る、とても良い医術師だよ」


 不妊はとても繊細な問題だ。他者にはささいな事柄でも、当人をひどく傷つけてしまう。男のオレが口を出すことで、フィーリアの心を痛めるのではと悩んだが、少しでも助けになることをしたかった、一人の友人として。


「ありがとう。気持ちは嬉しいから受け取っておく。でも、治療を受けるにも相手がいないからなあ、私。アルツ、相手してくれるの?」


 おどけた言葉が痛々しいが、オレは肩をすくめて否定する。


「オレじゃなくて、相手はいるだろ。付き合いは長くなくても、それぐらい分かる程度は友人のつもりだが?」


 オレの言葉にフィーリアは表情を無くし、落ち着かない様子で目を泳がせた。


「セリウスなら、家格でもお前と釣り合いがとれるだろう。それに四男だが五男だったよな、確か。お前が是と言えば、誰も文句は言わないと思うが、何か躊躇する理由はあるのか? セリウスの気持ちはお前だって分かってるんだろう、許嫁も断って三十路直前まで結婚しないのはなんでなのか」

「――あいつがあたしをどう思っていても関係ないでしょ。あたしがあんな男じゃ満足出来ないだけよ」


 そっぽを向き憎まれ口を叩くフィーリアの額を指ではじく。


「何すんのよ!」

「それぐらい分かる程度は友人だって言っているだろ。オレをなめんな」


 フィーリアはオレの言葉に諦めたように息を吐いた。


「あいつ、めちゃくちゃ子ども好きなのよ。放っておくと一日中子どもと遊んでるわ。そんな男から血の繋がった子どもを奪うようなこと出来ない。それにあたしが言えばそれはあいつにとって命令になってしまうの、相手に選択権がない恋愛なんてあたしはイヤ」


 視線を下げ、床を睨み付けながら言い切るフィーリアの言葉に躊躇はない。セリウスの関係を意地でも変えないと決意しているようだった。フィーリアの気持ちは分からないでもない。しかし、


「――昔、シアに言われたんだ、人の気持ちを勝手に見積もるなって。お前の言うことは分かるんだけど、お前があいつの気持ちを勝手に見積もって、勝手に諦めたらあいつが気の毒なんじゃないのか? セリウス自身がどう思っているのか聞いてやってからでもいいんじゃないのか? お前が言うと命令になるのかもしれないが、あいつからは何も言えないんだぞ」


 フィーリアの瞳は揺れ、動揺したようにオレを見る。


「それとも振られるのが恐い?」

「そんなわけないでしょ! あたしがそんな臆病者だと思ってるの?」

「じゃあ、聞いてみろよあいつの本音。あいつの本音を聞き出せるぐらい、フィーリアなら簡単だよな」


 オレの挑発に乗せられたのが分かったのか、フィーリアは悔しそうに唇を噛む。


「無神経だと分かって話すが、子どものいない夫婦は別に珍しくない。10組いたら1組はそうした問題を抱えているそうだ。子どもはとても大切だけど、それを理由に諦めないでくれ。相手が駄目だというのならどうしようもないが、相手の気持ちを聞く前に諦めないでくれ」


 もしオレがシアにそんなことをされたら、とても辛い。それがどんなにオレを思いやってくれた結果であろうとも、オレはきっと激怒する。オレは今更ながら、4年前シアに自分を諦めさせようと言ったことを後悔していた。そして、先ほどモーネに再び同じ間違いをおかしたことに気がつく。オレはこの4年間何も成長していないらしい。それでも、オレはモーネにしたことは後悔していなかった。なぜならオレが彼女の気持ちに答えることはないのだから。


「子どもが出来ない身体になったのは納得できてるの、自業自得だから。アルツにさんざん自分の身体を大切にしろって言われたのに、ちゃんと聞かずに好き勝手してたんだもん、罰が当たったんだよ。でも、これはセリウスには全く関係ない罪よ、巻き込むことなんて出来ないよ」


 寂しく笑うフィーリアに、オレはたまらず言いつのる。


「罪って何だよ! 罰って何だよ! お前がそんな辛い思いをするような悪いことを、お前は何もしてない。罪だ罰だ言うなら、今までで充分受けてる。お前は辛い思いも嫌な目もたくさんあってきたんだから、これからは自分が幸せになることだけ考えて生きろ!」


 一気にしゃべって、すぐに後悔する。無神経で自分勝手な言い分だ、一番傷ついているフィーリアを責めてどうする? 彼女に言っていい内容じゃない。


「――ごめん、言い過ぎた」

「ううん、ありがとう。アルツがあたしを心配して言ってくれてるの分かってるよ。すこし、考えさせて。アルツの言ってることも正しいって思うから、ちゃんと考えてみる。でもごめん、すぐには決められないわ。決断力はある方だと思ってたんだけどな、可笑しいね」

「可笑しくないよ、全然。無神経で、ほんとごめん」

「あたしなら大丈夫、そんなに気にしないで。そうか、そうだよね。アルツだってシアと色々悩んだはずだもんね、人ごとじゃないのか」


 シアが男だと思っているフィーリアは納得したように頷く。それにオレは罪の意識を覚えるが、いいやとすぐに思い直す。


 どうしてオレとシアの間に、何の問題もなく子どもが生まれると思っているんだ。さっきフィーリアに、子どもが出来ない夫婦は珍しくないと偉そうに言ったのは自分ではないか。2年の間にシアが妊娠しなければ、オレは守護騎士の地位から外されるとナスカに言われている。全く人ごとではないのだ。

 そうなったら、オレはどうするだろう。シアが他の男のものになることに耐えられるだろうか。4年前ナスカに啖呵を切ったように、シアをさらってしまうかもしれない。


「――オレはシアと一緒にいられれば、それでいい。それ以外求めない。その為だったら、なんだってするよ」


 独白するような気持ちで、フィーリアに心の内を話していた。フィーリアはすこしはにかんだ笑顔を見せ、オレの肩を押す。


「やだなあ、そういう惚気は本人だけに言いなさいよ」

「――そうだな」


 素直に頷くと、フィーリアは更にオレの肩をバシバシと叩く。


「もう! あてられちゃう。――でもそうね、アルツみたいに考える人もいるって承知しとくわ」

「ありがとう、自分勝手な言い分を聞いてくれて」


 オレが頭を下げると、フィーリアは「聞くだけだけどね」と笑ってくれた。



 オレとシアには多くの問題がある。これからだって山のようにオレたちの前にたくさんの問題が立ちはだかるだろう。それでも互いに共に居たいと望むのなら、シアと一緒にいられるのならなんだって乗り越えられると今なら信じられる。ずっと一緒にいようと誓ったのは、その場限りの言葉なんかじゃない。

 この命がいつまで続くのか全く見当がつかないけれど、生きている間ずっとシアを想って、命が終わる時にシアを想って死にたいんだ。


 この気持ちに偽りはないし、こんな気持ちになれるシアに出会えて本当に幸せだと思う。


 でもシア、ごめん。いつかオレの心に君を恨んでしまう気持ちが芽生えない自信が、オレには無いんだ。


 オレはとても弱い人間だから、きっとそう遠くなく君への想いを自分で穢してしまうだろう。そんな確信をすでにもっている自分がすごく情けなくて格好悪いから、こんな自分を君に知られたくないから、オレは君に嘘をつくよ。


 君に残されも大丈夫だと、君が死んでもずっと君を想うと、永く生きることになんてたいしたことじゃないと、どんな目に遭っても生きていればどうにでもなると。


 君に嘘なんてつきたくなかったけど、オレは君に格好を付けたいから、平気な顔でこの嘘を突き通してみせる。


 だから気がつかないで、オレの精一杯の嘘を。




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