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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第十章 首都 オラージュ
91/99

10-13

 オレは部屋を退出すると、そのままサシャスに教えてもらったモーネが休んでいる部屋に向かう。レーヴァンにはみんなに報告するよう指示した。こんなのがいたんじゃ落ち着いて話せやしない。


 部屋の前にはサシャスが暗い顔で佇んでいた。晩餐会ではあんなことを言っていたが、サシャスはモーネのことをちゃんと気に掛けてくれている。例え父さんに頼むと言われたからだとしても、それだけではないことぐらいオレにだって分かる。


 サシャスはオレを見ると姿勢を正し、頭を下げた。インバシオンの軍で少将という地位にいるにかかわらず、オレみたいな人間にも礼を尽くす。本人には悔しくて言えないが、サシャスはいつだってオレの目標で有り、憧れの存在だ。


「さっきまで倒れていた人間をこき使ってすまない」

「いや、モーネには心配かけたから顔を見せときたかったし、それに多分明日明後日にはオラージュを立つことになると思う。会える時に会っておきたい」


 サシャスが少し驚いたように瞬きをした。


「早いな。体調は大丈夫なのか?」

「そんなやわじゃないさ。これ以上ここにいて、変なことに巻き込まれるのは御免だしな。モーネは?」

「ああ、さきほど目を覚ました。アルツが来るって伝えたら、身支度をするから部屋から出て行けと追い出されたよ」


 苦笑するサシャスに、オレは笑い返す。


「サシャス=アノルマーレともあろう人が、20歳の女の子に振り回されてる」

「男は何時だって、女に振り回される運命さ、とっくに諦めてるよ。それより――モーネを頼む」


 真剣な顔をしたサシャスは再び頭を下げた。オレは小さく笑い、首を振る。


「それはオレのセリフだ。オレは教都に帰る。モーネを……妹を頼むな」


 頭を下げ返したオレにサシャスは笑って頷く。


「力不足は否めないが、努力しよう。モーネのことは心配せずに、お前はお前のやるべき事に力を尽くしてくれ」


 本当に頼りになる男だよ、お前は。

 オレは頷き、部屋をノックした。





 モーネの返事を聞いてから部屋に入ると、シンプルなドレスに着替えたモーネが安堵した顔で駆け寄ってきて、そのままオレに抱きつく。


「――良かった。無事で」


 涙で目を潤ませオレを見上げるモーネは文句なく可愛いが、その気持ちに答えられないオレは彼女の肩に手を置き、身体を離した。


「心配掛けたな。もうなんとも無いよ、大丈夫」


 にっこり笑って、椅子に促すとしぶしぶながら腰を下ろす。オレも机を挟んだ反対側の椅子に座るとモーネは不満そうに口をとがらせた。


「あの白金の徒だっていう男に『癒やしの術』をしてもらったからそんなに元気になったの?」


 城内ではそう噂になっているんだろう。全く厄介なことだ。

 オレは苦笑して首を振る。


「違うよ。もともとほとんど毒は飲んでいない。シアに毒の処理はしてもらったから、こんなにピンピンしてるんだ」

「あの男に助けられたことは変わらないんだ。

 だから一緒にいるの? 優秀な薬術師だから、巫女の血縁者だから、白金の徒だから、あんなに――――綺麗だから?」


 オレは再び首を振る。


「そんな理由じゃないよ。オレはシアと一緒にいたいから一緒にいるんだ」

「好き、なの?」

「好きだよ、すごく」

「男、だよ」

「そうだねえ」

「……男の人が好きだったの?」

「ぷっ、違うよ」

「じゃあ、なぜ?」

「理由なんてあってないようなものだよ。好きだから好き。それで充分だ」

「私には充分じゃないよ。納得出来ない。私はアルツが好きな理由ちゃんとあるよ。アルツの理由を聞けなきゃ納得しないから。分かってるわ、サシャスが頼んだこと事ぐらい。私がアルツを諦めるよう説得して欲しいって言ったんでしょ」


 頑なな表情で俯くモーネになるたけ優しい声を掛ける。


「頼まれたのもあるけど、オレもモーネときちんと話したかった。モーネはどうしてオレを好きでいてくれるの? 一緒にいたのは2年だけ、別れてからもう15年近く経つよ」


 シアにも言ったが、オレは一方通行の永遠の愛なんて幻想だと思っている。だからモーネがオレに恋心をずっと抱いていたと言われても、信じることが出来なかった。彼女と一緒にいたのは3歳から5歳までの2年間。その年頃の記憶が曖昧なのは自分でも知っている。幼い恋をこんなに長い間ずっと想い続けるとはオレは到底思えなかった。


 モーネはオレのこんな薄情な気持ちに気づかぬ様子で、うっとりと話し始める。


「アルツが好きになったのは、アルツに初めて会った時からだよ。盗賊に襲われた時、お父様とお母様に馬車の座席の下に隠されて、ずっと恐くて怯えていた私をアルツが助けてくれた時からずっと。

 私覚えているんだよ。崖の上で襲われたのに、アルツが救い出してくれた時、馬車は崖の下に下ろされてた。落ちた衝撃なんてなかったし、馬車が勝手に走り出したと盗賊達が騒いでいる声も聞こえたわ。アルツが不思議な力で私を馬車ごと崖の下に下ろして、助けてくれたんでしょう。

 その時はアルツが助けてくれたんだって分からなかったけど、森で兵士にさらわれそうになった時私恐くて気絶したふりしてたの、だから知ってるよ、アルツが不思議な力で私を助けてくれたんだって。

 私、真っ暗で狭い座席の下にいる間、ずっと『神様、助けて』って祈ってた。だから、アルツが席の扉を開けて私を見つけてくれた時、神様が私を助けてくれたんだと思ったの」

「――オレは神様なんかじゃないよ」

「分かってるわ。でも、アルツは神様の御使いよ。お父様とお母様は奪われてしまったけど、その代わりに神様はアルツを遣わして下さったの。だから、私からアルツを奪うなんて許さない、許さないんだから」


 涙をいっぱいため、子どものように言いつのるモーネを眺めながら、オレは内心ため息をつく。


 侮れないな3歳児。たしかにモーネとその両親が盗賊に襲われていたとき、オレはそばで見ていた。そして馬車を降り命乞いをするモーネの両親に盗賊達の注意がいっている隙に『力』を使って馬車を動かし、崖の下へ落としたのだ。馬車が壊れては意味が無いので地面に叩きつけられる前にゆっくり止めたから、中にいたモーネにはそれほど衝撃を感じられなかったのだろう。だが、森の一件でモーネがオレの『力』に気がついているとは思ってもみなかった。


 しかし、モーネの言葉で得心がいく。モーネはオレを通して神を信仰しているんだ。人の神への信仰は恋に似ている。モーネのオレへの恋心は、神への信仰心と紙一重なのだろう。だから、長い間オレに会わなくても薄らぐことはなく、じっと持ち続けられた。オレから返ってくるものは無くとも、神からの見えない慈悲は妄信出来るから。


「モーネ、オレは神の御使いでもない。ただの人間だ」

「そんなことないわ。だって、アルツは特別な力を持っているじゃない。オラージュに来てたくさんの魔術師を見たけどアルツのような思いのまま操る力を持つ人間なんていなかったわ」

「オレの『力』の話を誰かにした?」


 オレの質問に、モーネはぶんぶんと首を振る。


「言わないわ。そんなことをしたら、アルツに迷惑が掛かるって私だって分かる」


 思わず安堵の息がもれた。これからも口外しないことをモーネに約束させ、一息つく。こんなことが知られたら、せっかく諦めた国王が活気づいてしまう。


「――オレと全く同じ力を持つ人間は確かにいないけど、オレの力が神のみわざというわけではないよ。これはあくまで魔力の力だ、多くの人間が持っている」

「そんなわけないわ。全く違う力よ」

「いいや、力の程度が違うだけで、同じ力だ。

 オレが魔術院の学び舎に入れた人間で、小さいころ旅芸人の一座に育てられた子がいる。ナイフ投げが得意で、百発百中なんだ。どんなに横風が吹いてても関係無しに狙った的に投げられるし、飛距離も尋常じゃない。彼女はナイフを魔力の力で操り投げていたんだ」

「……でも」

「他にもいる。国王が教都で刺客に襲われた話は知ってるかい?」

「――アルツが助けたって聞いた」

「そう、それ。あの時、刺客の剣士は一刀の刀で屋敷の人間をすべて切り捨てていた。普通ならあり得ない話だ。刀がガタガタになるはずだからね。どんな名刀だと思っていたんだけど、あとから確認すればそれほど特殊なものでは無かった。

 その刺客は自分の魔力を刀に乗せ、人を切ることのできる特殊な力をもった人間だったのさ。 モーネ、オレの『力』は確かに珍しいものだし、同じものを持つ人間はいないだろう。でも、似たような力を持つ人間がいるように、決して人間の範疇を超えた力だというわけじゃない。オレはただの人間なんだよ。

 神のみわざというのなら、癒やしの巫女や白金の徒が持つあの力のことを言うと思う。オレの力なんて、ただ魔力が人並み以上に強いから出来るつまらないものさ」


 シアの魔力は強いが、オレのそれには劣る。なのに、術を使う時オレのまやかしの魔術はシアの力の前に無効化されてしまうのは、シアの力が人の持つ力ではないからなのではないか。オレはそんな気がしている。


「それでも! アルツが私を助けてくれたことは変わらないわ」

「――それも、違うんだ」

「どういうこと?」


 怪訝な顔をするモーネに一抹の罪の意識を感じるが、それを見せずに淡々と言葉を続けた。


「オレはモーネを助けようとしたわけじゃない。ただ、盗賊達から金品を横取りしようとしただけなんだ」


 モーネは信じられないような顔で、オレを凝視する。その視線に耐えられず、オレは下を向いた。


 あの頃孤児院は、衣食住すべてかつかつだった。食べるものは森に行けば獲物も野草も手に入ったのでなんとかしのげたが、その他は金がなければどうしようもない。オレは金の為に『力』を使って盗賊達から盗品をくすねていたのだ。

 あの日も、金目のものがあるであろう馬車を崖の下に運んで、物品を探すために開けた座席の下からモーネを見つけた。


「オレはモーネを助けるどころか、モーネの両親を見殺しにして盗みを働こうとした人間なんだ。こんなオレが神様や神の御使いのはずはないだろう」


 盗賊に襲われる人間を見殺しにしたのはそれがはじめてではない。何度そうした場面に出くわそうが、自分が彼らを助けるすべをもっていようが、一度として手を貸そうとしたことはなかった。下手に助ければ、面倒ごとに巻き込まれることは目に見えていたし、オレは人に自分の『力』を人に見せることを母親に禁じられていたから。


「それどころか、あの当時オレの『力』のことがモーネに気づかれている事を知っていたら、多分オレはモーネを殺していただろう」

「そんな……、アルツは私を諦めさせるために、わざと酷いことを言ってるんでしょう」


 それも少しはある。しかし、話している内容はすべて事実だ。オレがゆっくり首を振って否定すると、モーネは立ち上がり悲痛な声を上げる。


「じゃあ、じゃあなんでアルツはあんなに優しかったの? 孤児院に連れて帰ってくれてから、べったりくっついて離れない私を少しも邪険にしないで、我が儘ばかり言う私を困った顔をしながらも相手をしてくれて……。全部、全部嘘だというの? あれはすべて偽りだったと言うの?」

「――モーネにオレが甘かったのは、罪悪感からだ。3歳の女の子から両親を奪ったことを、これでも少しは悪いと思っていたんだよ」


 バチンと大きな音を立て、モーネの平手がオレの頬を打つ。


「馬鹿にしないで! そんな言葉で……そんな言葉だけで私の心を変えられるなんて思わないで」


 涙を流しながら啖呵を切ると、モーネはそのまま部屋を出ていった。

 きっとサシャスがちゃんと追ってくれるだろうから、これ以上彼女になにも出来ないオレはため息をつきながら椅子に深く身を沈める。


 今モーネに話した言葉はすべて事実だ。だが、一途に懐いてくれたモーネにあの頃オレが救われていたことも事実なんだ。


 オレはぎゅっと目を閉じて祈る。オレの大事な妹がオレなんかに縛られず、これから幸せに生きていけますように、と。


 オレにはもう、それしか出来ないのだから。




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