2-6
ガレルド監視院長の視察は午後からだそうで、まだ時間があるので市街地に出てきた。
取るものとりあえずで出発したから色々揃えたいものがあるし、シアに買ってあげたいものもある。
「ここは、何を売っているところなんですか?」
教都から出たことのないシアは街中が珍しいようで、きょろきょろと落ち着きなく見渡している。
周りはそれ以上の落ち着きのなさでシアを見ているけどな!
シアを変装させたほうがいいんだろうか?
「装身具を取り扱っているお店だよ。シアの耳の装身具を新しいものにしたいと思って」
シアの右の耳には月長石、左の耳には紅水晶の装身具が付いている。それぞれ髪の色と性別を変えるまやかしの魔術が込められた魔具だが、昔オレがシアに贈ったものだ。
あの頃はまだお金に余裕がなく、シア自身も子どもだったので安い半貴石を使ったが、もうちょっと良い石を贈りたいと四年間ずっと思っていた。
教都に帰るときに買っていこうかとも考えたのだが、やっぱりシアの好きなものをあげたかったから、聞いてからと保留にしていたのだ。しかし、こうして本人と店に来れるとは! 保留にしてて良かった。
「魔術との相性もあるから、何でも良いとは言えないんだけど、シアの気に入ったものを選んで欲しいんだ。えーと、右に選ぶなら翡翠とか、金剛石、黄玉、翠玉。左なら柘榴石、紅玉、金緑石ぐらいかな」
「これを変えてしまうんですか!? 何かこれでは問題があるのでしょうか!」
「いや、問題のあるなしというか、ただオレがあげたいだけなんだけどね」
ショックを受けるシアにオレのほうが戸惑う。
「問題がないのなら、これをそのまま使わせてもらっても構いませんか? 初めてアルツに貰ったものなんです。とても好きなので、ずっと使いたいんです」
悲壮な表情を浮かべるシアの頭をオレはナデナデしてやる。本当に可愛いなぁ、シアは。オレより背が高いから、撫でにくいけど。
「シアがそれを気に入っているなら変える必要はないよ。でも、オレがシアに何か贈りたいんだ。せっかくだから好きなもの選んで貰えないか?」
オレのお願いにシアは困ったように首を傾げた。
癒しの巫女だったんだから、身を飾るものは一級品ばかりに違いないが、シアの意向を聞かれたことなどなかったんだろう。どういうものを選んでよいのか解らないようだ。
「お客様でしたら、このような指輪の類は如何でしょうか?」
店の女性がここぞとばかりに商品を薦めてきた。
薦めながら「この二人の関係って何? そういう関係?」と目が輝いている。
そりゃあ、男が男に装身具を贈るのはあまりしないけどさ。夫婦なんだから、そういう関係(どういう関係?)で間違いはないんだけどさ。別にホモに間違えられても構わないんだけどさ。
色々複雑なオレの気持ちは、とりあえず置いておく。
「彼は薬術師だから、手の周り以外の装身具をお願いしたい。あと、オレが手首に付ける装身具を、幾つか見繕ってくれないか?」
そういって、左手首の包帯を指した。守護騎士の焼印を隠すものが必要だ。
シアが痛ましげな表情で、オレの手首の包帯にそっと触れる。
「アルツ、やっぱりこの傷……」
「はい! ストップ。この件はすでに解決済みです。シアは薬を調合して塗ってくれたんだから、それで充分です。オレは傷治るの早いから大丈夫」
「薬なんか最初の時しか塗らせてもらえていません」
「包帯変えるのなんて風呂上がりだろ。腐っても医術師なんだ、それぐらい自分で出来るよ。
何? オレと一緒に風呂に入りたかったの?」
そうからかうと、シアは顔を赤らめて黙り込む。
「じゃあ、この話はこれでおしまい。了解?」
「……了解、です」
シアは決して納得はしていない顔だが、なんと言われようともシアの『癒しの術』で傷を治してもらう気はない。
シアは『蘇生の術』とは違い、身体に負担はないと言い張るが、命を削る術であることにかわりはない。それに、下手にシアに傷を治されたらせっかく痛い思いをしてつけた刻印が消えちゃいそうで、『蘇生の術』じゃなきゃ傷は消えないとわかってるんだけどそれも怖い。
オレだって、牛や豚の家畜みたいに焼き印を押されるのは正直楽しいことではないが、これがシアの夫である証明というのならいくらでもバチコイだ。
暗い顔でオレが腕輪を選ぶ様子を見ていたシアだが、突然「良いこと思い付きました!」て感じに顔を輝かせた。
「アルツ! 買ってもらうもの、アルツと同じ腕輪が良いです」
「…………」
腕輪、お揃い、ですか……。それ、夫婦の証って意味になるんですが……。男同士でお揃いの腕輪をつけますか……。
何故か大喜びの店員さんを置いて、オレは分かっていないシアを連れ、店を出た。
シア、チキンなオレを許してくれ! 旅の帰り、シアが女の子に戻ったらまた買いに行こうね。
別のお店で!!




