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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第十章 首都 オラージュ
86/99

10-8

 8年前、ウテウオの薬包紙を届けにコズミさんの家に行った時、すでにアルツはコズミさんに毒を盛られ、虫の息だった。


 そして、コズミさんは倒れるアルツの傍らで、刃物を使って自殺しようとしていた。


 わたしは気がついたら何も考えずに、アルツに『蘇生の術』を掛けていた。その当時は魔力が強かったから、今みたいに術を掛けたぐらいで倒れることはなく、アルツを助けることが出来たのだが、傍らに居たコズミさんにわたしが癒やしの巫女であることがばれてしまっていたのだ。


 その時初めて、術を掛けるとまやかしの魔具が効かなくなると知った。


 あの時コズミさんはアルツを殺そうとした理由を、アルツが自分以外の人間を想うようになるが許せなかったからと言っていた。


 あの時はその気持ちが全然分からなかった。いっときだけでもアルツに想われることが出来れば、自分なら満足だと思ったのだ。


 自分がそんな謙虚な人間ではないと、底がないほど強欲な人間なんだと分かったのは、アルツと再会した後だった。


 アルツと想いを交わして会えなかった4年間は平気だった。アルツが自分を本当に想ってくれている実感がわいていなかったせいかもしれない。アルツの心が変わって、わたしの元に戻らなくても仕方がないと思えた。


 でもアルツと再会して、笑いかけられて、好きだと言われて、体にふれられて、抱きしめられて、アルツは自分のものなのだと思えるようになって、わたしも許せなくなった――――アルツが自分以外の人間を想うようになることを。


 恐ろしくなった。一緒にいればいるほど、どんどん強くなるこの独占的で強欲な自分の気持ちが、何時か止められなくなるんじゃないかと。アルツの心がわたしから離れて行った時、早世の定めを持つ私が自分の死期を悟った時、コズミさんのようにアルツを殺そうとするのではないかと。


 わたしがこの旅で、どんなにアルツに止められても『蘇生の術』や『癒やしの術』を使おうとしたのは、わたしが慈悲深い人間だからなんかじゃない。助けたいという気持ちに偽りがあったわけではないが、それよりアルツに何かしてしまう前に、貪欲な自分を早くこの世から消し去りたいという思いが強かった。こんな醜い自分をアルツに知られてしまう前に死んでしまいたかったのだ。


 だから『蘇生の術』の隠された力を知った時、アルツに申し訳ないことをしてしまったと思うと同時に、勝手なわたしはほっとした。


 気が遠くなるほど長生きをするなら、どうわたしが足掻いてもアルツは別の人を好きになる。それが許せなくてアルツに何かしようと思っても、不老不死の体なら死なないでくれる。


 そう思ったら諦めがついた。ならば、少しでも長く生きたい。長く生きて少しでも長くアルツをわたしに縛りつけたい。



 なんて、勝手で強欲な人間なのだろうわたしは。アルツは可哀想だ。こんなわたしに出会ってしまったばかりに、龍を殺すなんて危険な仕事をさせられて、何度も殺され掛けて、あげくに不老不死だなんてどんな責苦より辛い人生を押しつけられてしまった。


 わたしに会わなければ、もっと幸せな生き方が出来たはずなのに。わたしとアルツが出会ったことは間違いだったと、アルツに酷いことをしたと思っているのに。


 それでもわたしは許せないのだ。アルツが死んでしまうことを。





「わたしは許せなかった。貴方が死ぬことを。

 8年前の時は何も考えずに、ただ貴方を助けたくて『蘇生の術』を掛けました。そのせいでもしかしたら、アルツを不老不死の身体にしてしまったかもしれないと知っても、後悔なんてしません。

 アルツは何時だって死にたがりなんですから、不老不死の身体の方が良いんです。コズミさんの時も、故郷に帰る時も、龍を殺す旅に出る時も、平気でわたしを置いていくんです。死んでしまうかもしれないことなんて、おくびにも出さずに平気な顔でわたしと別れるんです。

 わたしを好きだ、愛してる、ずっと一緒にいるなんて言っても、平気で毒かもしれないものを口にするんです。わたしを信頼してるなんて言葉で誤魔化して、ペタルでも、ここでも!

 わたしは許さない、貴方が死ぬ事なんて。貴方がどんなに死にたがっても絶対死なせない。それが貴方にとって辛いことになったとしても、わたしは何度だって貴方を助ける。

 貴方が死ぬ事なんて許さないんだから!」


 アルツの顔が見られなくて、手で覆い隠しながらわたしは言い切った。自分勝手な繰り言を。アルツに嫌われたくなくて、ずっと隠していた本音を。





 途端、肩を押され仰向けに倒された。状況についていけないまま、顔を覆っていた両手の手首をつかまれ、左右それぞれ耳の横に押しつけられる。驚いてアルツを見上げようとあごを上げるとそのまま強く口づけられてしまう。


「んん!」


 いままでされたことがないような深いキスに、息が上がる。


「やっ……、アルツ。待って」


 なんとか首を振り、逃れた口で止める言葉を綴ると、アルツがものすごい勢いで寝台の背もたれに頭を打ちつけた。


「――――冷静になれ、オレ。……部屋の外にはナスカがいる。……レーヴァンがきっと出歯亀している。……30分経たずにポルテが帰ってくる。その短時間で最後までするのはキツイ。シアは初めてなんだし、ここはゆっくりと……ってそんなことじゃなくて、今は真面目な話をしているわけであって、押し倒して良い状況じゃなくて……。ああ、でも少しぐらい慣らしていく意味も込めて……、いやいやいやいやいや。ちょっと待つんだ、オレ!」


 ブツブツとなにやら言っている。わたしは心配になって声を掛けた。


「頭、大丈夫ですか?」

「えっ? 至って正常です。変なこと考えてませんです!」

「でも、額が赤くなってますよ」

「……うん。大丈夫」


 少し気まずそうな顔をして、わたしの身体を引き上げながら身を起こし、わたしの脇に向かい合うように腰掛けた。


「ごめん。シアの熱烈な愛の告白に、つい理性が飛んでしまい暴挙に及んでしまいました。セクハラしないって言ったのに、申し訳ありません」


 そういうと、わたしの肩にコテンと額を乗せた。


「――愛の告白なんかじゃありません。罪の告白です。真剣に話をしていたのに、ふざけるなんて酷いです」


 アルツに嫌われる覚悟で話したのに、茶化されたような気がして思わず睨み付ける。アルツはわたしの肩から少しだけ頭を浮かして傾け、わたしを見た。その顔がすごく優しくて、腹が立っていたはずなのにドキリとしてしまい、悔しくなる。わたしばかり何時も余裕がなく、アルツに振り回されている気がする。


「『謝らない』とか『後悔しない』なんて言いながら、『罪の告白』って。思い切りオレに悪い事をしたと思って、へこんでるじゃん」

「そ、それは……」

「それにさっきの言葉、オレには『アルツ、大好き。愛してる! だから、死んじゃイヤ!』としか聞こえなかった。違う?」


 アルツのことが大好きだし、愛しているから死んで欲しくないのは間違いではないので、否定も出来ずに困って口を閉ざす。


 わたしがさっき言いたかったことは、そんなことではないはずなのだが、混乱してしまう。


「とりあえず色々誤解があるようなので、それを一つずつ説明するね」

「――誤解なんてしていませんよ」


 ムッとなり思わず反論する。


「全部とは言わないさ。コズミの時は本当に死んでも構わないと思っていた。

 父さんに昔言われたことがある。『人は他の何を信じられなくても生きていけるが、自分自身を信じられなくなったら生きていけない』って。オレは昔、自分のことが大嫌いで仕方なかった。自分のことを信じていなかったんだ。だから、何時死んでしまっても構わないと思ってた。

 ただ、孤児院の弟や妹たちはオレのことを頼りにしていてくれてたから、あいつらのために出来ることがあるなら生きていようかぐらいの気持ちだった。父さんに会ってからは、父さんの役に立てるなら、色々頑張ろうって思えるようになった」


 アルツの告白に胸が締め付けられる。何がアルツをそんな自己否定の人間にさせたのだろう。


「コズミは、多分オレが本気で好きになった初めての人だった。だから、コズミに冷たくされるのは正直キツかった」

「でも、それは……」


 コズミさんの気持ちを聞いていた私は、否定をしようと口を開く。


「うん、今ならコズミがどんな気持ちでああいった態度を取っていたのか、少しわかるよ。当時はオレも若かったてことだね。

 でも、好きな相手に否定されるのは辛くてね。やっぱり自分は生きてる価値のない人間なんだと思うようになってた。だからコズミが望んでくれるなら、一緒に死んでも構わないと、むしろ死んでしまいたいと思うようになってたんだ。その頃には、父さんがどういうつもりでオレを教都にやったのか知っていたし、父さんや孤児院のみんなに必要とされていないなら、もう生きていなくてもいいんじゃないかなって」

「そんな! わたしはアルツを必要としていました。わたしの気持ちはどうでも良かったと言うんですか!」


 あの時アルツがわたしにした仕打ちを思い出し、胸が張り裂けそうになる。わたしを自分が生きるか死ぬかの賭の道具にした時のことを。


「シアに出会って、思い切り不審者のオレを信じてもらって、頼りにしてもらって、慕ってもらって、『好き』と言ってもらえて、オレは本当に救われたんだ。君がオレの生きる価値な気さえしてた。だから……、だから君をあんな酷いことに巻き込んでしまった」


 アルツはわたしの頬に手をやって、眉間に深いしわを刻ませた。


「ごめん、本当にごめん。オレはあの時のオレの仕打ちを君が許してくれたと思って、君があのことにどんなに傷ついてしまっていたのか、深く考えていなかった。

 あの時の傷は、今もシアを苦しめ続けているんだね。オレは何も気づかず君を傷つけ続けていたんだね」


 知らず知らずのうちに流れていたわたしの涙を、アルツはそっと拭う。


「あの時のことをどんなに謝ったって、意味がないんだよね。君がオレに『謝らない』と言ったのは、謝るよりすべきことがあるのを知っているんだ君は。

 だから、オレもこれ以上謝らない。その代わりに君に誓うよ。オレはこれからどんなことがあっても自分から死のうとしたり、死んでも構わないと自暴自棄なことをしたりしない。君がオレを助ける必要は全くないことを誓う。オレは絶対君より先には死なないから」


 止まることのない涙を流れるにまかせ、わたしは目を閉じた。そしてアルツの胸に頬を寄せ、両手を背中に回してぎゅっと抱きしめる。


 アルツが自分より先に死なない。その誓いは自分でも驚くほどわたしを安堵させた。


「――もう、自分のこと嫌いじゃないですか?」

「シアがオレのこと好きになってくれたから、もう嫌いじゃないよ」

「自分のこと、生きる価値のない人間だなんて、思っていないですか?」

「シアを守ることが出来るなら、オレは生きている価値がある」

「――――自分のこと、信じていますか?」

「――――シアがオレを信じてくれているから、オレはオレを信じられる」

「信じます。信じていますから、もう二度とわたしを置いていかないで。ずっと、ずっと一緒にいて」

「誓うよ。シアとずっと一緒に生きていく。離れないし、君を置いては行かないよ」




 アルツの言葉で、わたしの中に凍って固まっていた何かが溶けて消えるのを感じた。




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