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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第十章 首都 オラージュ
85/99

10-7

 シアの元へ行くため城内を歩いていると、すれ違う人々に驚愕の眼差しを送られる。


 晩餐会では派手に倒れて運ばれたようだから、そんな人間が1・2時間経ったぐらいでスタスタ元気に歩いていたら、それは驚かれるだろう。


 「白金の……」とか「癒やしの術が……」とかひそひそ交わされる声が聞こえる。シアルフィーラの『癒やしの術』が巫女並みの治癒力を持っていると誤解されては、後々大変だ。そのあたりも上手く対処しなければいけないと考えながら、客室に入った。


「シアの具合は?」


 客室の居間の椅子に座っているナスカに声を掛けると、剣呑な眼差しで睨まれた。オレがナスカでも怒るだろうから、ここは大人しく受けておくことにする。


「先ほど目が覚めたが、再び眠ったようだ。お前の女が付き添っている」

「ポルテはオレの女じゃないよ。強いて言うなら妹みたいなものかな」

「相手はお前を兄だとは思っていないようだがな、モーネという女も。全くレーシアといい、こんな男のどこが良いというのだ。サージュ様まで、お前のことを買っていると聞く。お前は一体どんな手練手管を弄したのだ」


 人聞きの悪い。何時だって誠心誠意接しているオレをなんだと思っているんだ。しかし、サージュ様に対して、やけに感情的だな……。と、あることを思いついて、オレは含んだ笑いをナスカに投げた。


「オレとサージュ様との間に何があったのか気になるみたいだな」

「貴様! サージュ様に何か不埒な真似でもしたのか!」


 打てば響くナスカの態度に、思わず吹き出す。


「何かあるわけないだろ。ずいぶん取り乱されますな、ナスカ大神官どの?」


 オレに引っかけられたと気がついたのか舌打ちをして横を向くが、そのナスカの目元が少し赤い。


 ぐふふふふ、そうですか、そうだったんですね。


「年上の方がお好みなのね、ナスカさまは」

「気色の悪い話し方は止めろ。第一お前に言われたくない」

「今は、シア一筋だも~ん」

「だから、気色悪いわ!!」


 何時もやり込められてばかりのナスカへの仕返しはそれぐらいにして、シアの様子を見に行くことにする。そのまま寝室に足を向けるが、ふと思いついてナスカに声を掛けた。


「今回の件も、お前は承知していたのか?」

「――なんの話だ? レーシアの男性化の件か?」

「いや……。その件は、後でがっつり文句があるからな」


 オレが睨み付けると、ナスカは肩をすくめて「聞くだけは聞いてやる」と尊大そうに返した。


 そうか、ナスカは知らないんだな――心の中でつぶやきながら、ふと思い出した懸案を持ち出す。


「シアがオレを助けるために、気管挿管と胃管挿入をやったそうだな」

「――私は医術師ではないから、それが何を示すのか分からないが、お前に対して医療行為は行っていたことは分かる」

「このままだと、シアの薬術師のメダルが剥奪されてしまうから、教都に戻ったらオルキデーア殿と相談して対処したいんだが、手を貸してもらえないか」


 オルキデーア殿は、シアのためならどんな手でも尽くしてくれるだろう。なにせ……


「お前のせいだろうが、レーシアのためなら手を貸そう。私も、守護騎士であるオルキデーア殿も」


 そう、オルキデーア殿も守護騎士なのだから。オルキデーア殿はシアの母親、アルトレージュ様の祖父、つまりはシアの曾祖父にあたる。教都の名家の出身で大神官まで上り詰めたのに、31歳で薬術師として一から学び舎に入り直し、白金を取った異色の守護騎士だ。異色さはオレも負けないが。


 なにが、初恋の人にシアが似ているだ。自分のひ孫なんだから、自分の元奥さんに似ているだけじゃないか。初めて知った時そう憤慨したのだが、オルキデーア殿のオレに対する怒りはそれの比ではないらしい。


 シアを奥神殿からこっそり連れ回し、それをナスカの依頼かのように偽っていたことを大変怒っているそうだ。恐ろしいのでまだ会いに行っていないのだが、今回の件も合わせてどでかい雷を落とされそうで今から戦々恐々だ。オレはうんざりしながら寝室の扉を叩いて部屋に入った。





 部屋には寝台に横たわるシアと、それに付き添うポルテの姿があった。シアは耳の装身具が付けておらず、姿も女性に戻っている。恐らく身体の負担を少しでも減らすためだろう。魔具は微量ながらも装着者の魔力を吸い取ってしまうのだ。


「アルツ――、具合はどう?」


 少し面やつれしたポルテは、心配そうな表情でオレを見る。ずいぶん心配を掛けてしまったようだ。そうだよな、二人して死にそうになってるんだもんな。


 オレは寝台の脇にある椅子に座っているポルテの横に行き、頭を撫でた。


「オレはもうなんともないよ。今すぐ龍をもう一匹殺せって言われてもやっちゃえるぐらい元気。色々気を回してくれてありがとな。ポルテとクロトが居てくれて助かったよ」


 嬉しそうに目を細めたが、すぐにポルテは自嘲する。


「あたしはなんにも出来なかったよ。ずっと見てるだけだった」

「居てくれるだけで助かるんだよ。お前達は」


 龍を殺す旅を続けていた時も、二人の存在にオレはどれだけ救われていたことか。二人にこの気持ちが上手く伝わらないのがもどかしい。


「30分前ぐらいに目を覚ましたんだけど、すぐまた寝ちゃった。大丈夫かな、シア」


 心配そうにシアを見つめるポルテの頭を、再び撫でた。


「魔力がまだ足らないんだろう、多分。寝ることで回復しようとしてるんだ。ちょっと席を替わってくれ、魔力を分け与えるよ」

「ん、お願い。何か胃に優しい食事を用意してもらってくるよ。アルツもシアも結局何も食べてないもんね」

「ああ、頼む。ただ、少し話すことがあるから、30分ぐらい後にしてもらえるか?」


 「了解」と言って、ポルテは部屋を出ていった。





 少し青ざめたシアの顔をしばし眺める。自分以外の誰かがこの唇にふれたという事実に胃が焼け付くような嫉妬を覚え、オレは心を静めるために大きく息を吐いた。心を乱しては魔力の移行が上手くいかない。


 自分が落ち着いたのを確認して、オレはゆっくりシアの唇に自分のそれを重ねる。魔力の供給のためなんて言い訳だ。ただ自分がシアにキスしたいだけ、それだけだ。


 オレが身を起こすとすぐシアのまぶたが開いた。ふたつみっつ瞬きをして、目線をゆっくりとオレに向ける。


「――憧れてたんです」


 ぼんやりとした表情のまま、ぽつんとシアが言う。


「――何に?」


 そう返すと、シアははにかんだように小さく笑った。


「アルツに昔買ってもらった小説で、眠っている女性に恋人の男性がキスをする場面があったんです。女性はそれで目が覚める。

 好きな人のキスで目覚めるなんて、素敵だなって。憧れてたんです」


 可愛らしい言葉に思わず笑みがこぼれる。


「そっか。言ってくれたら何時でもしたのに。って、何時もシアの方が早起きだったけ」

「じゃあ今度わたしが寝坊したら、キスで起こして下さいね、約束ですよ」

「ああ、約束する」


 オレが頷くと、シアは急に顔を歪ませた。そして、その表情を隠すように横になったまま両手で顔を覆う。


「シア?」


 声を掛けると、両手からシアの嗚咽を堪えるような声がもれる。


「――そんな約束さえ、出来なかったかもしれないんですよ。どうして、どうして毒なんて口にしたんですか。わたしを置いていっても良いと思ったんですか」


 幼子のようにしゃくり上げながら言葉を話すシアに、胸が痛くなる。


「ごめん、口にしただけで飲んではないんだ。吐きだしたのに倒れちゃって、自分でもびっくりというか……」


 オレの言葉に、シアは体を起こして怒鳴りつけた。


「行き当たりばったり過ぎです! 国王に連れて行かれる所だったんですよ。今頃心臓に穴を開けられて血抜きされてたかもしれないんですよ」


 うっ、鶏の血抜きみたいに逆さに吊られる自分を想像してしまった。それはすごく嫌だ。


「本当にごめん。シアがいるから、なんとかなるなと……。軽率でした。心配掛けてすみませんでした」


 ひたすら低頭平身して詫びるが、涙をいっぱいにためた目をじっとこちらに見据えたまま黙るシアに、心が痛くなる。


「わたしは、謝りません」

「シアが謝ることなんて何もないじゃないか」


 予想外の言葉に驚く。


「――不老不死の体にされてでも、ですか?」


 こわばった顔を背け、シアが吐き捨てた。

 ああ、それか――納得しながら、シアにどう話そうかと考えを巡らせる。どう話せばシアの心を軽くすることが出来るだろう。「謝らない」と言いながら、罪の意識に苛まれているシアに。


「不老不死にはならないだろう。サージュ様が言ってたじゃないか。ダリヤ殿に『蘇生の術』を掛けても、せいぜいちょっと長生きするぐらいだろうって」

「おじいさんとアルツでは、わたしの気持ちが違います。アルツを想う気持ちは最初の王女に負けているとは思いません」


 こんな事態なのに緩みそうになる口元を引き締めながら、反論する。


「オレを好きな気持ちは負けていなくても、シアはもう20歳を過ぎている。10歳前後の一番強い力で『蘇生の術』使った王女のようなことにはならないよ」


 冷静に話すオレを、シアはなじるように涙を浮かべて言いつのった。


「では、8年前の12歳の時では? あの頃は今と違って力が溢れていました。アルツを想う気持ちだって、今ほどではないかも知れませんが大好きだった。そんなときに『蘇生の術』を使ったら? 千年前の騎士のように不老不死の体になってしまうんじゃないですか?」

「シア、それって……」


 オレが声を掛けるとシアは、両手で顔を覆い俯く。


「――そうです。8年前、コズミさんに毒を盛られて死にかけていたアルツに、『蘇生の術』を掛けてしまったんです」


 小さな声で、シアはそう告白した。





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