10-4
着替えを済ませ客室の居間に行くと、待っていたフィーリアが「おぉ!」と歓声を上げた。
「うわ~~。絵にかいたような『麗しきご主人様と影の薄い従者』だね! シア綺麗~、その服変わってるね。それが別大陸の衣装なの?」
父親ともども、失礼な奴だな。シアが麗しく綺麗なのはその通りだが。
シアの今着る服は、別大陸で公式な場で着られる服装だそうで、金糸・銀糸など色とりどりの刺繍がふんだんに使われた見栄鮮やかなものだ。これの着用が許されるのは癒やしの巫女と四親等以内の血縁者だけで、着ているだけでその血筋が優れていることが一目で分かるというわけだ。
「はい、そうです。ちょっと重くて動きにくいので、実は苦手なんです」
そういって、シアは苦笑した。まあ、そうだろう。何枚も服を重ねた上、そんなごってり刺繍した上着を羽織って、これまた色鮮やかな組紐で幾重にも縛ってある。総重量を考えたら、赤子を背負っているようなものだろう。
着ている本人は大変そうで申し訳ないが、オレはシアのこの服装は彼女に良く似合っていてとても好きだ。実際この目で見たのは退任式のと合わせて二度だけだが、シアの結っていない白金の髪が鮮やかな上着に映えて、うっとりするぐらい美しい。まやかしの魔術で彼女の髪が黒く見えているみんなには、その魅力は半減どころか激減だろう。
「見目麗しいなシアと、見苦しいほどやに下がってるアルツに、残念なお知らせを持ってきました」
オレがシアに我を忘れ見入っていると、フィーリアが沈んだ声で話しかけてきた。オレたちの注目が自分に集まるのを待ってから、再度口を開く。
「二人の晩餐の席が国王の隣になりました」
「げっ! マジで?」
建国記念の夜会は晩餐会から始まるそうで、いきなり慣れないテーブルマナーを駆使する食事にうんざりしていたのだが、それを国王の隣でやらされるとは本当に辟易する。
「それだけ伝えに来たの。行っていきなり知らされるよりマシだと思って」
「忙しいのにすまん。色々ありがとう」
フィーリアの気遣いに、心底感謝するよ。
「こっちこそ、なんにもフォローできなくてごめん。それじゃあ、会場でね」
フィーリアはそういって、手を振ると急ぎ足に部屋を出て行った。
「――簡単には終わりそうもありませんね」
ため息混じりに話すシアに、オレは大きく頷いた。
召使いに先導され、晩餐会の会場に向かう途中の廊下で、見知った顔に行き会う。
「ナスカ様!」
シアが驚きの声を上げると、簡易の神官服を身につけたナスカが振り返った。その隣には同様に神官の服装の男もいる。見慣れない顔だ。
「『お迎え』に、お前が来るとは思わなかった」
オレが声を掛けると、ナスカは憎々しげな顔をしてオレを睨んだ。いつもの余裕ある態度とは違い、イライラしているようだ。珍しい。
「私も来たくはなかった。サージュ様から是非と頼まれて、断れる訳がない。
退任式後の目の回るほど忙しい中、オラージュくんだりまで足を運ばせられるとは……。アルツ、お前が着いていながらこの失態、覚悟出来ているだろうな」
ナスカのらしくない不機嫌丸出しの表情にオレは多少戸惑いながらも、ナスカの隣に立つ神官に目をやる。すると、その神官はオレの視線に気がついたのか、ふっと柔らかな微笑をこちらに投げた。
「僕の名前はエレヴィ。全部事情を知っている人間だから、安心して大丈夫だよ」
50代ぐらいのその男は、柔和な印象の顔立ちを更に甘くさせ笑った。背丈はオレより低く、琥珀色の髪に淡褐色の目が整った優しい顔立ちに良く似合う。若い頃はさぞもてたことだろう。いや、今でも十分にもててそうだ。
しかし、ナスカの手の者と一通り面識があるオレでさえ初対面で、何者なのか訝しむ。
「この方の紹介は後でするから、とっとと夜会でもなんでも早く行って、早く帰ってこい。お前達の部屋で待たせてもらう」
ナスカは追い払うようにオレたちに手を振った。質問は先送りらしい。仕方がないので、オレたちは少し先で待っている召使いの共へ戻った。
「アルトサージュ様ご子息、シアルフィーラ様。アーリリア教、監視院院長補佐、アルツ=ウィルニゲスオーク様、ご入場致します」
会場に朗々と響くその声の後半の部分に驚いたのは、きっとオレだけだ。
ちょっと待て。『院長補佐』って何だ? そんな役職就いた覚えがないぞ。
「昇格おめでとう、って言った方がいいかしら? アルツ」
会場に入ってすぐの所で固まっていると、色鮮やかな瑠璃色のドレスを身にまとったフィーリアが声を掛けてきた。
「初耳で驚いている。へぇ、綺麗な瑠璃だなフィーリア。良く似合うよ」
「ありがとう。先ほど、ナスカ大神官が到着されて教えて下さったの。この4年間の功績による昇格らしいけど」
「さっき会った。平からいきなり院長補佐かよ。教都に戻ったら医術院に戻るつもりだったのに」
思わず深いため息が出る。
「医術院にも魔術院にも籍を作るそうよ。大忙しね」
ナスカの野郎、本当に馬車馬のようにオレを働かせる気か!
「席まで案内するわ。更に面倒な席次になってて本当に申し訳ないことこの上ないわよ」
フィーリアがうんざりした顔を覗かせながら、オレたちを先導する。う~ん、王女様に先導させるなって、不遜きわまりないなあ。
そう思っていると、思っているそのままの突っ込みが入った。
「フィーリア王女自ら先導なさるとは、ずいぶん親しい間柄なのですね」
30歳前後の黒髪の男が、並んで歩くオレたちに声を掛けてくる。
「ええ、彼とは2年来の友人ですわ。ヴァン=ウィルニゲスオーク殿」
「――どういった種類のご友人なのでしょうね」
下卑た笑いを浮かべる男に、フィーリアは晴れ晴れと笑ってみせた。
「あら、ヴァン=ウィルニゲスオーク殿はご存知なかったかしら。わたくし、寝た男とは友人にはなりませんわ。貴殿は、そういったご友人が多いそうですね」
「な、何を失礼な! 私はそんな話をしていたわけではない」
取り乱すヴァン=ウィルニゲスオークに、フィーリアは鼻白んだような顔をすると冷たく言い放つ。
「あまりお遊びが過ぎますと、奥方様に愛想を尽かされますわよ。奥方様のご実家からずいぶん金銭面でも援助をされているのでしょう。奥方様を大切になさって」
ぐうの音も出ないほどやり込められたヴァン=ウィルニゲスオークは、小さな声で捨て台詞を吐き足早に去っていく。
「遊びが過ぎて身を滅ぼしたのは、そちらの方でしょうに」
言い返そうと口を開いたオレを止めたのはシアだった。シアは黙って首を振る。――そうだ、騒ぎ立てて傷つくのはフィーリアなのだ。
「――ごめんなさい。おかしな噂話になってるみたい。迷惑を掛けてるわ」
「謝るな。オレを友達だと思ってくれているのなら、謝らないでくれ」
オレの強い調子の言葉に、フィーリアは泣き笑いのような表情を浮かべ頷いた。
晩餐会会場は細長い机が幾つも並んでおり、すでに八割方席が埋まっていた。それら歓談されていた名家の方々は、オレたちの名が呼ばれると静まりかえり、その視線をオレたちに、いやシアに集中させた。
まあ、そうだろう。アルトサージュ様の消息は25年前から全くの不明で、いきなりその息子を名乗る男が現れたら驚くだろう。しかもそれが超絶綺麗な美青年ときたら、注目し甲斐もあるもんだ。
「その肩書き、偽りはないのかしら」
フィーリアが連れてきてくれたオレたちの席は会場の中央にある机の端、一番上座にあたる席の隣で、その机の向かいにはサシャスとモーネがすでに腰を下ろしていた。モーネはオレたちの姿を見ると、そっけない表情で言い放つ。
「残念ながら、ナスカ大神官のお墨付きなの。これが嘘なら、アルトサージュ様が嘘つきってことになるわね」
フィーリアは、更にそっけない口調でモーネに言い返すと、オレたちに席を勧めた。そう、アルトサージュ様に嘘をつかせてるんだよな。正直、心苦しい。
勿論シアの方が王に近い上座でサシャスの前、オレがその隣のモーネの前だ。
「じゃあ、わたくしは戻るわね。本会場の準備責任者だからそろそろ行かないと。お食事を楽しんでと言いたいところだけど、こんな食事が不味くなる席で本当にごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
フィーリアの言葉に苦笑しながら再びお礼を言うと、フィーリアは「どういたしまして」と麗しく猫を被った微笑みを残して立ち去っていった。
「インバシオンでは再会したくないと言わなかったか?」
「『インバシオンで会わないことを祈っている』とは言っていたね。サシャスの祈りが足らなかったみたいだ」
「お前の努力が足らなかったんだ。俺のせいにするな」
オレとサシャスが軽い応酬が終わるのを見届けて、シアがサシャスに頭を下げた。
「4年前はろくにご挨拶もせず、失礼しました。シアルフィーラと申します。あの時は、本当にありがとうございました。あの時貴方がいなければ、どうなっていたか……」
「それは、お互い様です。俺こそ礼を言いたい。テンパっているアルツを一言で落ち着かせ、国王と堂々と渡り合い、誰にも口を挟む隙を与えない鮮やかな退場。どれをとっても素晴らしい。俺も惚れてしまいそうだ」
無駄に魅力的な微笑みを浮かべ、自分を褒め称えるサシャスにシアは頬を赤らめた。シア! 何赤くなってるの! そいつ、こう見えて変態だよ!
「その話はしないで下さい。自分でも馬鹿なことをしたと思っているんです」
なんだ、自分で気絶した件を恥ずかしがっていたのか。良かった。
「――いい年した男が顔を赤らめたって、気持ち悪いだけよ。男が男相手に媚びちゃって見苦しい」
「モーネ!」
モーネの暴言に思わずオレは声を荒げた。シアのどこをどう見れば気持ち悪くて見苦しいんだ。愛らしくて色っぽいくて、クラクラしちゃいそうだろ!
「アルツ、放っておけ。単なる嫉妬にまみれたやっかみだ。相手する方が馬鹿をみるぞ。アルツの相手が外見も、中身も、身分も何もかも自分が到底叶わない相手な上、アルツ自身がその相手に夢中なのを見せつけられて、憎まれ口をたたくしか出来ないんだよ。負け犬の遠吠えさ、シアルフィーラ殿もお気になさらず」
サシャスの言葉にモーネは真っ赤な顔になり、そっぽを向く。そんな二人の様子を見てオレはため息をついた。
「今もモーネに容赦ないのか、サシャスは。後見人になって大分立つから、少しは気安い関係になったかと思ったら……」
「レーフェル様を軽んずる相手に、俺が気安くなるわけがないだろうが」
「――相変わらず、サシャスの中心は父さんなんだな。父さんの手紙では分からなかったんだけど、父さんも最後までモーネとは仲良くなれなかったのか」
改めて知らされた事実に、オレのため息は更に深くなる。二人の間に、というよりモーネが父さんにわだかまりがあったとすれば、原因はきっとオレだろう。モーネは最後までオレが教都に行くことを反対していたし、それを勧めた父さんを恨んでいた。
「私があの人と仲良くなるなんて思うアルツがおかしいのよ。あの人が私からアルツを奪って引き離したのよ」
「20歳を過ぎても、まだそんな子どもじみた寝言を言っているのかお前は。コイツはお前なんかのものじゃなかった。つまりレーフェル様はアルツを奪った訳じゃなく、お前みたいな愚かな女に一生縛られるところだったアルツを救いだしたんだよ。
そんなだから、お前にはろくな男が近寄って来ないんだ」
「なんですって!」
恐らくこれが彼らの日常の会話だと思うと、思わず頭を抱えそうになる。オレは両手をパンと叩いて大きな音を出した。
「はい! そこ! ひと目の多いところでいがみ合わない。サシャス、女の子相手にひどい言い方しないの。モーネも言い過ぎだよ。せっかく可愛いのに、そんな口をきいてたらいい人も逃げちゃうよ」
「――いいわよ、来なくても。私のいい人はアルツなんだから」
少し頬を赤く染め、そっぽを向くモーネは確かに可愛らしいが、オレの隣で黙って成り行きを見守ってくれているシアが、呆れたような視線を送ってくるのが少し恐ろしいです。
それから周囲から注目を浴びているのは分かっているが、その中でも特に先ほどからオレに対して激しい殺意を投げつけている、ヴァン=ウィルニゲスオークの様子がおかしい。あの父さんの血のつながった甥が、こんな所で何か仕掛けてくるなど愚かしい人間だと思いたくはないのだが。
「サシャスは変わらず父さん第一だな。おまえこそ、そんなだからいい年して独り身なんだろう」
オレが話を変える目的でそんなことを言い出すと、意図を分かったサシャスが悪のりしてきた。
「勿論だとも、俺の一番は死ぬまでレーフェル様だ。それを理解した上納得した女でないと一緒にはなれんな」
悪のりしすぎだ。振ったオレさえげんなりする答えに、周りのギャラリーからも微妙な空気が漂ってきた。
「――サシャス。父さんを何時までも大切に思ってくれるのはいいんだけど、父さんとあんたがおかしな関係だと誤解されるような言動は止めてくれ。父さんが草葉の陰で泣いてるよ」
オレが思わず苦言を呈すると、後ろから違う声が掛けられる。
「残念ながらサシャスとあれが出来ていたということは、周知の事実だ」
「事実ではありません、陛下! 義父は亡くなられた奥方のマルカ様一筋でした。
サシャスも! 父さんの不名誉な噂話を煽るような言動をするな」
悠然と席に着くインバシオン帝国の国王陛下の登場に、周囲は息をのむ。みんなオレらに注目しすぎて、国王が来たのに気づかなかったのかよ。
「そのマルカ様に今際の際で頼まれたんだ。下手な女とくっつくより、貴方の方がよっぽどマシだからこの人をよろしく頼むと。レーフェル様は泣いて嫌がったが」
それは嫌だろう。臨終の場で奥さんに男とくっつけと言われたら。
「――マルカ様のお気持ち、少し分かります」
分からないで! シア! オレも今泣きそうだよ。
「クックックッ、変わらず面白い男だな、アルツ=ウィルニゲスオーク。このままアーリリア教に埋もれさせるには惜しい人材だ」
よく言うぜ、人を怪しげな呪術の材料にしようとしているくせに。いや、人間の材料という意味の人材か?
オレの呆れた眼差しを無視し、国王はシアに目を向けた。
「4年前はまだ蕾といった風情だったが、今は咲き誇らんばかりの麗しさだな。更に艶っぽくもなったか」
シアを値踏みするような目で見るな。オレがムッとして無表情なのに対し、シアはうっとりするような秀麗な微笑みを返す。
「お褒めの言葉をありがとうございます。この度は建国の記念日という晴れやかな席にご招待いただき、御礼申し上げます」
「今回は退場の際、何をしてくれるのだ? 気絶の次は発作か?」
「以前お会いした時は体調がすぐれず、大変失礼いたしました」
「行方不明だった血縁者の息子だとか。どおりで神殿が貴殿の身分を隠すはずだ。父親は誰かね。ああ、巫女の父親もいつも不明だったか。貴殿の父親も巫女同様、『神』だと言うつもりかね。どこの誰とも知れぬ男をくわえ込んで、相手は『神』だと言い切る厚顔さは、このわしも負けるよ」
「陛下!」
あまりの言いようにオレが口を挟むと、シアが軽く手を上げオレを制止した。
「アルツ。控えていなさい」
「――失礼いたしました」
シアの冷静な態度で我に返り、オレは居住まいを正した。オレが挑発に乗ってどうする、情けない。
「わたくしの父親については、機密に触れますので申し上げることは出来かねます。ただ、この世にはいないことだけは、お伝え致します。出来るだけ母の心を煩わせたくはありませんので、この件についてそっとして頂ければと。インバシオン帝国の国王陛下ともあろうお人が、傷ついている人間に追い打ちをするような情けのないことはされないと思いますが」
「相手は神罰を下されたという、貴殿の母上に乱暴をしようとした神官か? 事件は25年前と聞く。貴殿は20歳そこそこに見えるが、若く見えるだけなのか?」
「――わたくしは20歳です。国王陛下、そういった言動は陛下の品格を貶めるだけです。控えられた方がよろしいでしょう」
さすがのシアも眉をひそめ、低い声をだす。
サージュ様が25年前に失踪した原因が、当時18才だったサージュ様に神官が狼藉を働こうとしたことは公然の秘密である。しかしそれを息子に対して、しかも息子は暴行の上出来た子ではないかと言い放つとは、無神経の極みだ。
大陸の覇者という地位を目の前にし、傲慢になりすぎてはいないか? インバシオン帝国の国王ならば、どんな言動も許されると思ってはいまいか?
殺伐としたやり取りの間に、おのおのの硝子の杯に葡萄酒が注がれる。色は鮮やかな紅榴石、恐らく古酒なのだろう。価格の張る古酒をこれだけの人数に振る舞える財力にもうんざりする。
「暴言の詫びにはならんが、わし秘蔵の古酒を楽しんでくれ。皆も存分に堪能せよ」
国王が杯を掲げ、飲み干すにあわせて招待客も次々に杯を空けていく。しかし、オレはそれに口を付けることを躊躇した。 先ほどからこちらに向け続けられていたヴァン=ウィルニゲスオークの殺意が、乾杯の合図と共にふくれあがっているのだ。まるで、兵士が敵を殺そうと剣を振り上げた時のように。
「どうしたのかね、アルツ=ウィルニゲスオーク。酒に口をつけられぬほど、わしの失言が許せないか?」
お前も一口噛んでいるのかよ。――いいや、お前が主犯なんだな。
「さあ、杯を空けてくれ。わしの詫びを受け取ると思って」
ここで断っては後々問題が起こるだろう。飲まない選択は選べない。
「アルツ? どうしましたか」
シアが不審そうにこちらを見る。オレはシアの目をじっと見つめた。
ごめん、後を頼む。
オレは心の中でシアに謝ると、手にした杯に口を付けて思い切りあおった。
その中に毒が入っていることは分かっていたのだが。




