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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第八章 薬学の里 ペタル
62/99

8-1

 馬車が森の中に入ると、あたりの雰囲気は急に濃密になった。この森を一言で表すなら、神秘的という言葉が相応しいのだと思う。


 サージュ様の住むセレッソを出て3日過ぎた。途中小さな村に泊まりながら街道沿いをずっと進んでいるが、アルツはまだわたしにどこを目的としているのか教えてくれない。


 シアもきっと気に入ると思うよ――そう言って、アルツはイタズラっぽい笑みを見せるだけで、行き先を秘密にする。アルツのことを信用しているから心配はしていないが、気にならないわけではない。


「シア。集落に行く前に、寄って見せたいものがあるんだ。馬車では行けないから、ちょっと降りてもらっていいかな」


 道を外れたところに馬車を止めると、アルツは先に降りてわたしに手を差し出す。


「…………ありがとうございます」


 わたしは少し戸惑いながらも、アルツに手を重ねた。


「そんなに歩かないよ、10分くらいかな。これが見せたくて、こっちに来たんだよ。楽しみにしててね」


 嬉しそうに笑うアルツに、わたしもなんとか微笑み返した。繋がれた手はそのままだ。道と呼ぶのもはばかられるような小道を確かめながら、度々わたしを見つめるアルツの視線は、わたしが戸惑うほど熱い。



 サージュ様のところでわたしの女の姿を見てから、アルツがわたしを見る目は変わった。

 熱っぽいというか、情感のこもったアルツの視線はわたしを落ち着かない気持ちにさせる。ポルテさんは、気にせず放っておけばいいと言ってくれたけど、そんなことわたしに出来そうにない。


 何故ならそんなアルツはとても艶っぽくて、見られているだけなのに、わたしはドキドキしてしまってアルツの顔をまともに見られないのだ。


 こうして手をつなぐ行為も前とは少し違う。

 時折アルツの指がわたしの手の甲を撫でるのだ、とても優しく。

 出会った頃から、よく手を繋いだり、抱きしめたりとスキンシップの多い人だったが、以前のそれとは明らかに変わっている。

 わたしは今までアルツにさわられると、とても安心出来た。

 でも今は、逆に落ち着かない気分になる。決して嫌な気持ちではないのに、逃げ出したくなる時があるのだ。


 わたしは今までどうやって平然とアルツと過ごしていたんだろう。


 アルツとわたしの関係は、少し変わった気がする。





「わあっ!」


 薄暗い森を抜け、開けたところに出ると、そこには見渡す限り色とりどりの花畑が広がっていた。思わず声を上げ見惚れてしまったが、すぐにあることに気が付く。


「――アルツ。ここは……」


 アルツはわたしの言葉を受けて、微笑み頷いた。


「そう。ここはただの綺麗なお花畑じゃない、すべて薬草だ。ここは薬学の里ペタルが所有する、薬草の畑なんだよ」

「これが……」


 話しには聞いたことがあった。場所は不明だが、大陸古来の薬学をずっと受け継いでいる村があると。そこでは、幾多の薬草が栽培され、独自の研究がなされていると聞いた。

 アーリリア教の薬術学は別大陸から持ち込んだものだ。この大陸にも、この大陸でのみ自生する薬草や、別大陸では薬草と認識されていなかったものなども使って、独自の調合法を持つ薬学がある。

 感染症の菌を殺したり、熱や痛みをとるなど一つの症状や病気に対して強い効果がある薬術学と違い、この大陸古来の薬学は、慢性的な病気や体質に由来する病気の治療など複雑な症状に効果があり、近年見直されつつある。


 そう、一時期薬学は衰退の危機があったのだ。アーリリア教の薬術学のせいで。

 原始的だ、効果が薄いなどと迫害されていた時代もあったそうだ。薬学の里と呼ばれるペタルの場所が現在でも秘匿されているのは、こうした時代背景が色濃く残っているせいだろう。


「わたしがここに来ても、大丈夫なのでしょうか?」


 昔ほどではないが、薬学と薬術学の対立は歴然と残っている。アーリリア教の人間である自分が歓迎されるとは思えなかった。

 そんなわたしの不安を払拭するように、アルツは朗らかに笑った。


「大丈夫大丈夫。今は里の人間ほとんどが薬術師のメダル持ってるぐらいだよ。昔ほどアーリリア教に敵対心は持ってないさ、全く無いとは言わないけどね。

 シア、前から薬学に興味持ってただろ。教都の図書館も薬学の本は少ないし、ここで色々教えてもらうといいよ。サージュ様もそんなに急いで教都に戻らなくても良いと言ってくださってることだし、思う存分薬学について勉強して下さいな」

「――良いんですか?」


 わたしはアルツを呆然と見る。行きと違い、なんの憂いもない帰り道にのんびりした気持ちでいたが、まさか勉強のために寄り道して貰えるとは思わなかった。


「勿論。3年前偶然ここを知ってから、何時か絶対シアを連れて来たかったんだ。こんなに早くかなうとは思わなかったけど」


 会えなかった4年間、ずっとわたしのことを想っていたとアルツは教えてくれたけど、それが本当のことなのだと、こうした言葉のはしばしで分かる。

 わたしは嬉しさのあまり、アルツをじっと見つめた。感謝の言葉を言いたいのに、胸がいっぱいでひとことも声が出ない。


 すると、ふっとアルツが真顔になり、わたしの身体を引き寄せた。


 ――キスされる。


 そう思い、わたしは目を閉じようと視線を下げる、と……


「ナルギ!?」


 わたしは目を閉じる直前にちらりと見えた薬草を確かめるべく、目の前のアルツを押しのけ地面に這いつくばった。


「し、シア?」


 後ろでアルツが悄然とうなだれていたのだが、興奮したわたしは気が付くことが出来なかった。なぜなら、目の前の小さな紫色をした花に心を奪われていたから。


「やっぱりナルギ……。まだ、あったのですね」


 わたしはため息と共に手を差し出そうとした。その時、


「触らないで! その花は猛毒を持っているわ。うかつに手を出さないで」


 声のするほうを見ると、艶やかな黒髪をあごの下で切りそろえた若い女性がこちらに歩いて来るのが見えた。


「――確かにナルギは毒がありますが、それほど強い毒性のものではありません」

「『なるぎ』? そんな名前の植物聞いたことがないわ。これはケピソスと言って、触るだけで手はかぶれ、少しでも口にすればたちまち死に至る猛毒の花よ。

 アルツ、貴方が連れてきたからどんな立派な薬術師なのかと思えば、ケピソスも知らないような人間なの?」


 女性が呆れたような物言いでわたしの言葉を一蹴した。それに対し、アルツは余裕たっぷりな微笑みでわたしを紹介する。


「久しぶり、ヴァリー。約束どおり連れてきたよ。彼がオレのパートナー、黄金の薬術師 シアルフィーラだ」

「――黄金の、ね」


 ヴァリーと呼ばれた黒髪の女性は、すっと目を細めてわたしを見る。その表情を見て、わたしはすぐにわかった。


 彼女もアルツが好きなのだ、と。



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