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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第七章 17年前 国境の村 ラント
60/99

7-8

 翌日は小春日和で暖かかったため、レーフェルは自室の窓を開け放して書類を片付けていた。


 するとサシャスが現れたのか、子どもたちの騒がしい声が聞こえてくる。手を止めて窓から外を伺うと、サシャスが木材を運んできた業者に、指示している姿が見えた。


 サシャスはレーフェルにすぐ気が付き、軽く頭を下げる。レーフェルも、好きにやってくれとばかりに手を軽く上げ合図をして机に戻った。昨日言っていた飼育小屋を作るつもりなのだろう。器用な男だ、恐らく立派な小屋が出来上がるに違いない。


 インバシオンの貴族でも名うての名家出身のはずなのだが、こうしたこともどこで覚えてきたのか上手にこなす。それどころか、学問・運動・剣術・魔術・社交術と全方向的になんでも達者な上、見た目も眉目秀麗で文句のつけようがない。勉強以外のほとんどが苦手であるレーフェルから見れば、劣等感が刺激され全く面白くない相手だ。


 しばらく書類に集中していたが、窓を軽く叩く音ではっと目をあげる。眼鏡を中指で押し上げながら見ると、サシャスが窓から申し訳無さそうに顔をのぞかせていた。


「お仕事中すみません、少しよろしいですか?」

「どうした? 何かあったのかい?」


 レーフェルが窓辺に立つと、サシャスは少し弱ったような顔をして口を開く。


「子どもたちに剣術を指南して欲しいと頼まれまして。構わないでしょうか?」


「――白金の剣術師だと話したのか?」


 少し咎めるような口ぶりになったせいか、サシャスは更に後ろめたそうな顔をする。


「申し訳ありません、つい口をすべらせました。この村の少年たちは、子どもの頃から軍で剣術を習うらしいのですが、アルツは大人でも相手が出来ないそうで、是非稽古をつけて欲しいと……」


 レーフェルは、ため息をつく。サシャスはなんでも出来るせいか、プライドの高い男だ。昨日アルツの力を見て、対抗意識が顔を出してしまったのだろう。


「少しなら構わないが、気をつけて欲しい。君の心の闇は、人を魅了する。僕の子どもたち、特にアルツに君の闇を見せないで欲しい」


 レーフェルの言葉に、サシャスは傷ついた顔で低い声を出した。


「『人は人を殺すことが本能的に好きなんだ』と言って、俺の嗜癖(しへき)を認めてくれたのは、その場限りの偽りだったんですか」

「違う、君と僕は同じ穴のむじなだ。君を否定することは、自分自身も否定することになると言っただろう。人を殺すことに快楽を覚えるのは僕も一緒なんだ。殺した人の数が罪の深さだと言うのなら、僕のほうが君よりずっと罪は重い。

 ただ、僕たちのこうした業を、子どもたちには背負わせたくないんだ。特にアルツには。知らずに済むのなら、知らないほうが良い。一度この快楽を知れば、二度と抜け出せなくなるから」


 サシャスはじっと黙って聞いていたが、レーフェルが話し終わると艶然と笑い、言い放つ。


「勿論承知していますよ。ご安心ください、俺がそういうものを隠すのが上手いのは、良くご存知でしょう」


 言った途端くるりと向きを変えて、サシャスは足早に去っていった。




 サシャスのそんな様子を眺め、レーフェルは再びため息を付く。

 レーフェルの先ほどの言葉はサシャスをひどく傷つけただろう。それが分かっても、レーフェルはやはりサシャスに同じことを頼んでしまう。君の闇でアルツを魅了するなと。

 何故なら彼のまわりには、彼の心の闇に惹かれた人間が数多く集まっているのを知っているからだ。人はそれをカリスマ性があると言うらしい。


 サシャスは全方向的に万能な人間だが、難点もある。人を殺傷することに快楽を覚える嗜好があるのだ。

 かなり年少の頃から、自覚はしていたらしい。しかし、レーフェルと同じく軍門一族の出で、13歳の頃より戦火に身を投じていたため、またそのことを異常だと認識し、隠すすべを知っていたため、周囲は誰もその嗜好に気が付かなかった、レーフェル以外は。


 気が付けたのは、レーフェルもサシャスと同じだからだ。彼と違い、己の剣で目の前の人を殺めるわけではないが、戦術という名の武器を使い、大勢の人間を死に貶めることが喜びだと感じる人間なのだ。

 いや、殺す人の数から言えば圧倒的にレーフェルの方が多く、また離れた安全な場所から戦況だけを聞き、自軍の兵士を使って他軍の兵士を殺していくなど、レーフェルのほうがよほど罪深いだろう。



 インバシオンでは、戦争で勝つことが正義だ。インバシオン帝国の軍門一族で生まれ育ったレーフェルは、己の戦術で戦に勝つことを快楽に感じる自分を、疑問に思うことなどなかった。妻となる女性、マルカに出会うまで。

 そして人を殺すことが、人から大切な人間を奪う罪深いことなのだと本当に理解出来たのは、レーフェルが戦争で買った恨みにより、妻と息子を殺された後だった。


 年若いサシャスが自分の悪しき嗜好に懊悩するのを、言葉を尽くして救おうとしたのは、ただ自分が救われたかっただけに他ならない。


 アルツに、父と息子みたいなものと言ったが、なんのことはない互いの傷を舐めあう関係なだけだ。

 サシャスはレーフェルに己の存在を認めてもらい、レーフェルはサシャスを認めることで、自分も存在しても良いのだと自己肯定する。


 しかし、そんな誤魔化しで己を騙すことに倦み、レーフェルは軍を辞め、国の籍も抜き、神官になると決めた。それを知ったサシャスは、自分を捨てるのかとレーフェルをひどく責め、そして自分も軍を辞め付いて行くと言ったのだが、レーフェルはそれを止めた。

 常に戦火に身を置いているからこそ、その衝動を抑えることが出来るのであって、平穏な日常の中サシャスが生きていけるとは思えなかったからだ。絶えず戦争をしているインバシオンだからサシャスは英雄と呼ばれるが、他の場所では存在を認められることはないのだ。それほどまでに、サシャスの闇は深い。


 そんなサシャスを身近に見ていたからこそ、レーフェルはアルツのことを憂えてしまう。人を殺すことに罪の意識を全く感じず、躊躇もなく簡単に出来てしまうアルツも、レーフェルやサシャスのように容易に一線を越え、戻ってこないのではないかと。

 レーフェルは倫理観や道徳心も欠如しているので、正直アルツが人を殺めることに強い抵抗感はない。しかし、人を殺すということは人から恨みを買うことになる。もしアルツが将来大切な人が出来た時、レーフェルのようにそれがあだとなってほしくないのだ。


 レーフェルはアルツが幸せになるためにはどうするのが一番なのか、ずっと考えている。




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