7-7
翌日の軍による事情聴取も問題なく終わり、1週間ほど穏やかに過ぎた頃にそれはやってきた。
例によって夕食後、レーフェルがアルツと自室で読書にふけっていると、ステッラが息を弾ませて部屋に入って来る。
「お父さん、お客様が来たよ! お父さんが軍人だった頃の、昔の部下だって。本当にお父さんの部下だったの? ってぐらいカッコいい人だよ」
頬を紅潮させ、ひどく興奮している。レーフェルは嫌な予感がした。
果たしてステッラが連れて来た客人は予想通りの人物で、レーフェルは暗澹とした表情で迎え入れる。
「ご無沙汰しています。レーフェル=ウィルニゲスオーク様」
三十路前の男は、軍人らしい剛直な礼をレーフェルに示すと、艶やかに笑った。
男にしては少し長めな鳶色の髪を軽く撫で付け、黄玉色の瞳は角度によって金色にも見える。背丈は平均的な高さであるレーフェルより頭一つ半も高く、軍人らしくがっしりとした体格で、レーフェルのひとまわり以上大きく見えた。
それだけ屈強な体躯をしているにも関わらず、顔のつくりは男らしくも繊細で美しく、物腰も優雅で貴族的なため、一見して無骨な軍人には見えなかった。
レーフェルは2ヶ月ぶりに会う知己にうんざりした一瞥をくれると、アルツに向き直る。
「アルツ、悪いけどこの知り合いと話しがあるから、少し席を外してもらえないかな。その本は持っていっていいから」
アルツはわかったと頷き、読みかけの本を手に立ち上がった。アルツが男の横を通る時、ちらりと男の顔を見ると、男もアルツを見返し、ニッコリと無駄に秀麗な笑みを返す。
その様子をじっと見ていたレーフェルはアルツが部屋を出て、男が部屋に結界を張り終えると渋い声を掛けた。
「サシャス、僕の家名を出すな。家を捨てた僕には不要なものだ。それどころか敵国の軍門一族の家名は、僕の命を脅かす。君は僕を危険な目に合わせたいのかい?」
教会からの委任状にも、事情を言って家名は抜いてもらっている。レーフェルがそこまで気を付けているにも関わらず、サシャスと呼ばれた優美な男は悪びれる様子もなく肩を竦めた。
「そのようなつもりは全くありません。家を捨て、軍を捨て、国を捨て、俺も捨てた貴方には不要なものかもしれませんが、その身が教会にあろうとも名は一生ついて行くもの。貴方がレーフェル=ウィルニゲスオークという名であることに変わりないはずです。
それに、この国では『インバシオンの死神』という通り名のみ流布し、貴方の本名は知られていません。気にしすぎなのでは?」
『俺も捨てた』のくだりで顔をしかめたレーフェルはため息をひとつ付くと、先ほど出て行ったアルツの姿を追うように、扉を見つめる。
「聡い人間はどこにでもいる。気をつけて、し過ぎることはあるまいよ。
ところで、君は何しに来たんだ? 軍はどうした、先月中尉に昇進したと聞いたが」
レーフェルの視線を追い扉を見つめていたサシャスは、レーフェルの言葉で向き直り、艶やかに笑う。
「貴方に頼まれた保存食を持って参りました。軍のほうは知ったことありません。貴方から頼まれた仕事の方が大事ですから」
サシャスの朗らかな様子に、レーフェルはガックリと肩を落とした。
「保存食とはいえ半年も日持ちしないから、残りの分を手配して送って欲しいと確かに頼んだが、君本人に持ってこいとは言っていないだろう。それに、頼んだのは着任の3ヵ月後だ。まだ1ヶ月しか経っていないから、充分残ってるよ」
「貴方に依頼された仕事を人任せにするなんてことは出来ません。それに調べたところ、ここの教会が支給されている食料は、途中途中ピンはねされていて到底足らないでしょう。
俺が持てる分は、先ほど案内してくれた少女に渡しましたが、明後日こちらに着くよう業者に、ヤギ2頭、鶏10羽手配させています。飼育小屋は明日俺が作るつもりでしたが、これらすべて必要ありませんか?」
涼しい顔で「ならば今からでも解約しますが」とのたまう男を睨みつけながら、レーフェルは苦い思いを呑み込む。
みんなに動物性たんぱく質を確保すると約束しながら、この村が深刻な食糧不足のため、今日まで果たせなかったことを易々と成し遂げた目の前の男に、レーフェルは嫉妬心を覚えた。が、背に腹は変えられないので、苦々しく思いながらも礼を言う。
「解約はしなくていい。確かに食料は足りていないから、とても助かる。ありがとう」
レーフェルのとても褒められた態度ではない礼にもかかわらず、サシャスは嬉しそうに端正な顔を崩して笑ったので、レーフェルは更に居た堪れない気持ちになってしまった。
レーフェルは改めてサシャスに椅子を勧めると、お茶の用意をしながら先ほどの疑問を蒸し返す。
「食料が足りないのは確かだが、幾らなんでも1ヶ月は早過ぎないか? 僕が持参した保存食は3か月分ある。みんなで分けて食べているからそんなに持たないけど、まだ当分足りるのだが……」
3か月分の一人の食料を7人で消費するのだから、支給される食料があるとはいえ台所事情は苦しいはずなのだが、アルツはやり繰り上手で野草なども活用しながら7人の胃袋を満足させてくれている。
「そうですね。俺も当初は2ヶ月後ぐらいに来る予定でした」
「――予定を早めるようなことでも、あったのかい?」
目を細め、警戒心をあらわにするレーフェルを宥めるように、サシャスは艶やかな微笑みを投げた。
「ご安心ください。俺が貴方の心を煩わせるようなことをしでかすとお思いですか?」
「では、どうしてこんなに早くに現れた?」
緊張した面持ちのレーフェルに、サシャスはニッコリと笑う。
「貴方に早く会いたくて」
レーフェルは、手加減なく手元にあった文鎮をサシャスに投げつける。レーフェルの攻撃など容易に避けられるはずのサシャスは、甘んじて左肩でそれを受け、ニヤニヤと笑った。
「痛いなあ。冗談なのに……。まあ、二割がた本気ですが」
「たちが悪い! お前は本当にたちが悪い!! これ以上気味悪い冗談を吐くようなら、即刻追い出すぞ」
はははと、大口を開けて笑うサシャスは一転、真面目な表情に変わる。
「貴方の様子が知りたくて、ここの国境に詰める兵士の中に、手の内の者を潜行させているんです」
「……君は僕のストーカーか?」
「そのように捉えていただいて結構です」
レーフェルはウンザリとため息をこぼし、「それで?」と続きをうながす。
「一週間ほど前、こちらの国から死体で返された、2名の偵察兵の様子がおかしいと報告があったんです。紅蓮の魔術で焼かれていると」
紅蓮の魔術で焼かれた人間は、皮膚が裂けて流血し、紅色のレンゲの花のようになる。その遺体はあまりに特徴的なため、わかる人間にはすぐにどのような方法で焼かれたのか、露見してしまうのだ。
「紅蓮の魔術は、黄金以上でないと扱えない上級魔術です。こんな辺境にそんな魔術師はまずいないでしょう。ですから俺は、これは貴方がやったとすぐにわかりました。
黄金の魔術師であるマルカ様から贈られた、魔具の腕輪を持つ貴方の仕業なのだと」
反応を返さないレーフェルに構わず、サシャスは続ける。
「すぐさま死体をオラージュに送らせ、解剖させました。すると、2名とも死んでから焼かれたことが分かったんです。生きたまま紅蓮の魔術で死ねば、気管や肺にすすが付着しますから。
更に、死因を監察医に探らせたところ、死因は延髄断裂による即死でした。しかし不思議なことに、断絶した周囲になんの損傷もみられない。延髄部分だけが、何か鋭利な刃物のようなもので切られていました。外部からではなく、まるで延髄自身がひとりでに切れてしまったように……」
表情ひとつ変えずに見返すレーフェルを、ずっと悠然とした態度だったサシャスは初めて苛立たしげに睨みつけた。
「どんな魔術を使っても、そんな芸当は不可能だ。身体の内部でしかも、ごく小さな器官である延髄だけを切るなんてことは。
貴方は、一体誰を……いや、何をかばっているんですか! 返答しだいでは、俺は無理やりにでも貴方をここから連れ出します。そんな得たいの知れないものが、貴方の近くにあること自体、俺には到底許容出来ません」
サシャスが更に追求を強めようと口を開いたその時、部屋の空間は歪み、何か壊れた音が周囲に響く。それと同時に部屋の扉が開き、アルツが首を傾げながら顔をのぞかせた。
「あれ、なんかこの扉建付け悪くない? 今すごく開きにくかったんだけど」
レーフェルは自分の度重なる過失を思い頭を抱え、サシャスは愕然とした面持ちで、うわ言のようにつぶやく。
「――部屋に張った結界を、解呪ではなく無理矢理こじ開けたのか?」
レーフェルは内密の話をするので、サシャスがこの部屋に結界を張ることに依存はなかった。しかしまさかその結界を、いくら魔力が強かろうとまったく魔術の知識のないアルツが破ることが出来るなど、予想してもいなかった。していたら、アルツにこの部屋に近づくなと釘を刺していたのに……。
「けっかい? なにそれ。それよりお客様、今日泊まってくの? 布団ぐらいならあるけど、干してないからちょっとかび臭いよ。あと朝ごはんも必要なら用意するけど、嫌いなものとかある?」
サシャスのショックを気にする様子もなく、部屋を訪問した目的を果たすべく、アルツは質問する。その言葉でサシャスは冷静になったのか、目を細めアルツを観察しながら言葉を紡いだ。
「――君が、インバシオンの偵察兵を殺したんだね」
サシャスの言葉にアルツは一瞬息を呑んだが、すぐさま無表情に戻って肩を竦める。
「なんだ、やっぱりお客さんあの件で来たんだね。父さん、だから死体は埋めといた方が良かっただろ」
「――うん、その通りだったね」
レーフェルがガックリと肩を落として答えると、サシャスはアルツを睨みつけた。
「ここの偵察兵が、何人も行方不明になっているのは君のせいか」
「うん、大体オレのせいだと思う。……こないだの二人を含めたら14人殺しているかな」
人数の多さに、サシャスだけでなくレーフェルも言葉をなくす。
「アルツ、それだけ失踪者が出ているなら、遠からず調査が入るはずだ。君はこれ以上その力を使ってはいけない。インバシオンに君の存在がばれてしまっては最悪だ」
大陸最大の帝国インバシオンは、軍事大国だ。常に他国との戦争や内戦が起こっているあの国に、アルツのこの力はたいそう魅力的に映るだろう。存在が知れてしまったら、間違いなく戦争の道具にされてしまう。それだけはなんとしてでも避けたかった。
しかしアルツは、レーフェルの言葉に首をかしげる。
「もうばれちゃったじゃん。この人、インバシオンの軍人でしょ」
レーフェルは再び絶句した。
「ど、どうしてサシャスが、インバシオンの軍人だって知ってるの?」
「だって、父さんの元部下なんだろ。父さんはインバシオンの元軍人なら、この人もそうなるじゃん」
レーフェルが口をぱくぱくさせ、言葉を発せれない横で、サシャスは呆れたように息を吐く。
「確かに聡い人間はいますね。気を付けていても意味がなかったようですが。――君はどうしてレーフェル様がインバシオンの元軍人だと分かったんだ?」
サシャスが眼光鋭くアルツを睨め付けるが、気にした様子もなく問いに答える。
「父さんの奥さんが軍人だったって聞いたんだ。この大陸で、女性が軍に入れるのはインバシオン帝国と、アーリリア教だけ。そのうちアーリリア教は軍人と呼ばずに『騎士』と呼ぶ。つまり、父さんとその同僚の奥さんはインバシオン帝国の軍部にいったってことだろ」
「――どうして、そんなことまで知っているんだい?」
サシャスは油断なくアルツの表情を伺うが、当のアルツは何の疚しいところもないか、あっけらかんとレーフェルの本棚を指差しながら話した。
「父さんの本に書いてあったよ」
「そ、そうだったけ?」
気に入りの蔵書を適当に詰めてきたので、詳しい本の内容まで覚えておらず、あやふやな返答をすると、サシャスの冷たい視線が突き刺さる。
「俺が何を言おうとも、もうバレバレだったじゃないですか?」
「――面目ない」
レーフェルは素直に頭を下げた。
「でも、君は気にならないのかい? 僕が敵国の元軍人だということを。……君のお父さんを手に掛けた人間なのかもしれないんだよ」
レーフェルが深刻な表情を見せるが、アルツは何でもないことのように、肩を竦める。
「国同士の戦争の遺恨を、個人に持ち込むつもりはないよ。本当の父さんのこと、あんまり覚えてないしね。それより、オレどうなるの? その人と一緒にインバシオンに連れてかれるの?」
レーフェルは目を吊り上げ、首を振った。
「そんなことは僕が許さないよ。サシャス、この件はどこにも洩らしていないだろうね」
睨みつけるレーフェルに、サシャスは苦笑する。
「勿論。貴方の心を煩わせることはしないと申したでしょう。この件の詳細を知っている唯一の人間である監察医も、こちらに来る前に処分するよう手配して参りました。俺も貴方がこの件を隠滅しろと仰るのなら、すべて内密に処理できるよう取り計らいます」
「――監察医の死から不信に思われることはないんだな」
「勿論。俺がオラージュを出て10日後に、手のものが病死に見せかけて殺す手はずになっています。俺がこういった指示を出すことは珍しくないので、誰も理由について詮索はしないでしょう」
大人二人の会話を黙って聞いていたアルツは、終わったタイミングをみてサシャスに話しかける。
「サシャスさん、でいいんだよね。インバシオンの軍人なのに、それで良いの?」
サシャスはその問いに、艶やかに顔をほころばせ答える。
「勿論。俺が忠誠を誓ったのはインバシオン帝国ではなく、レーフェル様にだからね。レーフェル様が残るよう命じたから、インバシオンの軍に残っただけで、インバシオンの軍も国もどうなろうとも、俺の知ったことではないんだよ」
サシャスの言葉に多少引いたようだが、アルツは自分には関わりの無いことだと判断したのか素直に頷く。
「それならそれで、オレは有難いけど。――ところで、サシャスさんは本当に、父さんの元部下なの? オレ、父さんは参謀とかその辺の人だったと思ってたんだけど、サシャスさんはどう見ても、前線でバリバリ戦うタイプだよね」
アルツの言葉に、サシャスもレーフェルも軽く目を見開いて驚いた。
「良く分かったね。その通り、レーフェル様は参謀本部の元参謀長。『インバシオンの死神』って聞いたことあるかい? この人がそうだよ」
「勝手にばらすな!」とレーフェルが今度は定規を投げつけると、サシャスはそれを側頭部で受ける。少し頭をずらして、受けるダメージを減らすところが憎たらしい。
「ああ、聞いたことがある。戦術で、何万もの軍を壊滅的に叩きのめすところから、そう呼ばれるようになったんだっけ。サシャスさんは、どうして参謀の父さんと知り合ったの?」
子どもたちに自分の過去が知られることを恐れていたにも関わらず、アルツが普通に流すとそれはそれでレーフェルを複雑な気持ちにさせた。そんなレーフェルを置き去りにして、アルツとサシャスは普通に話している。
「君の予想通り、俺は前線の人間だからね。普通、参謀の人間とそんなに関わりあうことはないんだけど、昔レーフェル様の護衛をしていたことがあるんだよ。『インバシオンの死神』は各国から命を狙われていたから」
「護衛がつく軍人……。やっぱり父さんは弱っちいんだ」
「その通り! レーフェル様は一通りではない弱っちさで、幾度も冷や汗をかかされたよ」
「大変だったんだね」
二人の会話は更にレーフェルを複雑な気持ちにさせた。
「ところで、さっき君は俺の結界を容易く破ってくれたが、魔術師なのかい?」
微笑みながら親しげに話しかけているが、サシャスの目は笑っていない。サシャスの胡散臭い笑顔を見て、レーフェルは内心ため息をついた。それに気が付いているのかいないのか、アルツは屈託なく返事をする。
「違うよ。父さんは俺に魔力があるって言うけど、自分じゃさっぱり分からない。それより、扉が開きにくかったのサシャスさんが張った結界のせいなら、サシャスさんこそ魔術師なの?」
サシャスは穏やかに笑いながら、首を振った。
「青銅の魔術師のメダルをもっているけど、俺は剣術師だ。だから、俺の結界はたいした事ないんだが、それでも魔術師ではない人間が容易く破れるものじゃない。
俺に君の力を見せてもらえないか?」
アルツがレーフェルを見ると、レーフェルは頷いて、先ほどサシャスに投げつけた文鎮をあごで示す。
次の瞬間、床に転がっていた金属製の文鎮はすっと音もなく浮かび上がり、サシャスの目の前に移動すると、スパンと真っ二つに切れた。
サシャスは凍りついたように固まった。そして、声を搾り出す。
「詠唱も必要ないこの力で他を傷つけることなく、延髄だけを切ったのか……」
「そうだよ。なんなら、実際やってみようか? ――サシャスさんに」
アルツの挑戦的な言葉に、サシャスは目を細め睨みつける。そんな一触即発な雰囲気をかき消すように、レーフェルは両手を叩いてパンと大きな音をたてた。
「はい、そこ! 無駄にいがみ合わない。サシャス、アルツは僕に害をなす人間ではないから、子ども相手にそんな殺気立たないの!アルツもそれに対抗して、脅すような物言いはよしなさい。サシャスはインバシオン軍の中尉だ。今までの偵察兵とはわけが違う。無駄に争いが起こすことは、君の為にもならない」
アルツは素直に殺意を鞘に収めたが、サシャスは眉間にシワを寄せ噛み付いてくる。
「こんな、思うだけで人が殺せるような危険人物が、貴方の傍にいることは許容できません! すぐさまこちらの教会を発ちましょう。教会への手配は俺がしますから……」
レーフェルは、サシャスの言葉を一喝してさえぎった。
「いい加減にしろ! これ以上僕の子どもを貶める言葉を吐くようなら、幾ら君だとはいえ、承知しないぞ」
「――――すみません」
サシャスはレーフェルの怒号におののき、萎れてしまう。サシャスのそんな様子に、レーフェルはため息をつくと、のんびりした何時もの口調に戻り、話を続けた。
「とにかく、君の心配は杞憂だ。そんなに気になるなら、しばらくこの教会にいるといい。君のことだから、長期で休暇を取ってきたんだろ」
サシャスは探るような目で、レーフェルを見る。
「よろしいのですか?」
「よろしいも何も、もとよりそのつもりだったんだろう。さっきのアルツの質問だが、今日泊まっていくのかい?」
レーフェルがもう怒っていないことが分かったのか、サシャスは急にニコニコとしだした。
「いいえ、今晩は村の宿を取っていますので結構です。しかし、明日から5日間こちらに泊めてもらえると嬉しいです。――貴方と夜を楽しみたいので」
サシャスが無駄に色気を撒き散らしながらそんなセリフをのたまうと、レーフェルは腰掛けていた椅子を持ち上げてサシャスに投げつけた。
「気味悪い冗談は言うなと言っただろうが!! 即刻出て行け!」
サシャスは投げつけられた椅子を難なく受け止めると、その場に置いて、クスクス笑いながら出て行く。そして、扉を閉める間際に顔をのぞかせ、「それでは明日、また来ます」と一言残して帰っていった。
ずれた眼鏡を直し、肩で息をしながらサシャスが出て行った扉をレーフェルが睨みつけていると、アルツは首をかしげて言う。
「父さんとサシャスさんって、そういう関係?」
「違う!! あれはアイツがよく言う冗談で、『酒を楽しみましょう』って意味だ。昔からああやって、僕を怒らせて楽しんでるんだよ」
「なんだか厄介なひとだね。父さんのこと大好きみたいだけど」
レーフェルは深いため息をつく。
「あれでも若い頃は懊悩が深くてね。色々相談に乗ってるうちに懐かれちゃったんだよ。まあ、父親みたいに思われてるのかな。年はそこまで離れているわけじゃないけど。
アルツ。そういうことだから、明日から食事と泊まる用意をお願いできるかい?」
レーフェルがそう頼むと、アルツは「了解」と短く答えた。




