7-5
レーフェルとアルツは村を一通り見て回ったが、モーネの姿を見つけることは出来なかった。一軒一軒尋ねて回ったため、他の村人たちも総出でモーネの探索を手伝ってくれているが、その姿を見かけた者さえいない。
「――父さん。もしかしたらモーネは森に行ったのかもしれない」
レーフェルが他の村人と話し合っている合間を見て、アルツはレーフェルにだけ聞こえるよう囁いた。
「どうしてそう思うんだい?」
レーフェルもそれにあわせ、声を潜めて返す。
「これだけ探しても姿を見た人さえいないから、村には来てないって事だろ。――実は昼間ちょっと森のことでモーネと言い争いをしたんだ」
「どんなことを?」
「オレが父さんの言いつけどおりに森に行かないのは、意気地なしだって怒ってた。だから、もしかしてって」
アルツが決まり悪げに目線をずらして白状する。
「多分、オレが最近本ばっかり読んで、モーネの相手をあんまりしてなかったから、すねてるんだと思う」
「……ヤキモチ焼いちゃったのかな」
レーフェルは、事あるごとに自分を睨みつけていたモーネの眼差しを思い出す。モーネが心を開いているのはアルツだけだ。そのアルツを本という餌で奪ったレーフェルに、モーネが敵意を抱いていることは気が付いていたが、それがこんな形で現れるとは……。レーフェルは問題を放置した己の怠慢さを恨んだ。
「父さん、オレちょっと森を見てくる。すぐ戻るから待ってて」
レーフェルが自分の行いを悔いていると、アルツはそう言い捨てて、止める間もなく森の方へ駆けて行ってしまった。
「おい! 待つんだアルツ」
レーフェルは慌ててその後を追う。
――8歳の子どもに置いて行かれるって、元軍人としてどうなんだろう。
レーフェルは己の運動能力のなさに、今更ながら打ちのめされた。森に入ってすぐアルツの姿を見失い、その上どうやら先ほどから道に迷っている気がする。レーフェルは惨めな気分であてもなく森を彷徨っていた。と、その時……
「モーネを離せ!!」
森の奥からアルツの叫び声が聞こえてきた。レーフェルは急いで声のする方へ駆け出す。
するとすぐにアルツと隣国の軍服を着た兵士が対峙している場にでくわした。モーネはぴくりとも動かず、その兵士の肩に担がれている。
「チッ、お前が騒ぐから面倒なことになっただろうが。捕虜は子どもを連れて来いと言われているからな。神官様、悪いがあんたはここで死んでもらうぞ」
兵士はかがんでモーネを傍らに置くと、レーフェルに向き直り剣を抜いて立ち上がった。
偵察兵は普通二人一組で動く。ということは、近くにもう一人いるはずだ。そして偵察兵は基本的に優秀な人間が任じられる。果たして丸腰の自分に対処できるだろうか。
レーフェルは己の唯一にして最大の武器である頭を巡らせ、現状を打開するありとあらゆる策を考えた。だが、それがまとまらないうちに兵士は一歩前に足を踏み出す。その時――
二歩目の足を持ち上げた兵士はその足を地に下ろすことなく、崩れるように倒れた。そして、そのまま全く動かない。
突然の出来事に、レーフェルが呆然と兵士をじっと見ていると、今度は森の茂みから別の兵士が飛び出して来た。
「な、何なんだ!! お前がやったのか!」
倒れている仲間を見てそう殺気立ち、兵士が剣を抜こうと手にやる。すると、先ほどの兵士と同様にぐらりと倒れ、動かなくなった。
「い、一体何が……」
レーフェルはもちろん何もしていない。倒れた二人の兵士は傷一つなく、苦しむ様子もなく、突然倒れてしまった。恐る恐る近づき、脈を確認するが、二人とも事切れている。レーフェルはわけが分からず呆然と二人の兵士の亡骸を見つめた。
「モーネ! 大丈夫か?」
アルツの声でレーフェルは我に返る。そして、モーネを抱えるアルツの元へ駆け寄り、モーネの身体を一通り調べた。
「大丈夫だよ。気絶しているだけのようだ。外傷もない」
レーフェルの言葉にアルツはほっとため息をつく。その様子をじっとみていたレーフェルは、意を決したように口を開いた。
「この二人の兵士に何をしたんだい?」
アルツはふっと表情を消して、レーフェルを見返す。
「オレが何かしたと、どうして思うの?」
レーフェルは唇を舐め、慎重にこう答えた。
「たいした根拠があるわけじゃないが、第一に、二人の兵士の死に方が不自然だということ。外傷はないし、心臓発作や脳梗塞などの突然死にしては、一人ならまだしも二人連続でタイミングよく死亡するのは不自然だ。何らかの偶然ではない意思を感じる。
そして、その不自然な死に君は全く動揺せず、不思議に思う様子もなくモーネの元に駆け寄った。モーネが心配だったと言われればそれまでだが、兵士の死を確認せずに安全を確信している君の態度にはどうしても違和感がある」
レーフェルの言葉を聞き、アルツの表情は更に一切の感情を消し去る。そして、傍らでうつぶせに倒れている兵士の横にしゃがむと、その首の後ろを指し、こう言った。
「このあたりの中を、切るのが一番簡単なんだ」
「――何が簡単なんだい?」
レーフェルの問いに、アルツは正面から視線を受け答える。
「人を殺すのに、この方法が一番簡単で楽なんだ。返り血も浴びないし、殺し損なうこともない」
「――――どうやって中を切るんだい?」
吐息のようなレーフェルの質問にも、アルツは躊躇することなく淡々と答えていく。
「こうするんだ」
アルツがそう言うと、すぐ横に転がっていたこぶし大の石がふわりと宙に浮き、次の瞬間スパンと真っ二つに切れた。そして、切れると同時に二つに割れた石は、支えを失ったかのように地面に転がる。
その様子を見守っていたレーフェルは、信じられない顔でアルツを見つめた。
「君は、魔術師なのか?」
そう言いながら、レーフェルは自身の問いに首を振る。こんな魔術は見たことがない。詠唱もなしに物が浮いて、切れるなんて……。
「何言ってるんだよ、魔術師って貴族や金持ちしかなれないもんだろ。オレが魔術師なわけないじゃん」
アルツの拗ねたような物言いに、レーフェルはハッと我に返る。――そうだ、自分が今対峙しているのは、自分が可愛がっている子ども達の一人なのだ。
何を恐れることがあるものか。そう自分に言い聞かせ、震えそうになる膝を叱咤した。
「いや、魔力があるかなしかを貴族やお金持ちじゃないと調べないから、魔術師になる人間にそういった階層が多いだけで、魔力がある人間はどこにでもいるよ。詠唱なしに、物を動かしたり傷つけたりするって話は聞いたことがないが、君のその力は魔力によるものに間違いないだろう」
そうレーフェルが努めて冷静に説明すると、アルツは何時もレーフェルに話を聞くときと同じように「ふうん、そうなんだ」と相づちをうった。そして、いつもと同じ様子でアルツは自分の分からないことをレーフェルに尋ねる。
「ここを切るとみんなすぐ死ぬんだけど、どうしてなの?」
首と後頭部の境目あたりを指しながら質問するアルツの態度は、先ほど「どうして女の人を大切にしなくちゃいけないの」と聞いてきた時となんら変わらない。
「――ここには延髄と言って、呼吸や心臓の動きなどを司っている器官があるんだよ。だから、そこを傷つけられると呼吸や心臓が止まって即死するんだ」
「へえ~、そうだったんだ。効率が良いね」
そう言って頷くアルツに、レーフェルは内心息を詰めた。
――彼は、アルツは人を殺すことに慣れ、何の葛藤もためらいも持っていない。そして恐らく、自分が死ぬことさえ恐れていない――そんな気がした。
「君が森で狩りをしていた時、同様なことをしていたのかい?」
「うん、相手が襲って来たらね。まあ、たいがい襲って来るんだけど」
「殺した後はどうするんだい」
「その辺に埋めとくよ。見つかったら面倒だから。母さんに、この力を使っているの見られたら、全員殺しなさいって言われているんだ」
そう言うと、今まで何の変化も見えなかったアルツの表情が初めて曇った。
「――だったら、僕も殺さないといけないんじゃないのかい?」
レーフェルがそう尋ねると、アルツは顔を歪ませる。
「うん。父さんも、殺さなきゃ……」
小さい声でそう答えるアルツに、レーフェルは優しく問いかけた。
「僕を殺すのかい?」
アルツの顔は更に歪む。
「わからない。母さんは見られたら絶対に殺しなさいって言ってた。でも……」
「でも?」
アルツはレーフェルをまっすぐ見ると、はっきりとした口調で答える。
「――オレは父さんを殺したくない」
レーフェルは破顔一笑した。
「だったら、殺さなければいい。君の行動は君の意思のもと行われるべきだ。君のお母さんの意思より優先して良いんだよ」
「…………母さんの言うこと、きかなくて良いの?」
首をかしげ、不思議そうに問うその姿は頑是無く、年よりずっと幼く見えた。
「勿論良いさ。君の人生は君のものなのだから、君が思うように生きなさい。君のお母さんが言うことは、人生の先達者として参考にすべきことだろう。しかし、行動の決定は君の意思のもと行わなければならない。なぜなら、君のお母さんはもう君の人生の責任を負うことが出来ないからだ。それにね……」
「それに、何?」
レーフェルはニッコリ笑った。
「君のお母さんは、君を心配してそう言ったんだろう。君の魔力は恐らくとてつもなく強大だ。それを欲しがる者はたくさんいるに違いない。それらから守るには、君がその力を持っているのを知られないことが一番だ。だから君のお母さんは、君に『知られたら殺しなさい』と言ったんだろう、君を守るために。
でも、僕は君のその力を欲しいとは思わない。心配はするけどね、かなり危険な力だと思うから。つまり、君を守るために僕を殺す必要はないんだ。僕に関しては、お母さんの言いつけは守らなくても大丈夫だよ」
「わかったかい?」とレーフェルが笑って言うと、アルツは黙って頷いた。
そんなアルツをレーフェルは優しく抱きしめる。
「そして、ありがとう。僕が殺されそうだから、助けてくれたんだよね。本当にありがとう」
レーフェルがそう続けると、そのまま俯き、しゃくりあげながら涙を拭く。それからアルツは
「――よかった」
小さい声でそうつぶやいた。




