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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第六章 湖のある村 セレッソ
51/99

6-12

 夕食も湯浴みも済ませあとは寝るだけとなり、あたしはシアと連れ立って割り当てられた寝室に来た。各々個室を貰えたのだが、でっかい寝台だし、女二人だし、色々話を聞きたいし、ということで一緒に寝ることにしたのだ。まあ、アルツに羨ましがらせる狙いもあったしね。しかし、部屋の寝台に腰掛けたままシアは憂えた表情で何か考え込んでいる。


「シア、どうしたの?」


 あたしがその寝台にごろりと仰向けに転がって聞くと、シアは驚いたようにあたしを見て答えた。


「えっ、あっ、いえ。――アルツの様子がおかしかったのが気になって」

「あんなの、ただ溜まってるだけでしょ」


 あたしが調べて知っている限り、アルツが女性と最後にセックスしたのは4年以上前のはずだ。20歳から4年以上もご無沙汰じゃあ、そりゃ溜まるはずだ。


「アルツは何が溜まっているのですか?」

「ストレス……とか?」


 「そうですか、ストレスが溜まっているんですね……」と難しい顔をして納得しているシアを見、あたしはアルツに同情する。真面目に操を立てても、相手がこんな世間知らずじゃ苦労するよね。ってか浮気しても全然ばれそうにないと思うんだけどな……。そんなふうに思うあたしが不真面目なだけか。


「アルツに悪いことをしました。わたしのせいで色々大変な思いをしているのに、何時もと様子が違うからって、あんな態度をとってしまって……」

「いやいや、あれはあたしらから見ても怖かったって、余裕がなくてさ。――アルツも好きな相手だとあんなふうになるんだね」


 シアから少しも目を離さずにじっと見つめる様子は、恋する男以外何者でもなくて正直切なくなった。

 沈み込みそうになる思考を振りきるように、わたしは明るい声を作る。


「様子が違うって言うけど、シアの身体が男の時から充分ベッタベタだったじゃん。4年前からあんな態度だったたわけ?」


 4年と少し前、まだシアが16歳より前の頃であの態度なら、両想いになる前からアルツはシアへの思いを隠していなかったんだろうか。


「ええっと。出会った時からそんなに態度は変わっていなかったと思います。だから余計戸惑ってしまって」

「って、12歳の時からあの態度!? やっぱりアルツ、ロリコンなんじゃない?」

「――ロリコンってどういう意味ですか?」

「幼女や少女が大好きな変態のこと」

「そういう意味だったんですか!! 長年の疑問が今解けました。ありがとうございます」


 アルツ、他の人にもロリコンって言われたことあるのね……。


「でも、アルツは年下より年上の方を好きだから、『ロリコン』とは違うと思います」


 何か過去の嫌なことを思い出しているのか、渋い顔でシアは『アルツロリコン説』を否定した。あたしはちょっとふざけて「ちっちっちっ」と指を左右に振り、それを更に否定する。


「考えが甘いわね、シア。あたしたちが分析するに、アルツは別に年上好きってわけじゃないわ」

「――じゃあ、何故年上とばかり付き合っていたんですか?」

「決まってるじゃない。年上の方が後腐れないからよ」

「あ、後腐れ??」


 シアが目をぱちくりさせてあたしを見た。シアは絶世の美女だけど、こうした仕草は女のあたしからも可愛らしく見える、くやしいけど。


「面倒が少ないってこと。女も年が行けば行くほどプライド高くなるから、年下の男相手に嫉妬したり、追いすがったりみっともないこと見せたがらないのよ。勿論本気になればまた違うんでしょうけど、アルツは自分も相手も本気になる前に別れていたしね。…………あのコズミってひと以外は」


 あたしがあの女の名前を出すとシアは辛そうな表情になり、顔を伏せた。シアはあの女と会ったことがあったのだろうか、あの卑怯な女と。あたしはシアの気をそらせてくて、シアの変化に気づかない振りをして明るい声で話を変えた。


「つまりアルツは別に年上が好きってわけじゃなくて、面倒な女は相手にしてこなかったってこと。それだけ、アルツはシアに本気だってことでしょ。これ以上ないほど面倒だしね、シアって」

「――そうですね。わたしはこれ以上ないほど面倒な女ですから」


 しまった。余計暗くなってしまった。


「め、面倒でもシアを選んでくれたんでしょ。アルツに好きっていってもらえたんでしょ」


 あたしの必死なフォローも意味をなさなかったのか、シアは更に暗くなる。


「……最初はわたしの勘違いだって、相手にしてもらえませんでした。好きだと言っても」

「シアから告白したの?!」


 アルツのベタ惚れッぷりから、絶対アルツが口説き落としたと思ってたのに、驚きの事実だ。


「『わたしの守護騎士になって欲しい』と言ったら、わたしのアルツに対する気持ちは単なる刷り込みで気の迷いだから、オレのことは忘れなさいと言われました」

「さ、サイテー!! あたしたちも同じようなこと言われた、家族の情みたいなもんだって。アルツってそういうとこ無神経で鈍感だよね! って、シアも最初は振られちゃったんだ……」

「はい、全然相手にしてもらえませんでした」


 シアは小さく笑って答えた。最初は拒んだのに、どうしてアルツはシアの気持ちに応えたんだろう。聞きたいような、聞きたくないような複雑な気持ちだ。だって、最初に拒んだ時だって、きっとアルツはシアのこと好きだったはずだから。


 ずっとシアがアルツの好意に一方的に甘えている関係だと思っていた。でも違うんだって、さっきのアルツの態度を見て分かったよ。不安そうな表情でシアを抱きしめていたアルツは、どう見てもシアに甘えていた。あんなアルツ、あたしは初めて見た。シアがアルツに甘えているんじゃない。アルツがシアを甘やかすことで、シアに甘えていたんだ。


「……シア、あたしたちは神殿に入ってあんたに仕える。でも、それはアルツのためよ」

「はい、わかっています」


 突然そんなことを言い出したあたしに、シアは綺麗に笑って答える。


「あの時、シアがアルツに繋縛けいばくの魔術を解かせた時、シアのこと思い切り馬鹿だと思ったんだけど、今は感謝してる。お陰でアルツの傍で、アルツの役に立てる仕事が出来そうだわ、ありがとう。

 あたしはアルツが好きだから、正直シアのことは好きになれない。でもあたしもクロトもアルツの為なら何でもしたいの。アルツが大切に思ってるシアをあたしたちも大切にしたいから、誠心誠意仕えさせてもらうよ」

「はい、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」


 あたしの不遜な言葉にもシアは全く動じず、それどころかそれが当然といった態度であたしに深々と頭を下げた。


 アルツはもしかしたらあたしたちが仲良くなったと思っているかもしれない。でもそうじゃない。あたしたちを繋ぐものはアルツのことが好きという気持ちなんだ。二人ともアルツが好きだから、アルツの為に一緒にいるんだ。アルツはきっと分かっていない、そういう感情の機微には疎いから。でも、シアはちゃんとあたしの気持ち、分かってる。


 アルツ、アンタのシアはもう小さな女の子じゃないよ。もう守られるだけの女の子じゃないんだよ。




 分かってる?









「アルツ、ちょっと良い?」


 ぼくがそう声を掛け、扉を開けると明かりが付いていおらず、窓から入る月の明かりだけが部屋をやさしく照らしていた。部屋の中に一歩入り見回すと、アルツは窓の縁に腰掛け外の景色を見ながらグラスに入った酒らしきものを傾けている。ぼくが横に立ってもアルツは窓の外を見つめたままこちらを見てくれない。


「アルツ」

「……なんだ? クロト」


 やっぱりこちらを見てくれない。仕方がないので、ぼくはそのまま話しはじめた。


「アルツにお礼とお詫びを言いたくて……。

 誘う者がぼくを殺そうとした時、助けようとしてくれてありがとう。すごく、嬉しかった。それと、ぼくを殺さないといけない状況にアルツを追い込んでしまって、ごめんなさい。ぼくら自分達のことしか考えていなかった。アルツがそんな状況になって苦しむなんてこと考えずに、どんな目にあっても良いから、アルツと一緒にいたいって自分達の欲求しか見えてなかった」


 ぼくが謝ると、アルツの肩は少し揺れたけど、それでもこちらを振り向いてはくれない。


「――オレは、謝らない」


 硬い声で一言だけ投げ返すアルツに、ぼくは首を振りながら答える。


「そんなの必要ない。アルツはぼくたちに悪いこと、何もしていないから」


 ぼくの返事を聞くとアルツはやっとぼくを見てくれた。でもその表情は月明かりの逆光でほとんどわからない。


「――同じような状況になれば、オレはまたお前たちを殺そうとするだろう」


 全く感情を乗せない声だけど、ぼくはアルツがとても苦しみながら話しているのを分かっていた。


「それで正しいよ。ぼくとポルテの命はアルツにあげる。好きにしていい。好きにしていいけど、今度は絶対そんな状況にさせない。ぼくとポルテはアルツの役に立つ人間になりたいんだ。二度と足かせになんかならない。

 だから……、だからまた一緒にいさせてよ」


 ぼくの顔をじっと見ていたアルツは、すっと横を向いた。月明かりに照らされて、整った鼻梁が浮かび上がる。アルツは自分のこと地味だとかぱっとしないとか言うけれど、ぼくはとても綺麗な顔をしていると思う。


「そんなことを言ってもらえるような価値はオレにない。クロトたちが命を預けられるような人間じゃないんだ」

「アルツがどうこうじゃないよ。ぼくたちがそうしたいだけなんだ」


 ぼくはアルツの傍に跪くと、いつかのアルツのようにアルツの上着を手にとって口付けた。


「アルツの望みはぼくたちの望みだし、アルツの喜びがぼくたちの喜びなんだ。

 だから、どうかぼくたちもアルツと一緒に、シアさん……、アルトレーシア様を守らせてください」


 ぼくがそういって額をアルツの上着に押し付けると、アルツは自分の上着をぼくの手からそっと抜き、ぼくの傍らに片膝をついてしゃがむ。薄明かりの中やっと見えたアルツの顔はひどく頼りなげだった。


「……オレはお前たちに何を返せばいい?」

「これまでに充分貰ったから、何も返す必要はないよ。ただ、一緒にいさせて欲しいんだ。ぼくたちはアルツが大好きだから」


 ぼくがアルツの顔をじっと見返して答えると、アルツはぼくをぎゅっと抱きしめ「ありがとう」と小さな声で礼を言った。




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