6-11
「あら、まだ早かったかしら」
サージュ様の声を聞き、オレは思わずシアを抱きしめていた両手を離し、姿勢を正す。入り口を見ると、呆れた顔をしたポルテとクロトの向こうに、悪戯っぽい笑みを浮かべるサージュ様の姿があった。
「し、失礼いたしました」
オレが焦ってサージュ様に頭を下げると、シアはちょっとムッとした顔をする。
「よろしければ昼食にしたいのだけれども?」
「はい! 有難く頂戴します」
「ふふ。では、こちらにいらして。あら、レーシアは魔具を外したのね。女の身でその服装は落ち着かないでしょう。わたくしの若い頃に着た服を着て頂戴。誰か、レーシアを衣装室に案内して」
サージュ様が使用人に声を掛けると、オレは一歩前に出た。
「でしたら、オレも付き添います。シアは女物の服はまだ一人で着られないので……」
するとポルテが血相を変えた顔でさえぎる。
「ちょっと待った!! シアにはあたしが付き添うわ! アルツが付き添ったらそのまま押し倒しそう」
「失礼な! そんなことするか!!」
オレが焦って否定したが、シアは不信そうな顔でオレを一瞥するとポルテに向き直り、頭を下げた。
「ポルテさん、よろしくお願いします」
「任せといて!」
そう言って、二人で連れ立って部屋を出て行ってしまう。ガックリするオレと呆れた顔をしているクロトを、サージュ様は笑いながら食堂に案内してくれた。
ついていった先にあった食堂はこぢんまりとしながらも、上品で落ち着いた雰囲気がある部屋で、この屋敷に共通する品格がある。同じく気品溢れるサージュ様は堂々たる女主人ぶりでおれたちに椅子を勧めると、自分は茶の用意を始めた。
「女性のしたくは時間が掛かるから、とりあえずお茶でも頂きましょう」
「ありがとうございます」
オレが礼を言うとクロトも慌ててそれにならう。サージュ様はオレたちのそんな様子を見て、くすくす笑いながらお茶の入った茶器を配ると自分も席に着いた。
「二人はうちの屋敷で預かることにさせていただくわ。二人とも了承は貰ったけれど、保護者である貴方にも了解を頂きたいのだけれども」
サージュ様が小首をかしげてオレを見ながら言う。
「――二人はもう成人していますから、オレの了承は必要ありません。しかし……よろしいのですか?」
「勿論よろしいから言っているのよ。貴方が可愛がってきた子達なのでしょう。どんなに立派な身上を持つ人間より信頼できるわ。正直、レーシアの身元を知ってしまったものを自由にするわけにもいけないしね」
「申し訳ありません。オレの不始末で面倒をお掛けします」
オレが苦渋の表情で詫びると、サージュ様は静かに首を振る。
「元はといえば、レーシアが貴方の意思を無視して勝手な行いをしたせいです。それに、わたくしの方でも彼らのような手駒が欲しかったから、願ったり敵ったりだわ」
「手駒……、ですか?」「言い方が悪くてごめんなさい。将来的に神殿の中に送り込む予定だから、そのつもりでいて頂戴」
「二人を神殿に、ですか!?」
さすがに驚いた。神殿の中とはつまりアーリリア教のトップということだ。優秀だということだけでなく、血統的にも申し分のない者ばかりで、その中に孤児出身の彼らが入る込めるとは到底思えないのだが……。
「わたくしが後見をします。クロトは神官、ポルテは女官として推薦させていただくわ」
「ぶっ! ポルテが女官、ですか……」
クロトの神官はまだ分かるが、ポルテが女官になると思うと噴きださずにはいられない。女官といえば癒しの巫女に仕える女性の総称で、すべての女性が清楚で優美な淑女だと言われ、教都の男どもが憧れる職種である。それにポルテがなるとは……ぶぶっ!!
「笑うことないじゃない!!」
オレが腹をよじって笑っていると、ポルテが憤慨しながら部屋に入ってくる。悪いと思いながら笑いが収められなかったオレは、ポルテの後から入ってきたシアの姿を見た途端、笑いが苦も無く引いた。
シンプルな白い膝丈のワンピースを着て、白金の髪を結わずに垂らしているだけなのに、先程より更に一層オレの心を捕らえて離さない。女官の奴らなんて話にもならないぐらい清楚で優美でかつ可憐だ……。その上なんとも言えない色香が漂っていて、オレが息をするのも忘れて見入っていると、シアは居心地が悪そうにポルテの後ろに隠れてしまった。シア! その麗しい姿をもっと良くオレに拝ませてくれ!!
「……アルツ、がっつきすぎ。シアが怯えてるじゃない。余裕のない男はもてないわよ」
ポルテが呆れた顔で文句を言うが、仕方ないじゃないか! 4年ぶり恋人に本来の姿で会えたんたぞ! 本当なら会ってそのまま結婚初夜のはずだったんだぞ! 4年以上そういう行為ご無沙汰なんだぞ! 余裕なんてあるわけないじゃないか!!
「シア、やっぱり今日はアルツとじゃなくて、あたしと一緒に寝ようよ。アルツと二人きりになったら、マジ貞操の危機だよ」
「なっ!!」
オレたち夫婦だぞ! そういうことして良い関係なんだぞ! 『貞操の危機』なんて人を危険人物みたいに言うな!!
「アルツには悪いけど、一緒の寝室にはしてあげられそうもないわね」
サージュ様のその言葉に、思わずオレは絶望的な表情をしてしまった。その顔をみてサージュ様は苦笑しながら理由を教えてくれる。
「教都に帰る時もレーヴァンにシアを男性化してもらうことになっているの。レーヴァンの男性化はまやかしの魔術みたいに見せかけだけじゃなくて、本当に男性の身体にしてしまうから、――子どもが出来るような行為は控えてほしいのよ。子どもがお腹にいる状態で男性化してしまったら、その子どもは消えてしまうから……」
サージュ様の言葉を聞くと、シアは真っ青な顔になりポルテの手を強く握った。
「ポルテさん!! 今夜一緒に眠てください!!」
「もちろんオッケーよ!」
ポルテはシアににっこりと了承したあと、オレを振り返ると憎たらしいことに、ニヤッと嫌な笑いを寄越してくる。
くそぉ~~、オレのまやかしの魔術では万が一の時不安なのは分かるが、それでもそのセリフはオレに言って欲しかったよ、シア!
オレは涙をこらえながら、歯を食いしばって悔しがってしまった。




