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「レーシア様! お待ちください」
扉の外で使用人の騒ぐ声が聞こえたかと思うと、シアが叩きつけるように扉を開け入ってきた。そして、オレとサージュ様の姿を目に入れると、目を見開いて固まってしまう。
しまった、サージュ様の手を握ったままだったよオレ……。
急いで手を離し、オレは固まるシアのもとに歩み寄る。
固まったシアの身体が緩んだ途端、パン! と大きな音を立てシアはオレの頬を叩く。予想外のシアの行動に、今度はオレが固まった。
え? オレ、サージュ様をくどいているように見えた? ご、誤解だ!! ち、ちょっと良いなと思いましたが!
「なぜ! なぜあの時わたしを止めたんですか!? ポルテさんが死んでしまうところだったんですよ!」
――そっちでしたか、失礼しました。
オレは瞬時に冷静になり、謝罪のために口を開こうとする。が、パン!! と先ほどよりも大きいシアの頬を叩く音がそれを遮った。
「ずいぶん礼儀がなっていないわね、レーシア」
「――――すみません」
オレが思わず詫びると、サージュ様は少し赤くなった右手をさすりながらオレにニッコリと笑いかけた。
「あら、アルツ。貴方が謝ることではなくってよ。レーシアのしつけは本来ダリヤ様とレージュにあとを頼まれたわたくしの責任。わたくしたちが貴方に謝るべきことです」
レーシアは赤くなった頬に手をやり、呆然とオレたちのやり取りを見ていた。シアはきっと生まれて初めて手を上げられたに違いない。駆け寄り慰めたいのをオレはぐっと我慢する。――ここはオレの出番じゃない。
サージュ様はシアに冷然たる態度で向き直る。
「レーシア。貴女は自分が何をしたのか分かっていないようね。アルツは貴方のせいで大切な子どもに手を掛けるところだったのよ」
「えっ……」
「サージュ様!!」
口を出さないと決めていたのにオレは思わずサージュ様を制止する。しかし、サージュ様の『黙って見てらっしゃい!』との無言の一瞥を受けて再び黙った。
こ、怖えぇ・・・
「教会関係者ではないものに、貴女が癒しの巫女と知られるわけにはいかないでしょう。ダリヤ様やガレルド監視院長に正体が知れてしまった時とは訳が違うのよ。それを放置すればアルツは咎を受け、守護騎士の地位を追われるどころか、神殿に拘束されるでしょう」
「そ、そんな……」
「巫女を守るためならどんな非道なことも厭わない。それがアーリリア教の神殿です。今までは知らないで済まされたかもしれない。でもこれからも奥神殿以外で生きていくつもりなら知らなくてはいけません。それは守護騎士や他の者から命を掛けて守られている貴女の責任です」
「…………はい」
顔を伏せたシアにオレは近づき、魔術で冷たく濡らした布を頬に当てた。
「ごめん。君の意思を無視して」
「いいえ……。わたしこそ、ごめんなさい」
華奢な肩を震わせるシアを、オレは優しく抱きしめた。すっぽりオレの腕の中に納まる身体に、思わず胸が震える。
「――――後で、二人きりにさせてあげるから、先に話をさせていただいても構わないかしら?」
サージュ様の声でオレは状況を思い出す。サージュ様は椅子に座り、呆れた顔をしていた。やばい、自分で自分を止められない。オレ、どんだけシアを抱きしめてたんだ?
「……失礼しました。シア、座って話をしよう。サージュ様に会ったら言いたいことがあったんだろう」
シアをサージュ様の向かいの席に座らせると、オレはその隣に腰掛けた。シアは少し青褪めた顔のままサージュ様の顔を見てお辞儀する。
「見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。先代の癒しの巫女 アルトレーシアと申します。先ほどのこと、教えていただいてありがとうございます。教えていただかなければ浅はかにもずっとアルツを責め続けるところでした」
「――いいえ。わたくしこそ、手を上げてしまってごめんなさい。今回の責任の一端でもあるわたくしが貴女を責める権利などないのに、酷いことをしました」
そう言ってサージュ様も頭を下げる。二人の様子に、オレは思わず吹き出した。
「二人とも堅苦し過ぎです。伯母、姪の関係なんですから、そんな遠慮しいしいの態度じゃ何時まで経っても話は進みませんよ。ほら! シア、お礼を言いたかったんだろ」
オレの言葉に、シアはもじもじしながらサージュ様を見る。
「あ、あの……。わたしの――シアルフィーラの母になって下さってありがとうございます。お陰で薬術師のメダルをいただくことが出来ました。ずっと、ずっと欲しかったので、本当に感謝しているんです。サージュ様、ありがとうございます」
シアが薬術師のメダルを取得するために、アルトサージュの息子シアルフィーラという偽りの身の上を作り上げたのはナスカだ。
しかし、そのインチキに信憑性を持たせてくれたのは、サージュ様の筆跡によるシアの出生を証明する手紙だった。サージュ様はその身を完璧に隠していたのに、大神官とガレルド監視院長だけとはいえ自身が生きていることを公にしてくれたのだ、シアのために。
「――いいえ。貴女がわたくしに恩義を感じる必要はなくてよ。本来ならわたくしは奥神殿に戻ってレージュの代わりに貴女を育てる義務があった。それをわたくしは自分可愛さに放棄したの。ごめんなさい、貴女には寂しい、辛い思いをさせてしまったわ」
サージュ様の哀しむ顔に、シアはふるふると首を振って否定する。
「辛くなんてなかったです。少し寂しいと思うときはありましたが……。でもそれもアルツと会ってなくなりました。だから大丈夫です」
シアが可愛いく微笑むと、サージュ様もはにかんだように笑い返す。
が、眼福だ・・・・。
美しい二人の微笑みにオレは思わずうっとり見惚れてしまう。
んん? シアのオレを見る目が冷たいような……。オレなんかした?
「――本題に入りましょうか。巫女の口伝をするために、あなた方をわたくしの所まで来てもらったのですから」
「その件ですが、オレも聞いて良いのですか? 巫女にだけ伝わる口伝だと……」
「そうね、本来なら守護騎士といえど、他の人間に話してはいけないと言われてるわ。でも父から言われたの。貴方にも話せと」
「――――どうしてなのでしょうか」
オレの中に正体不明の不安が広がっていく。
「ごめんなさい、それもわからないわ。疑問は教都にいる父に直接聞いてちょうだい。父は貴方たちに会うと言っていたわ」
「――そうですね、会って伺うしかないでしょう。それではサージュ様、巫女の口伝を教えていただけますか」
「ええ、わかったわ」
サージュ様は小さくうなずき、オレとシアの顔を順番に見ると口を開いた。




