6-2
村に着くとそのまま村唯一の宿へ行き、泊まる手続きをする。
「もう遅いからね。サージュ様の所へは、明日お伺いしよう」
オレがそうシアに説明すると、シアは「はい、わかりました」と頷く。
「お前たちはそのまま待機してもらう。お前たちを連れてお宅を訪問するわけにはいかないからな」
クロトとポルテにそう言うと、二人は「了解」「りょうかい」とそれぞれ答えた。
「じゃあ、シアとポルテは部屋で休んでいて。オレは馬の世話をしてくるから。クロト手伝って」
「了解」
今までは宿の方で馬の世話をしてくれていたが、この規模の宿でそうしたサービスは無いから自分達でするしかない。シアたちが部屋に入るのを見届けると、クロトを連れて宿の馬小屋へと向かう。
「いいの?」
「――何が?」
二人で手分けして餌や水を与え、馬の身体にブラシを掛けているとクロトが躊躇いがちに聞いてきた。
「ポルテと、――女と二人きりで部屋に置いてきて、心配にならないの? シアさんには独占欲強いのかなと思ったんだけど、そうでもないんだね」
そうだった。どうもオレの中ではシアはガッチリ女の子なので、その辺の認識が足らなかった。ってか、オレ独占欲強そうだと思われるような態度したっけ?
「信頼してるからね。それにシアにポルテをどうこう出来るとは思えないし」
「……確かに。でも、あの人ポルテのこと結構気に入っているっぽいよね」
クロトの言うとおり、今日一緒に話している様子を見てもシアがポルテを気に入っていることが分かる。多分、ポルテの雰囲気がコズミに似ているからだろう。本人は言わないが、シアはコズミに憧れていたようだ。
「そう言うお前はシアを気に入ってるよな」
「……」
クロトがそっと顔をそらした。クロトは魔力が視覚で見える珍しい能力を持っている。そのせいか、魔力の強い人間に無条件で惹かれる傾向にある。オレも出会ってすぐなつかれた。なかなか心を許してくれなかったポルテとは対照的だ。
「気にならないんだ。余裕だね」
オレは沈黙をその答えとして返した。
気にならないわけではない。シアがオレ以外に心惹かれることも、シアに心惹かれる人間が現れるのもは正直あまり面白くないが、いい年した男がこれぐらいのことで嫉妬をみせるなんてみっともないことは出来ない。それに、その境遇から身近に人が少ないシアに、付き合う人間が増えて欲しいと願う心も本当である。ただ、そうして増えた人間関係さえも状況次第で切らなければならないことがオレを気鬱にさせる。
「ちょっとちょっとちょっとぉ!!」
オレとクロトが黙って作業を続けていると、ポルテが声を張り上げながら小屋に駆け込んできた。
「ポルテ。シアを放ってきたのか?」
「だってしゃべってる内に寝台で寝ちゃったんだもん」
口をとがらせ文句をいうポルテにオレは更に小言を言う。
「シアが寝込みを襲われたらどうする? 危ないじゃないか!」
「――どんだけ過保護よ。一応結界張ってきたから、普通の人間は襲えないわよ」
ポルテが呆れた顔でオレを見やる。
うるさい。オレのシアは綺麗で可愛いから、何時でも色々な奴に狙われていて危険なんだ。これまでのオレの苦労も知らずに簡単に言うな。
「で、何を言いに来たんだ」
いくら、結界を張ったからといって、ポルテがオレの指示を大した理由もなしに放棄するとも思えない。シアが居ない場で聞きたいことがあるんだろう。
「そうだった、そうだった。アルツ、あの男とセックスしてないの?!」
「「ブッッッ!!」」
控えめでも婉曲的でもない露骨な言い方に、オレもクロトも思わずふく。
「――お前なあ、シアと一体何の話をしてたんだ?」
「えぇ~。特に具体的に話をしたわけじゃないんだけど……」
「今日もアルツと一緒に寝る気な訳?」
田舎の宿のため部屋数が少なく、四人一部屋になってしまった。寝台は四つあるがサルトの上宿のような立派な寝台ではなく、狭く寝るだけの代物だ。とても男二人一緒に横になれるものじゃない。
「一緒の寝台に寝るのはおかしいことなのですか?」
「い、いやおかしくは無いけど……狭いかなって」
まるで逆切れのような言葉の内容だが、シアはその言葉の意味のまま、二人で寝ることが非常識かどうかの真偽を確認しているようだ。その真摯な態度に思わず弱腰になるが、そんな自分を奮い立たせる。
「アルツが狭くても構わないって言ったら、また一緒に寝るわけ?」
目の前であんまりいちゃつかれるのも辛い。
「いえ、アルツの迷惑になることなら強制はしたくないです」
「って、アンタが一緒に寝たいって言ったわけ?!」
「はい。アルツと一緒に寝るのはとても気持ちが良いので」
「ブッッッ!!」
あまりにストレートな物言いにふき出してしまう。
「アンタねぇ、もうちょっと婉曲的に言いなさいよ!」
「例えばどのように言えば良いのですか?」
「えっ? ……えぇっと、一緒に寝るのが好き、とか?」
なんであたし、こんな質問を一生懸命考えてんだろ。ちょっと自分が情けなくなる。
「はい! アルツと一緒に寝るの大好きです。くっついて寝ると気持ち良くて安心します」
「……くっついて寝るのが気持ちいいの?」
「はい!」
「……くっついてるだけ?」
「他に何かするんですか?」
不思議そうに首を傾げるシアに、あたしは絶句してしまった。
「って会話してたの。アルツ! あの天然男にまだ手を出してないわけ? 再会して半年近く経ってるんでしょ! 恋人なんでしょ! 一緒の寝台で寝てるんでしょ! なんでそれで何もしてないわけ!?」
くぅ! オレだって好きで手を出してないわけじゃないやい!! 男の姿のシアに手を出せるわけないじゃないか!! ってか、恋人じゃないぞ、もう夫婦なんだあ!
と、答えるわけにはいかないので
「再会してまだ数日しか経ってないよ。無粋だなあ、そういう繊細なことを聞かれたくないね」
そう言って意味ありげに笑ってみせるが、ポルテとクロトは不信そうにオレを見ている。う~ん、やっぱり長いこと一緒にいると色々誤魔化すのは難しいか。
「じゃあ、半年間なにしてたのよ。教都の神殿に詰めてたのは調べがついてるのよ!」
「……お前ら、本当にストーカーだな。一応監視官として働いてたけど、アーリリア教の知識はゼロに等しいから、詰め込まされてたんだよ」
神殿の一室に、ほぼ軟禁状態で勉強させられてた日々を思い出し、オレは遠い目をした。
「アルツが半年も勉強しなきゃいけないほど、知識が必要なの?」
クロトが不思議そうに首を傾げる。
「アーリリア教の内容自体はそうたいした量じゃないけど、問題は語学だね。経典のもともとは別大陸の言葉で書かれているから、アーリリア教をちゃんと勉強しようと思ったら、まずその別大陸の言葉を習得しなきゃいけないんだ」
オレたちがいる大陸は、方言による違いはあっても言語自体は共通だから、全く異なった系統の言語を勉強すること自体初めてだった。そのため、今までで一番苦労した勉強だったかもしれない。ナスカが紙上での読み書きだけでなく、聞き取り発音も完璧を求めたからだ。守護騎士として当然の能力なのだろうが、何年もかけて勉強するものを半年足らずで詰め込まれた身としては、正直参った。
「……アルツの目的は何なの? ぼくたちが手伝った『仕事』といい、アーリリア教の勉強といい、何か目的あるからこの四年間こんなに苦労してるんだよね」
オレの目的は明確だ。シアの守護騎士になるため、それ以外何もない。しかし、それを二人に話すことは出来ないのだ。
「オレがその質問に答える気がないのは、知っているだろう。オレはお前たちになんでも話さなきゃいけないのか?」
「……ごめんなさい」
オレがわざと憮然とした口調で言い切ると、クロトはしょぼんとした顔になって謝った。ポルテも傷ついたような表情でそっぽを向く。可哀想だと思うが、オレにはシアが一番大切なんだ。二人のことは、孤児院で一緒だった弟や妹たちと同じくらい大切だと思っているし、幸せになって欲しいと願っている。でも、もし二人の存在がシアの身を脅かすことになるのなら……、オレは二人を手に掛けないといけないのだ。
「なに辛気くさい顔してるんだ」
オレは暗い顔で俯く二人の頭を、右手と左手それぞれでガシガシと撫でてやると、二人はぱあっと明るい表情で顔を上げたのだが……、
「って、アルツ! 馬のフン片付けた後、手を洗ってないんじゃ!!」
「なんですって! そんな手で人の頭を撫でるなんて信じらんない!!」
さっきのしおらしさはどこへ行ったのか、二人して大声で食って掛かってくる。
こんな日々がずっと続けば良いのに。




