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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第五章 8年前 教都(後)
35/99

5-3

「シ~~~~ア~~~~~」

「い、いひゃい、いひゃいれす! ほへんはさい!」

「悪いことした子にはキッチリお仕置き! これがウチの実家流、対女の子向け体罰です」


 そう言ってアルツはわたしの頬をびろ~んと引っ張り続ける。地味に痛い上、変な顔をアルツに晒すはめになるので、精神的にも辛い。わたしはせめてもの抵抗と両手で顔を必死に隠した。


「はい、お仕舞い。ちょっと赤くなっちゃった。ごめんね、イタイイタイの飛んでけ~」


 アルツはわたしの頬を撫でた後、両手をひらひらとさせながら広げた。


「それはなんですか?」

「……痛いのが和らぐおまじない」

「そんな素晴らしい魔術があるのですか!」

「いや、ただのおまじないなので、和らぐ気がするだけです」


 そう言ってわたしの頭を撫でるが、その顔はちょっと悲しげだった。どうもわたしはアルツに可哀想な子だと思われているようで、度々このような顔をさせてしまう。アルツやアルツの実家の兄弟たちに比べれば、食べるに困るわけでもないし、命の危険があるわけでもない。両親が居ないのは孤児院のみんなと同じだけど、そのことを辛いと思ったこともないから、わたしの境遇のことでアルツは哀しんで欲しくないと思う。


「さあ、じゃあ、オルキデーア殿の研究室に向かうとしますか」

「アルツはオルキ先生のこと知っているのですか?」

「まあ、一応オレも白金だからね。教都にいる白金が集まる会議とかで何度か顔をあわせたことはあるよ。あっちは91歳、薬術院の最古参の重鎮だから話したことは無いけど……」


 そこまで言って、アルツはひとしきり黙り込むと今度は「うわー!」と雄叫びを上げた。


「くそ! 海千山千相手に上手く丸め込めるか? って、するしかないか」


 そして、パンと両手で大きな音を立てるとわたしに向き直った。


「シア、これからオルキデーア殿のところに行くけど、オレが全部話を付けるから、なるべく喋らず、オレたちの話に反応もしないようにして欲しい」

「……やっぱり、わたしはアルツにすごく迷惑を掛けてしまっているのですね」


 絶望的な気持ちでアルツを見ると、アルツは何でもないように笑ってわたしの頬を軽く引っ張った。


「大丈夫。お仕置きはさせてもらったから、子どもはもう気にしない!それより、最近シアは表情豊かになってきたから、顔に出ないように気をつけてね」


 アルツの言葉にビックリした。


「わたし、表情変わってましたか?」


 最初の頃、アルツにわたしは表情が乏しいと言われてたからそうなんだと納得していたのだが、何時の間にか変わってきたらしい。


「うん、笑ったりびっくりしたり。オレと一緒にいるせいかな」


 アルツがそう言って嬉しそうに笑うから、わたしもとても嬉しくなる。


「ほらっ! 笑ってる」


見せられた手鏡には確かに少しぎこちないが笑っているわたしが映っていて、なんだか少し照れ臭かった。





「なるほど、お前が保護者か。白金の魔術師 アルツ=ウィルニゲスオーク」


 オルキデーアが薄く笑うと、それに対峙するアルツは朗らかに笑い返す。


「暫定的保護者ですが、一応」

「なるほど。お前の魔術なら、如何様にでも誤魔化すことが可能か」

「人聞きの悪い。それでは、わたしが名うての詐欺師みたいじゃないですか」

「似たようなものではないか。どの派閥に誘いを掛けられても、のらりくらりとかわしては恩ばかり売り、心は売らぬ奴だと思っていたが、ついに何処かに身売りしたのか?」

「滅相もありません。わたしのような、出自の賤しいものが身を売っても立ち行きません」

「心を捧げぬものに、そやつの身を預けたりせんだろう」


 オルキ先生はわたしを顎で示すと、アルツは変わらず穏やかな物腰のまま笑った。


「私は正当な代価に対して裏切らない男ですよ。それ相応の代価さえいただければその分はきちんと働かせていただきます」


 オルキ先生は目を細めアルツを睨む。


「誰の命か、明かさぬ気か?」

「明かす必要は感じませんし、オルキデーア殿は知らぬほうが、何かあった時によろしいかと」

「何かあった時に知らぬで通ると思ってか?」

「知ってしまうよりはマシかと」

「マシ、程度か」

「オルキデーア殿も思惑が御ありで、シアルフィーラ様を弟子にされたのでしょう」

「はっ! わしはただ、こやつがわしの初恋の君にそっくりでな。傍に置いて愛でようと思い弟子にしたまでよ」

「――やはり、この話は無かったことにいたしましょう」

「冗談だ。こやつのやりたいことと、わしのとが近かったからだ」

「薬の管理体制の強化と、禁止薬物利用の再開がですか?」

「そうだ。特に薬の管理については長年の懸案でな。しかし、強固な反対にあって中々進められん。普通の人間が推し進めようとしても難しいが、巫女の血縁者がやるのなら反対しにくいだろう」


 オルキ先生のその言葉に、わたしは思わず肩を揺らしてしまった。オルキ先生はそれを見てニヤリと笑う。


「なんだ。ばれていないと思ったのか? 上の人間ならば、その顔が巫女血縁者特有のものだとすぐ分かる。隠したければ顔も変えるのだな」

「こんな綺麗な顔を変えるなんて勿体ないこと、私には出来ませんよ」

「――お前こそ、妙なことはしていないだろうな」

「失敬な。私には思う女がおりますし、どちらかと言えば年上が好みです」

「お前の浮名は度々耳にしておるよ。よくまあ、あそこまで年上に行くな。まだ20歳になるまでずいぶんあるだろう」

「それこそ失敬な。今は彼女一筋ですし、その噂は9割方相手の方が流したデマです」

「全部デマとは言わんのだな」

「まあ、一応身に覚えがあるものもありますし。それよりこのような話をシアルフィーラ様の前でされるのはちょっと」


 よくわからないところもあったが、つまりアルツはもてるという話なんだろう、しかも年上に。じっとアルツを見ていると、アルツは少し居心地悪そうな顔をした。オルキ先生はそんなアルツを笑う。


「身から出た錆だろう。甘んじて受けろ。まあ、そやつの身は責任を持って預かろう。身分を聞かれても適当に誤魔化すよ」

「シアルフィーラ様が、薬術師のメダルを取得されるかは分からないのですが」

「こやつは取るよ、わしには分かる。神殿の神官どもは大変だ。こやつの望みは必ず叶えなければならないのだから」

「――それでは、シアルフィーラ様をよろしくお願いいたします」

「よろしくされてやろう。なにしろ初恋の君に似ているのは本当だからな」


 オルキ先生がかかと笑う。アルツは心配そうにわたしを振り返って言った。


「…………やっぱり弟子になるの辞めない?」


 わたしがふるふる首を振って否やと答えると、アルツはガックリ肩を落とした。



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