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出会い頭にアルツがニヤニヤしていたから、どうしたのだろうと思っていると、おもむろに懐から黒光りするものを取り出して見せてくれた。
「アルツ! 黒銀のメダルが取れたのですね! おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう。シア」
わたしが興奮しながらお祝いを言うと、アルツは少し照れたようにはにかみながら礼を言う。
黒銀の医術師であることを証明するメダルだ。もうすぐ取れるかもと言っていたが、やはり今期の下賜式で取得できたのだ。
「すごいですね! 17歳で黒銀の医術師なんて最年少なのではないですか?」
「うん、そうみたい。上司から大丈夫だろうって言ってもらってたけど、実際手にするとやっぱり嬉しいね。黒銀を手に持って見たの初めてだけど、結構カッコいいよね」
アルツはニマニマ笑いながらメダルを眺めている。
「黒銀は初めてなのですか? 確か、魔術師は白金、剣術師は黄金を持っていませんでしたか?」
以前メダルを見てみたいと言ったら、気前良く青銅・黄金・白金のメダルを三つ机に並べてくれ、驚かされた。思わず、メダルを取るのは簡単なのかと聞いてしまったぐらいだ。
「医術師や薬術師と違って、魔術師と剣術師は実力があればいきなり黄金くれるんだよ。両方とも最初から黄金をもらったんだ。だから、黒銀をもらったのは初めて」
医術師と薬術師は実際の経験がなにより物を言う。だからどんなに優秀でも試験を受けて最初に渡されるメダルは必ず青銅だ。それから少なくとも2年以上の実務経験が無いと黒銀はもらえない。同様に黄金は4年以上の経験が必要になる。
アルツは12歳で医術院の学び舎に入り、15歳の時に青銅の医術師のメダルを取得したのだから、ここまでストレートで上がってきたことになる。その上この期間に黄金の剣術師のメダルを取得し、薬術師の学び舎にも通っているのだから、驚異的な優秀さだ。
「この上薬術師のメダルも取るのですから、アルツは本当にすごい人なのですね」
わたしが羨望の眼差しを送っていると、アルツは急にガックリしてため息をついた。
「薬術院の講義も実習も思うように行けないから、取得は何時になるやらって感じだけどねぇ。医術院で働きながらだとやっぱり時間が掛かっちゃうよ」
「医術院を休職されて、薬術院の学び舎に専念されるのは駄目なのですか?」
「う~ん、それも考えたんだけど、出来たら医術師も黄金取っておきたいんだよね。出来る事が広がるし。一人で治療所開くとなると、なんでも出来るに越したことないし。経験もたくさん積んどきたいし。
だから、とりあえず黄金のメダルを目指して頑張って、取れたら薬術院一本に絞るつもりだよ」
アルツは故郷で治療所を開くのが夢だそうだ。医療院どころか医療所もないような辺境の村ラントで、孤児院の家族や村人たちのために働きたいのだと以前教えてもらった。その話を聞いたとき、アルツの素晴らしい目標に感動したのだが、それと同時にとても悲しくなってしまった。その村はここから一月以上掛かるほど遠い場所なので、アルツに必要な資格が取れたら恐らく二度と教都には戻ってこないだろうと言われた。
わたしがアルツにこうして会えるのは、薬術師のメダルが取れるあと数年だけなのだ。
「やっぱり、一緒に喜んでくれる人がいると嬉しいなあ」
アルツはそう言って顔を綻ばせた。
「コズミさんは、喜んでくれないんですか?」
恋人ではないとアルツは言うが、二人には一通りではない関係を感じる。
「コズミがそんな可愛いことしてくれるわけないよ。『黒銀? ふうん、そう。で?』以上です」
そう言うと、アルツはさめざめと泣く真似をする。
「最近は特に機嫌が悪くて、会いに行ってもすぐ追い払われちゃうしね」
「……薬の副作用は関係していませんか?」
薬を処方するようになってから2ヶ月経つ。幻覚・脅迫概念などの副作用が有るウテウオならばその可能性はある。
「オレも考えて、聞いてはいるんだけど、前と何も変わらないの一点張りでね。どうだろう、シアの方は副作用の症例について何か見つかったかい? オレも色々探したんだけど駄目だった」
「すみません、わたしも実際の症例となると何も」
アルツに頼まれて、ウテウオの薬の副作用についての文献を探したのだが、禁止植物のためか詳しい内容の本は全く見つけることが出来なかった。
「う~ん、事実上抹消された薬草だからなあ。あるとしたら禁書書庫か」
「先日教えてもらったところですか?」
図書館の受付の奥に、厳重に鍵が閉められた扉が複数あった。意味ありげな立派な扉で、あれは何かとアルツに尋ねると、禁書が収められた書庫なのだと教えてくれたのだ。そこに入れるのは一部の図書館員と、白金のメダルを持つものだけだということも。
「アルツは入れないのですか? 魔術師のメダルをもっているのですよね」
「魔術師の禁書書庫には入れる。けど、いくら白金を持っていても他の禁書書庫には入れないよ。薬術師の禁書書庫に入れるのは白金の薬術師だけだ」
「……八方塞がりですね」
わたしがガッカリすると、アルツは少し笑ってわたしの頭を優しく撫でてくれた。
「大丈夫、オレがなんとかするよ。オレの問題だしだね。色々してくれてありがとう」
そんなふうに言われると、少し寂しかった。アルツこそわたしに色々してくれているのに、わたしがアルツに返せることといったら、ウテウオの薬を調剤するぐらいだ。もっとたくさんアルツの役に立ちたいのに……。
アルツがこうしてわたしの所に来てくれるのは後数年だけ。そう思うといても立ってもいられない気持ちになった。




