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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第四章 カジノの街 サルト
30/99

4-7

 アルツがケニスの頭を撫でているのを見て、ぼくは少し面白くなかった。片割れであるポルテにしているのを見るのも嫌なのだから、他人にならなおさらだ。


 アルツは度々こうやって、孤児を援助したりしている。魔術に関わる特許や、昔書いた論文をまとめた書籍の印税などがあるから、それぐらいの収入は楽にあるらしい。以前は自分のいた孤児院に送っていたそうだが、それをやめて溜まる一方だから有効活用するためやっているそうだ。中には投資損じゃないかと思える奴らもいたが、ケニスはなかなか有望株だと思う。


 ぼくは魔力が視覚で認識できる特殊な力を持っている。ぼくの目に映るケニスの魔力はアルツには遠く及ばないが教都の魔術院でも滅多にいない強さだ。黒銀のぼくたち兄妹よりずっと強いのは面白くないが、アルツの駒としては上物だろう。アルツの役に立ちそうで、それを手伝えるのはすごく嬉しい。


 4年ほど前、人買いに売られそうだった12歳のぼくたちを、行きがかり上助けてくれたアルツは、ケニスにするように、ぼくたちを教都の魔術院の学び舎に入れてくれた。2年ほどで黒銀のメダルを取り、アルツの仕事を手伝うと言って無理やり旅に着いて行ったが、正直足手まといでしかなかった。


 しかし、ほぼ自力で仕事を成し遂げたアルツはなにも出来なかったぼくたちに、投資分働いたといって自由とサルトで一番大きなカジノ店が買えるほどの大金をポンと寄越して去ってしまった。

 ぼくもポルテもアルツへの恩が返せたなんて全然思ってないし、何よりアルツの傍に居られないことが辛かった。仕事が終わって去ろうとするアルツをぼくもポルテも一生懸命引き止めたけど、アルツはやっと大好きな人のもとへ帰れると、ぼくたちに後ろ髪引かれることなくいなくなってしまったのだ。


 あの人を見たとき、ぼくは一目でアルツの大切な人だと分かった。男の人だったのは驚いたけど、その魔力の美しさは筆舌しがたいものがあったし、優しく清冽で傍にいるだけで癒されそうな力を感じる。アルツの魔力にも見たことが無い圧倒的強さを感じるけれど、それとは種類が違う強さだと思った。

 ポルテはまだ納得できていないみたいだけど、ぼくはアルツの隣に立つに相応しい人なんだと正直諦めがついた。それはぼくのアルツへの気持ちが、アルツが言うように恋というよりも家族への思慕に近いものだからなのかはよく分からないけれど、あの人がポルテには嫉妬してもぼくには嫉妬しないのはちょっと面白くない。男の自分が恋人なら、女のポルテだけじゃなく男のぼくにだってヤキモチ焼いてくれたっていいじゃないか。まるで相手にされていないみたいで変に自尊心を傷つけられた。


 ポルテはそんなぼくの気持ちに気が付いているようで、さっきからアルツにベタベタしている。本当に面白くないと自分の片割れを睨んでいると、ケニスと入院の相談をしていたアルツが突然ポルテの手を振り払い、ロサの部屋に駆け込んだ。


「シア!!」


 部屋の中に入ることは禁じられているので、開け放たれた扉の外側からポルテと二人で覗き込むと、アルツはぐったりしたあの人を抱え込んで口付けていた。


 途端、ポルテは逆上する。


「アルツ! 何キスシーンをあたしたちに晒してんの。幾ら眼中にないからって失礼じゃない!?」

「――違う。ただのキスじゃない……。アルツは魔力の受け渡しをしてるんだ」


 ぐったりしたあの人の美しく輝いていた魔力が、目に見えて少なくなっている。そこにアルツが口移しで魔力を与えているのがぼくには視覚の力で分かった。


「姉さんはどうしたの?!」


 ケニスが部屋の中に入り、寝台に駆け寄るとあの人は弱弱しく目を開け笑った。


「大丈夫です。ただ眠っているだけですよ」


 寝台のロサより、この人の方がよっぽど病人みたいに顔色が悪かった。アルツから魔力を充分与えられたが、馴染むのに時間が掛かるらしく、まだぐったりしている。

 あの人の中に与えられたアルツの魔力が少しずつあの人の魔力と溶け合っていく様は、言い方はおかしいが、ちょっとエロかった。


「あなたは何をしたんですか?」


 思わずそんな疑問がぼくの口からポロリとこぼれる。

 あれだけの魔力が消費される何かを、この人は今したはずだ。ここはアルツの結界で守られていて、ぼくらがそれを知ることは無かったが、何かがあったことは間違いない。

 この人は、魔力はあるけど魔術師じゃない。魔術師なら魔力はちゃんと制御され、あんなだらだらと垂れ流しはしないからだ。

 では何をしていたのだ? 部屋は変わった様子がないし、ロサは確かに眠っているだけだ。この人が何をしたのかぼくには全然検討がつかない。


 ぼくたちの注目を集める中、アルツは腕の中のこの人をそのまま抱えて立ち上がった。細めだが自分より大きいこの人を苦も無く抱く様は、さすが剣術師でも白金を所持するだけはある。


「悪いがこのまま帰らせてもらう。ケニス、詳細はクロトたちに聞いてくれ。クロト、ポルテ、諸々の手続きを頼む。紹介状とオレの口座を動かせる委任状は、追ってお前たちの店に送付する」


 そう言うとそのまま出口に向かおうとする。


「その人が何やってたのか、教えてくれる気はないわけ?」


 ポルテがアルツを睨みながら言い放つ。このあたりの強気発言はぼくには出来ない芸当だ。アルツは顔だけ振り返えり、冷静にぼくらに告げた。


「お前たちに事情を説明する気は無い。知らないほうが身のためだ、探ろうともするな。わかったか」

「――りょうかい」

「――了解」


 ぼくたちがアルツの命令に背けるはずがない。アルツが知るべきでないと判断するのなら、ぼくたちは知ってはいけないことなのだ。ポルテは納得できないようで、下唇を強く噛んで俯く。


「じゃあな」



 そう言って、アルツは部屋を出てしまった。

 こうしてアルツはぼくらのことなんてどうでも良いとばかりに、簡単にぼくらの前から姿を消すんだ。それに対し、ぼくたちは不満に思っていても何も出来ない。




 ――そう本気で思ってるんだったら、ずいぶんぼくらを見くびってるよね、アルツ。




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