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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第四章 カジノの街 サルト
29/99

4-6

 僕が部屋を出た途端、姉さんの部屋が何かで閉ざされたのが分かった。


「――?? 姉さんの部屋、今何か変じゃなかった?」

「結界を張っただけだ。こっちの話を聞かれたくないからな。こっちに座れ、ケニス」


 アルツという医術師は、横柄な態度で僕を椅子に座るよう指示する。僕んちなんだけど、ここ。


「――あんた魔術師でもあるの?」


 そういえば店で遭遇した誘う者だとかいう男と、結界がどうのと話していたっけ。医術師でかつ魔術師なんてことあり得るんだろうか?


「アルツは魔術師も白金もってんのよ! 剣術師のも!」


 すごいでしょ、とポルテが胸を張って言う。僕が知っているこの双子の経営者はもっと落ち着いた大人びた奴らだったが、このアルツの前ではなんだがガキっぽい。ってか、白金のメダルを3つも持ってる人なんてマジあり得ない。本当なのか?

 不信感いっぱいなのが分かったのか、アルツは面倒そうな顔でポルテに「黙ってろ」と言って額を押す。


「魔術師と剣術師のことは信じなくて結構。ただ、お前の姉さんは本当にヤバイから、オレが医術師なのは信用してくれ」


 そう言って、メダルを懐から出し僕に掲げた。


「――裏側も見せてよ」


 アルツはなんの躊躇もなくメダルを裏に返し、僕に見せる。白金のメダルの中央にあるそれは光の反射で七色に輝いてとても綺麗だった。


「これが龍の鱗なんだ……。僕も欲しいなあ」


 金持ち達が身に付ける宝石にはなんの魅力も感じなかったけど、この綺麗な鱗に僕は一瞬で魅了される。


 思わず手を伸ばすと、直前でさっと取り上げられた。


「おっと、触るなよ。持ち主以外が触ると、高熱になる魔術が掛かってるんだ。

 欲しけりゃ、医術師か魔術師か薬術師か剣術師になるんだな」

「簡単に言うなよ。教都の学び舎なんで、金持ちの子どもが行くところだろ」




 教都の学び舎では色々な分野の技術者が育成されているが、メダルが貰えるのはこの四つの技術者だけだ。最初に学び舎を作った癒しの巫女の従者が、これらの技術者だったため、この四つは特別とされている。

 これらメダルの取得はとても難しく、所持するものは高度な教育が受けられる貴族や裕福な商人の子弟がほとんどなのだ。


「オレは孤児院出身だ。奨学金制度もあるから、なりたいという意思さえ在ればどうとでもなる」


 僕はそれを聞いて二重の意味で驚いた。この胡散臭い男が僕たち姉弟と一緒の孤児院出身者であるということと、孤児院出身者でも学び舎に入れるということに。



「そんなことより、ロサさんを即刻入院させろ。これ以上薬耐性のある肺血病菌をまき散らかすな。それにあの人は見張ってないと駄目なタイプだ。病気を治したいなら入院しかない」


 アルツのもっともな意見に同意したいのはやまやまだが、こっちにもそうはいかない事情があるのだ。


「今僕の収入しかないから、入院費用が捻出出来ないんだ」

「教会に届出をすれば、費用の免除が出来るだろうが」

「――費用免除の届出をすると、カジノに出入りが出来なくなる。そうしたら釣り師の仕事が出来ないから、収入が全くなくなっちゃうんだ。入院費用が免除になっても今度は僕が生活できなくなる」


 支払いが困難だからと医療院への費用を免除してもらうことは出来るが、それをするとそれなりのデメリットもある。カジノなどの余暇場所や高級な店への出入禁止など、釣り師には痛いことばかりだ。


「お前は孤児院にでも入れば良いだろうが」

「元々は僕達姉弟で入ってて、姉さんが成人して出たと同時に僕を引き取って貰ってるから、もう一度僕が入ってしまったら、今度は姉さん保護者失格で二度と僕を引き取れないんだ。僕が成人になるまで姉さんを一人にしてたら、姉さんお人よしだから身包み全部剥がされちゃうよ」


 姉さんはぽやっとして、いかにも騙しやすそうな外見だから、ちょっと綺麗な格好をさせて高級な店に座らせとくと、詐欺師どもが面白いほど良く釣れた。僕がついてればそんな詐欺師なんかへっちゃらだが、姉さんを一人世間の荒波に放っておくなんて恐ろしいこと僕には絶対出来ない。

 姉さんと同類の匂いがするシアってお兄さんの保護者みたいから、アルツも僕の気持ちが分かるんだろう。僕の話に難しそうな顔で腕を組みながら唸っている。


 そして、何か諦めたようにため息をつくと、黙って座っていた双子の男の方に声を掛けた。


「クロト、お前のこの餓鬼に対する評価は?」


 お坊ちゃまは止めてと言ったのは僕だけど、この人急に口が悪くなった気がする。そう考えている僕をチラリと一瞥し、クロトはまるで僕が居ないかのような無遠慮さで僕を評価した。


「頭の出来は悪くない。まともな教育は受けていないから基礎学力はないけど、きちんとやれば学び舎でも上位にいけると思う。でも特筆すべきは魔力だ。ぼく達よりも強い、黄金レベルだよ。性格は生意気で捻くれてるけど、気を許している人にはベタ甘で素直。今の所姉のロサだけにだけど……つまりシスコン」


 姉思いの僕をシスコンと括られるのは不本意だけど、その高い評価に驚く。僕にそんな強い魔力があるなんて……。


「う~ん。なるなら魔術師かあ。魔術院には結構駒が揃ってるから特に要らないんだけど、まあいっか」

「――何の話してんの?」


 僕の話をしているに違いないのに、僕の意思を無視して話を進めているアルツを睨んでやる。それに対し、アルツは凄然たる表情で僕を眺めて言い放つ。


「オレがお前に投資をしてやろう。ロサさんの入院費用、お前の学び舎での教育費用と生活費すべてをオレが出資してやる」

「――見返りは?」

「オレが良いというまでオレの駒になれ。学び舎で何を学ぶかはお前の意思に任す。魔術院ならすぐ入れるが、それ以外は試験に通る必要があるけどな」

「明確な期限はないの?」

「気に喰わないのなら、金で返してもらっても良い。その間オレの意思に従うのが利子だ」


 悪くない話だが、こいつは信用できるのか? オレが目を眇めてアルツの顔を見ていると、双子の女の方が口を挟んできた。


「あたしたちも出資してもらって、魔術師になったのよ。んで、半年前にお役御免って捨てられちゃった。まだ1年も働いてないのに~」


 甘えるように腕に抱きつくポルテの頭を押しのけながら、アルツは僕に笑いかけた。


「働いた内容が出資に相当したものになれば良いんだよ。別にオレに絶対服従しろ、とか一生オレのために働け、とか無茶なことを言うつもりもない。まあ、やっても良いと思ったらクロト達に言ってくれ。入院の手続き手配をさせるし、行きたい学び舎があるのなら、上の人間に紹介状を出しておく」


「やった! アルツから仕事もらっちゃった。ケニスやっときなよ、アルツは甘くはないけど、フェアだから悪いことにはなんないよ」


 ポルテとクロトは嬉しそうに目を輝かせる。この二人から絶対とも言える信用を得ているアルツだが、僕はまだ納得出来なかった。


「どうしてここまでしてくれるの? 僕が使い物になるかどうか分からないだろ。リスクが高すぎると思わない?」


 僕の頑なな態度に、アルツは苦笑する。


「その慎重な態度は好ましいね。まあ、強いて理由をあげるなら、このまま君らを放置したら、シアが心配しつづけちゃうから、かな」

「――あんたたちって、そういう関係?」


 アルツのシアに対する『好き好き大好き』な態度や、シアのポルテに対する悋気を見ている限り、一通りではない関係に見える。


「どう思ってくれても結構だが、深く追求しないことをオススメするよ」


 飄々としたアルツの態度に、ポルテが反応する。


「アルツがずっと言ってた『裏切りたくない相手』ってあの男のことなの? 今までどんな美人で色っぽい女の人に粉掛けられても素っ気無かったのは、ホモだからなの? 

 あぁん! それならどんなに女を磨いてもあたしじゃ駄目じゃない。しょうがないわ、クロト! 協定通りあんたが頑張ってアルツを落としてね。応援する!」

「…………お前ら、どんな協定を結んでるんだ」

「二人のどっちかがアルツを落とせたら共有する。ぼくのものはポルテのもの、ポルテのものはぼくのもの、だから」

「――オレはシアのものだから、お前らのものにはならん」


 複雑な関係みたいだ。僕は関わりにならないようにしよう。


 でも、そうだな、あのシアって人は大事にしてるっぽいから、あの人が哀しむことはしなさそうだ。あの人の気づかないところではしそうだけど、僕達姉弟はあの人の知るところになったから、あの人が哀しまないようにアルツは可能な限り手を貸してくれるのだろう。


 手助けの理由がはっきりしたら、納得できた。下手な同情よりわかりやくて良いや。納得できれば、躊躇する理由は無い。


「わかりました。援助をお願いします。どの学び舎に行くかはもうちょっと考えたいけど、奨学金がうけられるなら出来たらそっちを使いたいです」


 僕が改まった態度でアルツに頭を下げると、アルツは僕の頭をグシャグシャとかき回すように撫でた。


「義理の父親に『情けは人の為ならず』っていわれてるんだ。この投資はオレ自身の為なんだから、子どもは変な遠慮無しに使え。しっかり勉強して恩を返しな」


 アルツはそう言って笑う。

 子ども扱いは好きではないが、これは……嫌ではない、かな。




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