4-5
ケニスの自宅は小さなアパートの二階だった。部屋に入るとアルツは私にマスクの着用を指示し、自分も着けた。ケニスにも渡そうとするが、何時も着けていないからと断られる。
「あたしたちにも頂戴よ、それ」
ポルテさんが両手を差し出すが、アルツは苦い顔で首を振った。
「勝手についてきたお前たちの分があるか! ――肺血病は飛沫の吸入による空気感染だ。直接会って、くしゃみや咳でもされない限りうつらん。この部屋で待ってろ」
アルツはそうポルテさんとクロトさんに言い残すと、わたしとケニスを促し姉のロサさんが休む寝室に入った。
「姉さん、最近調子悪いから別の医術師さんと薬術師さんを連れてきたよ」
そうケニスが説明すると寝台の上で身を起こしたロサさんは申し訳なさげに頭を下げる。
「白金の医術師 アルツと申します。薬の効きが悪いと伺い、弟さんに診察を依頼されました。少し診せていただいても良いですか?」
優しく声を掛けるアルツにロサさんは弱々しげな声で「よろしくお願いします」と答え、大人しく診察を受ける。
簡易の診察器具で一通りロサさんを診たアルツは、軽く眉を寄せた。
「確かに状態が良くありません。医療院で診断を下されてから1年以上経つそうですが、担当の医術師から入院を勧められてはいませんか?」
「弟がまだ小さいので、一人アパートに残すのが忍びなくて無理を言って自宅療養にさせていただいています」
「病状が進行していますので、一緒に住む弟さんも感染している可能性が高いですね」
「そんな……」
「元気そうですので、感染はしても発病はされていないでしょう。発病を抑える薬もありますので、ご安心下さい。ただ、このまま自宅療養されると感染拡大の原因になりますので、即時入院をお願いします」
「…………」
ロサさんは弟にも移してしまったことが堪えたのか、暗い顔をして下を向く。
「入院すれば、姉さんは良くなるんですか?」
ケニスが我慢できずに聞いてきたが、アルツは難しそうに顔をしかめる。
「シア、薬の種類は特定出来たか?」
わたしはアルツの指示で処方されていた薬を試薬にかけて確認していた。
「ツヴィトークとザフラの二種類でした」
「――本来ならこれを半年以上服用続ければ、ほとんどの方が完治するはずなのですが……」
「3ヶ月ぐらいまでは良く効いて、症状がほとんど出なくなってたんですが、6ヶ月を過ぎたくらいからまたぶり返してきて……」
ケニスが心配そうにアルツに答えるが、ロサさんのほうは落ち着かない様子で目線を彷徨わせている。それに気が付いたアルツは彼女をじっと見つめながら再び質問した。
「ロサさん、薬をきちんと指示通りに服用されていますか? 正直にお答え下さい」
「…………実は、調子が良い時は薬を減らしてしまったことがありました」
「――!? 姉さんどうして?」
「あなたばかりを働かせて申し訳なくって。薬代は高いから、減らせば少しは助けになるかと思ったの」
アルツは短く息を吐くとロサさんに少し厳しい声を出した。
「肺血病の菌がその薬に対して耐性をもった可能性が高いです。指示通りに薬を服用しないとこのような場合が出るんです。こうなるとこの二つの薬は効かなくなりますし、貴女からうつされ発病した人間にもこの薬が効かない。
こういった事にならないためにも入院が必要なんです」
「でも、入院するとお金が……」
ロサさんのおろおろした態度にアルツは腕を組んでしばし考える。そして顔を上げるとおもむろにケニスのの腕を掴んだ。
「おい、お坊ちゃん。少し血と顔を貸せ」
「――血と顔はいいけど、お坊ちゃんは止めてくれる?」
「うるさい、大人しく言うこと聞け。 シア。ケニスの血液を渡すから、感染の有無の確認を。陽性だったらアントスを1週間分用意してくれ。それからロサさん用にブルーメとホワを、これも1週間分頼む」
「わかりました」
アルツはわたしに指示を出しながら手際よくケニスの採血を行い、検体をわたしに渡す。
「ちょっと、弟さんと今後の話し合いをして来ますので、ロサさんは少しお休み下さい」
そう話すとアルツはケニスを引きずるように部屋から出て行った。




