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どうしてこんな事態になってしまったのだろう。
わたしは今、サルトの中心部とも言えるカジノ街で、一番立派なカジノ店にいた。そこの大きなフロアではテーブルがたくさん並んび、それぞれのテーブルで大勢の人間が色々な賭け事をしている。
目の前でもケニスがタックとその友人らとカードを使った賭け事に興じていた。わたしも誘われたが、ルールを知らないのとアルツに『賭け事に手を出して良いことは一つもない』と言われているので丁重にお断りしたのだ。
ケニスの自宅に向かう途中、タックが突然カジノに寄りたいと言い出した。友人と待ち合わせをしていたから、事情を説明しておきたいと。そういうことならとカジノに行くと、2人いたタックの友人らは頭数が足りないから少し遊んでいけと誘ってきた。わたしは断ったのだがケニスがサルトの街に住みながらも保護者同伴ではないと入れないカジノに入ったのが初めてだから、是非やってみたいと乗ってしまったのだ。
どうにも釈然としないのだが、わたし以外の人間はこの状況が喜ばしいようで、楽しそうにカードで遊んでいる。特にケニスは良く勝っており、ビギナーズラックだと周りに囃し立てられ嬉しそうだ。
もうわたしは宿屋に戻ろう。そう思い口を開いたその時、また勝負がついたようでどっと周りが湧いた。今度はケニスが負けたらしい。
「あ~あ、負けちゃった。僕、そろそろ止めようかなあ。姉さんのこと気になるし」
「おいおい、負けて帰ったら男がすたるだろ。次ぎ勝つまでやろうぜ」
ヤリと名乗るタックの友人の一人が、そう言ってケニスを引き止めた。しかしケニスは首を振る。
「とても楽しかったけど、あんまりお金に余裕がないんだ。ごめんなさい」
「金ならこっちの連れが持ってるだろ。俺たちは負けてばかりで面白くないんだ。こんなところで抜けるなよ!」
急にヤリはいきり立つが、ケニスは堪えた様子もなく首をすくめた。連れとは、もしかしてわたしのことなのだろうか?
「この人は僕の連れではないよ。それにそっちが勝つまで付き合わなきゃいけないなんて、おかしくない?」
「この餓鬼! 生意気だぞ!!」
ヤリがケニスの首元を掴み揺すり始めたので、わたしは慌てて立ち上がる。
「子ども相手に乱暴なことは止めてください。負けている事が気に入らないならば、今までの賭けを無かったことにすればいいじゃないですか。申し訳ありませんが、わたしはお金をあまり持っていないのです」
今までアルツがすべて支払っていたので、わたしはせいぜいプリンを買うぐらいのお金しか持ち合わせていない。
「嘘をつけ! それだけ良い身なりをしてるんだ、金を持っていないわけないじゃないか。それにアンタが泊まってる宿は、サルトで一番高級な宿だぞ。持ち合せの金がないんなら、その首飾りを出せ!」
何故彼がわたしの宿泊している宿を知っているのだろうと思っているうちに、ヤリはアルツからもらった首飾りがあるわたしの胸元に手を伸ばしてきた。そこでわたしははっと思いだし、身体を大きくよじる。
「駄目です! 他の人に胸を触られるなとアルツに言われているんです!」
わたしの剣幕にヤリは怪訝な顔をし、ケニスは不思議そうに首を傾げて聞いてきた。
「どうして? アルツって、連れの医術師の人のこと?」
「はい。理由は良く分からないのですが、他の人に触られるとアルツがむせび泣いてしまうそうなので、絶対駄目なんです」
「――――そう、なんだ」
男の身体であるわたしの胸など触られても、どうと言うことはないと思うのだが、アルツが不快な気持ちになるというのなら、死守しなければならない。しかし、ケニスが微妙な顔をしてこちらを見ているのが少し気になる。わたしはまたおかしな事を言ってしまったのだろうか。
「野郎が気持ち悪いこと言ってるんじゃねえよ!」
そう言ってヤリは逆上し、抵抗するわたしを押しのけて首飾りを引きちぎった。途端、周りにぱあっと閃光が走る。
魔具が壊れ呆然とするわたしに、ヤリは興奮したように更に言い募った。
「この光、首飾りは魔具だったのか! こんな上物はじめて見た、さてはその耳の装身具もそうなんだな。それも寄越せ!」
そういうとわたしの耳に手を伸ばしてくる。わたしは思わずぎゅっと目をつむり、身を竦ませた。
「このお方に、貴方のような下種な詐欺師が触れることは許されません」
そう低い別の男の声が聞こえたかと思うと、ヤリのぎゃあと叫けぶ声がそれに被さる。そっと目を開けると目の前に長身の男が立ちふさがっていた。後姿なのでその容姿は分からないが全身真っ黒な服に身を包み、男性にしては少し長い髪も艶やかな黒だ。男の身のわたしは長身の部類なのだが、それより更にこぶし二つ分は大きい。そんな男が目の前にいるとまるで壁が立ちふさがっているようだった。
「くだらない企みは他所でやりなさい。早く立ち去らねば後悔することになりますよ」
「――立ち去るのはお前だ、レ―ヴァン」
馴染んだ声が後ろから聞こえ、わたしが振り返ると、そこには肩で息をするアルツが立っていた。
「アルツ!」
「思ったより早かったですね。私の結界をこんなに早く破ったのは貴方が初めてですよ」
わたしが呼ぶ声に被せて話す黒衣の男、レ―ヴァンはアルツに向かって微笑み掛ける。
「てめえは何がしたい! オレを閉じ込めたと思ったら、シアを助けたりして……。お前の目的は何だ!?」
すごい顔で睨みつけるアルツだが、レ―ヴァンは全く痛痒を感じないそぶりで笑う。
「もちろん、このお方をお守りすることですよ」
「だったら何故オレを結界に閉じ込めた!」
「人がせっかく助言を差し上げたのに、再び下手を打つ行為をなさったので、少しお灸を据えようかと」
「なんだと!」
「この件は報告させていただきますよ」
レ―ヴァンはそう言い残すと、煙のようにその身体を消してしまった。
そのあまりに衝撃的な退場の仕方に周りが固まっている中、アルツはわたしのところへ駆け寄り抱きつく。
「シーーアーーー!! 良かった~~~!! 無事だったあ~~~!! 迷子札外したの分かったから、急いで戻ろうとしたら意地が悪い結界に閉じ込められるし、苦労して出て来たら今度は迷子札壊れちゃうし、駆けつけたらシアの傍に人外魔境がいるし、オレ何度も心臓止まりそうになったよ~~」
そう言って抱きつくアルツの目には涙が浮かんでおり、どれだけ彼を心配させてしまったかと胸が痛くなる。謝罪のため口を開こうとした時、ヤリが「痛い痛い」と喚きだした。見ると変な方向に曲がった手首を押さえてうずくまっている。そういえば先ほど叫んでいたような……。
「誘う者にやられてそれで済んだんだ。運が良かったな」
「――!! 今の方は誘う者なのですか?」
「多分な。オレ誘われたし」
「だ、大丈夫なのですか?」
「多分大丈夫でしょ。からかわれてる感じもしたし。まあ、人のオレがはかれる相手じゃないけどね」
誘う者について詳しく知るものはない。人を誘い、理をから外れた世界に落とすと言われているが、名前を呼ばれると死ぬとか、夢に入り込みその人を操るとか眉唾な噂ばかりあふれて、その本当の姿を知るものは殆んどいない。アーリリア教でもその存在は禁忌とされ、そのものとの接触を固く禁じている。
「あれがなんでもいいよ! あんたたち、医術師と薬術師なんだろ。俺の怪我を見てくれよぉ」
ヤリが痺れを切らしたように喚く。
「あんた、黒銀の医術師なんでしょ。友達見てやったら?」
ケニスが小馬鹿にしたような言い方で、タックに言った。なんだかケニスの態度が急に変わった気がする。不思議に思っているとタックはそれに「あ、あぁ」と戸惑ったように答え、ヤリの傍らに座っておずおずと彼を診ようとした。
「待ってください!」
わたしはそれを止める。そのままそれを見過ごす訳にはいかない。なぜなら……
「貴方の黒銀のメダルは紛い物です。身分を偽り、医療行為をすることは許されていません」
メダルが無くとも患者が了解済みなら医療行為をすることは問題ないが、偽りのメダルのもと医療行為をすることは、教会関係者として見過ごすことは出来なかった。
「な、何を根拠にそんなことをいうんだ!」
タックがどもりながら反論する。
「貴方のメダルは黒く変色していたました。黒銀のメダルは変色で黒いのではなく、黒い金属でメッキされているため黒いんです」
わたしもつい先月まで黒銀のメダルだったので、実物を知っている。本物はあんなにみすぼらしくない。
「それに貴方ははっきり見せて下さいませんでしたが、正規のメダルの裏側には龍の鱗がはめ込まれているんです。貴方のメダルには入っていますか?」
そう言ってわたしは自分のメダルの裏側をタックに見せた。そこには六角形に切り取られた七色に輝く鱗がはめ込められている。それを見たタックは気まずそうに目をそらして、口をつぐんでしまった。
これが本物のメダルの証拠である。龍の鱗は教会しか所持していないので、どんなに見た目を真似しても偽物は作ることは出来ない。裏側を確認すればその真偽は自ずと知られることになる。
神獣とされ死ぬことが無いと云われる龍の鱗を何故神殿が持っていないかというと、千年前教会を襲った龍が神に殺され、神殿がその身を奥神殿の奥深くに隠してあるかららしい。奥神殿に生まれてからずっと住んでいたわたしもそれらしいものは一度もみたことがないので、その言い伝えが本当かどうかはわからない。
奥神殿には祭壇という祭事以外、わたしでも立ち入ることが許されない場所があるので、一番可能性が高そうだが、そもそも奥神殿自体人の立ち入りが厳重に制限されている。そこに龍の鱗があったとしても持ち出すのは難しいので、やはりこの話は眉唾だと思うのだが。
「なるほど、だからシアはこんな怪しいのについて行ったんだな」
アルツが納得したように頷く。
「すみません。ケニスのお姉さんを診療するというのを黙って見過ごせなくて……」
迷子札である首飾りの魔具を首から外せば、アルツがすぐ気が付いて戻ってくれるはずだし、わたしがいる場所は迷子札を首にかけている限り対の迷子札を持っているアルツには追跡可能だから大丈夫だと思ったのだ。
あの場でメダルが偽物だと言えば、なんの力もないわたしではタックを取り逃がしてしまうので時間稼ぎのためついて来たのだが、アルツにこんなに心配をかけてしまうなんて……。もっと他に手が無いか考えるべきだった。
落ち込むわたしの頭を撫でながら「事情は分かったから気にしないで」とアルツは慰めてくれた。
「だから、そんなことより早く俺の怪我を診てくれよ!」
痺れを切らしたヤリがわめき立てる。
――忘れていました。
「シアをかどわかしたくせに偉そうだなあ。まあ、一応医術師なんで診ますけど、その前に」
アルツはタックの前に立つとその足を払って倒れこませ、タックが呆然としている隙に腰の鞄に入っていた手錠を掛けた。
「なっ!! なにするんだ。お前に私を拘束する権限なんかないだろうが!」
「いやいや、オレ一応教会の監視官なもんで、メダル所持を偽る人間を拘束する権限もあるんだわ」
教会関係者を監視するための組織である監視院には教会関係の犯罪を取り締まる役割もあり、大陸内の各国から独自の捜査権を認められている。そのため監視官には教会関係者以外の人間も拘束する権限があるのだ。
「君達二人も教会に同行してもらうからね。その前に怪我を診せてもらうよ」
「――彼ら三人はウチが責任持って教会に連れて行くから、先にウチが取調べをさせて貰えないかしら?」
突然張りのある若い女性の声が、アルツの言葉を遮った。その声を聞いた途端アルツは苦い顔になる。
「久しぶり、アルツ。あたし達に会いに来てくれたわけじゃなさそうね」
屈強な男に囲まれて、茶色のふわふわした髪をした若い女性がニッコリとアルツに笑いかけた。女性の隣には彼女に良く似た風貌の黒髪の男性も立っている。その二人の姿を見たアルツは諦めたようにため息をついた。
「お前たちの店だ。好きにしろ」
「ありがと。愛してるわ、アルツ」
――――誰なんですかねぇ、アルツ?




